第五話
それからまた一日たった。
体調は全く良くはならないが、なんとか小康状態は保てていた。
これなら村までは持ちそうだ。
けど村に着いたところでちゃんと休めるか? 俺はお金も持ってないし宿があっても泊まれるわけじゃない。納屋とかに泊めてもらえたとしても外と変わらない寒さの中、毛布もなしでいたら結局良くなるはずはない。
暖かい寝床でゆっくり眠れればなんとかなると思う。今の状態なら二、三日眠りっぱなしになるかもしれないけど。
そんなに寝ていられる余裕あるかな。
「……………」
また、テレシーが俺のひたいに手を当てている。
水を使えないから手で冷やしてくれてるのかな。うーん……クラクラしててテレパシーもうまく使えてない。言葉を少し覚えたからちょっとした意思疎通はできるけど、心が読めないと不便だな。
「──えっ!?」
サッと手を離された。
なんだろうな?
はあ、考えるのも億劫になってきた。
これ以上悪くならないよう、余計な力は控えて、心を落ち着かせて──……
と、目を閉じた途端聞こえてきた声。
「盗賊だ‼」
ええ……今?
馬車が止まる、テレシーもじーさん先生もミリネラさんも外をのぞいてギョッとした。
「ミリネラ、神石を取ってくれ」
「トルグ!? それは危険よ!」
御者台からトルグさんが手を伸ばす。隣にいたはずの隊長はすでに御者台にいない。
「敵がこないだより多いんだ、いざとなったら私が術を使う」
「それなら私も」
「魔術はだめだ。それより、ミリネラは先生を頼む」
トルグさんはそう言って、荷袋の中から手に握れる大きさの、水晶のような形の白い石を取り出した。そして御者台に戻り辺りを見回し身構える。
「私にも、神術が使えれば」
「こればかりは適正じゃ。研究のためには魔石が扱えるミリネラがいてくれて助かっておるよ」
「先生……」
なんの話をしているんだろ。
でも、まずいことになってるのだけはわかる。
俺にもできることはあるか?
立ち上がろうとしたら、テレシーに止められた。
「タケユキさん! ダメです!」
肩を押さえて止められた。
でもこのままじゃ俺だってどうなるかわからない。
回復できなければどのみち死ぬだけだし。だったらパーっと力を使ってしまってみんなを助けたい。なんだかんだ言ってもみなさん、恩人だし。
できれば運命の人と平穏に、幸せに生きてから死にたかったけど。
難しそうだし……
「タケユキ……さん?」
なんだろう、またテレシーが変な顔してる。あれ? 変な顔してるなって思ったら今度はむくれた。
そんなことしていたら剣劇の音が聞こえ出した。
敵が多いって言ってたな。
まずいんじゃないのか?
やっぱり、できることをしよう。嫌な奴もいたけど兵士の人たちにも世話になったし、顔を知った人がこんなことで死んじゃったら嫌だ。
俺は、スウっとひとつ息をついた。
透視の力を使って、幌の向こうに意識を向ける。
外をのぞけば……乱戦してた。
盗賊は十数人いるように見える。かたやこっちの護衛兵士は四人。そりゃ無理だ。
時々、盗賊の目元で光が弾けていて、動きが止まっている。これがトルグさんの言ってた術? え? ここの魔法ってこれだけ?
俺の力使ったら目立つよな……
けど、どうせ死ぬか生きるかならやっちゃおう。
俺の肩に置いたままの、テレシーの手がビクリとした。
まあいいや。
知ってる気配、四人の護衛兵士を除く。
知らない気配は十五……あれ? 知ってるようなのが三つ。ああ、あの時のした盗賊か。じゃあいいか。
盗賊の気配を全部掴んだ。よし──浮け。
そう念じて力を、放つ。
「なっ、なんだ!?」
「どうした!?」
今のはレノンと隊長さんの声だな。他にも野太い悲鳴が聞こえる。
たぶん今頃、盗賊たちはみんな宙に浮いてるはずだ。このまま高く高く持ち上げて落とすのもいいけど死人が出るのは嫌だからやめておこう。それなら、盗賊たちの手を全部開かせて……力加減うまくいかない。指が折れたらごめん。でも、これで武器は手から落ちただろう。悲鳴と一緒にカチャンカチャンと音が聞こえた。
今のうちに、盗賊をふんじばってくれれば──……
そう思いながら、意識が遠のき始めた時。テレシーの手が肩から離れた。そして、外に向かって叫ぶ声が聞こえる。
「い、今のうちに盗賊をふんじばってください‼」
俺の意識はそこで途切れた。
目が覚めたら、暖かい布団の中にいた。
木造の天井に一瞬、実家の自分の部屋かと思ってしまったけど……違うね。
「目が覚めました?」
静かに人が動く気配と、気遣う声にそっちを見れば女の子がいた。
確か……テレシー。
夢じゃなかったんだなぁ
流れ星に願いをかけたらいつの間にか廃墟の城にいて、盗賊に追われてた女の子を助けて、歩いたり野宿したりで体調崩して……再度襲ってきた盗賊を倒したんだっけ。
ふう、と息をついて、テレシーの方を見たらにっこり笑ってくれた。
「体はどうですか? タケユキさん、三日も眠ってたんですよ」
三日……?
