第三十四話
翌日の朝も似たような感じだった。
リドルカさんと同じ部屋で起きて、抱き上げられそうになったのを止めて、頭を撫でられて、朝食をいただくところまではほぼ同じ。
そして、今朝はカトリーネさんがやって来た。
「昨日はパレアーナがお世話になりましたね」
挨拶もそこそこに馬車に乗り込み、そう言われた。
昨日、リドルカさんのお城に戻ったところで早速飴細工をねだられたんだ。
いかんせん、皇族のお口に入れるものだから何かあってはならないと、侍従長さんや護衛の騎士さん、厨房関係者に監視されながら作ったわけだけど。
「あの子、嬉しそうに話してくれたわ。綺麗な飴の細工で美味しかったと」
「パレアーナさんに気に入ってもらえて、よかったです」
はじめは、昔ばーちゃんと作った鳳凰を作ろうかと思ったけど材料がそこまでなかったのでテレシーと食べたあの小鳥にした。パレアーナさんは嬉しそうに頭からバリバリ食べてた。
リドルカさんは厨房に漂った甘い匂いだけで眉を寄せてしまい、飴は遠慮されてしまった。故に、パレアーナさんは二個食べた。
ちなみに、今日もリドルカさんは馬車に同乗中。
「よければそのうち、うちの子供たちにも作って欲しいわ」
「お子様が、いるんですか?」
「ええ、二人。上の子でまだ五つですが」
これはびっくりだ。
「えっと、旦那様は?」
一昨日はそれっぽい人がいるの見なかったし、旅も皇族はリドルカさんと二人だったって聞いた気がする。旦那さんは結婚しても皇族じゃないのかな? それとも奥さんが働いて旦那さんが子育てしてて家を守っているとか?
「処刑しました」
これまたびっくりだ。
「処刑……ですか」
「先帝の佞臣で何十回処刑してもし足りないほどのろくでなしでしたので、仕方がありません。オーレリアお姉様の元夫もそうですよ」
嬉しそうに言いますね、カトリーネさん。
でも……じゃあ、リドルカさんも既婚者だった?
そっとリドルカさんを見たらちょっと黒いモヤが出てる。無茶苦茶怒ってる。その旦那さんたちに嫌な思い出でもあるのかな。
「ふふふ、リドルカは未婚よ。ろくでなしどもが自分の娘やどこから連れてきたかわからない女をあてがおうとしていたけど、皆が魔に落ちたわ」
ほほほほ、とおかしそうに笑うカトリーネさん。怒ってるリドルカさんより怖いよ。
「落とそうとして、落としたわけではない」
「……そうね。ごめんなさい」
カトリーネさんが謝っているのはリドルカさんを傷つけたことに関してだけだな。
「昨日は、パレアーナにこの国の良いところだけを回ってもらったの。今日は私が闇の部分を教えて差し上げるわ」
優しげに微笑みながら言わないでください。
妹には闇の部分を見せたくないとかあるんだろうか。
パレアーナさんにしているような気遣いは俺にはないんですね。俺だってそんなの、出来れば見たくないけど……
「俺に見せていいんですか?」
「帝国には一人でも力のある味方が必要なの」
「俺の力は俺だけのものですよ?」
「まだそんなことを言うのね。いくらでも利用できそうで困ってしまうわ。あなたはすでに、リドルカやパレアーナを敵にする気はないでしょ?」
「…………俺は、扱いやすいですか?」
「かわいいとは思うわ」
「俺、二十二歳ですよ」
「えっ!?」
「何っ!?」
カトリーネさんとリドルカさんの声が合わさった。ここにパレアーナさんがいたら「うそっ!?」って声も合わさった気がする。テレシーの反応が懐かしい。
「なら、気遣う必要もないわね。オーレリアお姉様にも報告しておきましょう」
「もしかして、オーレリアさんも俺を何処かに連れて行くつもりなんですか?」
「ええ、この国の深淵へ」
怖いです。リドルカさんのお家に引きこもっていたいけど、そういうわけにはいかないかなぁ……
