第四十一話
じわじわ熱が上がって来た俺を、リドルカさんは自分の城の自分の部屋の自分のベッドに放り込んだ。ずぶ濡れだった服は着替えたよ。着替えさせられたと言うべきか。手伝われたというか。
カトリーネさんが皇城の客間を使うように言ったのに、リドルカさんはわざわざ俺を連れて帰ってきたんだ。
慣れた部屋の方が落ち着くから、いいんだけどね。
おかげですぐに寝付くことができた。
そういえば、夜中に目が覚めた時リドルカさんがいた気がする。
ベット取っちゃってるのに、どうしてたんだろう。
何か言っていた気がするけど……なんだっけ
待ってろ? だったかな。
こんな状態じゃ、一緒にいても邪魔にしかならないしね。
あんなことがあったんだ。
皇帝の弟さんだし、リドルカさんにはやることがいっぱいあるはずだ。ちょっと寂しく思ったけど仕方がない。
もう一度眠って、目が覚めたら朝だった。
窓からの光がカーテン越しに見える。
まだちょっとだるいかな。でも、悪化する前によく眠れたから起き上がれないこともない。
「……起きよう」
すっかり目が覚めたし、昨日あの後どうなったかも気になる。
とりあえず着替えて寝室を出た。
いつものテーブルに食事が置いてある。一人分だけ。
ため息をひとつついて、お水だけいただいた。
それにしても、寂しい部屋だな。
綺麗で、広くて、誰もいない部屋……か。
干渉されないのはいいななんて思ってたけど、リドルカさんがいないとひどく寂しいだけの場所に思えるよ。
リドルカさんも、そうだったのかな。
あの離宮で育って、この部屋で暮らして、誰にも触れられず。
抱っこぐらいさせてあげてもよかったかも。
リドルカさんはどこにいるんだろう。
皇城の方かな、と思ってその気配を探ろうとした時──背筋が震えた。
思わずあたりを見渡した。
何が聞こえたわけでもないのに、酷く胸騒ぎがする。
慌てて部屋を出た。五階には誰もいないのは常なので、階段を降りて四階に行く。皇城へいく通路は俺一人でも通してもらえるかな。
早足で歩きながらあたりの気配を探り、聞こえた声を拾う。なんだか空気が緊張している。
『また皇都で争いが起きるのかよ』
『革命気取りの暴漢どもは取り押さえられたはずだよな』
『どうなっちまうんだろうねぇ』
『ここに配属されててよかった。魔物と戦うなんてできっこねえよ』
──魔物?
この城の人たちは下の階に集まっているようだ。
誰に会うこともなかったけど、通路はわかっているので皇城に向かった。入り口の番人すらいない。
魔術エレベーターのホールには流石に人がいた。忍者じゃない普通の官司の一人が俺に気がついた。
「あ、あなたは、リドルカ殿下のお客人」
「リドルカさんは? 皇帝さ、皇帝陛下と妹様たちはどこにおられますか?」
「陛下とオーレリア殿下は上階で全体の指揮を、パレアーナ殿下とカトリーネ殿下は城門広場におられます」
リドルカさんは?
尋ねたかったけど、この人もまた酷く混乱しているみたいだ。
その場には『魔物』とか『化物』という言葉が氾濫している。何が起こっているんだろう。心を聞いても要領を得ないので、やはり皇帝兄弟の誰かに話を聞かなきゃ。
けど、上に行こうにもエレベーターには魔術士がいない。テレポートするには部屋の中は人が行き来していて危ない。
なら、外か。
遠見で確認。
城門前広場。あ、パレアーナさんとカトリーネさんがいた。騎士もいっぱいいるけど……上空に跳べば安全か。目立っちゃうけど、仕方ない。
「あの、お客人? ──ひゃっ!?」
ああ、声をかけられたと同時に跳んじゃった。
パレアーナさん達の少し上に出たら「なんだ!?」とか「魔物!?」とか叫ばれた。
「タケユキ!?」
騎士たちのざわめきに、キョロキョロと辺りを見て上に気がついたパレアーナさん。カトリーナさんも目を見張っている。
二人の後ろに着地して「お騒がせしてすみません」と謝った。
「あなたという人は……。目立ちたくないんじゃなかったの?」
「緊急事態のようなので。それで、何があったのですか? リドルカさんは?」
「ちょっ、あなたはまだ病み上がりでしょ!? リドルカお兄様もオーレリアお姉様もタケユキは寝かせておくようにって言ってたのに!」
「もう大丈夫です」
「あまりそうは思えないけど、手を貸していただけるならお願いしましょう」
「カトリーネお姉様!?」
「昨日の騒動は、それそのものが陽動だったの。新帝の即位に不満を持っていた領地が反旗を翻し攻めてきたのよ。北方から一軍が皇都に向かっていると報告を受けているわ。ディレントル鉱山、昨日あなたが行った白と黒の離宮のある山の向こうまで、すでに到達しているとのことよ」
