第四話
道中、俺はテレシーからいろいろ教えてもらった。
この集団の中心人物はじーさん学者先生。
白髪まじりの灰色の髪で背丈は俺よりちょっとだけ高い。
名前はオーリー・グルトルー
なんと術学者といって、魔法みたいなのの研究をしている偉い人らしい。
ここは魔法がある世界なのか。そのうち詳しく聞きたいな。
空が飛べる魔法があるなら、俺も魔法のフリして自由に飛び回れるようになるかもしれない。もちろん他の力も使い放題。
じーさん先生の家の使用人、スルフ。
大柄で短い茶髪、荷運びとかの力仕事といざという時じーさん先生を背負って逃げる役目を負っているらしい。盗賊に追い散らされた時もすぐにじーさん先生を抱えて逃げたらしい。
小綺麗夫婦は、旦那さんがトルグ・マリータ。奥さんがミリネラ・マリータ。
トルグさんは白味が多い薄茶の髪でシュッとしてて背が高い。
ミリネラさんはふわっとした濃いこげ茶の髪を左肩でゆるく編んでる。顔つきはキツそうなのにほんわり笑ってることが多いから優しげに見える。
どっちも二十代後半かな。年若い頃からじーさん先生の弟子で、職場結婚したらしい。
この二人も術学者なんだって。
あれ? でも、盗賊に襲われた時、誰も魔法で撃退とかしてなかったよ。なんでかな。
なんか理由があるんだろうか。
ますます魔法について知らなくちゃいけなくなったな。
で、テレシーはと言うと。
マリータ家の小間使いらしい。
金柑みたいな髪色で、なんていうんだっけか、ほわっとした長めのおかっぱ頭で小さいリボンで後ろ頭をちょんと結んでる。
料理や細々としたお手伝いのために連れて来られたらしい。
今も晩飯の用意をしている。
そして俺はそれを手伝っている。
「タケユキさんは手つきがいいですね」
「ん?」
「手つきが、いい、ですね」
言葉を聞き取りにくい時、聞き返せばゆっくり言い直してくれる。こうしてテレパシーも併用しつつ、俺はここの言葉を覚えようとしている。
「手つき、いい?」
「はい!」
俺は今、鳥を捌いている。
馬車で移動している時、テレシーが料理をするという話を身振り手振りでしてくれたので手伝おうと申し出た。自分の持っている食料は飴ちゃん四個で、とても提供できるものじゃないから何かないかと歩きながら辺りを見れば、鳥が低く飛んでいたので石を投げて落とした。
みんなびっくりしてたけど、投石は一度見せたから大丈夫だろう。ただの狩りだし。
その鳥を、テレシーの料理用ナイフを借りて捌いてる。
俺がナイフを持つということで、護衛の兵士の一人がそばで見張っているのが鬱陶しい。もののついでで心を聞いたら、テレシーと仲良くしているのも気にくわないらしい。
この護衛兵士はレノンと言って、護衛隊の中で一番若い。
盗賊が来た時、隊長のベルグロフさんと一緒にじーさん側にいた人だ。
弟子夫婦を守っていた護衛兵士はローグとテイルと言うらしい。
護衛兵士というのは彼らの所属する自由兵士団の仕事のひとつで、兵士団そのものは一応国に属したものだけど訓練と非常時の召集以外は自由に仕事をしていい兵士だという。もちろん法とある程度の規定の範囲内の仕事だけど。
行商に出る商人の護衛とか、今みたいにどこかへ調査に出る学者の護衛とかかな。国から出る給料は雀の涙だけどその分自由が効いて、腕前次第で個々で支払いがある依頼料のいい仕事を選べるんだって。まあ、怪我しても保証もないし定期的に仕事があるわけじゃないけど、それでも腕に自信があるけど堅苦しい専業兵士や騎士団に入るのはどうもね、って人がここに入るらしい。
「おまえ、変なもの料理に入れるなよ」
「何言ってるんですかレノンさん。ずっと見ていたでしょ? それともレノンさんはお肉入りのスープはいらないのですか?」
「いや……食うけどさ」
じろりとレノンが睨んでくる。『飛んでる鳥を投石で落とすなんてあり得ないだろ。何者だこいつ』とか心の中で言っている。
ありえないのか? 元の世界でも、国によっては投石で狩りをするってテレビか何かで見たような気がするけど。ここじゃしないのか。
この人たちの前ではやっちゃったから仕方ないけど、他所では気をつけよう。
レノンには「何を話しているのかわかりません」的な顔で笑っておいた。なんかビクッとしてそっぽむいたけど、笑顔もだめか。
俺とテレシーで作った料理は、じーさん先生たちには喜ばれた。兵士たちは半分が先に食べ、しばらくしてから残りの人が食べた。用心深い。もちろん最初に食べされられたのは若手のレノン。あったかいうちに食べれてよかったね。
そしてその夜。
ちょっと困ったことになった。
いや、うっかりしてたけどそうなることは気がつくべきだった。
盗賊を警戒して、護衛兵士は交代で見張り番を立てることになった。
じーさん先生と、弟子夫婦、テレシーは馬車で寝る。スルフと兵士たちは交代で野宿となる。
当然、俺も野宿だ。
見張り番は任されなかったよ。むしろ見張られる方だからね。
野宿だから当然、一晩中外にいることになる。
昼間は、日本で言えば春くらいの暖かさだった。でも明け方は?
冷え込むようなら、きっと俺は風邪を引く。
今着ている服は着古した部屋着と、厚手とはいえカーデガンだ。
頼めば毛布を貸してくれるかな?
無理かな。いや、そもそも毛布なんかあるのかな?
