第五十三話
私がボーッとしている間に走り出した馬車ですが、現在護衛が一人もいない状態でベルートラスへ向かって走っているそうです。
「三十人の瀕死の盗賊を放置するわけにもいかんからのう」
オーリー先生がため息ながらに話してくれました。
一度捕らえたはずの盗賊が出てきたこと、その中に元神属騎士がいたことで、裏にはそれなりの人物が絡んでいることは明白。とどめを刺せば裏の事情はわからなくなるし、負傷し錯乱した三十人もの男たちを騎士二人と四人の兵士で運ぶことも困難。
「馬車を貸すわけにもいかんしな。それで、トルグの兄上が自分の馬で急ぎ近場の町に応援要請を出しに行き、その足で王都まで走り直接国王にこの件を報告するそうじゃ」
「はあ……」
それは大事になりましたね、なんて考えていたら床に置いた魔法陣の紙切れは『愚か者』と言います。
『トルグ殿の兄上の目的は盗賊の件ではないな。テレシーのことをベルートラス国王に上申するつもりだろう』
「はっ? 私ですか!?」
「うむ。今度こそ防衛兵力として出向するよう命じられるじゃろうな」
「ええっ!?」
『当たり前だろう。私の魔法陣戦を見れば、力を求むものなら誰であろうと欲しがるはずだ。私はベルートラス王国に手を貸すことはやぶさかではない』
「なっ、何言ってるんですか!?」
『テルセゼウラ王国を再興するには隣国に借りをつく……仲良くなっておくのは良いことだ』
あなたという人は……
「では、魔王が出現した折には、ベルートラス王国の兵力として討伐に出向いてくれるのですか?」
『国王との交渉次第だな』
「交渉?」
『私の第一の目的はタケユキの救出だ。救出前に帝国に魔王が出たなら協力はするが、あくまで目的はタケユキだ。それを邪魔するなら一切手は貸さん』
「そうですね。それは絶対譲れません」
「テレシー、危険な場所で戦わされることになるのよ。自分の心配もして頂戴」
ミリネラ様に窘められました。
シュザージの暴走を止める役目を負っているのですから、自重しなきゃ。
『魔王がいなくても、帝国に乗り込むなら幾らかの危険はあるだろう。そのために我が城へ行ったのだ。転生と長い時間の経過で忘れてしまっていた術式も覚えなおした。術道具のいくつかも持ってきた。後はタケユキの居場所を突き止めて向かうだけだ』
「あれ? 居場所はわかるんじゃないんですか?」
『あくまで大体の方向がわかるくらいだ。だが、数日前から時々気配が読めないことが多くなった』
「なっ!? どうしてですか!? タケユキさんは無事なんでしょうね‼」
『生死に関しては絶対にわかる。だが、居場所については完璧とは言えん。なんと言っても帝国は昔から魔術に長けていた。魔力的な何かに覆われ隠されているなら判断がつきにくい』
「そんなっ」
『嫌な予感がすると言っただろ』
「あの時からですか!? だったら早く助けに行かなきゃ──」
『落ち着け、愚か者』
「テレシー?」
また叱られました。
しかもシュザージにまで。
自重自重。
「まあまあ。とにかく今のうちに何かしら対策を考えねばなるまい。今は人目がない故にわしらだけで話し合いができるが、しばらくしたら町から呼ばれた兵士が来る。騎士も来るかもしれん。そうなれば見張られることになるじゃろうし、家に帰れないまま城に連れて行かれるやもしれん」
『そうだな……』
こうして、私たちはこれから起こるであろう事態を予測して対策を立てたりしていました。王様対策はほとんどオーリー先生とシュザージが話し合ってましたが。
なにせ、私は生まれも育ちも小間使いなので王様対策なんかさっぱりです。
それにしても、私もつい先走って暴走しそうになることがあるんですよね。シュザージは私の方が理性があると言ってたけど、二人合わせてこれって。
私の魂の理性の容量、少なすぎないかしら。
それから。
馬車は進み、ベルートラス最端にある村に着いた時には、幾人かの騎士がすでに到着していました。早いですね。
騎士の一部は村で馬車を借りて盗賊と兵士たちを迎えに行くそうです。
「では、ご同行願おうか」
オーリー先生の予測通り、私たちにも騎士の見張りがつきました。やはり、そのまま城に連れて行かれるようです。
急かされながら馬車を走らせ、馬がくたびれてしまったら別の馬車が用意されて乗せ替えさせられたり。忙しないです。
オーリー先生の幌馬車はスルフさんに家までゆっくり運んで貰う予定です。乗り換えた後の幌馬車はやはりいろいろ調べられていましたね。何か滅びの都から持ち帰ったものを隠してないかって。そうそう、遮音の魔法陣は予め消しているので心配ありません。
献上用に持ち出して来たシュザージの私物と、先生方がもらったガラ……術道具は、先に騎士たちが持って行きました。トルグ様のお兄様や魔属騎士様も確認されている品々なので、さすがに盗まれたりはしないと思いますが。心配です。
自国の騎士や王家のやることに嫌な気分にさせられるなんて。あ、騎士には一度ありましたね。奴らは今は盗賊ですが。
──どこの国でもこんなものだろう。
シュザージが呆れまじりに言います。
今は紙に書いていた魔法陣も捨ててしまってありません。目をつけられそうな物は少ない方がいいと言うことで。
たぶん城についたら私たちも、持ち物などは全て調べられるだろうとのこと。
シュザージの持ってきた魔法陣関係の書類は知識がなければ読み解けないものらしいですし、一緒に鞄に入っている小さな術道具や銀の板は、身につけたり魔石や神石で力を供給したりしなければ先に持って行ったガラクタと変わらないように見えるだろうと言っています。
私が持っている合成石も一見したら低位の物ですが、これは術士が見れば上位石並みの力があるとバレるかもしれないらしいです。取り上げられないように気をつけなきゃ。
──まあ、いくつか作は練ったが。相手がどう出るかだな。
なんだか楽しそうですね。
術研究に没頭して婚期を逃した王子様が、現役の王様相手に対抗できるのですか?
