第三十八話
帰りの馬車は行きよりも静かだった。
話をするにも、あの離宮の話はどれもこれも辛いものばかりな気がする。
気になったこともあったけど聞きにくい。弟さんばかり八人もいたけど妹さんはいないのですか、とか。
この国の姫は神術を身に付けるらしいけど、神術も使いすぎると神に召されるとか聞いた気がする。言葉通り死んでしまっているのかもしれない。先代の皇帝がそれほど悪逆だったなら、あの弟さんたちの力を制御させようとして無理な神術を使わせてたとか……
ダメだ。悪い想像ばかりしてしまう。
明日には帝国を立つつもりなのに、これ以上深入りするべきじゃない。かなり今更かもしれないけど。
気分を変えようと、窓の外を見ることにした。
鉱山の街を抜けて馬車はもうすぐ雑木が立ち並ぶ林に差し掛かる。
と、その時。遠くで『来たぞ』と叫ぶ声が聞こえた気がした。
「あの、すみません。馬車の速度を落としてください」
「どうかしたの?」
「ちょっと気になることができてしまって……」
俺が目を閉じて遠見を始めると、オーレリアさんが御者に速度を落とすよう指示をした。
「敵か?」
少し緊張したようにリドルカさんが言う。
「ちょっと待ってください……この先の林に隠れていますね。人数は、十数人。剣と弓を持っています」
「見えるのですか? それもあなたの持つ力?」
「遠見です」
オーレリアさんが驚いている。あまり表情が動いてないけど、リドルカさんも驚いてるみたいだ。
けど、二人ともすぐに顔を引き締めた。
「襲撃者ですか。弱兵なら騎士たちで対応できるでしょうが」
「俺が片付ける」
「いけません。あなたを魔王に仕立てたい者たちの謀かも知れません。民衆を虐殺したという実例を作るために」
「俺が、手を貸します」
「タケユキ殿?」
明日にはベルートラスへ帰る。けど、これくらい力を貸すだけならいいかな。
少しくらい、できることをしておこう。
「先日、皆さんにやったアレを敵に仕掛けます」
オーレリアさんは「ああ」とうなずいた。皇帝一家をふわふわ浮かせたアレだ。盗賊の時もうまくいったし、あの時と同じく後は護衛の騎士に任せられるだろう。
と、思ったら
「飛び道具を持っているなら、封じる必要がある。術士がいれは術を放たれるかもしれん。火か雷か」
と、リドルカさんが言った。
どっちも怖いな。
矢なら見てわかるけど、術ってどうなんだろ。杖とか持ってたらそれを落とさせればいいけど、隠し持ってる石があれば面倒だな。
「防壁を張って防いでみます。騎士たちに馬車になるべく寄せるように言ってください」
「防壁とは?」
「俺がリドルカさんにガンガン殴られても平気だったのは防壁を貼っていたからです。それを大規模に使います」
オーレリアさんが呆気にとられてる。
手の内を見せすぎてるのはわかっているけど、仕方ないよ。今は俺も巻き込まれているんだし。
「わかりました。最初の一撃を防げば敵は怯むでしょう。その機に騎士に捕縛させます」
「……捕縛」
「殺すわけにはいきませんよ、リドルカ。皇家の馬車を襲う理由を知らねばなりません。裏で手を引く者がいるかもしれませんしね」
「俺も、リドルカさんには魔王になって欲しくないです」
不服げなリドルカさんにそう言えば、リドルカさんは俺をじっと見てきた。睨んでるのか驚いているのかわからないな。
そうしている間に、オーレリアさんが護衛の騎士たちにも指示を与えた。
念のため、騎士たちと御者の心も読んでおいたけど新皇帝に忠誠を誓っているのがしっかり分かった。内通者ではない。
「林に入ります。タケユキ殿」
俺は防壁を貼った。敵には見えず感知もできない超能力による防壁を。
同時に、敵の動きを読む。
オーレリアさんは外の様子を見ているけど、リドルカさんは俺を見ている。なんで?
