第三十三話
夢のような
いや、夢で描いた以上の生活がまだ続くなんて思わなかった。
オンタルダ帝国の皇帝一家を脅した翌日。
俺はまだリドルカさんの部屋で寝起きしていた。
さすがに部屋は分けられるかな、と思っていたのに寝床を囲んでいた魔石と神石を退けられただけでそのまま、また一晩そこで眠って起きた。
「あの、もう結界もないですし、抱っこしてもらう必要ないですよ?」
「……そうだな」
俺が寝床の上で着替えた後、いつものように手を伸ばし抱き上げようとしたリドルカさんの手を拒んだ。
もともと、少し触るくらいで魔落ちはしないものなのか。それとも俺が神属性の最上位である神族関係者と思っていたからか。船にいる頃からしょっちゅう抱き上げられていたな、と思い返す。
あの時は、たぶん仕方なくとか嫌々だったと思うけど今はなんか、こう、やたら俺のこと触りたがってるみたいでちょっと困る。恥ずかしいというか。
抱っこは拒否できたけど、頭をくしゃくしゃ撫でられた。トルグさんより荒っぽい。
なんかこうゆうのって、思い出すと俺にもあったな。
そう、あれはポチだ。
ばーちゃんの所には、村のおばちゃんがちょくちょく相談や愚痴を聞いてもらいにやって来ていた。その中に、いつも犬を連れてやってくる人がいたんだ。
シバ犬っぽい雑種で、シバにしてはちょっと長めで柔らかい文旦色の毛並みのわんこ。
あれは小学生くらいだったよな。俺はポチに触りたくて触りたくて仕方なかったけど、興奮すると力の加減が難しくなるからダメだとばーちゃんに止められて。それならばと力を抑える訓練をむちゃくちゃ頑張ったんだ。やっとOKが出て、初めて触らせてもらった時は嬉しくて嬉しくておばちゃんの愚痴が終わるまで撫で回した。
そのせいか、次に会ったポチには警戒されてまた触らせてもらえなくなって泣いたけど。それからは、餌付けしたり程々の距離をとって遊んだりしてまた触れるようになったんだよな。
リドルカさんの行動がなんかそれっぽい。
彼の持つ力、絶大な魔力の影響を受けずに触れて大丈夫な存在が珍しい、と聞いたからそのせいだろうな。
俺、ポチ扱いされるんなら次は餌付けかな。一緒に遊ぶのかな。なんか捕まってからも食事はおいしいもの食べさせてもらってるし。でも遊ぶことに関しては何したらいいかわからないよ。
先々にいくばくかの不安を感じつつ、朝食をいただいた後。
パレアーナさんがやって来た。
「皇都を案内してあげるわ!」
朝から元気いっぱいだ。
昨日あんなことがあったばかりの皇族兄妹が揃ってこんなでいいんだろうか。
「街に行っていいんですか?」
「お姉さまにオンタルダのいいところを見せてあげなさいって言われたの。街を一通り見て商店通りとか歌劇場とか、テムラス川を臨む公園とかもね。馬車で回るだけだけど、見てるだけでも楽しいわよ」
「馬車で見て回るだけ?」
「馬車から出るのは……あまり良くないの。馬車で回るだけなら、リドルカお兄様もご一緒できるでしょ?」
「……そうだな」
まあ、皇族があんまりフラフラするわけにもいかないだろうしね。一人で行っといで、って言ってもらえるのが一番楽だったけど。
そんなわけで、パレアーナさんも含めて遊びに行くことになった。馬車で散歩だけど。散歩かぁ……やっぱりポチか。
「せっかくだから貴族街を回っていきましょう」
パレアーナさんがそう言うと、馬車はきれいな街並みを走り始めた。前と違ってカーテンは開けられていて普通に外が見える。それと、馬車には護衛の騎士が数人、馬でついてきている。黒い鎧にマントだから近衛騎士かな。
