第二十六話
リドルカさんの家に来て五日たった。
五日たった。
もう五日。
バレアーナさんがお姉さんが説明すると言っていたので、とりあえず誘拐の理由が知りたくて待っているんだけど、何もないまま五日たったよ。
今のところ何を要求されるわけでもなく、閉じ込められるでもなく、ひたすらリドルカさんのそばにいる毎日を送っている。
リドルカさんのお家は隣の山のような城から見たら小さいけど、五階建てで結構なお城だった。一応、大きいお城とも四階の通路で繋がっている。大きいお城と行き来するのに、馬車で正門までいちいち回っていくのは面倒そうだしね。
馬車で着いた時、ここを取り仕切っている執事っぽいおじさんと家政婦長さんみたいなおばさん、数人の騎士が出迎えてた。
「お帰りなさいませ、リドルカ殿下。お話は伺っております」
それとなく探ってみると、執事っぽいと思った人はどうやら皇弟専属の侍従長みたいだ。黒っぽい裾の長い服に濃い青の帯を肩にかけてる。
侍従長さんについて通路を歩き階段をのぼった。
リドルカさんの部屋は五階だった。
広々とした私室は流石に皇帝の弟さんのお部屋だなってくらい豪華だった。絨毯とか、装飾品とか、戸棚やテーブル椅子にソファー。すごいな。
色はほとんど白と青で統一されていて、豪華だけどちょっと涼しげで落ち着いている。
案内されている時に、ちょこっと侍従長さんの心を読んだ。
『魔石と神石の用意は万端。日暮れ前にパレアーナ殿下がお越しになり術の檻を貼られる。お客人の寝所は本当にあれでよかったのか確認する。食事の準備及び着替え等の手配も完了。それから……』
なんだかスケジュールの確認のようなのがつらつら流れてきたのですぐにやめた。客人が俺として、寝所とか術の檻とか、もしかして船の中みたいにリドルカさんのベッドの横に布団敷いて魔石と神石で囲うのかな。
リドルカさんは、普通の檻じゃ俺が簡単に逃げ出せるの知ってるし、たぶん術の檻を貼る役目を負っているならパレアーナさんも知っている。ついでに飛べることも知っている。
だから、飛んで追っかけられるリドルカさんのそばに置いておこうってことなのか。
でも、ここはお城で街もあるよ?
海の上なら俺が逃げても存分に攻撃して殺すこともできるって脅していたのに、ここでは通じなくなるんじゃないの?
大人しくしてるから油断してるのかな。
今のところ、すぐに逃げ出す気はないけど。
なんで俺がここまでして連れてこられたのか。船の中で聞いたパレアーナさんの話は何を指しているのか。その辺のことがわからないとなんとか逃げ出して帰り着けたとしても、またじーさん先生たちに迷惑をかけてしまうだけだ。
しつこく攫いに来られたらどうなることか……
テレシーには、もう怖い思いさせたくないし。
また、泣いてるかもしれない。ごめんね、テレシー。
この後どうするかは、お二人のお姉さんの話を聞いてからだ。もちろん心の声もね。
で、その日のうちに侍従長さんが心で言っていたようにパレアーナさんがやってきて、リドルカさんと一緒にリドルカさんの部屋の床に敷かれた布団の周りに二種類の石を置いて結界を張った。
どうやら、パレアーナさんは神術士のようだ。リドルカさんはやっぱりというか、そうだろうというか、魔術士だったけど。
「これは神石と魔石を使った最上位の結界檻よ。何者であろうと、ここに入れられれば作った術者の手を借りない限り出られないわ」
『私とお兄様の複合術の方が完成度が高いのよ!』
ふんす、と自慢げにパレアーナさんが言っていた。
それで俺は、毎度毎度リドルカさんに抱っこされて寝床から出されてたのか。これからもそうなるってことかな。いいけどね。
確かに、あの結界の中に入れられれば、何か壁があるような感じがしてた。
けど、俺の力はここの世界のものとは根本的に違うものだから。
リドルカさんの見張りがあるからやったことはないけど、たぶん普通に抜け出せると思うよ。テレポートだってできるだろう。
もしかして、リドルカさんはそれにも気がついていて四六時中見張っていて俺の寝床もベッドの横に置いているとか?
