第百八十五話
午後になって、ウィラくんのお城の会議室にみんなが集まった。
大きめのテーブルが三つ置かれていて、ひとつには神王国次代たちとテレシー、そしてナルディエ神王国の官司の中から代表が一人呼ばれの席に着く。
もうひとつにはシュザージと各国から選ばれた術道具技師たち。ラスタル以外は、たまたまラスタルに在中していたおかげでまたとない機会に恵まれたと咽び泣いていた。代表は一人なので、二人以上技師がいたところは大変だったけどね。
ちなみに、バロウ神王国ともちゃんと取引はしてたよ。
モーリス王子も俺関係で関わりたかったみたいだけど、俺が欲しいものはもう持ってるからテルセゼウラの利益中心で考えてもらった。コメはたまたまで特別だっただけ。
で、最後の一番小さいテーブルには俺とリドルカさん。
どっちにも参加しないけど、特にすることもないのでここにいる。
「では、早速だが、フレンディスにいるナルディエ神王の庶子の件だが──」
モーリス王子が議題について語り始めた。
午前中、塵人間たちのいる魔法陣の様子を見に行った時のこと。シュザージがラスタルの技師たちとナルディエの神術士とで話をしている間にテレシーから色々話は聞いていた。心の中の会話にて。
やっぱり、神王国は新たな問題を抱えていた。
それはナルディエ神王の後継についてのことだって。
後継は、神様に保護してもらってる第二王子でしょ? と問いかけたら、テレシーは小さく首を振った。
『ナルディエ神王の庶子に当たる方が、神都の民を率いてフレンディスに脱出されていたそうです。民を救った英雄で、神王の血を引きながらも庶子なために市井で育ち、民の心をよく知り寄り添える良い王になるだろうとナルディエの民たちに期待されている人物です』
そんな人もいたのか。
『クレオさんの情報です』
クレオさんは通信の魔法陣を持って今もフレンディスにいるんだって。帝国の隠密兵と合流して、いろいろ探っているらしい。
『その方が新たなナルディエ神王に即位するために、隣国であるラスタル神王国の承認が欲しいと使いを寄越されて、明日には面会に来られるのです』
本当なら、次代神王は当代の神王の指名でその子供か血縁の中から選ばれる。でも今は次代を選ぶ神王も選ばれた次代もいない。
化物の中から救出し、魔傷治療で助かった人の中にお城の人がいて、その人の話で事件の発端がわかったそうだ。
親子喧嘩でどちらもが紫神石を使って処罰しようとした結果の暴走なんだって。揃って化物の核になって死んだそうな。
神殿の化物の中心にいた神殿長と取り巻きたちを思い出す。あんな感じか。
ジョルアンの思考で動いていたのは、もともとそうなるよう紫神石に指令が組み込まれていたからではないかとシュザージが言ったそうな。帝国の時のように、遠隔で操作するためのものだったかもだけど。だって。
最後まで迷惑で理不尽な。
そしてナルディエ神王のもう一人の正式な子供である第二王子は、行方不明になっていて評判もかなり悪いらしい。
『噂では、無責任に一人で神都を逃げ出したとか、結局化物に喰われたとか、恨まれ節な噂ばかりが広まっているそうです。きっと父王や兄のようなろくでなしだ、と思われているようですよ。でも庶子の王子も他の王族関係者も、口を閉ざして訂正をしていないので悪評が広まるばかりとか』
あの子、そんなふうに言われているのか。
俺にはそんな子に見えなかったけど。たぶんあの子、化物の囮になってたんじゃないかな。自分を追わせて、人のいない神降地の山の方に誘導しようとしていた気がする。
『シュザージは、人身御供だと言ってました』
つまり、故郷を追われた人たちの不満を、その場にいないあの子にぶつけさせることで解消させてると。
『そうしないと暴動になりかねないし、庶子の王子様の身も危ないかもしれないと。これはクレオさんが知らせてくれたことですが』
ナルディエの人は上から下まで暴走癖があるのかな。それとも、こんなものなのか。
世知辛いね。
会議が始まり、フレンディスにあるそれぞれの神王国の別邸から入ってきた情報を開示して話し合ってる次代たち。
民に人気の庶子王子か、正当な神王の血筋と表明されている第二王子か、どちらが新たなナルディエ神王にふさわしいかを話している。
神王国は四つあって、それぞれに神王が必要だ。
神王国は神降地の神様から神石をもらうための窓口で、世界でもその四国にだけもたらされるものだそうだ。その窓口のひとつが潰れてしまったら他の三国に皺寄せが来て困るとのこと。
ラスタル神王がよその神石供給の手伝いまでさせられたせいで天然塵人間になりかけていたことからも、一人の神王がもらえる量には限界がある。この大陸中で使われる神石の量を考えたら、一国抜けるだけでも大変だ。テルセゼウラだってこれから神石はいっぱいいるから足りなくなると困る。
なるほど、とうなずきながら思い浮かべたのは、神石をくれる当の神様……ニーレおばちゃんだ。
あの子はまだニーレおばちゃんに預けたままだ。
元気になったかな? 俺が寝込んでて、リドルカさんがつきっきりになってたから、まだ迎えに行けてないんだけど。行ったほうがいいのかな? 行かないほうがいいのかな?
