第五十一話
「へへへっ、また会ったなぁ」
嫌な笑い声を上げて馬車を取り巻いたのは、前回私たちを襲った盗賊たちでした。
滅びの都を出てしばらく。
最初に襲われた場所へ差し掛かった時に、正面に馬で回り込まれ道を塞がれ、馬車が止められてすぐに背後にも盗賊が現れ逃げ場をたたれました。
緩やかですが丘に囲まれたこの辺りは見通しも悪く、盗賊が待ち伏せするには絶好の場所なのでしょう。数も前回の二度目に襲われた時より多いです。あの時は十五人、今回は三十人はいそうです。
「なんでお前らがいるんだ!? 王都に連行したんだ、牢屋にいるはずだろ!?」
「しかも多いぞ!? なんでだ!?」
護衛兵士の四人が焦っています。こちらは騎士が二人増えただけで明らかに戦力不足です。しかも賊は馬も持っていますし、以前より良い武器や装備を持っている者もいます。
「魔術士も、いるわ」
馬車の影から覗き見ていたミリネラ様が震えて言います。盗賊の中に、一人だけ黒ずくめで魔石のついた杖を持っている人がいます。
「襲撃があるかもとは思ったが、なぜこれほどまでの規模で……」
息を飲むオーリー先生。
「トルグも参戦しろ!」
「お前たちは術士だろう、援護を頼む」
騎士二人も焦っています。私たちも戦うことになりそうです。
──戦うのは構わん。それよりもテレシー、あの辺に見た顔がいるぞ。
頭の中に声が響き、シュザージが示した方を見ます。周りのほとんどが前回見たような盗賊なのですが、その中に別の意味で印象が深かった嫌な顔がありました。
「あーっ! サイテー下劣騎士!」
指を指して叫んだら、そいつはびくりと震えてこちらを睨んで来ました。私も睨み返します。
「あいつは、いえ、あの辺りに居る何人かは神属騎士です! 言いがかりで私とタケユキさんを騎士舎に連れ込んで暴力を振るったサイテーで下劣などうしようもない奴らです!」
「神属騎士だと!?」
ギョッとしたようにトルグ様のお兄様がそっちを見ます。顔見知りではないのか首を傾げています。
「ああ、そう言えばいたな。市民に難癖つけて暴力を振るった神属騎士が」
くくっと笑った魔属騎士様。
私たちを助け出してくれたのが魔属騎士様だったと後で聞いた気がします。その時、帝国のお姫様も一緒だったとも。
しかし、なぜあの神属騎士が盗賊をやっているんでしょう。クビになったのでしょうか。
指を刺されたそいつは歯軋りしながら震えた後、叫びました。
「貴様らのせいで俺は騎士団を追われたんだ! あの小僧はどこだ! 今度こそぐちゃぐちゃにして殺してやる!」
──ほう……
「へえ……」
今、私とシュザージは同じ怒りが湧いています。
──アレは縊り殺しても構わんな
「もちろんです」
──我にこの身の主導権を寄越せ。存分にいたぶって死なせてやろう。
「ええ、どうぞ。やっちゃってください」
シュザージは私の中で直接話しているので、外には声が聞こえません。まるで私が独り言を言っているようですが、この際そんなことはどうでもいいです。
あの時の、痛々しく傷ついたタケユキさんの姿がまぶたに過り、怒りが増すばかり。
「テレシー?」
心配して顔を覗き込んで来たミリネラ様の肩をそっと押して戻します。私の足は立ち上がり、馬車を降りました。見据える先は元神属騎士ども。
「テレシー!? どうしたの!?」
「馬車に戻るんじゃ、テレシー!」
ミリネラ様が私を呼びます。オーリー先生も戻れと言います。けれど、私の手はポケットに入れていた二つの石を取り出し握りました。
右手には神石。
左手には魔石。
「てめえら、女は残して後は皆殺しだ‼ 案内は一人でいいがどっちも残せば好きにさせてやるぜ」
濁声が響き、盗賊が一斉にかかってきました。
それにしても、案内ですか。つまり滅びの都も狙っているということですね。シュザージの怒りが増した気がします。
「魔属性魔法陣、火を成せ。神属性魔法陣、風を成せ」
私の指が魔法陣を描き、私の声が呪文を唱える。
左の魔法陣に火が灯り右の魔法陣から風が渦巻く。
「火よ、風よ、我が妻の敵を燃やせ!」
舞い上がった火が、風に乗って大きく輪を描き周囲を巡る。そして敵の頭に火をつけた。
「ぎゃぁぁぁ!」
「あっ、頭が、頭がーーっっ」
無様に転がる盗賊たち。
騎士様方も、兵士たちも、オーリー先生もミリネラ様もトルグ様もスルフさんも、みんなが呆気にとられています。
でも、まだまだです。
「魔属性魔法陣、冷気を成せ。神属性魔法陣、地表に水を成せ。大地に氷の刃を立たせよ!」
新しく描く魔法陣ごと、腕を振り上げれば尖った氷柱が湧き上がり盗賊どもの足に突き刺さります。かすった者も血まみれです。転がってた者はもっと悲惨ですね。
驚いた騎士様も兵士も、咄嗟に馬車の周りに戻りました。こちら側には火も氷も届かないようにしていますので、避難していてくださる方がありがたいです。
シュザージは、笑いながら次の魔法陣を描きます。
「ははははっ、次はタケユキを殴りつけたお前たちに同じ痛みを味わってもらうか。魔属性魔法陣、石を成せ。神属性魔法陣、大気に干渉。石を弾け!」
浮かび上がった複数の土塊が硬い石となり、盗賊にぶつかりました。それが跳ねて近くの盗賊を殴りつけ、また跳ねて別の盗賊へ。まるでおもちゃのように見えます。
悲鳴を上げ、許しを乞い、足を引きずり、または這いずり逃げ惑う三十人の盗賊たち。
あは、あははは……あははははははは……
「テレシー! いえ、魔法陣の賢者様‼ もうやめて下さい!」
背後からミリネラ様に抱きつかれました。
両手はスッと下がり、手の中の石をポケットにしまってダラリと落ちます。魔法陣は解け、火も石も氷も消えました。
私は自分に戻った腕を上げて、ミリネラ様の手に触れます。
「すみません、そろそろとどめを刺した方がいいですか?」
「……テレシー?」
「私は非力なので、うまくとどめをさせません。騎士様方、兵士の皆さん、あとはお任せしてよろしいですか?」
騎士様方を見れば、その顔は恐怖に歪んでいるように見えました。暴力など慣れているはずの方々がどうしたのでしょう。
「ミリネラ様、とても疲れたので、馬車で休んでいいですか?」
「えっ、ええ、もちろんよ」
ミリネラ様は騎士様たちの目から私を隠すようにして馬車に戻りました。
「テレシー、今のは賢者様が?」
「トルグ」
トルグ様の問いかけに、ミリネラ様が首を振ります。今は聞かないで欲しいので助かります。
私は無言のまま馬車に乗りました。
オーリー先生は何も言いません。悲しそうな顔をされているだけです。
私は馬車の中に座り込みました。膝を抱え、涙がこぼれるのを止められません。
今、ここにタケユキさんがいたら今の私をどう思ったでしょうか。
……怖いです。




