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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第二章 魔王の国
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第三十七話

 石を積み上げたその壁には、所々魔石や神石が使われているのが見えた。

 大きな門には槍を手にした黒い鎧の兵士が門番として立っている。

 そこを馬車は通り抜け、少し進んだところで止まった。


「さあ、こちらへ。タケユキ殿」


 オーレリアさんに続いて馬車を降りた。その後をリドルカさんがついて降りる。

 山の側面にくっつくように大きな白い建物がある。見ようによっては神殿のようにも見える。オーレリアさんは「姫が滞在する白の離宮です」と言った。


 扉の前には、侍従服の人たちが数人頭を下げて待っていた。白い服に肩には黄色の帯だ。


「ようこそお越しくださいました。オーレリア殿下、リドルカ殿下」


 別にいいけどね。俺の名前が呼ばれなくても。

 扉が開かれ、中に入る。

 侍従を先頭に、オーレリアさんと俺が続き後ろをリドルカさんが歩く。

 いくつか部屋が並んだその先に、今度は真っ黒な扉が見えた。そこには、黒バージョンの侍従服を着た人が数人いた。


「今、黒の離宮を管理している者たちです」

「ここを守るあなた方には感謝しておりますよ。これからも、よろしくお願いしますね」


 白い侍従に紹介され黒い侍従たちは静かに頭を下げた。

 そして、そのうちの一人が扉を開ける。


「この先の案内は結構です。私たちだけで参りますので、あなた方は控えるように」


 小さく「え?」と、誰かが声を漏らしたのが聞こえた。黒い侍従たちの視線は俺に集まっている。何か言いたそうなのにそれを口にはしないみたいだ。

 なのでテレパシーにて聞いてみた。


『新しい黒の従者か?』

『新人が来たならもうここを辞められるかな』

『こんなところに勤めるのはもう嫌だ』

『アレを見てたら私たちまでああなるんじゃないかって……』

『さっさと閉鎖してしまえばいいものを』


 ブラック職場というやつかな。

 色合い的な意味じゃなくて。


 それに、ここにはリドルカさんの弟さんが八人いるんだよね?

 この人たちは子供の世話をしているんじゃないのかな。


 オーレリアさんが歩き出す。リドルカさんにそっと肩を叩かれたので俺も続いて歩き出した。


 そこはまさに洞窟だった。

 道は舗装され、青いランプが壁に埋め込まれていてそれほど暗くはない。

 けど、その壁は真っ黒でいつぞやの魔術エレベーターがあった部屋と違って全部魔石っぽい。ゴツゴツした魔石の通路だ。

 よく見れば、オーレリアさんの手は神石を握っている。

 ここに入るだけで魔石の魔力に当てられるってことかな?

 

 そうして、通路を進んだ先には広く開けた空間があった。


「あれが黒の離宮です」


 その名の通り、真っ黒な建物があった。

 装飾は綺麗だけどそれほど大きくはない。俺の実家か、それより少し大きいくらいか。

 ここには見張りもいないのか、その両開きの扉はリドルカさんが開けた。

 そして、リドルカさんが先に入る。俺が続いて入れば、なぜかしばらく立ち止まっていたオーレイアさんが厳しい顔をして後に続いた。

 皇族の離宮としては小さめの玄関ホールの先には扉のない出入口があり、その先の部屋には……岩があった。

 真っ黒なでっかいでっかい水晶のような形の魔石がゴロンゴロンと幾つも転がっている。その下や岩の上に真っ黒なデロっとした塊がいくつもあった。


「弟たちだ」

「は?」


 そう言って、リドルカさんが手を指したのは黒いデロデロ。

 背筋がひゅっと冷たくなった。

 あれが……弟?

 冗談? なわけないよな、こんなところにまで来て……


 手足が震え始める。

 あれが、もしかして魔に落ちた姿だというのだろうか。


「もうおわかりですね。魔石の力に長く当たり続ければ、人も獣も草木でさえああなります。そして、いずれは溶けて地に還るのです」


 振り向けば、青白い顔をしたオーレリアさんがいた。


「ただ、私たち皇族は一族の性質として魔力耐性があります。そのせいで……この子たちはいつまでも土に還ることもできずこうしてあり続けているのです」


 それって、とてもひどいことじゃないんだろうか。


「この子たちに、意思はあるんですか? 生きて、いるんですか?」


 声が震えた。


「生きている。意思の疎通は、昔はできた」


 そう答えたのはリドルカさん。

 リドルカさんはその子たちに近づいて、一人一人頭を撫でていく。ぱっと見て頭かどうかはわからないけど、たぶん頭だ。その頭数は、なぜか一人多い。


「弟さんは、八人ですよね?」

「一人は、私の息子です」


 オーレリアさんは目を閉じてそう言った。

 