──できるさ。王族を舐めるなよ。
いざとなったら、またシュザージに入れ替わってもらって対応してもらうことになりました。話し合いだけで済めばいいのですがね。お城の中で阿鼻叫喚は良くないと思います。
そうして辿り着いた王都ニニオン。
ちょっと行ったらお家があるのに帰れないのは残念です。旅で疲れているのに、ミリネラ様くらいはゆっくり休ませてあげたかったです。
今乗っているのは王城に乗り付けてもおかしくない豪華な馬車です。乗っている私たちは旅装束のままですが。
馬車は街を横切りお城へまっすぐ進みます。
お城ではやはり持ち物を調べられました。
私とミリネラ様を調べた侍女は術関連は並の知識があるだけらしく、魔術士のミリネラ様が持っていた中位の魔石は謁見の間預かると言われて取り上げられましたが、私の魔石と神石は取り上げられずにに済みました。
──謁見の間には騎士や術士が何人もいて国王を守っているのだろうな。
そ、そんなにですか?
── 一国の王が何の警備もなく初対面の怪しい人間と会うわけなかろう。そんなお気楽な王がいたら笑ってやる。
そんなものですか。
初対面は私だけですが、どこからどう見てもただの小間使いですよ?
それに私の持っている石は見逃されましたよ、いいんですか?
──低位の石くらいなら見逃してやって懐の広さを示しているのかもしれんな。バカめ。
笑ってやりますか?
──出方次第でな。
シュザージと、頭の中でそんなことを話しているうちに謁見の間までやって来ました。大きな扉が開かれ、オーリー先生とトルグ様が並んで入室。ミリネラ様と私はその後をついて歩きます。
正面の少し高くなった台の上に玉座があり、そこに座った貫禄のある王様がじろりと私たちを見ています。
私たちは赤い絨毯の上を進み、玉座から少し距離を置いた場所で止まります。前もって聞いていたように、オーリー先生に倣って膝をつき下を向きます。面倒ですね。
「おもてをあげよ。立ってよろしい」
少し横から聞こえたので言ったのは王様ではないですね。
立ち上がり、改めて前を見ます。玉座の王様の右横にも椅子があり、茶色の髪の青年が座っていました。王子様でしょうか? 確かに肖像画のシュザージを見た後では微妙な感じですね。
左側にはふんぞり返った、たぶん大臣。さっき声をあげたのはこの人のようです。その左右にはズラーっと人が並んでいます。左に神属騎士、神術士、神官。右に魔属騎士、魔術士、官司など、でしょうか。あ、神属騎士の中にトルグ様のお兄様がいらっしゃいます。
私たちを囲むように半円を描いて並ぶ方々は皆、なぜか目つきが鋭いです。
「術学者オーリー・グルトルー。此度の滅びの都の調査は大成功であったと、同行した神属騎士ホルド・マリータから報告を受けておる。大儀であった」
「……ははぁ」
オーリー先生のお返事が、大きめのため息のように聞こえたのは私だけでしょうか。シュザージが笑ってます。私だけじゃないようです。
「まず、都がどのようなところであったか、またどのような財宝などがあったかから報告してもらおうか」
ええ……聞いたのならもういいじゃないですか。
──多方面から聞き取るのは当然だ。直接見てきた本人がいるならなおさらな。それに、騎士たちは我が城には入っておらん。
そうですね。
私が頭の中で雑談している間に、オーリー先生は王様に見たままを話しました。
散らばる白骨、よくわからない魔法陣が描かれた書類、なんとなく使い方がわかった要改良術道具、これも謎の魔法陣の並んだ部屋。それらの魔法陣について調べ学びたいこと。などなど。
術道具の辺りはちょっと熱が入っていましたが、王様はため息をつきました。
「魔法陣の話はもういい。財宝については、ホルドに言われて適当な部屋で見つけただけだと言っていたが、探せば他にもあるということか」
などなどで片付けた話に食いつかれました。
「それについては後日、大規模な調査団を派遣することにしよう」
──そら見ろ。盗賊避けは必要だった。
ですね。
その調査団は町にすら入れないでしょう。
「さて、次に聞きたいことはな……オーリー・グルトルー、其方は滅びの都で魔王石を見つけたのではないか?」
「は?」
今の流れから、なぜそんな話が出たのでしょう。