やっぱり寝すぎた。
「喉、乾いてませんか? お水、挿れますね」
ベッドの横にあるサイドテーブルに、水桶とタオル。そして水差しとコップがある。横に避けてある椅子の上には俺の服が畳んであり……その上に飴ちゃん三個と白骨の持ってた手帳があった。
調べられたんだな……
ゆっくり起き上がれば、テレシーが水の入ったコップをくれる。受け取って一口飲んでホッと一息。
「お食事しますか? スープなら食べられますか?」
食事か……胃を抑えて考える。まだ無理っぽい。
首を振ったら「無理はしなくていいですよ」と微笑むテレシー。
「目覚められたらオーリー先生がお話がしたいって言っていましたので、呼んできて……いいですか?」
話しか。
なんだろう。
ゆっくり休ませてもらっているからには、襲ってきた盗賊は捕まったか始末したんだと思う。
もしかして、アレをやったのが俺ってバレた?
嫌だな。
もしそうだったら根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。
けど、こんなちゃんとした部屋で休ませてくれているからには何かしら思うことがあってだろうし。話さないわけにはいかないだろうな……
うなずいたら、テレシーは少し表情が曇った。
「まだ顔色が悪いですし、横になっていてくださいね」
そう言うと、部屋を出ていく。
部屋の扉が閉まると外で「起きたのか?」と問う声がした。あれはレノンか? 扉の前にいる兵士。見張りか。
耳をそば立てていると隣の部屋の戸が開き、閉まる音が聞こえる。数人の足音がしたけど部屋に入ってきたのはじーさん先生だけだった。
「起き抜けにすまんのう」
「いい、ですよ」
じーさん先生はひとつうなづいた。
ベッドのそばまでやって来て、テーブル横の椅子を見る。俺の服とか置いてあるから座れない。どけて座るかと思ったら、そのまま向き直って話しはじめた。
「あー、早速聞きたいんじゃが、アレをやったのはお前さんか?」
「アレ……」
「盗賊どもをふわふわ浮かせたアレじゃ。実は、アレをやったのは自分だってテレシーが言い張っているんじゃが」
「──は?」
これはちょっとびっくりした。なんでだ?
実はあの子は魔法が使えたとか? いやいや、それができたら盗賊に追いかけられた時にしているよね?
首を傾げていたら、じーさん先生は話を続けた。
「あの馬車には幾つか神石も魔石も乗せてはあったが、全部使ったところであれだけの事はできん。そもそも、テレシーにはどちらの適性もほとんどない。あんなことはできるはずはないのに、やったのは自分だと言っているんじゃ」
じーさん先生はじっと俺を見たまま話を続ける。
「あの子は虚栄心でそんなことを言う子ではない。もしや、お前さんがあの子を操ってあんなことを言わせているわけじゃあるまいな?」
じーさん先生の目が、ギラリと厳しいものになる。
他人をあやつる技か。それができればもっと生きるのが楽になるのにって母さんが言ってた気がする。だからばーちゃんもできなかったんだろう。ばーちゃんができなかったことを俺ができるわけない。
俺は首を振って否定した。
が、じーさん先生の視線はさらに厳しいものになった。
「お前さん、わしの言葉をきっちり理解できているようじゃな」
ギクリとした。
テレシーの顔を見た時からテレパシーは発動している。難しい言葉を含めて長い話を聞いてるのに、普通に反応してたらわかるよな。そもそも、確信あって話しかけてたみたいだし。
「どうして言葉がわからないふりをしたんじゃ? もしやトーセル島国の者というのも間違いか。ならば、お前さんは何者じゃ?」
じーさん先生の厳しい目を見ていたらじーちゃんを思い出した。
じーちゃんは優しい人だったけど、ばーちゃんや母さんや俺を守るためならなんでもする人だった。じーさん先生もお弟子さんたちを守るために俺を警戒するのは当たり前だ。
あんなの見ちゃったらな……
盗賊に対してやったことが、身内に向かうかもって心配するのは仕方ないよね。鎌かけられて答えちゃったし。誤魔化すよりちゃんと話した方がいいのかもしれない。
この人は、危険かもしれないって思っていても、俺をちゃんとした部屋で休ませてくれているんだ。
俺はじーさん先生の目をじっと見返して、答えた。
『俺は、超能力者です。こことは別の世界から来ました』




