第五十五話
家に帰り着いてもまだ、一息つくことはできませんでした。
オーリー先生のお屋敷に、すでに愚……御子息のプルトヌー夫妻が入り込んでいたのです。
「とっ、父さんがなぜここに!?」
「わしの家じゃからに決まっておろう」
まずは愚子息夫妻を追い出すところから始めなければいけなかったのです。かなりごねられましたが、なんとか日が暮れる頃には追い出せました。
ちなみに、家の中の物をいじろうとしたり持ち出そうとされていたようですが、そこは執事のシュードさんをはじめ使用人の皆さんで守ってくださったそうです。
オーリー先生はとても感謝していらっしゃいました。
──まだもう一仕事あるぞ。
シュザージがへたりそうな私にそう言います。
わかっています。ミリネラ様の旅装を解いて、お風呂の準備をし、食事の用意を整えて、就寝の支度を……
──違う! この家に魔法陣で結界をはらねばなるまい‼
はう。
そんなの小間使いの仕事じゃありません。
ありませんが……やっておかねばならないことだとは理解できます。
──国を相手に脅しをかけたのだ。一度は引いても必ず探りを入れてくるだろうし、下手すれば暗殺も考えられる。
こうゆう面倒ごとが起きるから、できれば脅迫でなく取引で手を打ちたかったとシュザージは言います。
でも取引でも探りを入れるくらいして来るのでは?
──敵視と欲では出方も変わってくるだろう。まあいい。早く老学者殿に話をつけろ。
シュザージに急かされてオーリー先生に結界の申し出を伝えると、くたびれ切っていたはずの先生は生き生きとして、ぜひその様子を見せて欲しいと願われました。同じくミリネラ様もトルグ様もです。
仕方がないのでもうひと頑張りしましょう。
オーリー先生の研究室に移って、持ち帰った銀盤を二つ取り出しました。そして、これも持ち帰った手のひらに半分ぐらいの黒い棒をペンのように持って魔法陣を描き始めます。
「これはなんですかな?」
「砕いた神石と魔木化して間もない木から作った木炭とその他諸々を混ぜた固定魔法陣を描くためのペンだ。魔力や神力だけで描くと長く持たないし、普通のペンで描いたものは威力が出なさすぎるだろ?」
だろと言われてもわかりません。
みなさんは感心して見ておられますけど。
ああ、魔法陣制作なのでまた私と入れ替わってもらって作業してます。
「この家に出入りして良い者の名前を教えてもらいたい」
うなずいたオーリー先生がここにいない使用人たちの名前をあげます。
それを聞いて、シュザージは魔法陣にその名前と幾つかの記号を書き足していきます。
中心には家の主オーリー先生と魔法陣製作者のシュザージと肉体の持ち主である私の名前を描き、次いでトルグ様とミリネラ様、執事のシュードさん、それから使用人たちの名前をみっちり書き込んでいます。
もちろん、タケユキさんの名前も。
「こんなものか。魔属性魔法陣、地中魔力収集。神属性魔法陣、固定化、調整……」
描き上がった銀盤の魔法陣に、いつものように手に持った魔石と神石の力を引き出し、次々に別の魔法陣を重ねがけしていきます。それから別の銀盤に同じような物をもうひとつ作りました。
「こっちを中位魔石と一緒に屋敷の真ん中に近い辺りに埋めておく。こっちは操作盤だ。この研究室に置いておけばよかろう。他者を招く時や結界を強化したい時はこっちからする。やり方は明日教えよう」
「こ、こんなに手順が多いのですか」
「魔法陣は基本的に複合術なのですね」
「これでも簡易版だ。五、六年持てばいい方だろうて。侵入者対策も命を奪うような危険な排除方法ではなく、入り込んで数歩歩けば足が痺れて動けなくなるというものにしておいた」
「ほほう、それは面白い」
朝起きたら庭に死体とか嫌ですもんね。
トルグ様もミリネラ様もわくわくしてます。もちろん先生も真面目な顔でうなずいていますが、口元が笑っています。操作方法を教えてもらう明日が楽しみといった所でしょうか。いえ、もしかして誰かひっかかるのを楽しみにしていませんか?
こんなに大変なものを覚えたくて仕方ないなんて。
私はやっぱり術士には向いていませんね。目指すなら、やはりベテラン小間使いです。
「さて、どうせなら国王の手下が捕まらぬものか。明日はまた国王に会いに行くつもりだしな」
はっ? どうして国王に?
「タケユキを助けに行くためにテレシーを勇者にする」
「なっ」
「賢者殿!?」
な、何を言ってるんですか!?
「あのまま放り出されては色々と不味かったが、勇者になれば帝国の隣の国、フレンディス国まで送ってくれるのだぞ? 帝国に行くには一番の早道だと思わんか?」
「賢者殿。九十年前にフレンディスと帝国の間に帝国の属国扱いのクオスト国が建国されてもう隣ではありません」
「なんと!? クオスト山脈を取られたか。それでもより近い国ではあるだろう?」
地理はよくわかりませんがそうなんですか?
オーリー先生に言われてシュザージも驚いています。
「確かに。海から行くには帝国の船でなければ行けませんし、大陸を渡るにも国を三つも越える事になる。自前の馬車で行くと手続きに手間取ったり宿や食糧、盗賊に会う心配もあるからな」
「そうね、留守中の家の安全も測れてしっかり準備して行けるなら……」
トルグ様やミリネラ様まで乗り気になってしまいました。
本気ですか!?
「いや、其方らにはここに残ってもらう。行くのは私とテレシーだけでよい」
「「「えっ!?」」」
先生方の驚きの声が重なりました。私もびっくりです。だって、実質一人で行くことになるじゃないですか。
「何を驚く? 其方らには危険だし足手纏いにもなる。その故もあってこの家に結界を張るのだ。人質にされんためにな」
「しかし、テレシーだけというのは……」
「他にも勇者がいるのだろ? かよわき乙女が仲間にいれば男は奮闘するものだ。せいぜい守ってくれようぞ」
くくっ、とシュザージは笑います。
「もちろんベルートラス王国にも最大限取り計らってもらうがな。今日の話を聞いていてわかったが、奴らは神王国や神殿に圧力をかけられて参っているのではないのか? 神王国の意向に逆らえば新しい神石が手に入りにくくなるのだ。防衛に力を入れたいのに神石が手に入らなくなるのは手痛いだろうしな」
「確かに、わしらを即座に送ろうとしていたのですからな」
「捨て駒を送って体面だけ整え、国の防衛に力を注ごうとしていたようだ。私が他の国の勇者より抜きんでた力を見せつけてやれば、神王国に対しベルートラスの発言力を強化できる。と、思ってくれればこちらもベルートラスを利用しやすくなる」
なんだか小難しいことを考えているようですが、行くのは私なんですよ?
でも……
確かに私はか弱き小間使いです。でもそれで、少しでも早くタケユキさんを助けに行けるなら、それでもいいと思います。
私がそう決意すれば、シュザージの考えも固まったようです。
「そうじゃのう……今日のところはこれで休むとしよう。さすがに疲れた」
オーリー先生がため息まじりに言いました。
皆さま、どっと疲れが出てきたようです。私もです。
最後に魔法陣の銀盤を土に埋めて起動させ、今夜は早めに休むことになりました。
そうそう、銀盤を埋める役目は私がしました。
小間使いですから!




