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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第二章 魔王の国
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第四十七話


「どこへ、行くというのだ?」


 重い低い声が響く。

 その途端、アスノンさんがバンっと音を立てて扉を開き、皇帝を連れて寝室を出て距離を取る。パレアーナさんは神石を手に握り込んでいた。


「落ち着きなさい、リドルカ!」

「リドルカお兄様! 魔力を押さえて‼」


 兄妹の声が耳に届いてないのか、リドルカさんはただただ俺を睨み据えたまま再度問う。


「……どこへ、行く?」


 どこにも行きません、と言いたいよ。

 けど、そう答えるわけにはいかないんだ。今はまだ。


「落ち着いてください、リドルカさん。俺がどうするかは俺が決めます、そのためにも──」


 と、話を続けようとしたら溢れ出る魔力を纏ったその腕が伸びてきて、俺を捕まえようとした。狭いベッドに立ち上がりその手をよければ、リドルカさんの怒りが更に高まる。抑制できていない魔力は寝室を満たす勢いで隣の部屋まで流れ出そうだ。


 それは、まずいよ!


 俺は飛び上がり一度天井に張り付いた後、転移する。飛んだ先は屋根の上。そこから空に向かって高速で飛ぶ。

 リドルカさんが追ってくることを見越して。

 魔力に当てられる恐ろしさというものを俺は知った。魔落ちしたらどうなるか、あの鉱山の町で見た。あの様をあの場所で成すわけにはいかない。

 ほんのわずかの間を置いて、ドカンと大きな音が響いた。

 下を見れば、屋根を突き破って追ってくるリドルカさん。


 窓から飛び出すと思ってたんだけど!?


 音が響いてしまったかもしれないけど、できるだけ人目につかない高みまで登ることにする。幸い雲があるからその向こうへ、と思ったらあっという間に追いつかれそうになった。

 足を掴まれそうになったのでテレポートで先へ翔ぶ。

 低い位置の雲を一つ超えたところで、方向転換。街から離れようともう一度テレポートしたら、真正面にリドルカさんがいた。

 読まれてた!?

 飛び出した勢いが止められて、俺はリドルカさんの胸に飛び込むようにして捕まった。


「なぜ、逃げる」

「逃げたのはリドルカさんが落ち着いてくれないからです。リドルカさんは、お兄さんや妹さんを魔に落としたくはないでしょ?」


 リドルカさんがハッとして下を見た。

 雲に覆われて城は見えないけど、リドルカさんの焦りと心配がわかる。テレパシーなんか使わなくても。


「大丈夫ですよ。みなさんリドルカさん対策は万全みたいでしたから。帰って謝れば許してくれますよ。ずっと、そうだったんじゃないですか?」


 これほど危うい弟を、兄を、あの兄妹は当たり前のように受け入れている。


「羨ましくてしょうがないですよ」


 俺の弟妹は俺の正体を知らない。ばーちゃんも母さんも教えちゃいけないと拒んだから。別にそれを嫌だと思ったことはないけど、もうちょっと一緒にいる時間が欲しかった。

 憧憬を振り払うようにため息をついた俺に、リドルカさんが動揺している。


「落ち着きました? 俺の話を聞いてくれますか?」


 顔をあげれば、まだ不信を拭えないリドルカさんの顔があった。でも、その身を取り巻いていた黒いモヤはおさまっている。

 俺は、俺の夢を話すことにした。


「俺の夢はね、俺だけの運命の人を見つけて一緒に、他には誰もいない場所で何にも煩わされることなくこの力を使って楽しく暮らして、何も残さず終わることだったんです」

「……夢、か? それが?」

「ええ。初めから叶わないと思っていた夢です。そんな人生を一緒に生きてくれる人なんていないでしょ? リドルカさんはできますか?」

「………………」


 リドルカさんは答えもせず、また俺を抱きしめた。

 ただ、逃すまいと。


「お前は、俺を求めている。それがわからんと、思うのか?」

「確信があるんですか?」

「俺を救おうとして、命をかける者に嫌われているなどとは思わん」


 それは、そうか……


「人恋しく、思っているのも知っている」


 え、そこまで?