皇城の城壁と、一般民衆との町境にある大きな壁との間にある住宅街。流石に貴族街と言われるだけあって、綺麗な建物がたくさんある。けれど、その中にちらほら、庭木が枯れていたり剪定されずにわさわさになっているものが見えた。窓ガラスが割れていたり、壁が焦げていたり、たまに更地になっている場所もある。
聞いていいものか迷っている間に、馬車は貴族街を走り抜け一般の街に出る城壁の門を抜けた。
「おおっ、姫様だ!」
「パレアーナ姫様だわっ」
「姫様ー!」
やって来た時の大通りではなく、市街地に近い商店の並ぶ通りに馬車が入ると、目敏い人が窓辺のパレアーナさんに気がついて手を振り始めた。騎士が警護しているから近づいてくることはないけど。
「パレアーナさんって人気者なんですね」
「ま、まあね」
頬を染めて自慢げに言うパレアーナさん。
それとは逆に、リドルカさんがカーテンの影に隠れるようにしているのがちょっと気になる。
「この辺は商店が多い通りなの。少し行けば市場もあるけど、馬車じゃ入れないし。民の迷惑になるから行かないわ。本当は……飴屋さんがあるなら行ってみたいとは思うけど」
「飴屋さん……べルートラスの街みたいなのですか?」
パレアーナさんはプイッと窓の外に顔を向けた。
いつから見てたんだろう。まあ、俺を攫うために調べ尽くしていたみたいだし、家から追ってきていたのかもな。
「飴細工が食べたいんですか?」
「べっ、別に食べたくなんかないわ! ちょっと興味を惹かれただけよ。それより、帝国の城下町は治安がいいでしょ? 泥棒なんかいないもの!」
いないわけないと思うけど。頑張ってごまかしているみたいだから触れないでおこう。
「そう言えばあの泥棒、勝手に自分で弾いた石にぶつかって倒れてたけど……ちょっと不自然だったのよね。まさかあれ、あなたが関わってる?」
「よくわかりましたね。ちょうど踏み込んだ足元に石があったのでぶつけました」
「地味なことするのね。あなたならもっと普通に捕まえられたんじゃなくて?」
「目立ちたくないんです。ちょっとの力で成果が出て注目されない方法をいつも考えているんです」
「……なるほど」
「お兄様、同意するのはいいですが大雑把なお兄様にそんな細かな芸当ができますか?」
馬車に乗って初めて声を出したリドルカさんにパレアーナさんの厳しい突っ込み。眉を寄せて悩むリドルカさんが面白い。
本当に仲の良い兄妹なんだな。
その後、馬車は二百年の歴史を讃える歌劇場の前を通り、大河沿いにある大きな公園に入った。公園には子連れや老人が思い思いに散歩したり遊んだりしている。馬車用の道なのか、公園を貫く広めの道は大河が見えるところでひとつの門を超えた。それほど高くないけど鉄製の塀に囲まれているので、貴族とか皇族専用の場所かもしれない。
門を潜って少ししたらきれいに整備された花壇の並ぶ庭園に出て、一つの大きな東屋があった。馬車はそこで止まる。
「降りましょう」
パレアーナさんがそう言うと、御者台に乗っていた従者が恭しくドアを開けた。
川風が心地いい。
パレアーナさんが「んーっ」と伸びをする。市民の目がなければそれもいいのかな、お姫様。
「こっちよ、ここからの眺めが素敵なの。ほら、テムラス川に船が見えるわ。商船かしら」
小走りに東屋に向かうパレアーナさんを追って、俺とリドルカさんもついて行く。少し階段になっている東屋に上り、見渡せば日に照らされて輝く大河がある。向こう岸がうっすら見えて、行き交う船が浮かぶ。
この川が海まで続いているのか。すごいな。
俺の手紙を乗せた船はもう出航したのかな?
