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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第三章 勇者誕生
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第六十二話


「勇者テレシー様。夕食の準備が整いました。こちらにお運びした方がよろしいでしょうか? 食堂へ参られますか?」

「あっ、ありがとうございます。えっと、食堂へ行きます」

「では、ご案内します」


 このお屋敷の使用人さんですね。

 もうそんな時間ですか?

 窓の外を見ればいつの間にか真っ暗になっていました。そういえばお腹ペコペコです。

 今日は疲れたのでお部屋で食事でもいいかな? って、思ったりもしたけど。他の勇者様方とお話してみたくなったのです。

 食事中なら、暴れたりしませんよね?


 使用人さんが案内してくださったのでついていけば、食堂にはすでにクレオさんとアロさんたちが席についていらっしゃいます。


「こんばんは」


 長テーブルに椅子八つ。

 片側にアロさん組が、反対の端にクレオさんが座っていました。スタングさんがまだですので決まった席があるなら遠慮しよう、と迷っていたらエリーナさんが手を挙げてコイコイと呼んでくれました。


「ここここ、私の正面においでよ。スタングの奴は部屋で食べるからさ」

「え? あ、はい」


 お部屋でお食事なさるのですか。使用人さんに尋ねられたということは、そうしたい人もいたからですね。というか、スタングさんって神王国の王族と聞いていたんですが、領主のお城じゃなくてこちらの離れに泊まってらっしゃるんですね。訳あり、なんですかね。

 ならば、と私はクレオさんの席から一つ間を開けてエリーナさんの前の席に座りました。


「なんだかさっきとずいぶん違うね。かわいい顔して凄みのある声でエラソーにすっごい術使ってたのにさ、今は普通のかわいいその辺の娘にしか見えないよ」


 その辺の娘ですからね、私は。


「その、なんというか、魔法陣のことになると人格が変わるんです。お恥ずかしい」


 本当に入れ替わっているのですが、そこまでは言いません。それでもエリーナさんはおかしそうに笑いました。


「あはは、わかるわかるっ。アロもさ、普段はいい歳したおバカな悪ガキだけど魔物相手の戦闘ならすっごいかっこいいんだよ? あたしらの町では結構女の子にモテてるんだ、こいつ。ねえ、あんたこうゆうバカは好き?」

「バッ、バカ! なんでそんなこと言うんだ! バカはお前だエリーナっバーカバーカっ!」


 お隣でそっぽを向いていたアロさんが真っ赤になって悪ガキそのものの態度です。両端にいるエランさんもラッシュさんもニヤニヤしています。なんでしょうね、もしかして好意を持たれていますか? お世話をしたわけでもないのに?


「あの、私、好きな人がいます。穏やかで優しくて凛とした強さを持つ人で、年上なのにどこか可愛らしくて、でも大人の雰囲気も持っているそんな人です」

「あら、まあ」


 判断がつかないので、きっちり好きな人がいると告げてみましたがどうでしょう? 


 ──ははは、ショックを受けたような顔をしているな。まあ良い。だが、余計なことは喋るなよ。


 わかっていますよ。私は今“主人の秘密は絶対守るベテラン小間使い”を意識しています。誰が主人という設定はないですが、うっかりタケユキさんの名前を出したら、どこで誰に聞かれて何に使われるかわかったものじゃありませんからね。


「アロにはないものばかりねぇ。特に大人の魅力なんてさ」

「うっ、うるせえっ! そんな話、俺には関係ないだろ‼」


 ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまいました。みなさん笑ってらっしゃいます。そこへお料理が運ばれてきました。

 お料理……は、お料理ですが。

 煮込んだお肉が鍋ごとドンっ、野菜のスープがドンっ、籠に山盛りのパンがドンっ。後は水差しと食器がドドンと置かれて、使用人の方々は下がってしまいました。

 あの、給仕どころか取り分けすらしないのですか?

 私が小間使いだと知っていて、やれってことですか?

 やってもいいんですか?

 やりましょう!

 と、気合を入れたところでクレオさんがクスクス笑いました。


「驚いた? ここではこうなんだよ」


 小さくため息をつかれます。けれどアロさんたちは各々お皿を手に取りご自分たちで盛り盛りお皿に盛っていらっしゃいます。そしてモリモリ食べ始めました。


「何やってんの、早く食べないと無くなっちゃうわよ」

 

 エリーナさんに指摘されて、私も慌てて自分の分を取り分けました。クレオさんもご自分で取り分けて食事を始められていました。

 久しぶりに小間使いっぽい仕事ができるかと思ったのですが……残念です。

 とりあえずいただきましたが、食事をいただいた後のお茶もないようです。

 お茶くらいは淹れて差し上げたいですね。

 いえ、お茶はいるでしょう。


「すみません、お湯とカップと茶葉をいただけませんか? お茶を淹れたいのです。自分で挿れますので」


 お皿を下げに来た使用人さんにお願いしたら面倒そうにされました。別の使用人さんは影で笑っていらっしゃいます。なんなんでしょうね。ここの方々は。

 それでもお茶の用意はしてくださったので良しとしましょう。


「え? テレシーさんがお茶を淹れてくれるの?」

「はいっ」


 クレオさんが驚いています。

 ふふふ、私はただの勇者でも術士でもないんですよ?