次代たちの話し合いを見ながらぼんやりあの子のことを考えていたら、頭にポンとリドルカさんの手が乗った。
心の中に、リドルカさんの声が聞こえる。
『必要なら、連れてくるだろう。あの御仁は、遠見ができて空も飛べる』
『そうなの?』
『おそらく、俺が“魔王”としてできていたことは、ほぼできると思う』
おばちゃん、神力込める以外にもできること多いんじゃない?
そういえば神託とかもしてたみたいだしね。
動かないなら動かないだけの何かがあるのかな? まあいいや。
俺が考えたってしょうがないことだ。
ナルディエ神王国のことは神王四国の他の国が話し合ってるところだし。必要だと思ったらシュザージがやるべきことを教えてくれる。
そんなことを思っていたら、リドルカさんもうなずいてくれたよ。
シュザージにもテレシーにも、今の気持ちが伝わったみたいで、二人して俺たちの方をチラッて見たよ。
頼りになる夫と奥さんだ。
ちょっと苦笑いだったけど。
「そうだ。暇ができたらやりたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「インクとお皿と紙が欲しい」
お茶を淹れたりするために部屋に控えているラスタルの侍従さんに頼んで持ってきてもらった。侍従さんは首を傾げてたよ。ああ、リドルカさんもか。
「何を、するのだ?」
「念写」
部屋の隅っこのテーブルだし、ちょっとくらいなら邪魔にはならないと思う。写真が撮れたらいいなと思うことがいっぱいあったから、忘れないうちに撮っておきたかったんだ。
思えば、じーさん先生の家でこれをやった時、一番初めに描いたのはかっこいいリドルカさんだった。
せっかくだから、まずはリドルカさんを念写した。
大きなお皿にインクを流し入れて、その上に紙をかぶせて……念じる。
「うん、できるね。やっぱりかっこいい」
「……これは、俺か?」
白い紙に浮かび上がった、水墨画のような凛々しいリドルカさんの絵姿だ。
でも、今描いたのと以前に描いたのでは印象がだいぶ違う気がする。
念写だからね、今かっこいいと思う姿と第一印象の姿は変わっていそうだ。まだあの念写絵、残ってるかな? あったらじーさん先生に頼んで譲ってもらおう。
「ほう……」
リドルカさんも興味を持ったみたいだ。
俺は、俺のやり方でだけど念写についてリドルカさんに教えてみた。何回か失敗したけどすぐにコツを覚えてできるようになったよ。やっぱりリドルカさんもすごいね。
リドルカさんが描いたのは俺だった。寝てる絵が多いのはその絵が描きやすいからか、よほど寝顔が好きだからか。ちょっと恥ずかしいよリドルカさん。
「こちらが忙しくしている時に、其方らは何を楽しそうにしているのだ?」
夢中になって念写してたら、いつの間にかシュザージとテレシーがそばに来てた。次々紙を持って来てくれた侍従さんは、次の紙を持って「ひゃっ」ってなってる。技師たちがギラギラした目でシュザージの後ろからこっちを見てたし、次代神王たちもテレシーの後ろから真顔でこっちを見てたから。
「念写してた。記憶にあるものを紙に移しとるんだ。ほら、これは綺麗に撮れたよ」
「ええっ!? これはいつかの謁見の時の?」
「うん、正装したテレシー。綺麗だったから残したくって」
はわわわ、と頬を染めるテレシー。気に入ってくれたかな?
正装のシュザージもリドルカさんも撮ったよ。俺の姿はリドルカさんが撮ってくれたけど。……なんかちょっとかわいく修正入ってる気もするけどね。
「面白いな。これは其方たちしかできないものか? 魔法陣や術道具でもできるか?」
シュザージもやりたいみたいだ。いや、みんながみんなやりたいみたい。
向こうでも写真好きな人いっぱいいるみたいだったし。できたらいいね。俺はカラー写真が欲しい。
「あ、そうだ。これをウィラくんにあげる」
「えっ!?」
びっくりしたウィラくんに、三枚の念写絵を渡した。
「パレアーナさんの絵だよ。お見合い写真がわりにどうぞ」
リドルカさんの許可はもらった。
帝国に行ったら、ウィラくんの念写もパレアーナさんに見せるつもりだ。お嫁に来るかどうかはわからないけど、お互いを知っていれば考える材料にもなるだろう。
そう思って俺は、パレアーナさんのいろんな表情を見せてあげた。
船の上で見たキリッと指揮を取るお姫様の顔。公園で見た晴れやかな笑顔。俺の作った小鳥のべっこう飴をバリバリ食べる顔。
「タケユキさん、最後のは余計では?」
「ウィラくんは気に入ったみたいだよ」
三枚目を見てほっぺを赤くしてるウィラくん。
ウィラくんとパレアーナさんが仲良くなれたらいいなと思った。
そんな感じで会議が終わったけど、最後にシュザージが言った。
「明日の謁見に我々も参加することになった。面倒だが、もうひと暴れしたら今度こそ帰るぞ」
え? 暴れるの?




