第六十三話
その夜、夢を見ました。
遠くで小さな男の子が一生懸命穴を掘ってました。どうやったのか、すごい勢いでガンガン掘ってます。そして熱いお湯が地面から吹き出して、男の子はひっくり返ります。
助け起こしたいですが、私はそこへは行けません。
どうしたものかと思っていたら、おばあちゃんが空を飛んでやってきました。術士でしょうか? だとしたら物凄い術士様です。
おばあちゃんは男の子を連れて帰ります。
そして、布団に寝かされた男の子はおばあちゃんに叱られていました。そばではおじいちゃんが笑っています。
言葉は分かりませんが、なんだか幸せそうな光景です。
あれは、タケユキさんだ……
なんとなくそう思いました。
私の中のもう一人も、そう感じているのがわかります。
こんな夢を見ているのは、タケユキさんに逢いたくて仕方なかったからでしょうか。
ふと、夢の中のおばあちゃんがこちらを見ました。
そして嬉しそうに笑いながら、うなずきます。
……目が覚めたら、目の周りがヒリヒリして最悪でした。
なんだか素敵な夢を見たような気がしますが、ヒリヒリが酷くてそれどころじゃありません。頭もまだクラクラしています。
『昨夜は……取り乱した。すまぬ』
「いえ、気持ちはわかりますので」
ベッドにゴロンとなったまま、ボーッとしていたらシュザージが珍しく素直に謝ってきました。仕方がないので許します。すると、右手が動いて両目を塞ぎました。ふわんと暖かい感じがします。
「魔法陣じゃないのですか?」
『この程度なら、簡単な神術で癒せる。今は少し……魔法陣を描く気になれん』
なかなかに重症のようです。
スルディア出身のクレオさんは、テルセゼウラの民の子孫でした。
よくよく考えたら、スルディアもベルートラスもテルセゼウラと隣接した国です。元テルセゼウラ住民の子孫がいてもおかしくはないですよね。
『その通りだ。なれば、どちらの国も庇護対象だな。……テルセゼウラを復活させたら、戻って来てくれるだろうか』
「どうでしょうね。良い国にすれば戻ってきてくれるかもしれませんよ?」
『良い国にせねばな』
「まだ先の話ですがね」
『うむ、我が妻を取り戻してからだ』
少しは元気が出てきたみたいです。
よかった。
一息ついて、起き出そうとした時。なにやら下の階で騒がしい音がバタバタしているのが聞こえました。なんでしょう?
『行ってみるか』
シュザージにうながされ、私もうなずき起き上がります。
部屋を出て廊下を歩き、階段を降りかけたところでアロさんの怒鳴り声が聞こえました。
「よくも俺たちを騙したな!」
なんでしょう。囮の件でもバレたのでしょうか?
下の階では、開かれた玄関口に騎士様とこの屋敷の管理人さんがいて、アロさんたちは彼らに向かって怒鳴っています。あれ? アロさんのお仲間が一人多い? 少し幼さの残る少年が、荒い息をしてエハンさんに寄りかかっています。なんとなくエハンさんに似ています。
「騙したわけでも隠していたわけでもありません。ホーケンの町が魔物の群れに襲われたなど、私どもも把握していない事態でして」
「もういい! 俺たちはホーケンの町に戻る!」
「お待ちください! 明後日には勇者として大々的に出立する予定です、その道中にホーケンに寄られては……」
「てめーはバカか‼ そんなに待っていたら町ごと魔に落ちちまうだろうが!」
「あ、あのっ、何があったんですか?」
私が声をかければ、みんなが一斉にこちらを見ました。
階段下でアロさんたちのやりとりを見ていたクレオさんが、ちょいちょいと私を呼ぶように手を振り、教えてくれます。
「ついさっきね、エハン君の弟さんが駆け込んできたんだよ。どうやらクオスト山脈を越えて魔物が大挙して押し寄せ、彼らの故郷の町が危機に陥っていると」
「大変じゃないですか!」
「ああ、それでアロ君たちもすぐさま町に向かおうとしたのだけどね」
ああ、あの騎士たちは扉を塞いでいるわけですね。アロさんたちを行かせないように。
「領主様の御命令です。予定にないことはさせるなと。これはフレンディス国王の命でもあるのです。ご自重ください」
「なら勇者なんかやめてやらぁ!」
「ああそうだよ、魔王を倒せば山を越えてくる魔物がいなくなるって言うから俺たちはあんたたちに従ってここに来たんだ!」
「聞けばあたしたちの代わりに駐在してた騎士はさっさと逃げ出したんだってね」
「僕らだけでも行けば少しは町の人を助けられるかもしれないんだっ」
アロさんたちが騎士に詰め寄ったところで、クレオさんがため息をついて前へ出ました。
「僕らは勇者となるべく集まったのですよ? ここでその町を見捨てて誰が勇者と認めてくれますか?」
おおっ、すみっこが好きな方だと思ってましたが、出る時は出るのですね。勇者っぽいです。
「アロ君、君たちの町までどのくらいかかるんだい?」
「あ、ああ、馬で急いで半日くらいか」
「では、みんなで行って頑張れば明後日には戻ってこれるかもしれないじゃないですか」
『ちょっと待て、お前まで行くつもりか?』
そこに、シュザージの声が響きました。
皆さんが聴き慣れない声の主を探してキョロキョロした後、私を見ます。
シュザージ、あなた本当にカッとなると考えなしになるのですね。
──仕方あるまい。テルセゼウラの民が魔物の群れに飛び込むなど見過ごせん。
クレオさんは、今はスルディアの民ですよ?