うーん。だったら本気で逃げる時のためにも飛ぶ以外の手立てを考えとかなきゃいけないな。テレパシーとか透視に遠見、その他もろもろリドルカさんに知られていない力もあるからそれを駆使して。
まあ、俺もリドルカさんの力の全てを知ってるわけじゃないけどね。
お姉さんの話とやらを聞くのがいつになるか知らないけど、それまでに少しでもリドルカさんについて探ってみよう。
と、思っていたけど。
そこからかれこれもう五日。
てっきり翌日か遅くてもその次の日には聞けると思ってたけど、いまだにお姉さんと話はできてない。時々侍従長さんの心を読むけど、スケジュールにもない。
どうなってるんだろうね。
そんなこんなで今日もリドルカさんのお城での一日が始まる。
朝、リドルカさんは起きると普通に自分で着替える。
普段着はあの夜見たような黒い服だ。
俺の着替えもちゃんと枕元に用意されているので俺は結界内で着替え。ここに来た時、俺の服が皇弟殿下のそばにいるものに相応しくないと着替え一式用意された。もちろん寝間着も。
リドルカさんは皇帝の弟さんだし、王子様育ちのはずなのに着替えは自分でするんだな。そういうのって、側仕えとかが手伝うものだと思ってた。
船の中ならともかく、自分のお城でもそうなんだ。
ちなみに。元の服、トルグさんのお下がりを手直しした服は気に入ってるし、大事な頂き物なので頼み込んで置いてもらっている。持っていかれたけど、物置に仕舞われるところまで遠見で見てたから大丈夫。捨てられずに済んでよかった。
で。
起きたら顔を洗って朝食。
洗面道具も水も起きた時には準備されていて、テーブルには食事も既に並んでいる。俺の分も向かいの席にあるけど、もしかして普段は一人で食べているのかな。
食事が終わると、隣の部屋でお仕事。
執務部屋みたいで、ここには侍従長さんが出入りして書類を持ってきたり話をしたりしている。この城のこととか、どこかにある魔石鉱山の話をしていることが多い。
俺は部屋の隅っこに置いてもらった椅子に座って仕事が終わるのを待っているだけ。
何か手伝いたいけど手伝わせてもらえるわけないし、そもそもこの世界の字はまだほとんど読めない。名前ぐらいはじーさん先生に習って書けるようになったけどね。
待っている間、暇なので聞き耳を立てている。もちろん城中に。
この階では見ないだけで、結構な人が働いているようだ。
しかも、そのほとんどがリドルカさんのことを恐れている。
『おい、殿下が帰ってきているって本当か?』
『やっぱりこえーよ。ずっと出かけてくれりゃいいのに』
末端の下働きの声。
『恐ろしい魔術で反逆者をみんな殺したって話でしょ?』
『やめとくれ。そんな話したと知れりゃ私らだって殺されちまうよ』
厨房や洗濯場の女衆。
『見栄えはいいし、皇帝陛下の弟殿下でしょ? 何も知らずにここへ来た時はちょっと考えてたけど、お父様に騙されたと思ったわ』
『私も似たようなものね。有力貴族の大半が入れ替わってしまったから、実家も生き残りに大変なのよ』
『触れられるだけで魔に落ちるって聞いたら玉の輿どころじゃないわ』
貴族出身の侍女さんたち。
『我らがこうして生きていられるのは今の皇帝陛下があの方を従えて先帝を退けてくださったからこそだ。感謝せねばならん』
『皇帝陛下には感謝していますよ。皇妹殿下の皆様も。けど魔王……ゲフゲフっ皇弟殿下にはできれば近づきたくないですよ。部署替え願えませんか?』
『ならん。身内のいない身軽な者だけで警備をしているんだ。人手が足らんのだから無理を言うな』
警備の騎士たち。
魔王って言われてたよ……
あの夜以来、黒いモヤみたいなのは見てないし、触られても俺は魔に落ちたりしてないよ。俺がこの世界の人間じゃないからかもしれないけど。
とにかく、無茶苦茶怖がられてるってことだけはわかった。
そのせいで、生活のほとんどをこの城の上階で一人で過ごしていることも。
昼食も二人きりでとって、午後。
広い、ほとんど庭みたいなバルコニーで鍛錬をするリドルカさんを見ている。無抵抗な俺をタコ殴りにした神属騎士共と違って、その剣捌きはすごく綺麗だ。かっこいい。
もちろん一人で稽古しているんだけどね。
俺じゃ相手にならないし、そもそも剣なんか持たせてもらえる筈もない。剣で戦って逃げるなんて自滅しそうで怖いからしないよ。
初めて包丁で芋の皮剥きして指を切った時のことを思い出した。慣れないうちは難しいんだよ、刃物は。剣に慣れたいとは思わないけど。
一通り鍛錬を終えたみたいなので、タオルを持って近づいた。
いつものように睨まれたけど、タオルは手に取ってくれた。汗なんかほとんどかいてないみたいだけど。
一息ついたリドルカさんは、ふいに空を見上げた。
青い空。白い雲。穏やかな天気。
「空が……飛べたらいいですね」
なんとなしにそう言ったら、リドルカさんはまた俺を睨みつけた。けど、その表情はすぐに落ち着いた。俺にその気がないのがわかったからだろう。
そして、一言答えてくれた。
「そうだな」
その日の夕食時。
珍しくその時間に侍従長さんがやって来た。リドルカさんとパレアーナさんのお姉さんで皇帝の一番目の妹にあたるオーレリアさんからの伝言を持って。
それは明日、皇帝陛下の都合が空いたので謁見すると言うものだった。
え……? 皇帝にも会うの?




