第四十八話
ここから第三章。
三章は全部テレシーとシュザージ回です。
二章の最後からは少し時間が遡ります。
『……嫌な予感がする』
ポケットに隠し持った紙切れから声がこぼれます。正確には紙切れに描かれた魔法陣。思わずポケットをペシンと叩いてしまいました。
「え? 何か言ったか、テレシー」
「何も言ってませんよ、レノンさん」
「そうか? まあいいや。なんだかこの森静かすぎて気持ちわりーよな」
「そう、ですね」
ベルートラス王国の王都を出立して数日。
タケユキさんが攫われて、半月ほど経ってしまった頃のこと。
特に何の問題もなく、私たちは滅びの都の入り口まで来ていました。
平野を馬車で進み、以前盗賊に襲われた辺りを慎重に抜けて森に入ってしばらく。
森の出口に差し掛かったところで石畳の道が出てきたのです。
その先に、滅びの都があるのは確実です。
私たちはその道の始まる辺りで一度馬車を止めました、護衛についてくれている騎士様二人が先行して様子を見てくると言ってくれたからです。今回は、術的な危険がないか調べるためにトルグ様もお兄様の馬に同乗し一緒に向かわれました。
……実は、危険が無いことは私とミリネラ様とオーリー先生、もちろんトルグさんも知っています。
この辺りに術的結界を張ったという本人、自称魔法陣の賢者こと今は亡きテルセゼウラの王子シュザージがそう言ったからです。
私は認めてませんが、私の前世だったそうです。
「あ! 戻ってきたぞ」
レノンさんが道の先を指差すと、馬に乗った騎士様が駆けてきました。
「あったぞ! 滅びの都、テルセゼウラの王都だ!」
そう叫んだ騎士様は、トルグ様のお兄様で神属騎士のホルド・マリータ様。
「町の周りには城壁も門もなかった。少し様子を見てみたが無人の町で盗賊どもが根城にしている様子もなかった」
話を継いだのは、魔属騎士のモルデン・コルバル様。
「では、馬車を勧めますか? 先生」
「うむ。案内は頼みましたぞ」
馬車にいたオーリー先生に問いかけたのは護衛兵士の隊長ベルグロフさん。その言葉に、他の護衛兵士ローグさんテイルさんレノンさんが馬車の左右に分かれて配置につきました。私はトルグ様を出迎えに一度馬車から降りたミリネラ様と、一緒に馬車に戻ります。
「出発!」
ホルドさんを先頭に、馬車は古びた街道を走り出しました。
馬車の中には私とオーリー先生、ミリネラ様とトルグ様だけ。
やっと、ホッと息がつけました。
この中でなら魔法陣に話しかけても変な人だと誤解されません。
「外で声を出さないでください、他の人にはあなたの存在を隠すんでしょ?」
私はポケットの中の魔法陣を取り出し、馬車の床に置きました。魔法陣は声を発します。
『仕方あるまい。咄嗟に出てしまったのだ』
「普段は私の頭の中で勝手に喋ってるのに」
「まあまあテレシー、それで何があったの?」
ミリネラ様にとりなされて私が口をつぐめば、魔法陣は話を続けます。
『嫌な予感がしたのだ。タケユキに何かあったのかも知れん』
「なっ、何かって!?」
『そこまではわからん。命には別状ないようだが……もどかしい』
役立たず、と文句も言いたかったですが、この人が本気で心配してままならない現状に憤っているのがわかるので口にはしません。たぶん、私が思ってることは伝わってしまっていると思いますが。
「早く、助けに行きたいですね」
今は祈るしかないのです。
悪逆非道で知られるオンタルダ帝国に連れ去られたタケユキさんが、無事でいられるようにと。
「それで賢者殿。都に入ってまずは何をすればよろしいかな?」
「目的がはっきりしていれば、急いで用件を済ませてベルートラスへ帰れますわ。帝国へ行く準備も進められます」
オーリー先生とミリネラ様の言葉に私もうなづきます。
「町の向こうに城が見えたが、そこに行けばいいのか?」
『そうだ。だが、全員を連れて行くのは嫌だ』
子供ですか。
言い方がもう賢者としてどうかと思いますが、質問したトルグさんはうなずいています。
「あの魔属騎士はちょっと不審ですしね。神属騎士に手柄を独占させないためによこされたようなものですから、何をするかわかりません」
それを言うなら神属騎士もですが……ここにいるのはトルグ様のお兄様ですしね。信じていいと思います。たぶん。
『いいや、騎士と兵士、それに荷物持ちの男は城の外で待たせる。掠奪などされてはたまらんしな』
「彼らはそんなことはせんと思うのじゃが……」
『今はしなくてもそのうちする。城に入れると知れれば後日、仲間を集めて根こそぎ取りに来るだろう。本当なら町に入れるのも嫌なんだがな』
そこまでするでしょうか?
国属の騎士様に、自由兵士とはいえ皆さんいい人ですよ?
