第十九話
昨日聞きそびれてしまった魔王の正体は、翌朝の朝食後に教えてもらった。
朝食はじーさん先生と二人きりで摂るけれど、テレパシーで話すことになった。
『昨日はうっかり失念しておったけど、内容が内容じゃからのう』
『はい』
じーさん先生の屋敷の使用人さんに淹れてもらったお茶を飲みつつ話をする。
『お前さんの絵にそっくりだった者の名はリドルカ・エルド・オンタルダスという』
リドルカ、が呼び名かな。リドルカさん。名前もかっこいいな。けど……
『オルタンダスってどこかで聞いたような……』
『うむ。オルタンダ帝国の皇帝一族を表す名じゃ。先日助けていただいた皇妹カトリーネ・エルザ・オンタルダスの弟君じゃ。つまるところ皇弟じゃな』
皇帝の弟さん……
魔王様でも手が届かないなと思ってたのにその上、皇帝の弟さんとか。
せっかく理想の人だったのに、ここまで縁が無いとは。
『しかしなぁ……』
じーさん先生がカップを置いて、一つ息をつく。
『皇弟殿下は空を飛べるほどの魔力を持っておられるようには見えんかったよ』
『そうなんですか? あ、でもまだ魔王石を持っていても取り込んでないなら、どこかに置いてきていただけなのでは?』
じーさん先生は首を振る。
『前にも言ったと思うが。魔王石にしても、それを取り込んで我がものとしていても、その強大な力は隠せるものではない。過去、それを手に入れた者の記録にはそうある。多少隠せたとしても我が国にも上位の魔術士、神術士がおる。あの会議の場にもいた。気が付かないわけがない』
ついでに言うと、オンタルダの外交使節団は最高位の魔術士の館に宿泊しているらしい。その魔術士が共謀していたらどうなのかと聞いてみたら、ここまでの道中を考えれば他国でも感知されていないのはおかしいとのこと。
彼らはオンタルダ帝国を馬車で出立し、海沿いの三国を通ってべルートラスまで来たそうだ。この後は隣のスルディア国まで足を伸ばし、もう一度ベルートラスに戻って来て、船で自国へ戻るらしい。
『実はな、神降地の神殿が魔王出現の危機を察知したと知らされた時、真っ先に疑われたのがオンタルダ帝国じゃった』
『え? 滅びの都じゃなくてですか?』
『彼の地に疑惑を持ったのはわしぐらいじゃて。百年も前に滅び、誰もいない地の魔法陣より、良質の魔石がいくらでも獲れる鉱山を持つ強大な帝国の方が魔王を出現させる危険が大きいと思われたのじゃ』
そうなのか。
『あの国は昔から暴虐な皇帝が民を苦しめ他国にも理不尽を敷いてきた。魔力にものを言わせた強大な軍事力をもってな』
『そこは百年前から変わらないのですか』
『うむ。二年ほど前に代替わりして少しはマシになったと言う噂もあるが、まだわからんな』
皇帝が軍事力ではなく自分の弟妹を親善大使として他国へ出すなど今まででは考えられなかったそうだ。
妹さんはいい人っぽかったけど、弟さんは魔王疑惑があるもんな。そこはまだ他の人は知らないけど。
『あ、でもトルグさんとミリネラさんのように魔属性の力を神属性で抑えているということは? 皇帝の妹さんは神術を使ってましたよ』
『うーん……難しいのではないかのう。魔王石ほどの力を隠せる神術となるとそれこそ神王や神降地の神殿長ぐらいの上位術士でないと扱えんじゃろう。オンタルダ帝国は魔属性の強い土地柄ゆえか、魔属性持ちしか生まれないとも聞く。両方の資質を持っていたなら少しは神術も使えるじゃろうが、それで魔王石を抑え込めるとは考えられんなぁ』
じーさん先生は顎を撫でながらそう言う。