 そんなに分かりやすかったかな、俺。


「なのに、どこへ行こうというのだ」

「どこへも行きたくないですよ、一人でなんか……」


 寂しくてすぐに死んじゃいそうだ。

 ばーちゃんもいなくなってしまった生家ですらそうだったのに。


 星に願うにも、今この晴れ晴れとした空に星は見えない。流れ星は見つからない。俺の願いは、今ここにいる彼に言わねばならないだろう。


「リドルカさん、俺の運命の人になってください。新しい夢を見る決心をするために」

「運命が必要か?」

「欲しいです」

「ならばくれてやる。俺がお前の運命で、おまえは俺の運命だ。逃げ出したとて、必ず捕まえて引きずり戻す」

「……言い方が怖いですよ。でも、うれしいです」


 本当に。心からそう思った。

 ほっ、と笑うとリドルカさんはなぜか驚く。そして、笑った。

 笑った顔もかっこいいよ、リドルカさん。

 自然と抱きしめられたまま、抱き返すことができた。リドルカさんも優しく強く抱き返してくれる。

 うれしいな。うれしいな。

 俺の運命の人、リドルカさん。

 空の上は少し寒いけど、あったか……


「くしゅんっ!」

「──!?」


 しまった。

 俺、十日も寝込んだ病み上がりだった。

 リドルカさんは俺を横抱きに抱え直すとすぐさま下に向かって降りていく。

 どっかり開いた城の天井から寝室に降りたリドルカさんは、パレアーナさんに泣きながら叱られ、皇帝さんに呆れられながら叱られてた。

 そんな皇帝兄弟に収拾をつけてくれたのはアスノンさんで、使えなくなってしまったリドルカさんの寝室ではなく皇城にあるリドルカさん用の部屋に泊まるように言われた。皇城にはもともとご兄弟それぞれの部屋があるらしい。

 そして、俺は俺で呼ばれた白と黒の医師に怒られた。

 安静にして完治しないと魔王が怖いそうだ。悪意のこもってない魔王だったのでちょっと笑ったらまた叱られた。



 それから、数日。

 俺は白と黒のお医者さんからやっとベッドから出ていいと許可をもらったので、オーレリアさんやカトリーネさんも含めた皇帝兄弟に話し合いの場を設けてもらった。

 初めて謁見した部屋だ。

 そこは皇帝一家の私的な居間らしい。

 そんな場所に攫って来て間もない俺を入れたのは、内通者を懸念してのことだったらしい。今はもう一掃されたけどね。

 今日は大きな丸テーブルが用意され、それぞれに椅子もある。

 香りの良いお茶が淹れられ、侍従たちが下がると話し合いが始まる。


「では、タケユキ殿。帝国に残ってくださる決意をされたと聞きましたが、その条件と再降臨した神族がこの地にいる理由づけを聞かせてください」


 開口一番、そんなことを問うてきたのはオーレリアさん。口調は厳しいけど顔は嬉しそうに見える。

 皇帝もカトリーネさんもニンマリしている。パレアーナさんはちょっと頬が赤い。隣り合って座るリドルカさんと俺を交互に見てる。やっぱり席が近すぎますよ、リドルカさん。

 まあいいか。

 俺は、改めて決心を告げることにした。


「俺は、リドルカ皇弟殿下の護衛としてこの地に残ります」


「は?」

「え?」

「ん?」

「意味がわからないわ、タケユキ」


 ご兄弟が揃って首を傾げる。リドルカさんもえもいわれぬという顔をしている。なんでだ?


「先日の化物との戦いは、リドルカさんを狙ったものだと俺は思っています」

「……と、言うと?」


 一番に気を取り直した皇帝さんが聞き直す。


「あの紫の石は言ってました。俺が邪魔したせいで魔王石を手に入れ損ねたって。あいつはリドルカさんでも防ぎきれなかったかもしれない攻撃が打てたのに、化物を使ってリドルカさんが疲弊するまで弱らせてから攻撃したんです」


 なんか俺が攫われて来た時と似てるかも。

 そう思ったからこそ考えがそこに至ったんだけど。


「敵はリドルカさんを殺すのではなく、攫って行こうとしていたんじゃないでしょうか?」


 あの場には紫の石以外何も、誰もいなかったけど、あの石は自身の判断でリドルカさんを攻撃して来た。連れ帰る方法がなかったとは言えない。例えば、俺がやったような転移みたいな何かで。


「聞いておらんぞ! リドルカ!」


 皇帝さんが怒鳴った。ドンとテーブルを叩く。

 え? リドルカさん、そんな大事なこと言ってなかったの?