 ヤカンに入ったお湯を、ティーポットとカップに注いで温めます。茶葉の香りを確認。あまり香りは良くないですね、まあいいでしょう。

 お湯の温度も自分で調整できないので、おいしく淹れられるかわかりませんが。


 ──ヤカンを温めたいなら魔法陣を描いてやるが?


 お願いします!


 シュザージにお願いすれば、ヤカンに小さく魔法陣を描いてくれました。少し冷めかけていたお湯がポコポコ湧きます。みなさんは魔法陣の方に興味津々ですが。

 ポットを温めていたお湯を捨て、茶葉を適量入れてお湯を注ぎしばらく。

いい感じに蒸れた頃合いを見て、カップに注ぎ皆さんの席までお持ちします。

 一番にカップに手を伸ばしたのはクレオさんでした。


「おお、おいしいお茶だね。こんな美味しいお茶は久しぶりだ」


 続いて他の皆さんも手に取ります。


「あらホント、お茶ってこんなに美味しいのもあるのね」

「うん、なんだか食後の口がさっぱりするよ」

「よくわかんないけど、いいな、こういうの」

「あちっ」


 アロさんには熱かったようです。

 概ね好評のようでよかったです。タケユキさんも私の挿れるお茶が好きだと言ってくださいましたし、お会いした時にまたとびきりのお茶を淹れてさしあげたいです。


 ──うむ。熱や水質調整の魔法陣でも教えてやろうか?


 ぜひ! お願いしますっ


 こうして、私もお茶を飲んで一息ついた後。「そうだ」と、クレオさんが声を上げ、懐から小袋を取り出しました。中には小さな銀色の板が入っていました。それを手のひらに乗せて私に見せます。


「あのさ、これは家に伝わっているお守りなんだけど。ここにある絵ってテレシーさんの魔法陣に似てない?」


 確かに魔法陣に見えます。


 ──守りの魔法陣……


 心の中で、シュザージが言いました。

 胸がドクリと鳴った気がします。

 魔法陣に間違いないようです。なので、私はうなずいておきました。


「そうか、君は魔法陣はテルセゼウラの術法って言ってたでしょ? うちのご先祖がスルディアに移り住んで来た時に持って来た大事なお守りだって聞いてたんだけど、本物かどうか君ならわかるかなって思ってね。本物なのか、よかった」


 ホッとして笑うクレオさん。

 スルディア国はベルートラス王国と同じく、旧テルセゼウラの隣にある国です。

 クレオさんの言うご先祖様って、もしかして……


 ──テルセゼウラの、民……?


 その時。私の頬に、熱い涙が溢れるのを感じました。


 ちょっ、シュザージ!? しっかりしてください!

 シュザージの感情が波立ってクラクラします。気持ちはわかりますが、落ち着いて欲しいです。倒れそうです。


「どうしたんだ!?」

「ちょっとクレオ! その魔法陣って呪いの魔法陣なんじゃないの!?」

「ええっ!? これは無病息災厄除のお守りだって──」


 私の顔色が悪くなったのを見て、みなさんが慌ててしまいました。


「だ、大丈夫です。ちょっと、疲れが出ただけです。部屋に戻って休みます」


 立ち上がると、すぐにエリーナさんが手を貸してくださいました。


「部屋まで送るよ。男どもはここに居な!」

「お、おう!」

「はいっ」


 エリーナさんにぴしりと言われた男性陣は固まってました。ここに女性のエリーナさんがていくれたことが本当にありがたいです。そのままエリーナさんに支えられて部屋まで送ってもらいました。


「屋敷の奴に医師を呼んでもらう? あたしで良ければ一緒にいるよ?」


 そう言ってくださいましたが、私は全てお断りして部屋に入りました。ごめんなさい。

 扉の鍵をかけ、すぐにベッドに横になります。


 頭の中に溢れかえる、シュザージの後悔の念。豊かだった自国を滅ぼし、土地を枯らし、逃げ出すしかなくなった民たちに対する謝罪と贖罪の思い。父王の亡骸の前で押し込めたものが、次々溢れ出して苦しいです。


 でも、私にはそれをどうすることもできません。


 だから、私はタケユキさんを思い出すことにしました。

 初めて会った時からの、タケユキさんの姿を、笑顔を、怒った顔も時々考え込んでいた静かな顔も、全部です。

 

 私は、タケユキさんに逢えて幸せなんです。

 それがテルセゼウラの全ての犠牲の上に成り立ってしまったものでも。


 タケユキさんに逢いたいです。逢いたいです。逢いたいです。


 そうして夜が更けて、二人分の意識が落ち着いて眠りにつくまで、涙は止まることがありませんでした。



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