第三話
俺、魔王じゃないよ。
そりゃ超能力なんて持ってるけどね。魔物の軍勢とか率いてるわけないし、田舎のおばちゃんたちさえうまくあしらえないのに軍勢なんか指揮できるわけないし。世界征服なんかどう考えても面倒だし。ちょっと町に行って心の広い素敵な恋人見つけたら故郷とは別の人気のない山奥とか無人島とかでのんびり暮らしたいなとか思ってたくらいで──
なんて、心の中でつらつらと言い訳している間に、じーさん以外の人たちはさっさと帰り支度を始め出した。
『盗まれた物はないか?』
『はい、ないようです』
『そうか……物取りでなく人攫いか?』
『そうかもしれないですね、隊長。奴らが一番狙ってたのは若くて可愛い女の子でしたし』
『こっ、こらバカ! 奥さんも狙われてたろ!? 奥さんも十分若くてお綺麗ですよ』
小綺麗夫婦がなんとも言えない顔で武装した奴らを見ている。余計なおべっかで場を濁すな。心がモヤモヤしだすと心の声が聞き取りにくくなるんだよ。
『しかし、こんなところに盗賊か──』
隊長と呼ばれた人が俺を睨んだ。
俺は無関係です。
盗賊でも魔王でもありません。
この人たちからは離れた方がいいかな。
人間がいてある程度の文明があることは分かったから、もうちょっと落ち着いた場所と人を探した方がいいかもしれない。
そう思って、俺は軽く頭を下げるとくるりと踵を返す。
『待てっ!』
と、隊長が叫ぶと他の武装男たちがさっと剣を抜いて俺を囲んだ。意外に素早い。
『なぜ逃げようとした? 怪しいな』
怪しまれた。
とりあえず、何を言っているかわかりません顔で首を傾げとく。
『やっぱり盗賊の仲間なんじゃないですか? 嬢ちゃんを助けるフリしてこっちの様子を伺ってるとか』
『夫妻を狙ってた奴らは始末したし、学者先生を追いかけた連中も隊長たちに追い払われたんだろ? 正攻法では攫えないと分かって仲間を潜り込ませたとか?』
『油断させるために見るからに弱っちそうな手下を使ったのか!?』
『こいつも、始末しとくか』
やめてよ……
心を読んでたら『弱そう』『怪しい』『盗賊?』『弱そう』『始末』『弱そう』とモヤモヤモヤモヤ嫌な気持ちが伝わってくる。
テレパシー、切りたいな。
『待ってください! その方は私を助けてくれたんです!』
『テレシー、無茶しないで』
『大丈夫です、ミリネラ様』
あの女の子、目を覚ましたみたいだ。ちょっとフラフラしながらこっちに来る。
『盗賊はこの方を見て「誰だ?」と言ってました。殺すとも言っていました。それに、えっと……』
女の子は足元をキョロキョロ見て石を拾う。
『あの時、石を拾ってましたね? 石を投げて盗賊をやっつけてくれたんですよね?』
女の子がにっこり笑う。
よく見てたな。けど、俺が彼女まで気絶させたとは流石に思ってないみたいだ。
武装男たちは『はあ?』とか『石?』とか言って笑ってる。
……証明するのは、いいかな?
俺は女の子から石を受け取った。そして、少しだけ力を込めて振りかぶり投げる。石はバキッと音を立てて池のほとりの木の幹にめり込んだ。
ザワッ、とする周囲。
『こいつは……』
『すげえ……』
え? 強すぎた? 木を折らない程度に手加減したけど。ばーちゃんに叱られるくらいの込め方しちゃった?
けど、女の子だけは目をキラキラさせてる。
『こうやって私を助けてくださったんですね! ありがとうございます!』
そう言って彼女はお辞儀した。
ここってお辞儀文化があるとこなんだ。
ちょっと面白くて笑うと、女の子は満面の笑みを浮かべた。あたりの空気が安堵したように軽くなった。よかった。
ほっとしていると、女の子は自分の胸元をトントンと叩いた。
『テレシー』
は?