報告があったのは深夜。昨日のゴタゴタの後始末にやっと一息つけた時にもたらせれた情報だという。
「魔物がいると聞きましたが?」
「誰に? と問うても意味がないわね。そうよ、どうやってかはわからないけど魔に落とした獣を誘導してこちらに向かわせているようよ」
「軍隊が魔物を率いているんですか?」
「本来ならあり得ないことよ。魔物は凶暴で生きているものなら何にでも襲いかかるもの。魔力に当てられ魔落ちして間も無いものほど、別の生物に魔力を移すことで完全な魔落ちから逃れようとするのです。どんな手段で操っているのか……」
カトリーネさんが額に手を当て疲れたように息をつく。
そんな危険が迫っている時に、あの人がいないということは──……
「リドルカさんは、どこに?」
尋ねれば、顔を上げたカトリーネさんが悔しげに答えてくれた。
「討伐に出たわ。どんな屈強な騎士でも上位の神術士でも、群れをなした魔物に囲まれ襲われれば魔に落ちるか命を落とすことになってしまうもの」
「一人でですか!?」
「対抗できる手段が他にないのです」
「そんな……」
軍隊に魔物の群れ。そんなものを相手にたった一人でなんて──
「ダメよタケユキ‼」
とっさに動き出そうとしたらパレアーナさんに腕を掴まれた。
「群れを成した獣よ、魔力の影響を受けなくても噛まれて普通に死んじゃうわ!」
「蹴散らしますから大丈夫です」
「戦ってくれるの?」
カトリーネさんが、口元だけに笑みを乗せ真剣な目で俺を見る。
「手助けくらいできると思います」
「利用されたくないのでしょう?」
「自主的に行けば利用されたことにならないでしょ」
「それは利用する側の方便だと思ったのだけど……行ってくれるなら助かるわ」
「お姉様っ!」
「ただし、リドルカの戦いに手出しは無用よ。あなたがいると邪魔にしかならないわ」
「そうでしょうか」
「そうよ。あの子は……あなたに随分執心しているわ。置いて行った理由を考えてみなさい。あなたにどれだけの力があったとしても、邪魔にしかならないでしょう」
気が散るってことかな。
邪魔になるなら仕方ない。
「俺はどこに行けば助けになるんですか?」
「鉱山の町が危険にさらされているの。騎士団を送ろうとしたのだけれど皇都の城壁のそばにも魔物が発見されて、それを退治するだけで手一杯になっているわ」
それで神術の使い手の姫がここにいるのか。よく見たら騎士の何人かは怪我をしていて、怯えて青ざめている。魔力に当てられたところを手当てしてもらったのか。見覚えのある上位術士もいた。エレベーター要員の術士も戦闘に駆り出されているんだ。
人手がないって何回か聞いた気がする。
「わかりました。ひとりで行ってきます」
「タケユキ‼」
「知ってますよね。俺はリドルカさんみたいに飛べますから」
「オーレリアお姉様からも聞いてます。一瞬で遠くへ移動もできるのですよね? それも人を連れて」
カトリーネさんが自分の胸に手を当て、挑むような目をしている。
「一緒に行くつもりですか?」
「白の離宮は魔力に対抗するための強力な結界を張ることができます。ですが離宮に民を避難させるには皇族の許可が必要です。幸い、こちらは内通者の駆逐が完了しています。皇族が一人、同行しても問題はないでしょう」
「だったら私が行きます!」
パレアーナさんが手を上げた。
「鉱山には神術士もいて癒しの手は足りてるでしょう? 国一番の神術士は皇都にいてもらった方が兵も民も安心します。マルティアもユーラリアも……」
聞いたことがない名前が出た。どうやらカトリーネさんの子供たちらしい。
くっ、と唇を噛むカトリーネさん。
「護衛も三人までなら一緒に連れて行けますよ」
そう言うと、パレアーナさんの後ろにサッと昨日見た侍従風忍者が三人現れた。近くにいたのか。本当に忍者みたい。
「……わかりました。ならば、皇妹カトリーネ・エルザ・オンタルダスの名においてタケユキ殿に助力を願います。責任は全て私が負います、あなたの良いように。パレアーナは彼と協力して鉱山の町を救いなさい」
「はい! お姉様っ」
「わかりました。じゃあパレアーナさん俺の手に掴まってください。お三方も、肩でもこっちの手でも。触れていてもらう方が安全にテレポートできますから」
「テレ?」
「転移です。行きます」
次の瞬間、皇城より高い位置にいた。
誰かが背中側で「ひっ」と息を呑んだけど、パレアーナさんは「わぁっ」と喜んでいる。なんとなく怖がらない気がしてたけどやっぱりだ。助かる。
ゆっくりはしていられないので、すぐに鉱山の方向に跳ぶ。二度、三度、様子を見ながら五度跳んだ。
鉱山に近づくにつれ、空が暗くなっていく雲が厚くなり雷鳴まで聞こえてきた。
そして、鉱山の向こうに見えたものは──……