「話を聞いてもらえますか?」


 俺はうなずいた。


 古くから、皇帝の子は姫ならば表の白の離宮で、皇子ならこの黒の離宮にしばらく滞在することで高い神術や魔術を身につけるしきたりがあったらしい。

 と言っても、強い魔石の力に当たり続けると魔に落ちることは知られていたので、皇子たちも寝食は白の離宮で摂っていた。


「けれど、ある時。皇帝の寵愛を独占していた寵姫の子が、他の妃や寵姫の手の者によって数日に渡り黒の離宮に閉じ込められたのです。けれど、その子は魔に落ちるどころか、その身に魔王と見まごうほどの魔力を宿しました」


 俺は、リドルカさんを見た。

 

「皇帝は歓喜しましたよ。最強の手駒を手に入れたと。その後の行いは……わかるでしょう?」

「他の皇子たちも、同じように閉じ込めたんですね。ここに」


 オーレリアさんはうなずく。

 

「ここにいて、魔力を蓄積させながら身を崩すこともなく人でいられたのはリドルカだけでした。なぜ、そうなったかは今を持ってもわかりません。もちろん本人にも。けれど、欲をかいた皇帝は次々我が子を黒の離宮に放り込み、とうとう孫にまで──……」


 ぐっ、と神石を握り込むオーレリアさん。

 その視線の先には、一番小さな黒い塊がいた。

 

 昨日のカトリーネさんを思い出す。

 淡々と自身の父親を弑逆した話や、それにおもねる夫を処刑した話をしてくれた。怖いと思ったけど、それは我が子を守るためだったのか。


 ひどい話だ。

 本当に、ひどい……


 と、その時。

 何かが聞こえた。


「ん?」


 あたりを見回して、音のように聞こえたそれにさらに耳を澄ます。


「どうしました?」

「しーっ」


 口元に指を当て、静かにしてくださいと示す。

 さらに耳を澄ます。

 いつもなら、誰かの心の声を聞くなら一番表面に近いところで声に出すまでもなく喋っている心を聞くが、この声はもっと深層まで入り込まなければ聞こえない、小さな声だ。

 この、声は……

 俺は呼びかけてみた。その声は答えてくれる。


「あの、オーレリアさん。オーレリアさんのお子さんの名前『ファルリ』くんですか?」

「なっ、なぜそれを……」

「あの子が『母様』と呼んでる気がして、尋ねてみたら答えてくれました」


 オーレリアさんが目を見開いた。


「ファルリ……」


 オーレリアさんが名前を呼べば、ファルリくんはゆっくりとだけど動いた。

 この子は、自分をわかっている。自我が、生きている。

 俺は、その子に近づき、抱え上げた。


「ファルリくんは、お母さんがわかっていますね。会えて喜んでいます。ん? 何か歌っている?」


 小さな声で聞きとりにくいけど、リズムはわかる。


「ら~ららら、ららら~……」


 鼻歌だけど、オーレリアさんにはその歌がわかったようだ。


「夢の中で……空へ、遊びに……おやすみ、良い子よ……」


 子守唄か。

 オーレリアさんが歌えば、黒い塊はまた、少しだけ動いた。その動きが母親に手を伸ばす小さな子供に見える。


「あ……ああ、ファルリ……」


 目を見開いたまま手を伸ばしたオーレリアさんだったけど、リドルカさんが止めた。


「姉上。触れればあなたが魔に落ちる」

 

 オーレリアさんはそれを聞き、茫然としたまま涙をこぼす。わかってはいるんだろう、この子はまるで強力な魔石そのものだ。


「あの、俺の腕越しに抱いてあげてください。防壁も貼ってみます、少しなら触れても大丈夫ですよ」


 そう言って、子供を抱えた腕を上げると、オーレリアさんは俺の腕に手を添える。そしてそのまま引き寄せて我が子をゆるく抱きしめた。


「ファリル、わかるのね。ごめんなさい……ごめ……」


 ポロポロと涙をこぼし、言葉も出なくなったオーレリアさん。頬を寄せると、その涙は黒い塊に落ちて流れた。


『守ってあげられなくてごめんなさい』『助けてあげられなくてごめんなさい』『ちゃんと抱きしめてあげられなくて、ごめんなさい』


 たくさんの謝罪の声が聞こえる。

 俺も聞き覚えあるな。こんな感じの声。…………母さん


 オーレリアさんが我が子を抱きしめているあいだ、リドルカさんは他の弟さんたちを一人一人抱きしめていた。

 ひとしきり弟たちを抱きしめた後、リドルカさんは俺たちの方に向き直る。オーレリアさんも顔を上げて、名残惜しそうに我が子を離した。


「いいんですか?」

「……ええ」

 

