第五十二話
馬車はガタガタ走ります。
以前は、熱を出して苦しむタケユキさんを心配しながらの帰路でした。
あの時も盗賊に襲われましたが、タケユキさんの不思議な力で助けられましたね。
あの人の戦いは、もっときれいなものでした。
──戦いに、綺麗も何もない。タケユキは不慣れなだけであろう。
私だって不慣れです。
──私は慣れておる。あの頃、我が国は裕福だったのでな。よく北方の貧しい国から流れてきた者や傭兵くずれが徒党を組んで、辺境の村や町を襲ってきたのだ。それを私が颯爽と退治したのだよ。
あれが颯爽ですか?
──あれはただの復讐だな。
そうですね……
──私は昔からカッとなると見境がなくなるのだ。
国を滅ぼしてしまいましたものね。
──父上に謝罪したばかりなのにな
私も、あなたを諫めると約束したのに。乗っかってやっちゃえって思ってしまいました。
──だが、お前はとどめを刺さなかった。
ミリネラ様に止められたからです。
それに、あなたがいなければ盗賊にいいようにされて終わっていましたよ。
私には……なにもできませんでした。
──………………
……………………
あの時、私が止めなければ、あなたはタケユキさんを助け出せましたか?
──なに?
船で連れ去られた時です。
魔法陣で火を放ったでしょ?
助け出す手立てがあって、ああしたんですよね?
──まあ、そのつもりだったがな。あの時持っていた石は低位のものだったのでうまくいったかはわからん。
私に気を使ってませんか?
──本音かどうかは伝わっているはずだが?
そう、ですね。
──………………
……………………
私、タケユキさんが初恋なんです。
──なぜ、今そんな話を?
聞いてください。
私、いつか素敵な運命の人に巡り合って、恋をして結婚して幸せに暮らすのが夢だったんです。
──そうだったな
これは、私の夢ですよね?
あなたの想いにつられて、タケユキさんを好きになったわけじゃないですよね?
──テレシー?
この想いがあなたのものなら、私がいる意味なんてあるのでしょうか。
私が……私が最初からあなたなら、タケユキさんは連れていかれずに済んだんじゃないですか? あの時邪魔しなければ、船から助け出せた。いえ、私が余計なことをしなければ、騎士舎に連れて行かれてひどいこともされなかった。あそこでタケユキさんは帝国の姫君に目をつけられたのかもしれないんですよ? そのせいで攫われたのだとしたら何もかも私のせいじゃないですか!
──テレシー!
出会った時に目覚めたと言いましたよね? その時、あなたが私に成り代わっていればタケユキさんは……
私は無力です。ただの小間使いの女の子です。
この気持ちは私のものだと思っていても、何もできないならいっそ
──残念な話だが。お前でなければ、出会った時点でタケユキに嫌われていたであろうよ。私がかつての私なら、即座に襲いかかり既成事実を作った。
は?
──タケユキは可愛いだろ? 時々見せるゾクゾクするような瞳も好きだし、花のような微笑みも愛おしい。花嫁として呼び寄せたのが男であったことは驚いたが、この身が女になっていなくとも私は襲いかかっていたであろう。
何を言ってるんですか、あなたは。
──同じ魂の上にある自我だ。好みが同じでも仕方ない。だが、残念ながら私はどうも感情が先走ると理性が吹っ飛びがちなのだ。
そうですね。
さっきも聞きました。
──悔しい話だが、理性面が強く出ているのはテレシーだ。限りなく似た存在でありながら、非なる部分も大きい。
そこまで似ているとは思いませんが
──お前が止めなければ、私は船ごとタケユキを殺してしまっていたかもしれんしな。実のところ、勢いで火を放ってしまった感はある。
なっ!?
──そうなっていては、嫌われるどころではなかったな。騎士舎でも、あの時点でできたことと言えば、殴られたテレシーの顔の傷を癒すくらいだった。
あの時、意識が飛んじゃうほど殴られたのにケガをしてなかったのはあなたのおかげだったのですか。でも、それこそあなたならケガをしたタケユキさんを治してあげられたんでは?
──どうだろうな。タケユキは特殊な体質のようだから
そうなんですか?
──ああ、思い出したら欲しくてたまらなくなる。あの柔らかそうでキメの細かな美しい肌、直接触って愛でまくりたい!
変態‼
そんなことさせませんからね! タケユキさんに無理やり何かしたら承知しませんよ‼
──まあ、お前がいればそうやって止めてくれるであろうな。そう思ったが故に、お前を消すのをやめたのだ。
なっ、なんですか!? それは‼
──私の研究室でなら、魔石を合成したように魂の自我を統一する魔法陣を描けた。だが、それを止めたのはお前が父王の前に私を跪かせたからだ。
それ……だけで?
──私なら素直に父に謝るなんてできなかった。国を復興させようなんて思うわけもないし、肉体と知識と力を取り戻せば帝国を滅ぼしてでもタケユキを手に入れようとしただろう。下手すれば私が魔王になっていたかもな。ははっ
やめてください。そんなことしたらタケユキさんまでひどいことに成りかねないです。タケユキさんの望みは平穏に暮らすことなんですから!
──そうだ。そうやってお前が理性的に私を止めてくれれば、私は魔王にならずに穏やかにタケユキと愛を育めるやもしれん。
私、あなたのために生かされるなんて嫌なんですけど。
タケユキさんに私まで変態呼ばわりされたら私だって理性なんか吹っ飛びますよ。あなたに成り変わられないよう私はしっかりしなければ。
──そうでいてくれ。
……そう、します。
「テレシー?」
馬車はまだガタガタと走っています。
揺れる馬車の中で、ずっと寄り添っていてくれたミリネラ様に呼ばれて目を開きました。
「すみません、ミリネラ様。ご心配をおかけしました」
「いいのよ。それより……」
「もう大丈夫です。私、変態呼ばわりされたくないですからね!」
「……へ? なんですって?」
「よく分からんが、賢者殿と何か話したのかね?」
「はい!」
オーリー先生にも心配かけましたね。
私が元気に答えると、ミリネラ様もオーリー先生もホッとされました。御者台にいるトルグ様も、こっちを振り返って息をつかれたのがわかりました。
本当に申し訳ございません。
「うむ。ではテレシーと、できれば賢者殿とも今後について話しておきたいのじゃ。あれだけのことをした後では、ただの思春期の暴走ではすまないじゃろうからな」
……本当に、申し訳ございません。