風邪をひいたら困る。
超能力が不安定になっちゃうから……
そして翌朝。不安は的中。
「──っくしゅん!」
「えっ!? タケユキさん、風邪ですか!?」
「……ダイジョウブ」
心配顔のテレシーに苦笑いで答える。
案の定、明け方は少し冷え込んだ。おかげでちょっと寒気がしてくしゃみが出るけど、まだ大丈夫。熱は出てない……少ししか。
昼間あったかくなれば少しは持ち直すと思う。
ただ、こんなことが何日も繰り返されたらまずいかな。
朝食の準備を手伝いながら、ちょっとテレシーに聞いてみた。
「テレシーさん、町、まで、何日?」
伝わったかな? 伝わったようだ。テレシーは答えてくれる。
「そうですね、二十日くらいでしょうか」
二十日?
それじゃ、俺……死ぬかも。
俺の超能力は、使えば使うほど体が疲労する。
だから力を使ったらゆっくり休まなきゃいけないんだけど、それができないとかなり辛い。
人に会ってからテレパシーを使いっぱなしなんだよな。
それだけならちょっと歩く程度の疲労だけど、普通に歩きなながらずーっと使いっぱなしだから体力的にも超能力的にも疲労が溜まる。その上風邪なんか引いてしまったら力の制御に支障をきたしかねない。
最悪、暴走する。
そして体が持たなくなって死んでしまう。
気持ち悪くても廃墟の町に泊まればよかった。と泣きそうになった時、クスクス笑う声が聞こえた。弟子夫婦の奥さん、ミリネラさんだ。
「私たちの住んでた王都からは二十日かかったけれど、最後に立ち寄った村からなら四日ってところかしら」
四日……それでもキツイ
なんだかちょっと目眩がした。
「タケユキさん!? 熱もあるんじゃないですか!? 今日は馬車に乗った方がいいですよっ。あの、ミリネラ様っ」
「そうね、馬車にいらっしゃい……」
「ダメですよ、奥さん」
ミリネラさんの親切を止めたのは護衛兵士のローグさん。奥さんも綺麗だとおべっかを使ってたやつだ。
「依頼主の学者先生や女性方と、こいつを一緒の馬車に乗せるなんてできませんよ。何かあったら大変だ」
なにもしないよ。
女性に興味ないし、年寄りは労わらなきゃいけないんだ。ついでに言うと、おまえらも趣味じゃない。
思わず睨んだらローグさんは「うっ」と唸って目をそらした。そして「ダメですからね!」と叫びながら仲間がいる方へ足早に去っていく。
なんなんだよ、もう。
結局、護衛兵士みんなに反対されて、俺は今日も一日歩いて夜は野宿になってしまった。
そして翌日、とうとう本格的に熱が出た。
「タケユキさんを馬車に乗せてください!」
「そうね、こんな状態で歩かせるわけにはいかないわ」
「けどな、ミリネラ……」
「うーむ。これは仕方なかろう。休ませてやりなさい」
「はい、先生」
女性陣が見かねて声を上げてくれ、最後はじーさん先生の鶴の一声で俺は馬車に乗せてもらえることになった。
馬車に乗せてもらって一安心。とは、ならなかった。
ガッタガッタガッタガッタ、ものすごく揺れる。酔いそうだ……
「大丈夫、じゃないですね。次の水場まで少し遠いのであまり冷やしてあげられなくて、すみません」
そう言って、テレシーが額に乗せてくれていた濡れた布をひっくり返す。
こんな旅だもんね。水は貴重だろう。
ダウジングみたいな感じで水脈見つけられると思うけど、水脈見つけて超能力で掘り出して熱を冷やすなんてやったら驚かれるだろうし。そんな理由で魔王認定されても嫌だ。……いや、これ以上疲れてどうするんだ。ダメダメ。
思考も怪しくなってきたかな。
もっと早く飛んで逃げるとかすればよかったのかも。ここの魔法で飛べる技がなければそれはそれで魔王認定か……追われて暮らすのは嫌だもんな。
なんとか自分で堪えるしかない。
ばーちゃんがいたら、不安定になっても抑えてくれたんだけどな。
でも、ばーちゃんはもういないし。
この世界に来ていなくても、こんなことが起こったかもしれない。そうしたら結局、自分で耐えるしかないんだよ。
運命の人がいてくれたら……もっと楽だったんだろうな。
ばーちゃんが言ってた。
じーちゃんは普通の人だったけど、そばにいてくれたら不思議なほど力が安定したんだって。
はぁ……と、熱を吐くように息をつく。
「も、もう少しだけ水を使わせてもらえないか頼みます」
そう言ってテレシーはミリネラさんに水をもらえないか頼んでいる。
「私は次の水場までお水は要りませんっ」
「そういうわけにはいかないでしょ?」
ミリネラさんが困ってる。
ただでさえ俺が増えている分、余分に飲み水を使ってるわけだし。
「テレシー、さん、いい」
緩く首を振ったら、テレシーは困った顔のままもう一度ひたいの布をひっくり返してくれる。もうだいぶ乾いているけど。
テレシーの手が、俺のひたいに触れた。
……俺の、運命の人ってどこにいるのかな。
こんな所に来たのは、この世界にその人がいるからなのかもって、ちょっと思ったりしたけど。
ばーちゃんがじーちゃんに逢えたみたいに。
母さんが父さんに逢えたように。
俺も、運命の人が欲しいよ……
「タ、タケユキさん?」
ん?
なんだろう。テレシーの顔が赤くなってる。
まさか、風邪がうつった!?
「テレシーさん、も、熱?」
問えばテレシーはさらに顔を真っ赤にして首を振った。
「な、なんでもないです! 気のせいです! 気のせいですよね!?」
何が?
元気そうだし、風邪がうつったわけじゃないみたいだ。それはよかった。




