第二十一話
人をかき分けるように男が走ってきた。
小汚い格好をしていて、腕に荷袋を抱えている。
泥棒って聞こえたけど、石でも投げて止めたほうがいいか。でもここまで人目があるとなんか嫌だな。
男が走ってくる道筋に落ちている石を見つけた。男がその石のそばを駆け抜けた瞬間、弾き上げて男のあごにぶつけた。
「いたっ!」
男の足で弾かれた石が運悪く当たったように見えただろう、痛みと混乱で立ち止まった男を、市場の人たちが取り押さえた。
「この盗人め!」
「ははっ、馬鹿な奴だ、自分で蹴った石に当たってお縄になるとはなっ」
笑い声が上がった。
ちょっと滑稽だもんね。
後ろから荷物を奪われたらしいおばちゃんが来て、荷物を取り返してくれた市場の人たちに礼を言っている。
「よかった」
ほっとしたようにテレシーが息をついた。
「泥棒が出るんだ」
「人が多いですからね。ごくたまにですが」
さっきまで楽しそうだったテレシーがちょっとしょげてしまっている。嫌な感じで楽しい休日に水をさされたようなもんだしな。
「帰る?」
「えっ!? せっかく二人でお出かけなのにもうっ!? あの、えっと、私、お茶のお店にも行きたかったんです! 品揃えが良くてミリネラ様が好きなハーブのお茶も置いてあってっ」
あ、元気が戻った。
「なら、行く?」
「はいっ!」
飴を食べ終えて、立ち上がるとテレシーが手を差し出してきた。その視線は俺が手に持っている瓶入りの飴を見ている。
「その瓶は私が持ちます」
「え? 俺が頼まれたお使いだし、俺が持つよ」
「いいえ、タケユキさんは先生のお弟子さんで私は小間使いですから」
「でも……」
「それも私のお仕事ですから!」
そう言って、ポケットから薄手の荷物袋を取り出した。用意がいいな。テレシーがそれだけ仕事に気概と誇りを持っているのなら任せたほうがいいのかな?
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい!」
テレシーは大事そうに瓶詰めの飴を袋に入れて肩に下げた。そうして、俺たちは市場を出て商店の並ぶ通りに向かう。
そこは少し道幅が狭くなったけど、人がゆったり歩く分には十分な道だった。
テレシーにお茶講釈を聞きながら道を歩いていると、テレシーが路地を見て立ち止まった。
「転んだのかな」
通りの脇道の先に小さな女の子が膝を抱えて蹲っていた。
「どうしたの? 転んだの?」
女の子を助けようと思ったのか、路地に向かうテレシー。その腕を掴んで止めた。
「タケユキさん?」
「おかしい。あそこには誰もいない」
「へ?」
じっと見ていたら、そこにいた女の子がスゥっと消えた。
「えええええっ!? なっ、お化け!?」
青ざめるテレシー。
お化けがいるのか、この世界。
でもお化けというには何かが違う気がする。
周囲の気配を探るべく、感覚を澄ます。すると、視線を感じた。そして聞こえた言葉。
『えっ!? 見破られたの? 分断失敗!?』
分断?
なんだかすごく嫌な感じがする。しかもそれは近づいてくる。
よく見たら通りには誰もいなくなってる。怪しい。
「帰ろうテレシー。今日は日が悪いみたい」
「そ、そうですね」
踵を返したら、そこに人がいた。フードをかぶった男が二人。
隣でビクッとするテレシー。
「タケユキ?」
後ろから名を呼ばれ、振り返ればそこには女の子がいた。
テレシーより少し年上か。いや、テレシーは童顔らしいから同じくらいか。その子もフードをかぶっているので髪色がわからないけど顔は見える。なんとなく見覚えのある青い瞳をしている。
「◻︎◻︎◼︎◻︎☆、◻︎◼︎◼︎☆トーセル◼︎◼︎☆◼︎◼︎◻︎◻︎◼︎☆」
「え……?」
あっ! しまった、今のはトーセル島国の言葉!?
どうしよう、今更心を読んで何を言ったかわかるかな?
「◻︎◻︎◼︎◻︎☆……」
とりあえず、知ってる言葉は挨拶だけだけど返事をしてみた。
『あら? トーセル島民を装う偽物って情報だったけど違った? まあいいわ』
なんだろう、まさか本当にトーセル島国の人?