──いずれテルセゼウラに戻るかも知れんだろう。そうでなくても、我が民の子孫を無為に死なせるわけにはいかん。
シュザージ……
「どうしたの、テレシー。まだ具合悪いんじゃない? あんたはいいよ、休んでいて」
「なんか声が変だったぞ? お前は寝てろよ」
さっきまで怒ってたアロさんにまで心配されてしまいました。
変なのは私の声じゃなくてシュザージの声です。
『誰が変な声だ。もう良い、私が手を貸してやるからさっさと魔物討伐に行くぞ』
「えっ、今の誰!?」
エレーナさんがびっくりして私を見て、ペンダントを見ました。声の出所がわかったようです。
「驚かせてすみません。私の中にいる魔法陣の賢者がやる気になっているので私も手伝います」
「え? 中にいるって……」
『そうだ。我こそが偉大なる魔法陣の賢者、テルセゼウラのシュザージだ。故あってこの娘の中にいる』
「シュザージ……?」
クレオさんも驚いています。
もしかしてシュザージの悪名でも聞いているのでしょうか。ベルートラスでも知っている方がしましたし。
『……それはそれでかまわん。今は急ぐのではないのか? 詳しい話は後だ』
「そう、ですか。では後ほど聞かせてください」
クレオさん、知ってそうですね。
「どうゆうこと!? 魔法陣で何かしているの!?」
「すみません、それは後で。それよりエレーナさん、早く皆さんの町に向かう方がいいんじゃないですか?」
「そうだっ!」
アロさんがハッとして、入り口の騎士たちに向き直ります。
『慌てるなバカ者ども。そのまま向かう気か? まずは装備を整えて来い』
みなさん寝起きで、アロさんは剣を腰に下げてますが他は武器一つ身につけていません。私は昨日あのまま寝てしまったのでリュック以外はそのままですが。
シュザージに言われて、クレオさんが部屋に戻って行きました。他の皆さんも階段を駆け上がります。
『足の速い馬車を用意しろ。目的の町までの道中に町や村があるなら早馬を先に出して、替の馬を用意させておけ』
「なっ、何をおっしゃる、テレシー……様? いや、我々の判断ではそのようなことは……」
『私の判断だ! たかが一領主の指示など聞く必要などない。早くしろ! 頭に魔法陣を刻まれたいか!』
ひいっ、と震え上がった騎士と管理人が頭を抱えて外に走り出ました。昨日の惨事を見て知っていたようです。話が早くてよかったです。
『誰か地図を持て! 書くものもだ、紙を十数枚とペンを用意しろ!』
「あ、あと食料も用意してください。持ち運べるようにしてお水とパンを」
ビクビクと遠巻きに見ていた使用人たちが「はいっ」と返事をして飛び上がるようにちりぢりに走り出しました。
『食事か。確かに必要だな。よく気がついた』
「小間使いですからねっ」
半日もかかるのに、飲まず食わずで現場についても力が出なくなっちゃいますから。馬車で移動中に食べればいいでしょう。
それほどの間もおかず、二階からクレオさんが降りて来ました。次いでアロさんたちも。
「今、馬車を用意してもらっています。先行して早馬を出してもらい、先の町で替の馬の手配もお願いしました。食事は馬車でします。馬車で酔う方はいますか? 酔い止めの薬があれば用意してもらいますが」
私が今の間に起きたことを伝えれば、みなさん一瞬驚かれましたが、すぐに顔を引き締めました。酔い止めはいらないようです。
「どうやって説得したんですか?」
「脅しました」
クレオさんの質問に、自分の頭を指差して答えたら「ぷっ」と吹き出されました。皆さんも笑いが顔に浮かびます。こちらも、髪を失った騎士の話を知っていらっしゃるのですね。