手柄の取り合いならともかく、泥棒なんて。
と、思っていたら頭の中で『愚か者』と言われました。
『王の城が無人なんだぞ。私の研究物以外にも宝石や装飾品、武器など宝の山だ。そんなものがあると分かり、呪いもなくなり守りの魔法陣も弱まっていると知れば後で徒党を組んで奪いに来るに決まっている』
「しかし、騎士にも兵士にもしっかり口止めすれば──」
『口止めの呪いを掛けるならかまわん。うっかり口にしただけで頭が焼き切れて廃人になる魔法陣を書き込んでやる』
恐ろしいこと言いますね。
提案したトルグ様も青ざめていますよ。
『私が盗賊と呼ぶのはテルセゼウラ王族の許可なく城に入るもの全てだ。たとえ他国の王だろうと神の信奉者だろうと、勝手に物を持っていく奴は盗賊だ』
それもまあ、そうなんですがね。
『これまで略奪が行われなかったのは、単純に昔貼った魔法陣がまだ生きているからだろう。町の守りは若干弱まっているようだが、城に行ったら強化し直す』
「そんなことできるのですか?」
青ざめたままのトルグさんの肩に手をやりながら、ミリネラ様が問えば魔法陣は答えます。
『できる。現在残っている術は私が施したものだからな。当然、入城の許可も出せる。それで私の他、其方ら三人は同行を許可する』
「他の方々は?」
『城の前で待機だ。だが、城の結界も弱まってた場合入ってこられる危険もあるか……術士にしか入れないとかなんとか誤魔化して足止めできんか?』
「あの、私は小間使いですよ?」
術士ではありません。ついて行ったらむしろ不審じゃないでしょうか。
『私本人ではないか。行かんでどうする』
「まあ、テレシーはミリネラと共に研究を手伝っていたから術士と称してもいいじゃろう」
私は急遽、小間使い兼複合術士見習いということになりました。魔属性も神属性もほとんどないのでどっちかの術士と名乗るとボロが出るからです。
『いずれは魔法陣術士と名乗れば良い。まあ、それは後日のことで良いとして、そろそろ町に入るか』
古いとはいえ舗装された道を馬車が進めば、平原を進むより早いです。
御者席から外を見れば、町並みと同じく古いけど立派なお城が見えてきました。
馬車は町に入ります。
「誰もいない町と言うのは、なんだか不気味ですね」
「そうね、ちょっと怖いわね」
私とミリネラ様が震えてそう言うと、トルグ様がそっとミリネラ様の肩を抱きました。タケユキさんがここにいたら……いえ、タケユキさんはそんなことする方ではない気がします。そもそも私は妹扱いでしたし。
今、心の中で『ぷっ』と笑う声が聞こえました。魂の半分を張り倒す方法って無いのでしょうか。
そうして、お城の門前までやってきた時のことです。
「何っ!?」
「なんだこれは!?」
馬車の外から騎士様たちの声がしました。
『城門を通れなかったのだろう。行くぞ』
そう言った魔法陣の紙をまたポケットに入れて、馬車を降ります。
「ああ、トルグ。何かの術が貼られているみたいなんだ。私も少しは神術が使えるがそれほど得手ではない、何かわからんか?」
「魔術でもなさそうだ。複合術ではないかと思われる」
騎士様揃ってそう言われます。複合術ということまではわかるのですね。魔法陣を用いているので、片側だけの術士ではこれを破る手立てはないようです。
──それだけではない。これまでの噂や様子から畏怖を持っていて尻込みしているのだろう。でなければ、強引に行けば入れないでもないくらいには結界が弱っておる。
魔法陣の主は、私の心の中で言葉を伝えてきました。人前ではそうしてください。普段は嫌ですが。
──お前という奴は……まあ良い。城へ入るぞ。
わかってます。
「あの、私は複合術士の見習いをしています。ちょっと入ってみていいですか?」
手を上げてそう言うと、騎士様も兵士たちも仰天しています。そこまで驚きますか?
「こ、小間使いではなかったのか?」
「ああ、そうか! 前に来た時に術の能力に目覚めたとかか!? 盗賊をふわふわ浮かせたのは本当にテレシーだったのか」
兵士のテイルさんがいい感じに勘違いしてくださったので、私はうなずいておきます。オーリー先生もうなずいていらっしゃるので、今後はその線で行くのかもしれません。
「行きます」
私はひとり、開かれたままの城門を通り抜けました。
こっそり両手に持っていた神石と魔石を握り込み、後ろからは見えないように正面で小さく魔法陣を描きます。
やったのはもちろん私の中の魔法陣の賢者ですが。
──城門の魔法陣には干渉できた。とりあえず指定した者以外は入り込めなくしてやったぞ。老学者たちを呼べ。
私は心でうなづくと振り返り、先生たちを呼びます。
「オーリー先生、術士なら入れそうです」
「うむ。トルグ、ミリネラ、行こうか」
「いや待て、我らももう一度試して──ぐっ」
魔属騎士様が強引に入ろうとして足を踏み入れた途端、息を詰めました。結界の作用はちゃんと強まっているようです。ついでにちょっと脅しておきましょう。
「あの、あそこを見てください。兵士っぽい人が亡くなっています。無理に入り込んだ人じゃないんですか?」
門の内側にいくつも転がっている白骨を指差しそう言うと、オーリー先生が顎を撫でながら追加で言います。
「そういえば。昔、テルセゼウラが滅びて間もない頃に調査に来たベルートラスの兵がバタバタ死んだと言う記述があったな。噂ではなく記述が。お前さん方は外で待っていた方が無難じゃろうて」
これには騎士様も兵士たちも真っ青になっています。
「なるべく早く戻ってきますので、馬車をお願いします。スルフ、お前もな」
「は、はい、トルグ様」
こうして、私とオーリー先生、ミリネラ様とトルグ様とで滅びの都の王城に入りました。