彼女は何事もなかったように笑って、今度は大陸の言葉で話し始めた。
「あなたが船から落ちたってお仲間が心配していたのよ。たまたま私たちがベルートラスに向かうと知ったお仲間から、見つけたら連れ帰ってって頼まれたの。さあ、一緒に帰りましょ」
嘘だ。
それはじーさん先生と考えた設定で、トーセル島の仲間なんかいないし船から落ちたわけでもない。
嘘をついて、俺を何処かに連れて行こうとしている……?
「トーセル島国からの、お迎えなんですか? タケユキさん、帰ってしまうの、ですか?」
隣で、震えるような声でそう言うテレシー。
どうしよう。
ここで実はトーセル島国の人間じゃありませんなんて言えない。でも、この女の子に従って付いていくわけにもいかない。
背後にはフードの男が二人、正面には女の子ひとり。けど、フードの男たちからはただならない空気を感じる。
よし、逃げよう。
「テレシー、ごめん」
「え? えええっ!?」
悲壮な声を上げた直後に、悲鳴のような声を上げたテレシー。
俺は、謝罪と同時にテレシーを担いで正面の女の子を飛び越えてた。
「うっ、嘘!? つ、捕まえて‼」
女の子の指示に、フードの男たちが動く。早い!
俺も即座に走り出した。超能力で強化しつつ。
「ええええええええええええっっっ!?」
「ごめんテレシー、ちょっと我慢してて。舌噛むと困るよ」
「はうっ」
テレシーが口を押さえたので、そのまま加速して走る。
飛んだ方が早いけど、市場近くの晴天の空なんて飛べない。
このまま走ればどこに出るかわからないけど、とにかく走る。
が、正面にまたフードの男が立ち塞がった。別のやつだと思う。厄介だから路地に入る。あちこち角を曲がったけどすぐにまた立ち塞がれる。
時々幻影が混じってる気がするけど。男は手練れな感じがするからなるべく避けて道を行く。どこか、人通りの多いところへ出たい。市場に戻れないか。路地は見通しが悪くて既にここがどこかもわからない。
追われるがまま走れば、その先に海が見えた。
──港!?
港なら、人がいるかもと開けた波止場に出た。
と、その時。
バシャッッバシャッッ
「きゃっっ」
「わっ」
両サイドから水をかけられた。見ればバケツを持ったフードの男がいる。
ただの水じゃない、きつい薬草のような匂いにクラクラしてきた。
誘い込まれたんだ。
幻影まで駆使して道を塞ぎ、ここへ出るよう誘導されていたんだ。
よろけながら、担いでいたテレシーを下ろす。そこで俺もくたりと膝が砕けて座り込んでしまった。抱えるようにテレシーを抱き込む。
「テレシー、大丈夫?」
「うう、何が起こって……臭っ」
「ハァハァ、眠気を誘う魔草を浸した水よ。大人しくついて来てくれたらここまでしなくて済んだのにね」
俺たちが出て来た路地からあの子が出て来た。ちょっと息が切れている。
「捕らえなさい。女の子はどこか、悪い人に悪さされない所に置いてきて頂戴ね」
やっぱり俺が狙いなのか。
また、テレシーを巻き込んでしまった……
俺たちはフードの男たちに取り囲まれた。男は五人。隙はない。
隙はないけど、この船着場には人目がないし開けていて遠くまで見える。船がいくつか見えるから、そこまで行けばきっと船の人もいる。
人目があれば、こいつらも諦めるかも。
男たちの手が伸びてきた瞬間──テレポート!
「消えたっ!?」
テレシーを抱えたまま、男たちから十分距離をとった場所に跳んだ。背後から驚きの声が上がった。そのまま、低空で飛ぶ。高く飛びたいけど眠気が酷くて落ちそうだ。
とにかく人がいるところまで──と、少し進んだところでドンっと誰かにぶつかった。
「ふえ……なんで?」
そこにいたのは魔王だった。
あの夜と違って、白い服を着て青いマントを付けているが間違いない。
立ちはだかり、その胸にぶつかった俺を睨むように見下ろしている。
「出てきちゃダメでしょお兄様! 私が来た意味ないじゃない!」
「手こずっているようだったからな」
その瞬間、テレシーが首根っこを掴まれ取り上げられた。取り返そうと手を伸ばしたらドスっと音が腹から響く。痛い、殴られた。
「うっ……」
「タケユ……さ……」
テレシーが俺の名を呼ぶのが聞こえ、そこで俺の意識は落ちてしまった。