『あなたは、人が良すぎますね』


 そんな声が聞こえたので、ギョッとしてオーレリアさんを見てしまった。その目が楽しげに俺を見ている。


『私の声も聞こえているのですね。前皇妃よりも読心の術は上のようね。こんなになってしまった子の心まで読み取れるのですもの。私には、聞こえなかった』

『えっと、オーレリアさんも心が読めるんですか?』

『……あなたは、心で会話までできるの?』


 オーレリアさんが驚いている。こちらの術ではできないことなの? 心言の術とかもあるって言ってたのに? もしかして、ものすごく難しい術なのかな。

 そうか、昨日のカトリーネさんがやっていたのはやっぱりテレパシー対策だったんだな。墓穴掘った? 俺が目をそらしてどうごまかそうかと唇を噛んでいたら、オーレリアさんは小さく息をついた。


『カトリーネが言った通り、やりようによってはいくらでも利用できそうですね。ここへはリドルカの出生を知らしめ同情を買うつもりで連れて来たのですよ? 新たな価値を見せつけてどうします』

『あう、すみません』

『あなたは、明日ここを立つ方が良いでしょう。この国の敵にその存在を知られる前に。長くとどめて、標的の一人にされれば否応なく巻き込めると思っていましたが、あまりに簡単に出来そうなところが恐ろしいわ』

『ご心配をおかけしまして……いいんですか?』

『この子を人として見てくれる存在には、国の外にいてもらう方がありがたいわ』


 それは、どうゆう意味だろう。

 オンタルダ帝国は、世界の敵と認識されそうになっている。国内にも先帝派や神降教関係者。それに煽られた革命派なんかもいると聞く。

 まだまだ荒れるだろうことは想像がつく。

 兄弟姉妹が脅かされたらリドルカさんは押さえが効かなくなるかもしれないし。それだけでも帝国には大きな被害が出るんじゃないだろうか。

 そうなったら、いよいよリドルカさんは魔王扱いされるだろう。

 世界中がそれを脅威として、リドルカさんを……魔王を倒そうとするはずだ。今でさえその準備をしているわけだし。

 

 リドルカさんが魔王として世界に打たれれば帝国は滅ぶだろうね。オーレリアさんはそう思っているみたいだ。

 そうなった時、この子たちの存在を思い出して保護して欲しいってことかな。


 それはそれで、いいように利用されているってことかもしれない。けど……


『俺はいつか、人のいない離島を見つけてひとりで移り住むつもりでした。その時、連れ出して連れて行くこともできますよ。この子たちはここを出て生きていられますか?』


 そう問えば、オーレリアさんは目を細めて笑った。


『人として、死ぬことができます。魔王石として敵に利用されるよりも、はるかにありがたい最後ですわ』


 胸が、ぎゅうっと痛んだ。

 

 頭の中で否定と肯定がグルグルしている。


 安請け合いしすぎているんじゃないか、この子たちを看取るだけの役目なんて負えない。負いたくない。


 でも、望んでない力を無理やり押し付けられて閉じ込められて、育つこともできなかった子がいるんだよ。できることがあるならなんでもやってあげたい。


 いや、できることなんかあるわけがない。


 いっそ帝国に力を貸せばいいんじゃないのか。リドルカさんの役にも立てるよ。


 自分の力を過信するのは危険だってばーちゃんがいつも言っていただろ? 手を出すことで一番守りたい者まで窮地に追いやるかもしれない。


 失敗したら睨まれる、恨まれる、拒否されて傷つけられる。先祖が辿ったいくつかの道、ばーちゃんが教えてくれた話が過ぎって怖いよ。


 離れることで、母さんがどれだけ安心していたか知ってるだろ?


 ──私が守れたのは、大切なものの中でも本当に少しだけ


 そう言ったのはばーちゃんだったか、母さんだったか。


 俺の大事なものって……なんだろう

 運命の人だって、いないのに


「タケユキ殿?」


 肩を揺すられ、我に返った。

 心配そうに俺を見ているオーレリアさん。そんなふうに心配されると「ばーちゃんみたい」って言いたくなる。でも言ったら失礼になっちゃうんだよね。


「大丈夫です。確約はできませんが……できるだけのことはしたいです」

「そう、ありがとう」


『明日の出立は、リドルカには言わないでおきなさい。引き留めようとするでしょうから。あなたが去った後に私たちで話すわ』


 オーレリアさんの心の声が聞こえる。

 ごめんなさい。


 謝罪の言葉は、心ですら伝えられなかった。

 リドルカさんが不思議そうに、眉を寄せてこっちを見ている。


 ごめんなさい。

 もう一度、こっそり謝って。

 子供たちに別れを告げて、俺たちは黒の離宮を出て帰路についた。




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