第六話
あえて唇を動かさず、声を出さずに答えたらじーさん先生はあたりを見回した後、視線を俺に戻した。ひどく驚いた顔をしている。
「い、今、頭の中に声が響いた気がしたが──」
『心を読み取って言いたいことを聞き、同じく心に直接語りかけて会話を試みてます。こうゆうの、この世界に魔法があるならできる人もいるんじゃないですか?』
「上位術士ならそうゆう術もできるが、魔石にしても神石にしても質のいい上位の物が必要じゃ。お前さんは何も持っていないことは明白。なぜそんなことができる?」
できる人いるんだ。
これはちょっと驚いた。むしろ朗報かもしれない。
『遺伝です。ばーちゃんも母さんもできました』
「別の世界と言ったが、……もしや、天より降臨された神族の生き残りかその子孫では?」
『違います。まあ、故郷でもこんな力持ってる人は身内の二人だけでしたが、一応ただの人間です』
神族か。そういえば、千年前に神様が降臨して言語が統一されたとかなんとか言ってたっけ。本物の神様がいるんだ。そんなのと比べたら俺の力は地味かもしれない。だったら思ったより目立たないで済むかな?
「……神石も魔石も持たずにあんなことができる人間などいやせん」
『さっき言った神族の生き残りとか、子孫とかは? どっかにいるから問われたんじゃないんですか?』
「自称する者はたくさんおるが、神石の力を操っている以上本物ではない。お前さんが本当に神族の血を引いているなら取り込みたい連中がわんさと押し寄せて取り合いになるじゃろうな」
何それ。魔王疑惑より怖いよ。
『そんなふうに扱われるのが嫌だったから、隠してたんです』
俺は、重くため息をついて目を閉じた。
『故郷でも、人にない力を持っていると知られたら迫害されたり利用されたり散々な目に遭うんです。祖父母が必死に隠してくれたおかげで、俺はそんな目にあわずに済みましたが……祖母や祖母の母は辛い思いをしたそうです』
人里から離れて、隠れるように暮らしていたのもそのためだ。
だからこそ、信頼できるたった一人がどれほど心強いものだったか。それを見つけられたばーちゃんや母さんが羨ましい。
運命の人が今すぐ欲しいよ。
じーさん先生は黙ってしまった。
考え事をしているみたいで、思考が巡っててぐちゃぐちゃしはじめたのでテレパシーを切る。声を出した時に再発動しよう。
あーあ……
じーさん先生がもうちょっと若かったらなぁ。
先生と呼ばれるだけあって頭は良さそうだし、身内思いで優しそうだし。俺のこと不審に思っててもちゃんと話を聞こうとしてくれている。
四十代、いや三十前後なら──……
なんて考えていたら、じーさん先生が顔を上げて俺を見たのでびっくりした。
「すまんのう。実はわしは、お前さんを利用することを考えておったのじゃよ」
ええ……
正直なのはいいけど、やっぱり運命の人候補から外そう。
「ああ、いや、言い方が悪いか。お前さんが上位術士だったら、協力を願おうと思っていたんじゃよ」
「協力……?」
こっちの言葉で返すと、じーさん先生はちょっと目を見開いた後うなづいて話を続けた。
「魔王退治じゃ」
魔王退治?
『あの……俺のことは、実は魔王ではとか思ったりしてなかったんですか? 魔王の召喚がどうとか言ってたし。実は俺、あの時先生が言っていた滅びの都から来たんです。異世界から召喚されて気がついたら魔法陣の上にいました』
「なっ、なんじゃと!?」
ちゃんと聞きたかったからテレパシーで尋ねてみた。
そしたら突然、じーさん先生が叫んでびっくり。
扉の外にも聞こえたようで、声がかかる。
「オーリー先生!? 何かありましたか!」
レノンだ。もちろん俺の声は聞こえてないと思うけど、中の様子を伺ってはいるのか。当たり前か。俺はこのままテレパシーで話しとく方がいいか。
『あの手帳、見たんじゃないのですか? あれは俺が来た場所にあった魔法陣の、そばに倒れていた白骨が持っていたものなんです』
俺が椅子の上の手帳を見れば、じーさん先生もそれを見た。そして顔をしかめる。なんだろう、あの手帳には誰が、何故、何を、どうやって呼び寄せたか、が書いてあるんじゃないのか?