これが夢のような生活と引き換えの試練だとしたら、もう少しゆるい夢でいいかもしれない。
馬車は昨日と同じように貴族街を通る。
闇を見せてくれると言うなら、昨日気になったことを聞いてみようか。
「あの、とても綺麗な建物が並んでいますが、空き家や壊れかけがたまにあるのはどうしてか、聞いてもいいですか?」
「もちろよ。主がいない家は全て粛清されたからよ。大半が一族もろとも処刑して、軽微な罪の者は辺境送りにしたわ」
おおう。なんとなくそんな気がしてたけど、そうなのか。
「前の皇帝って、そんなにひどい人だったんですか?」
「先帝だけじゃなく、代々ろくでもない皇帝がその地位についていたわ。おかげで世間ではオンタルダ帝国は邪悪な魔物の国と呼ばれているのよ。困ったものだわ」
代々ですか。百年前も白骨バカ王子の国に無理難題突きつけて戦端を開こうとしてたらしいですからね。
「こんなこと聞いてはなんですが……今の皇帝さんは?」
「皇帝さん……」
「あ、えっと、皇帝陛下」
言い直したら、カトリーナさんはクスクス笑った。
「トマシウスお兄様には皇帝さんの方が似合っている気がするわ。気が優しくて先代とは似ても似つかない人ですもの。……だから、そのなさりように怒り、弑逆を企てたの」
弑逆……
「本当に、そんな話、俺にしていいんですか?」
「もちろんよ。城下でも他国でも積極的にばらまいている話なんだけど、揉み消されてしまうので困っているの」
ああ、例の敵対してる神属性関係者たちか。
「オンタルダ帝国が悪逆非道な国でないと、みんなを煽ってやっつけようって言えなくなっちゃいますもんね」
「ふふ、そう言うことよ」
「でも……」
本当の所はどうなんだろう。
俺は当たり前のように誘拐されたんだけど。
同行していたテレシーは巻き込まれたし、無事だと言われたけどまだ自分の目で確認してないし。
ここまで遠いと遠見もできない。
出来たらとっくにしてるんだけどね。
一時は信用する方へ気持ちが傾いていたのに、不安になってきた。
俺が考え込みだすと、カトリーネさんは笑顔のまま俺を見ている。
心が読めない。
そう言えば、上位術士なら心を読む術があるんだっけ。読まれないようにする対抗策でもあるんだろうか。神術も魔術も俺自身に影響を与えないとしても、向こうの防御は簡単には破れないかもね。
もしかして、リドルカさんの心が読めないのもその辺の何かがあるのかな。
カトリーネさんには騎士舎で助けてもらった件での恩もあるけど……
馬車は貴族街を抜けて城下街に出る。
更に皇都の街へ出て少しした場所にある、高い塀のある監獄のような場所へ来た。
その日、カトリーネさんが案内してくれたのは主人がいなくなって行き場をなくした奴隷の収容施設だった。
「奴隷の中にトーセル島出身者が何人かいるのよ」
パレアーナさんがトーセル島国の言葉を話せたのはその人たちに教えてもらったかららしい。
「奴隷たちはね、売られて来た者がほとんどだけど攫われて来た者も少なくないわ。けれど帰してあげるわけにはいかないのよ。理由はわかる?」
奴隷になってたなら、俺みたいに厚遇されていた人はいないだろうな。ろくでなしで処刑された主人のもとにいたなら尚更。
ここでは人並みの生活と労働をさせているとはいえ、これまでの恨み辛みがそれくらいで消えるかといえば、難しいだろうね。
実際、恨み言が聞こえてきたからテレパシーは完全に切った。
少しは感謝の声もあったけどね。
「敵が狡猾なら、利用されますね」
俺がそう答えれば、カトリーネさんの笑顔は深まった。
他にも何かあるのかな?
なんだか、本当に帝国の闇をがっつり見せられたようだ。疲れた。
……これ以上の闇って、何? 深淵なんか見たくないよ。




