第四十二話
「な、何あれ」
鉱山の向こうは曇天、というより真っ黒だった。雲とも煙とも思えない真っ黒なモヤモヤした世界が広がっている。その中で蠢く物が──
山の頂より少し高い位置で、その様子を伺っていた俺たちは身震いをした。
あれは、怖いものだ。
魔物と呼ぶにふさわしい、おどろおどろしい巨大な黒い塊。
「ローレンド領の軍隊はどうしたのだ!? なぜあんな化物がいる!?」
背後の誰かが叫んだ。
そうだ、魔物を引き連れた軍隊がいるはずだったのに、いたのは巨大な化け物だけだ。何がどうしてこうなったんだ!?
「お兄様っ‼」
パレアーナさんが指差す先で、真っ黒なモヤが切り裂かれた。背後は青空が見えそこに人の影が見えた。リドルカさんだ。
いつかの夜空で見た黒い剣を手に、また闇に向かって飛び込む。
青い稲光が走り、たくさんの生き物の悲鳴がいくつもいくつも重なったような音が響く。
戦ってるんだ、あんな化物と、一人で。
助けに行きたい衝動を抑える。
行っても邪魔になるなら行くわけにはいかない。何より、今はパレアーナさんたちを連れている。
化物はリドルカさんの攻撃を受けながらも、ゆっくりゆっくり鉱山に向かってくる。
遠見と透視で黒雲の中の化物を確認すれば、その姿は黒の離宮で見た弟さんたちと似ていた。けれど大きさはバカみたいにでかい。鉱山と比べても劣らない高さがあるんじゃないだろうか。その足元の土はドス黒く変色し、真っ黒い動物が走り回っている。それは時々化け物に飲まれ、また飛び出す。何度か飲まれると出てこなくなった。
魔物化した生き物を取り込んでいるのか!?
リドルカさんはあんなのに突っ込んで、大丈夫なの!?
「タケユキ! 下を見て‼ 町が!」
山際にある鉱山の町にも魔物が入り込んでいる。
化物に追われ逃げ延びた魔物が山の端の方、少し低くなっている場所を超えてこちら側になだれ込んでいるようだ。
逃げ惑う人々が、離宮を目指して走っていくのが見えた。けれど、離宮の門は閉じていて入れない。
「くっ──」
リドルカさん、死なないで‼
思いを振り切るように降下する。
降りる先は離宮の門の内側。着地した途端、門番らしき騎士が驚きの声を上げた。
「パレアーナ殿下!? と、リドルカ殿下じゃない!?」
空から降りてきたのでリドルカさんだと思われたようだが、そんなことどうでもいい。
周りには外の様子が気になるのか、白の侍従や黒の侍従その他数人がうろうろしていた。それらを睨んでパレアーナさんが叫ぶ。
「すぐに門を開けて町の者を避難させなさい!」
「ですが──」
「パレアーナ皇妹殿下の命である! 民を助けよ‼」
侍従風忍者の筆頭の人が大声で叱咤すれば、びくりと身を震わせて門番が門を開けた。門の周りは上から見たかぎり魔物はいなかった。
魔物はいなかったけど──潜むように小さく嫌な声が聞こえた。
「やったぜ! 門が開いたらこっちのものだ! 黒の離宮を制圧しろ!」
敵だ。
声がした周囲の人間をまとめて浮かせた。
「わっ!?」
「ぎゃっ」
「なんだっ!?」
よく聞く叫びを聞きながら、他にもいないかさがす。さらに怪しい者が二人。これで全部か?
「どうしたの!? タケユキっ」
「この人たち、スパイだよ。離宮を制圧とか言ってた」
呟いた者が「チッ」と舌打ちして懐から白い石を取り出したので、両手を万歳させて落とさせた。
「ぎゃああっ!」
強く腕を引っ張りすぎたか。まあいいや。
落とした石を拾う。
「神石?」
「奴らを調べろ!」
愕然としたパレアーナさんに代わり、侍従風忍者筆頭さんがすぐに動いてくれた。
浮かべた奴、みんなが神石を持っていた。ポケットや荷物の中からも小さい物から大きい物までいくつも出てきた。神石は高価だ。この魔属性中心の国で一般市民がこれほどの数を手に入れられるはずがない。
「神王国が、関与しているのか……」
神王国?
神属性関連の親玉の国だよね。
黒幕の証拠が手に入った。
でも喜んでなんかいられない。パレアーナさんも、俺も、はらわた煮えくりかえる感じだ。こいつらがあんな化物を作り出したのか? リドルカさんが一人で戦う羽目になっているのか?
俺たちが絶句している間に、侍従風忍者筆頭さんが指示を出す。
「くっ、取り調べは後だ。民を入れろ、だが全員所持品を調べる。こいつらは縛り上げて殴りつけて眠らせておけ! 死んでも構わん‼」
「死んでもいいとはなんという非道! 正体を現したか邪悪な魔王の国め‼ 神の裁きを受け──グハッ」
腕を振り上げたパレアーナさんが殴りつける前に圧をかけてやった。男は血を吐いてぶらんと浮いている。
「タ、タケユキがやったの?」
「ええ。腹が立ったので」
震え上がっているスパイどもを睨みつけて、全部に圧をかけていく。殴るより手間はいらない。死んでもよかったらしいけど、死んでしまったら事情は聞けない。今は聞いてる暇もないから仕方ない。
「町へ行って来ます。逃げ遅れがいたらこっちに誘導しますから、よろしくお願いします」
俺は飛び上がって町を目指した。
腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ‼
なんなんだよあれは!
これは、全部神王国の仕業なのか!?
この国の民を煽って帝都を襲わせて、それを隠れ蓑に先帝派にあんな化物作らせて進攻させて、リドルカさんと戦わせて。
そこまでして、リドルカさんを魔王にしたいわけ!?
この国を、魔王の国にしたいわけ!?
──許せない
「待たれよ、客人殿!」
客人、と呼ばれて下を見れば、侍従風忍者筆頭さんが追ってきていた。
「私も同行する」
「一人で十分です。パレアーナさんを守っていてください」
「そうはいかん。其方が何かすれば責任はカトリーネ殿下が負われることになっている。それに、同行はパレアーナ殿下の命令だ」
「……責任」
はあ、と大きく息をつく。
一旦地上に降りて「わかりました」と了承の意を伝える。
「落ち着かれましたか?」
「はい」
「では、参りましょう。我が国は魔王の国ではない。民を助け守る国となったのです。リドルカ殿下もそのために戦っておられる」
なんか、泣きそうになった。
「……はい」
リドルカさんは怖がられているだけじゃない。
ちゃんとわかってくれている人もいるんだ。
それが自分のことのように嬉しいのは、なんでだろう。
俺は、侍従風忍者筆頭さんの手を取ってまた飛び上がる。
侍従風忍者筆頭さんは呼びにくいので名前を聞いたら「アスノン」と教えてくれた。