『私の名前。テレシーよ』
ああ、名前を教えてくれているのか。すでに知ってるけど……
ちょっとテレパシーを切って、聞く。
女の子はもう一度名乗った。
「テレシーよ」
「……テレシー」
聞いた音をそのまま返したら、また嬉しそうに笑う。
「△▲▷▲!」
あ、テレパシーテレパシー
『全然喋らないから話せないのかと思って心配してたんです。よかった!』
ああ、そういえば喋ってなかったな。
少しは喋っておくほうがいいのかな。名前くらいなら、どうだろう。
「俺の名前は、松山竹雪」
『えっ!?』
女の子……テレシーがしたように自分の胸元を叩きながらもう一度。
「竹雪」
『タケユキ、それがあなたの名前ね』
うなずけばテレシーが俺の手を取ったのでびっくりした。
『助けてくれてありがとう、タケユキさん』
周りの声にも耳を傾けていると『どこの言葉だ?』という疑問の声がたくさん上がっていた。その中から、先生と呼ばれていたじーさんが一歩俺の方へ出てきた。
『お前さん、もしかしてトーセル島国の者か?』
『トーセル島国?』
隊長さんが問い返す。
『ああ、この先数日歩けば海に出るんじゃが、その海を船で十日ほど行った先にあると言う国じゃ。千年前の神族降臨時、大陸の言語は統一されたがあの島は海にあるせいでその恩恵を受けなかったのじゃ。今でもほとんど国交はないからよくわからん島じゃが……』
へえぇ。この世界って言語がほぼ一緒ってことか。じゃあこの人たちの言葉を覚えれば大抵どこでも通じるってことかな。というか、神族降臨って何? この世界って生き神様みたいなのがいるの?
まあ、今はその島の人間を装っておくほうがいいかな。
滅びの都の魔法陣を通って来ました、なんて知られるよりましだろうけど……引っ掛けられたりしてない? うっかり素直に答えたら実はそんな島なくってやっぱり盗賊とか言われない?
じっとじーさん学者さんを見て心を探る。
……悪意は、ないか。
信じてみようか。
俺はちょっと笑って答える。
「トーセル島国から来ました」
と、日本語で答えたら、じーさん先生がうむうむとうなづいた。
『言葉はわからんがトーセルと言ってるな。船が難破でもしたのかのう』
『そんなことあるのか? 信じてもいいのか、学者先生』
『まさか滅びの都から来たなんてことはあるまいし、こんなところに異国の言葉を話す者がいたらそれしかあるまい?』
ちょっとドキッとしたけど顔に出さないよう笑っとく。
『あの、街に帰るなら一緒に連れて行ってあげたらどうですか? 私を助けたせいで、この方も盗賊に狙われているかもしれません。街に行けば港もありますし近くに漁村もあります。もしかしたら故郷の人がいるかもしれませんよ』
故郷の人はいないだろうな。
でも街へ連れてってくれるならありがたいかも。
ここの世界のことをもっとよく知っておきたいし、言葉も覚えたい。もしかしたらここで運命の人に会えるかもしれないから、その時に困らないようにね。
『……そうだな、気は許せんが置いておくわけにもいかんしな。しかし、うーん』
隊長さんが顎に手を当て考えている。
詰まるところ、盗賊の仲間だった場合、放逐してこっちの情報を持ってかれても困る。けど、連れて行くことで手引きされても困るってところか。
結局、連れて行ってくれることにはなったけど。
帰り支度を終えると馬車がゆっくり走り出す。
御者台に小綺麗な男性と隊長。馬車にはじーさん学者とさっきじーさんを背負っていた男、それと小綺麗な女性とテレシーが乗っている。俺は護衛らしい武装した連中に囲まれて、一緒に馬車の後ろを歩かされた。
テレシーが申し訳なさそうにしているけど、山育ちで歩くのは慣れている。気温の変動とか病気には弱いけど持久力はそこそこある。いざとなったら超能力もある。
こうして、俺は異世界で遭遇した人々と街へ向かう事になった。
この中に運命を感じるかっこいい人はいなかった。