『魔属性の強い帝国は、それゆえに神属生の強い神王国や神殿と対立しておる。魔王石の出現の地として悪意的に疑われているのはそのせいもあるんじゃ。その疑惑を払拭するために、皇帝の弟妹が使節として中立国を回っておられるなら、そんな中で疑惑をもたれることなどせんじゃろうて』
見つかれば疑惑を確信にされる状況で、親善先の国の空なんか飛ばないと。
『じゃあ……俺が見た魔王さんと皇帝の弟さんはよく似た別人でしょうか』
『うーむ、そこはなぁ』
じーさん先生は唸る。
なんだろう。
少し考えたじーさん先生は真剣な顔になっていた。
『空で会った時、向こうもお前さんの顔を見ていたのじゃろう?』
『はい、たぶん』
真っ暗だったけど、見えてたんじゃないかと思う。
『あの日、なぜ異国の皇妹がわざわざお前さんらを助けるために神属騎士の騎士舎に乗り込んだのか。それは、連れて行かれたのが他ならぬお前さんだったからではないかと、わしは思おておる』
「えっ……」
思わず声が出た。
あの時聞こえた声。「あれでよかったのかしら?」と問われて「ああ」と返した声。それがあの人だったのか?
皇帝の妹さんが乗った馬車に弟さんもいて、俺を助けるようお姉さんに頼んでくれたってこと? あの人が、俺を助けてくれたってこと?
なんだか嬉しくなってぽやっとしていたらじーさん先生が首を傾げた。
いけないいけない、過剰な期待は危険だ。
恋愛は期待より確信を抱ける現実を見極めなきゃ失敗すると母さんが言ってた。まあ、母さんはなんだかんだで上手く行ってたけど。
『あー、つまるところ。あちらはお前さんの利用価値を知って、探していた可能性があるということじゃ』
『利用、価値?』
すん、と気持ちが落ち着いた。
『真夜中の空で一度会っただけで、お前さんの力の異質さを見抜いていたならば、という話じゃがな』
『異質? ですか?』
『魔石も神石も使わぬ術が異質でないわけあるまい』
まあ、そうだね。
元の世界では持ってるだけで異質だったけど。ここでは種類的に異質になるのか。そういえばそうだよな。
『でも、利用価値ってなんですか? 水を呼んだり熱を作ったり傷を癒したり、空を飛ぶことまでできる人はできる世界なんですよね?』
石を使わない分安上がりに高度な術が使える、という以外何か価値があるんだろうか。
『それは……まだ確信は持てん。そのうち研究させてほしいがな。嫌なら構わん』
『いいえ。俺はじーさん先生の弟子ですよ? 先生の研究に力を貸すのは当たり前です』
そう言うと、じーさん先生がほっこり笑った。
他の誰に調べられるよりは絶対いい。あの神属騎士みたいに問答無用の暴力で試されるより遥かにいい。
『まあ、異質さよりもわしと同じように神族の生き残り等に間違われる可能性もあるか。それはそれで狙われるじゃろうな。以前にも言ったろ? まあ、皇帝の弟妹たちがベルートラスを出るまでは気をつけるようにな』
『はい』
空も飛んじゃいかん、と念押しされた。
さすがに飛びません。反省しました。
食後の時間。
端から見たら無言のまま随分まったりして見えただろう食休みを終えて、その日はまた兄弟子夫妻とテレシーと、研究室で会議であった話を聞いて過ごした。
滅びの都の魔法陣は無害とされ、一番警戒されていたオンタルダ帝国は皇帝の弟妹という使者と交流を持ったことでひとまず疑惑は解消されたそうだ。神属関係者はごねたそうだけど。
それから三日ほどして、オンタルダ帝国の皇帝の弟妹殿下はお隣のスルディアに向かったそうだ。行って戻るのに一ヶ月くらいかかるらしい。
それを聞いた俺は、諦め半分、未練半分ってとこだった。
切ない。




