第三十一話
ぐったりと椅子に座り込んだ皇帝。
妹さん方はそのまま床にへたり込んでいる。
リドルカさんはまだ俺の腕を掴んだままだけど。
大きく息をついた皇帝が、疲れ切った顔で額を抑えながら俺を見た。その目はまだ鋭い。
「そなたが望むならベルートラスに帰そう。だが、そなたがその力を持って敵に回らないという誓約をいただきたい」
「これから手出ししないでくれたら敵になんかなりませんよ?」
「それはわからん。神王国の息のかかった神属関係者なら其方の大事な者たちを人質に、我らと敵対することを強要するだろう」
言い切るんだ。
まあ、あの時の神属騎士を思えばやりそうだ。
「そうですか……じゃあ、そっちも乗り込んで脅した方がいいのかな」
「なっ!?」
「ちょっと待ってよ! あなた、戦わないって言ったでしょ!?」
飛び起きて指差しで怒鳴ったのは、一番若いパレアーナさん。
「戦いませんよ、脅すだけです。それがばーちゃんの教えなので」
「御祖母様の……?」
呟くように問いかけたのはカトリーネさん。
「はい。権力者に組織的に狙われた場合は、そのトップを捕まえてできるだけ穏便かつ最高に震え上がらせるだけの力を持って脅しなさい。って」
「矛盾してるわよっ!?」
そうかな?
「派手に脅すと配下が勝手に動き出して危なくなるから、トップだけを狙い撃ちして脅して黙らせるのが一番手っ取り早いってばーちゃんは言ってました。それに、本当に殺しちゃダメだって。殺したらそれこそ配下に恨まれて追いかけ回される羽目になるからって」
「では、先ほど城を壊すと言ったのは──」
「言った通り、城を壊すだけです。皆さんのことは嫌いじゃないから、死んで欲しくはないし」
チラッとリドルカさんを見れば、まだ腕を掴んだまま強い目で俺を見ている。どうしたんだろう。
他の兄弟の皆さんがほっとしているのに、なぜかリドルカさんだけ緊張が解けない。嫌だな、そんなに嫌われたんだ。嫌だな。
泣かないように気を引き締める。
「とりあえず、またちょっかいかけてきそうな輩がいても、今回みたいにちょうどいい感じで脅せるといいな」
「ちょうどいい感じって……」
「皇帝のご兄弟に直に攫われたわけですし、話は上のお姉さんとと言われてましたのであわよくば皇帝に会えないかなってちょっとは思ってたんですが。まさか本当に会えるなんて。おかげさまで簡単に済んでよかったです」
口を開けたまんまのパレアーナさん。額を抑えるオーレリアさん。目が泳ぐ皇帝。
『皇帝が誠意を見せて直接話せば、気を良くして話に乗ると思ったんだがなぁ』
『だからお兄様は出るべきではないと言ったのに……』
『神族でも、それに対抗できるだけの魔力を持つリドルカがいれば、大抵の事には対応できると考えていましたのに。私たちが甘すぎたのですね……』
それぞれが反省している。
それは次に生かしてください。
「神属関係者のトップってどこにいてどんな人かわかりますか? 騒ぎになると困るのでトップだけこっそり会えるといいんですが」
大きく大きくため息をついたオーレリアさんが、額を抑えたまま答えてくれる。
「それは、無理でしょう。神属系の最高位は神降地神殿の神殿長ですが、実質的な権力を握っているのは神王四国の四人の王です。それぞれの国の自身の城に住んでいるので一網打尽にするのは難しいでしょう」
そうなのか。それは残念だ。
「わかりました。神属関係者は動きがあった時にどうするか考えます。でも、みなさんと敵対しないことは約束しますよ。この先、オーリー先生一門に手出ししてこなければの話ですが。誓約に何かした方がいいんですか?」
契約書にハンコを押すとか。
「そうだな……いや、それより。数日でいいから、もう少しこの国を見ていってはくれまいか?」
「へ?」
皇帝が立ち上がってそんなことを言い出した。
「もちろん無理に留めようとは思っておらん。ただ、其方にはこの国のことをもう少し知ってほしいと思っただけだ。其方の保護者には手紙を送ろう、其方の物と非公式にはなるが私からも。謝罪の手紙をな」
「お兄様……」
妹さんたちが困ったような顔をしている。
皇帝が皇帝らしくないこと言ってるからか。それも本心から。
この皇帝さんは噂で聞くような悪い人じゃないのかもね。
でも、そっか。それならもうしばらくはリドルカさんと一緒にいられるのか…………いや、いやいや、嫌われてるのにまだ一緒になんて、余計つらいよ。て言うか、なんでまだ腕を掴んでいるの? リドルカさん?
と、リドルカさんを見上げたら、突然腕を引かれて抱きこまれた。
「うっ、うえっ!?」
ぎゅうぎゅう抱きしめながら、頭や背中やそこらじゅう撫でまわされてびっくり。
「えええっ、なんですかっ!? なんですかっ!? リドルカさんっっ」
「お、落ち着きなさいリドルカ! 触れて魔に落ちない人間が珍しいのはわかるけど、今はやめなさい‼」
あわあわ慌てたカトリーネさんに止められて、リドルカさんはやっと離してくれた。
ほっぺが熱いよ。ドキドキするよ。
『なるほど、リドルカと友誼を結ばせ囲い込む手も……』
何を考えているのですか、オーレリアさん。
なんだか、実質的にこの国を仕切っていそうな人に弱みを知られてしまった気がする。