昨日、あの後早速俺はじーさん先生宛に手紙を書いた。この世界の文字はまだほとんど覚えていないので文章はかなり怪しいけど、手紙の余白にこっそり念写で絵を描いておいた。普通に見たらただの絵だけど、じーさん先生はそれがどうやって書いたか察しがつくはずだ。それで無事だと伝わるといいな。
ちなみに、描いた絵は飴細工の小鳥。あれならテレシーにもわかるだろう。元気でいますって言うメッセージになるといいな。どうでもいい話だけど、小包装の飴ちゃん二つは今も俺のポケットに入ってる。
港はもう少し川上かな、と思って見ていたら、急にパリアーナさんがソワソワし始めた。
「どうかしました?」
「えっと…………そのっ」
「?」
「ごっ、ごめんなさい!」
首を傾げていたら謝られた。
何にかな? と首を傾げたままにしていたら、真っ赤になったパレアーナさんが続ける。
「追いかけ回して、眠くなる魔草を浸した水をぶっかけて、無理やり連れてきたことよ!」
「ああ……」
「あ、ああって」
「昨日、謝ってもらいましたよね。皆さんで」
「あの時は、気持ちが入ってなかったわ。それが国のためお兄様やお姉様のためになるなら仕方がないって思ってたもの」
「その気持ちが変わったようには思えないけど」
「そういえば、あなたは心が読めたんだったわね……」
胸元を押さえて一歩引くパレアーナさん。
「読まなくてもわかりますよ。ご兄弟仲がいいのは知ってますし、立場上非道なことをしなきゃいけないこともあるでしょうし」
「もしかして、まだ怒ってる?」
「怒ってはいないですよ。それだけ誠実に謝ってもらったし、ちゃんと帰してもらえるし。ただ、初めからちゃんとじーさん……オーリー先生の家に挨拶に来て、事情を話してくれたらよかったのにって思うけど」
「それは無理よ。あの家には神術士がいるもの。神属性関係者は信用できないわ」
トルグさんがネックだったとは。
そういえば……
「パレアーナさんも神術士ですよね?」
「不本意だけど、仕方ないのよ。皇族の姫は神術士になるよう育てられるの。帝国は魔の資質保持者だらけだから、いざと言うときそれを抑えられるようにね。本質は魔属性よ。神属関係者は嫌い」
そんなこともできるのか。
皇族も大変だな。
「トルグさんはいい人だよ。まあ、皆さんにはそう言っても難しいかもだけど」
実際、あの国にも頭のおかしい神属騎士みたいなのいたしね。そうでなくても帝国は敵視されてた。じーさん先生でさえだ。
と、考えていたら……お腹がもそりと触られた。
「リっリっ、リドルカさんっっ!?」
「殴って、すまなかった」
さらにもそりもそりと。船に乗せられる前に殴られた場所を。
ふっ、ふええええええっ!?
これ、謝罪されてるの!? そりゃ俺もポチと和解した後は、ポチのお腹撫でまわしたよ!? それと同じ!? ポチは喜んでたけど俺も喜ぶべき!?
「お兄様それはダメ‼」
パレアーナさんがぺいっとリドルカさんの手を掴んで放ってくれた。
……よかった。
俺も今、顔が真っ赤だろうけどパレアーナさんも真っ赤だ。
「まったく、オーレリアお姉様がリドルカお兄様だけじゃ不安だからあなたも仲良くなっておきなさいって言った意味がわかったわ」
そうゆう意味なのかな。
まあいいや。それにしてもオーレリアさんはまだ俺の懐柔を諦めてないんだな。そんなに簡単に懐柔できるなんて思わないで欲しいな。
そりゃ、仲良くはなりたいけど。
「そうだ。俺、飴細工作れるよ。仲直りの印に作ろうか?」
「ホント!?」
物凄い勢いでパレアーナさんが振り向いた。
そうだ。俺だってポチ扱いされたままじゃシャクだ。手懐けて仲良しになろうって言うならこっちもやり返すべきだな。
「材料と道具があればね」
笑って返せば、パレアーナさんの顔がキラキラ輝いて見えた。日差しを受けた大河のように。