ふと、クレオさんが手を上げました。
「あの、僕は馬に乗ってスルディアから来ました。自分の馬がいるので先に現場に向かいましょうか? みなさんが到着されるまでに、現地の情報を聞いてまとめるくらいはできると思います」
クレオさんが「なかなかの駿馬ですよ」と自慢げに言います。
『其方に死なれては困るのだがな』
シュザージが迷っています。クレオさんの提案を採用したいけど、クレオさんを危険な目に合わせないために手助けを申し出たのですからね。
そうだ、クレオさんはテルセゼウラのお守りを持っていましたよね。あの銀の板に魔法陣を描いた……
『クレオ、あのお守りを出せ』
私がクレオさんに手を差し出せば、クレオさんは懐から昨日のお守りを取り出しました。それを受け取ると、シュザージはお守りに魔法陣の重ね書きを始めました。
『魔属性魔法陣、影響阻害。神属生魔法陣、魔力干渉阻害。これで魔物から魔力の余波を受けても魔落ちしにくくなる。あくまでしにくくなるだけだから、魔物に接触するのは最低限にしろ』
「はい、でもそれがあれば魔落ち寸前の人を抱えて逃げても大丈夫ですね」
『無理をする必要はない』
「心得ていますよ」
クレオさんはお守りを懐に戻します。
「ああ、クレオ、道はわかるの!?」
エリーナさんに言われてクレオさんは笑ってうなづきました。
「ここに来るために近隣の町や道を地図で調べましたからね。では、お先に!」
手を振って、走り出したクレオさん。
見送っている間に、お屋敷の使用人さんたちが頼んだものを持って戻ってきました。地図と食事と紙とペン、インクもです。それをまとめて入れたバスケットがふたつ。
更に、走っていくクレオさんと入れ替わるように騎士の一人が戻ってきました。
「馬車の準備ができました! で、ですが」
騎士がチラチラと振り返っているので外に出て見てみれば、城の方から駆けて来る人たちが見えました。誰が知らせたんでしょうね。領主さんは足が遅いようですが怒っているのは分かります。
さっさと馬車のところへ向かいましょう、と構えた時に呑気な声が響きます。
「ふあ……何事ですか、さっきから。騒がしい」
眠そうな目をしてスタングさんが二階から降りてきました。
今頃お目覚めですか。この騒ぎでよく眠っていられましたね。
『おい、其奴も連れていこう。神術士は何人いても良い』
シュザージの言葉を聞いて、アロさんたち四人は揃ってニヤリと笑います。あっという間に階段を駆け上がり、男三人がスタングさんを担ぎ上げます。エリーナさんは二階の奥へ行ったと思ったら、スタングさんの杖や荷物を抱えてすぐに戻って来ました。
「ちょっと!? いきなりなんですかっ!? なんなんですかっっ!?」
『騎士、早く馬車まで案内しろ』
「は、はいっ」
駆け出した騎士に付いてみんな走り出します。もちろん私も走り出します。荷物がちょっと重いですが頑張ります。騒ぐスタングさんは無視です。
騎士について走った先にあったのは馬車は幌もない荷馬車です。馬だけは立派な軍馬のようですが。
御者台にエハンさんと弟さんが乗り、スタングさんを放り込んですぐにアロさん、エリーナさん、ラッシュさんが荷台に飛び乗りました。私も急いで乗り込みます。
「出発ーっ‼」
エハンさんが鞭を振れば、嗎とともに馬車が走り出しました。
背後から何やら言っているのが聞こえますが、それは後でいいでしょう。
私たちは今から、魔物の群れに襲われているというホーケンの町に向かいます。
何気に勇者としての初仕事じゃないでしょうか?
勇者テレシー、誕生。……ですかね。




