第二十五話
その海はびっくりするほど青かった。
「なんだか、入浴剤の入ったお風呂みたいだな」
船の甲板でポツリとこぼす俺。
真後ろに立っている推定魔王さんことリドルカさんは相変わらず何も答えない。独り言だし、入浴剤の話なんかここでしても広げようないからいいんだけど。
ベルートラス王国の港で攫われて、船に乗せられ連れてこられて数日経った。
とうとうオンタルダ帝国に到着すると聞いて、興味本位で外を見たいと言ったらまた船室から出してくれた。もちろんリドルカさんの監視付きで。
甲板から見える海は不自然なほど青々としていて、真っ黒い石がたくさん浮いていた。実家の冷蔵庫ぐらいの大きさの物から、じーさん先生の屋敷くらいのまでサイズは色々。まるで黒い流氷みたいに。
これ、全部魔石なんじゃないかな。
この船は結構な大きさの、帆もある外輪船で頑丈そうではある。けど、あんな大きな障害物にぶつかったら流石に危ないんじゃないか? と思って見ていたら、進む船の進路から魔石がフヨフヨと避けて行くのがわかった。
よく見たら、船首に立って杖を降っている人がいる。杖の先には魔石があり、青黒く光ってる。
「あれは、魔術で海の魔石を避けてるんですか?」
「そうだ」
そうなのか。
ちょっと振り向いて聞いてみたら答えてくれた。
俺の声は聞こえてはいるんだな。ここから話を広げたら、もっと話ができるかな。
「オンタルダ帝国は魔石がいっぱい採れると聞いたんですが、海でも採れるんですか?」
聞いたら睨まれた。
ええ、聞いちゃいけなかったかな。しかもなんか怒ってる?
余計なことを聞いたかもと落ち込んでいたらコツコツと足音を立てて甲板を歩いて来た女の子がため息をついた。
「魔石は基本的に陸地で採れるものよ。そんなことも知らないの?」
答えてくれたのはオンタルダ帝国皇帝の妹さんで、リドルカさんの妹でもあるパレアーナさん。
『他国の船が帝国に近づかないように撒いてあるのよ。船頭魔術士がいないと自国の船も通れないんですもの。先代の置き土産は迷惑なものばっかりで困っちゃうわ』
困ってるのか。
もっと詳しく聞きたいけど、こっそり聞いた心の声に対し質問するわけにはいかないからね。
聞きたいことはたくさんあるけど、心の声だけじゃ足りないことだらけ。意を決して質問してみたこともあるけど答えてくれなかった。具体的には、なぜ俺を攫ってきたのか、とか。
パレアーナさん曰く
「詳しい話は王都にて、私たち皇妹の長であるオーレリアお姉様がしてくださるわ」
だそうだ。
どの道逃げられそうにないし、行けるところまで行ってから考えよう、なんて気持ちになってきてしまっている。
じーさん先生、テレシー、ミリネラさん、トルグさん、お家の皆さん。ごめんなさい。すぐに帰れそうにありません。
「お兄様、そろそろ船室に戻って。息抜きはできたでしょ?」
「……ああ」
ちょっと不満そうなリドルカさん。
心は読めない人だけど、ちょっとだけ心の機微みたいなのは読めてきた。なんせ船にいる間、ずーっとつきっきりで俺の監視してるんだから。この人。
俺が入れられている船室、実はリドルカさんの部屋だったんだよね。皇帝の弟さんの部屋にしては質素すぎてびっくりしたけど。ほんとに朝も夜も昼も一緒。こんな状態でそれを嬉しく思ってしまう俺もどうかと思うけど。
まあ、リドルカさんの気持ちもだけど、俺自身もう少し外にいたい。初めて来た国なんだから、港がどんな風だか見てみたいし。
港はたぶんもうすぐそこ。
陸地にうっすら城壁のような物が見え、背の高い建物の頭もチラチラ見える。港の入り口らしき開けた場所には、門の如く大きな六角柱の黒い岩が二本、そそり立っている。あれも魔石かな。すごいな。
もうちょっと見ていたいな。ダメかな。
「あの、港を見るのはダメですか?」
「ダメよ!」
『逃走経路でも確認するつもりかしら。油断ならないわね』
そこまでは考えていませんでした。
逃げるなら飛んで逃げる方法ばかり考えてたし。飛んで逃げるならリドルカさんを振り切るしかないから、その辺にばかり気が行っていました。
リドルカさんに「戻るぞ」とばかりに背を押されたので、仕方なく船室に降りる階段に足を向けた時、聞こえた声。
『あの子はもちろんだけど……お兄様もあまり人目に晒したくないもの』
その声は、なぜか辛そうに聞こえた。
少し振り返ってパレアーナさんを見る。視線はもう進路方向を見ている。次いで、リドルカさんを見上げればやっぱり俺を睨んでいた。
その後はもう、皇都に着くまで甲板へは出してもらえなかった。
てっきりペルートラスのように港に都がくっついてるのかと思ったら、オンタルダの皇都はずいぶん内陸にあるみたいで、その後も船は川を遡り数日経った。
そうして辿り着いた皇都。
オンタルダ帝国の皇都は大河のそばにあった。
船を降りるために甲板に出た時、遠くに山並が見えた。どうやら山と川に囲まれた都市らしい。
山に囲まれているのはなんか嬉しくなる。
ここの港ならじっくり見られるかなと思ったけど、船を降りたらすぐに馬車に乗せられた。
いくつも並んだ馬車のひとつに、俺はやっぱりリドルカさんと一緒に乗せられる。パレアーナさんは別の馬車だ。馬車は護衛らしい黒い鎧の騎士たちに守られながら出発。
皇帝のお膝元はどんなのか楽しみにしていたけど、馬車の窓はカーテンがかけられていて外を見せてはもらえなかった。
なんでそこまで厳重なんだろうね。
仕方がないから透視で少しだけ外を見た。石と木材を合わせたような建物がたくさんあって、賑わいとしてはベルートラスと変わらないかな?
馬車の進む方向には背の高い城が見える。これはかなり大きくないか?
近付けば、これもまた背の高い城壁が見えてきた。湖みたいに広い堀に架けられた石造りの大きな橋を渡り一つ目の城壁を越えたら、そこは立派な建物のならぶ街があった。お偉いさんの住む屋敷街だろうか。
そこから更に進めば二つ目の城壁があり、近付いたことで余計大きく見える城がそびえる。
山みたい。もしかしたら日本のどこかにあると言う高層ビルもこんな感じかな。見上げないとてっぺんが見えない。馬車の中で見えないはずのお城を見上げるわけにはいかないけど。
二つ目の城壁を越えたら、広い広い庭があった。
そこから、先を走っていたパレアーナさんの馬車が右に折れ、リドルカさんの馬車は左に折れた。あれ? 行き先が違う?
どちらも正面の立派な城門ではなく、城に添うように建てられた小振りのお城に向かって行った。
それぞれのお家かな。
皇帝の家族がどんな風に暮らしているかわからないけど、同じ敷地に別の家を建てて暮らしている人は田舎にもいたから、そんな感じかな? 子供世帯は別の家、とか。納屋を改装して大きくなった子供の住む部屋を作ったとか。
隣に座るリドルカさんをチラリと見たら、リドルカさんもギラリと俺を見た。
打ち解けるのはなかなかに難しいね。