「滅びの都について詳しい話を聞きたいところじゃが……まずはあの手帳のことじゃな。まあ、あれにははそんな大層なことは書いてなかったぞ」
『読めるんですか?』
「うむ。お前さんは、読んでない……読めんかったのか?」
『はい』
「気になるなら読んでやっても良いが、聞きたいか?」
『聞きたいです』
そう返事をすれば、じーさん先生は苦笑いをして手帳を手に取った。
コホン、と一つ咳払いをして読んでくれた内容は──……
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父王がとんでもないことを言い出した。
私に帝国の皇姉の婿に入れという。
ありえん! 父王より年上の皇帝の姉だぞ?
しかも拒否すれば帝国の怒りを買って国が滅ぼされるから、是が非でも行ってくれと泣きつかれた。なんだそれは。生贄か!?
今、この国で独身の王子が私だけだからってそれはないだろう!
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結婚していれば断れたと父王は言う。
今すぐ結婚すれば、情報を誤魔化して帝国に返答できるとも言っている。
よし、結婚しよう。
クソ父王が、帝国の使者が来る前に使者が納得できる相手を見つけられたならなとも言う。できないと思って言ってるな。
適当に選んだその辺の娘じゃダメだそうだ。皇姉が納得できる身分か価値のある能力を持つ相手でないとむしろ戦争になるそうな。ふざけるな!
身分は無理だ。帝国の皇帝の姉より上なんて言ったら神の末裔たる神王国の王族くらいだろう。けれどこの国とは大陸の端と端で今から嫁捜しに向かうなど無理だ。
ああ、どうすれば──
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近隣に嫁候補がいないなら、召喚しようと思う。
術研究にかまけすぎ、結婚話を蹴りまくってこの年になってしまったのだ。どうせならその成果で最高の妻を呼びよせることにしよう。
そう、いざとなったら私を助け守ってくれるような最強の、できたら可愛い花嫁を!
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部屋の中にしばらく、沈黙が下りる。
『……本当に、そんなこと書かれているんですか?』
「うむ」
『あの、俺、嫁候補として召喚されたんでしょうか』
「この手帳に書かれてある通りなら、そうなるんじゃろうなぁ」
じーさん先生が遠い目をする。「てっきり、悪戯書きかなんかだと思ったんじゃがなぁ」とつぶやく。俺の視線も遠くを彷徨う。
「あの国が滅んだのは百年ほど前のことじゃ。言い伝えでは王族が帝国と戦うため地の底より魔王の力を秘めた魔王石を召喚し、自国の王子を魔王にして帝国を迎え撃つつもりだったのではないかとあった。儀式が発動されたその日は城が燃えるように赤黒く光り、町の者たちは皆恐れ慄いて逃げ出したと聞く」
その逃げ出した者たちが伝えた伝承話が今でも近隣の国に残っているそうな。
その後、あちこちの国が真実を確かめようとしたけど、王城に入った者は次々謎の死を遂げ、すぐに調査は打ち切られたそうだ。
「お前さんを呼んだという術がどんなものかはわからんが、その術が暴走したとみて間違いないか。術者も死に、城の者が死に絶え、国が滅び、百年かかってやっと発動したということかのう」
『そんなことって、あるんですか?』
「わからんなぁ。じゃが、あの国は魔法陣に長けた国で、その王子もまた名の知れた者だったはずじゃ。だからこそ、召喚の魔法陣の伝説が今でも残っていたのじゃからな」
『国が滅びて百年もかかってるなら失敗じゃないのですか?』
「……うむ」
百年前に召喚されていたらよかったのかな?
いや、でもそんな不確かな魔法陣で呼び出すなんてどんな奴だよ。
呼び出された先で白骨になった召喚者を見た時の俺の気持ちを考えてよ。
むしろ、百年前に召喚されなくてよかったかもな。
そんな男は願い下げだよ。絶対に運命の人じゃない。
なんでだよ流れ星。願いからはずれすぎだろ、ひどいよ。
俺があんまりぐったりしているのを見て、じーさん先生は尋問を一時止めてくれた。
テレシーに食事を運んでもらって、一休み。
テレシーは元気で働き者のいい娘だとか、お弟子さん夫婦は仲良し夫婦だとか、関係のない雑談でちょっと和んでから──話の続きをすることになった。