敵に近づいて来たので人数把握。十人か、あの時の盗賊より少ない。
あ、敵が動いた。
矢が射掛けられた。術はない。防壁に当たると同時に驚いている敵を浮かす。
「なっ」
「ぎゃあ!」
「なんだこれは!」
「おのれ魔王め‼」
魔王じゃなくて異世界人だよ。
なんて、わざわざ言ったりしないけど。
叫び声を上げる襲撃者に騎士たちが突入。襲撃者はあっさり取り押さえられた。騎士たちも驚いてるね。おおむねリドルカさんがやったと思ってるみたいだけど。
「リドルカとタケユキ殿は馬車から降りないように」
そう言って、オーレリアさんは手にこれ見よがしに神石を持ち馬車を降りた。
「邪帝の魔女め!」
襲撃者の一人が叫んで唾を吐いた。前にいるお仲間にかかったよ、かわいそうに。
その人だけは背後の仲間を罵っていたけど、他はみんな同じことを考えていた。
『魔女は心を読む! 心を滅せよ』
『大丈夫だ、訓練したからな』
『魔王の足止めは成った』
ダダ漏れで聞こえてるよ。これ、オーレリアさんも聞いているのかな?
すごく不穏なことを言ってるんだけど──
「皇家の馬車と知っての狼藉か。首謀者は名乗り出なさい」
神石を掲げて襲撃者をざっと睨むオーレリアさん。
あれ?
「リドルカさん、オーレリアさんは心を読む術が使えるんですよね」
「あまり得手ではない。前皇妃には劣る。子のために、習得しようとしていたがその余裕がなかった」
ってことは、さっきの声に気がついてない!?
「リドルカさん、あの襲撃者は『魔王の足止めは成った』と言っていました」
それを告げた途端、リドルカさんが馬車を飛び出した。
「先に皇都に戻る!」
「リドルカ!?」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
飛んで帰るつもりだろうけど、リドルカさんが目立つのは良くないんじゃないの!? それにオーレリアさんを置いていくわけにもいかないし。まだ危険があるかもしれない。
「リドルカさん馬車に戻ってください! オーレリアさんも!」
俺も馬車から降りてリドルカさんの腕を掴み、耳元に顔を寄せた。
「あの夜空でやった技を覚えていますか? あれでおふたりを連れて皇都に戻ります」
リドルカさんが目を見開く。
俺たちの方に戻ってきたオーレリアさんが、鋭い目のまま首を傾げた。俺はオーレリアさんにも小声で伝える。
「騎士たちにこのまま襲撃者を連行するよう言ってください。詳しくは戻ってから調べるとか言って。馬車は人の歩みで進むようにと」
オーレリアさんは、少しだけ訝しんだけど言う通りにしてくれた。
そうして、再び馬車に戻りカーテンを閉める。
馬車がゆっくり動き出す。襲撃者がほくそ笑んでいるのが分かる。
俺はリドルカさんの腕を掴んだまま、オーレリアさんの腕も掴んだ。
「奴らの目的はリドルカさんの足止めです、皇都で何かが起こっているかもしれません。急いで帰るために三度ほど転移して、リドルカさんの城のテラスへ跳びます。あそこならまず人がいませんから。オーレリアさんは目を閉じておいてください。怖いと思うので」
オーレリアさんはよくわからないままにうなづいてくれた。でも目は閉じないそうだ。全てを見ておきたいらしい。本人がいいならそれでいい。俺はすぐに馬車の中から空に向かって、テレポート。
飛んでいく軌跡を見られれば驚かれるし魔王の帰還が誰かに知られる。けど、一瞬なら見間違いで済むだろう。
浮遊間にオーレリアさんの身が竦んだ。突然の空に驚いているのがわかる。
すぐに次の転移。皇都が見えるところまで来たら──あちこちから煙が上がっているのが見えた。
慌てるな、リドルカさんを押さえてもう一度テレポート!
無事にリドルカさんの城のテラスに着地できた。急いでいたから遠見の確認ができなくて冷や冷やしたけどなんとか跳べた。人がいたらぶつかって死なせてしまうし、障害物があっても危険だから。
「こ、ここは?」
震える声であたりを見回すオーレリアさん。
「俺の城だ。街に火の手が上がっている」
「ええ。私にも見えました」
「不届き者がいる。消してこよう」
「待って、リドルカさん!」
すぐに飛び立とうとするリドルカさんを止める。消すって火ですか!? 犯人ですか!? まったく、気が短すぎるよ!
「オーレリアさん、対策はありますか!?」
「あります。皇城へ急ぎますよリドルカ。タケユキ殿は……」
「もちろん、行きますよ」
そう答えたら、オーレリアさんが困ったように笑った。