「俺も、聞いてはいないが?」

「リドルカお兄様……」

「目の前で、突然起こったことに対応するだけで、そんな音は耳に入ってくる余地など、なかった」

「そう、かもですね。俺、いきなり転移で紫の石とリドルカさんの間に入り込みましたから。攻撃が俺に当たってすぐ、リドルカさんは紫の石を壊してましたしね」


 あの瞬間に即動けるのはすごいことだし、俺が崩れ落ちないよう支えてもくれていた。俺のことで意識がいっぱいになったなんて、嬉しいけど残念だ。


「そ、それでタケユキ殿は無事だったのか?」

「ご覧の通りです」


 俺は目で見たこと、遠見で見たこと、もしかしたらリドルカさんが報告し損ねてることもあるかもしれないと、全部話した。戦闘に関しては間違いがないようでリドルカさんが逐一うなづいている。

 皇帝さんもオーレリアさんもカトリーネさんも頭を抱えてしまい、パレアーナさんは両方のほっぺを抱えていた。どうしてパレアーナさんの目が輝いているんだろう。


「つまり、タケユキはそれほどリドルカお兄様を想って命がけで戦ってくれていたのね」


 それは否定しない。

 うなずきながら、俺は決意したことを改めて述べる。


「俺には神術も魔術も効きません。リドルカさんの盾にもなれます。俺をリドルカさんの護衛として雇ってください!」


 俺は決めた。

 運命の人と二人きりで滅ぶ夢は捨てたんだ。

 これからは運命の人の大事なものを一緒に守って死ぬまで生きるって。俺自身は何も残すつもりはないけど、運命の人が残したいものは大事にしたい。


 俺ができる事はなんでも手伝おう。そして帝国が安定して、魔王様がいい人だってわかれば世界だって安心する。ベルートラス王国だって落ち着くだろうし、それがうまくいけば遠くからでもじーさん先生たちを守ることもできる。

 全部落ち着いたらじーさん先生の所に行って、約束通り研究の手伝いもできるだろうし。

 ずっと一緒にいられなくても、弟子でいさせてくれるといいな。

 テレシーにもお土産を持って行こう。甘いものなら喜んでくれるだろうか。もちろんトルグさんにもミリネラさんにも。

 なんだか希望が湧いてくるよ。嬉しいね。


 ばーちゃん。俺、運命の人に会えて未来に夢が見られるようになったよ。一人ぼっちになる夢じゃなくて、みんなで幸せになる夢が。


 そのためにも俺は、運命の人リドルカさんを守る!


 俺が決意を語ると、皆さんはさっきより深くうなだれた。

 パレアーナさんは「違う!」と叫び、リドルカさんは困った顔で俺をぎゅうぎゅう抱きしめた。あれ? なんで? 喜んでくれないの?


 穏やかだった皇室の居間がなぜか混沌とした空気に包まれている時、扉の向こうから侍従長の叫ぶような声が聞こえた。


「皇帝陛下! 各国に潜入した隠密兵より急報がまいりました!」


 その逼迫した声に、みんなはサッと居住まいを正し意識を切り替えた。皇帝が入室を許可すると侍従長は一礼をして部屋に入った。その後ろから手に数枚の紙を持たアスノンさんが入ってくる。そして、アスノンさんが言葉を継いだ。


「神王国の呼びかけに応じ、幾つかの国で魔王討伐の勇者が名乗りを上げたそうです」

「ゆ、勇者だと!?」


 それは確かにびっくりだ。

 勇者まで出てくるって。まあ、俺がリドルカさんを倒させたりしないからね。

 来るなら来い!


「ラスタル神王国より勇者スタング、フレンディス王国より勇者アロ、そしてベルートラス王国より勇者テレシー」


 ……テレシー?





第二章はここまでです。


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