先生もトルグ様もミリネラ様もポカンとしています。私もです。
「最初の調査の時点でだ。其方が魔王、もしくは魔王石出現の報を受けて一番に調べたのが滅びの都だったな。最初は到達できなかったと聞いていたが、それは謀りで実は何か危険なものを持ち帰っているのではないか、と言う者もいてな」
王様がチラリと見た先には趣味悪い金ピカな衣装の神術士がいました。なんだか嫌な感じです。私たちを見下しているのがありありと見て取れます。
「なんでも、二度に渡りたった一人で盗賊を返り討ちにした娘がいると聞いた。一度目はあやふやな自由兵士団の証言より其方の意見を聞き入れたが……此度は我が国属の騎士が目撃しておる」
ああ、やっぱりその話は出ますよね。
王様だけでなく、周りの視線が全て私に向かっています。恐怖、嫌悪、嘲り。どうしましょう、シュザージ。
──まだ何もせん。震えながら涙でも浮かべておけ。
無理です。
「更には、神属騎士の勧誘を受けて出向いた騎士舎でも暴れて騎士に怪我を負わせたという報告もある。あまりに馬鹿げたものだったが、そこに帝国の皇妹姫が駆けつけたとも聞いた。これはどういうわけだ?」
「神属騎士の件は魔属騎士からの報告をお聞きではないのでしょうか? 言いがかりで引き立てられたうちの者を、たまたま見かけた皇妹殿下が哀れんで助けてくださったのです」
「言い掛かりとは何か‼ 魔王に対抗するために我が国は強者を募っているというのに、力ある術士を隠してくだらない研究に費やすだけの愚か者が! 王に従い神に従い、その力を差し出すのが道理ではないか! 愚者を正し導こうとした者を愚弄し、あまつさえ暴力を振るった蛮人など事と次第では極刑もあり得るのですぞ‼」
すごい速さで捲し立てられました。さっきの金ピカ神術士です。近くにいる人は顔をしかめています。私もしかめたいです。
先生はちょっとしかめています。
「今回、襲って来た盗賊の中にその神属騎士が混じっていましたが。それについてはどう思われるか?」
「フン、彼らは怪我が元で退役したそうだ。その後のことは感知せん。だが退役しても正義の心に揺り動かされ、帝国の犬に成り下がり暗躍する魔王の手先を退治ようとしたのかもしれんな」
「聞き捨てなりませんな!」
オーリー先生が怒鳴りました。
いつも穏やかな先生がここまで怒っているのを見たのは初めてです。
「静まれ! 国王陛下の御前であるぞ」
剣呑とした雰囲気を収めたのは王様の隣の大臣です。
オーリー先生は国王に一礼します。私たちも習って礼をしておきます。
金ピカ神術士は不満そうに小さく礼をしました。
王様はひとつうなづくと、話を続けます。
「すまぬな、グルトルー。皆、気が立っておるのだ。つい先日、神王国の神殿より全世界に急報が出されてな。どうやらオンタルダ帝国で魔王となった者が確認されたらしい」
え……?
帝国に魔王が出現する可能性は何度も聞いていましたが、改めて告げられると身が震えます。タケユキさんは無事でしょうか?
私の心配をよそに、今度は大臣が王様の話を継いで話しはじめます。
「魔王はすでにその力を示し、皇帝に歯向かう者に魔物をけしかけ自国の領地をひとつ潰したとか。人々を救わんとした神王国の使者が悪辣な手段で捕らえられたなどという噂もある。早急に帝国と魔王を撃つべく勇者を募ると言ってきた」
はあ。勇者ですか。
子供に読み聞かせる物語なんかに出てくるすごい人のことですね?
魔王を倒した後に呼ばれる称号ですよね?
これから倒すべく集める人を初めからそう呼ぶのですか?
意味がわかりません。
首を傾げると、また王様がニヤッと笑って話します。
「そして、各国に魔王を倒すべく勇者の派遣を要請された。私としては、三十もの盗賊を一人で倒したと言う術士こそ、勇者としてふさわしいと思うのだが?」
……はい?
「術学者グルトルー一門に命ずる。各地より勇者が集められるフレンディス国に、ベルートラス代表の勇者の一行として即座に赴け!」
謁見の間に王様の声が響きました。
私はもちろん、先生もトルグ様もミリネラ様も、そしてシュザージも想定してなかった言葉が出てきて、びっくりしすぎて声も出ません。
こんな時、どうしたらいいんでしょう。タケユキさん




