第百八十一話
ペンダントが光っているのに気がついたのは、氷の空間に閉ざされてすぐのことだった。
たくさん力を奪われ疲労した体が癒されていく。
リドルカさんの癒し。
シュザージの魔法陣。
手に足に力が戻る。神譲りの力ではなく、疲労で動けなくなっていた体力の方だ。
これで超能力を使わなければ、動くだけならできるかも。
と、起き上がった途端、細く小さな水の手が氷の壁から伸びて来て、いくつもが俺に当たって霧散した。痛みも害もないけれど、驚いて身を引いた時、勢いで揺れて体から離れたロケットの部分を水の手が握り──ブチリと音を立ててペンダントが取られた。
「わぁぁっ! 返して!」
手を伸ばそうとしたらまた、がくりと体が倒れた。癒しが途切れた途端、また体が重くなっていく。今のところ、向こうに引っ張られているのは神譲りの力だけだけど、このままじゃ消耗してどのみち死んでしまうだろう。
どうしよう。
火のような魔法陣に突っ伏して、そこに耳を当てるように倒れたていたら……何かの声が聞こえた。
聞き覚えのある声は、笑ってる。
『やっと聞こえたね、タケユキ』
「ばーちゃん?」
目だけで探すが、ばーちゃんの姿はない。
『向こうの空気に触れてるからかねぇ。まあ、ばーちゃんも向こうに引っ張られてるんだよ。ばーちゃんは帰るつもりだったからいいんだけどね。タケは帰らないんだろ?』
「帰らない! 絶対に帰らない!」
『どのみち、生きたままでは帰れないよ。何せ、あんたはこっちの食べ物を食べたから』
「へ?」
なんか、そんなお話も聞いたことある気がするけど、まあいいや。
『あっちの世界がね、とある神の残した力を惜しんで取り戻そうとしてたんだよ。そんな時にこっちの世界がそれを返そうとあんたの伴侶の真似っこしてね、うっかり繋がっちゃったというわけさ。この道ができたのは偶然さね。やれやれだよ』
何それ!?
「あっちに俺の運命の人がいなかったのが悪い! 俺はここに住む! 運命の人とずーっといる!」
『ああ、それでいい。あっちの世界にはばーちゃんがうまいこと言って押さえてやるよ。それにしても、あんたの伴侶たちはすごいねぇ。血肉を無くしたあたしには何にもしてやれなかったけど……うちのじーちゃんよりすごいかも』
「……ばーちゃん?」
『じゃあね、タケユキ。今際の際にも言ったけど、幸せにおなりよ』
「ばーちゃん!」
体の中から何かが離れたような気がした。
離れていくばーちゃんを感じていたら『しまった、ひ孫の顔を見るまでは……』なんて声が遠くなっていくのが聞こえた。
俺は涙が溢れたけど、笑っている。
横目に上を見上げたら、細い水の手が寄り合って人の腕くらいになっていた。ゆらゆらゆらゆら、笑ってるみたいに揺れている。
俺の体から、大きな力が抜けたことには気付いたみたいだ。
でも、ばーちゃんの声は聞こえていないね。
聞こえていたら笑ってられない。
じわりじわりと、向こうから引っ張られる感じがなくなって行く。向こうに行けと、押しつけられる感覚はまだあるけどね。
どうやって報いてやろう、と考えていた時。
ヒュッと音を立てて青い光がよぎり、ドスっと俺のそばに突き刺さる。ちょっと怖かったよ。でもその色を見て安堵した。
それはリドルカさんの魔力の色した、槍だった。
泉の手が驚いて身を引いたのがわかる。
槍が魔法陣に刺さり、記号の一つを壊したことで術は途切れた。
俺は槍を掴んで立ち上がり、槍を引きずるようにして魔法陣を更に壊す。
ザックザックザック。
「もう、俺をあっちに還すことはできないよ」
睨みつけたら、水の手は怯んだ。
俺は槍を振るって水の手に突進。
「ペンダント、返せーっ!」
めちゃくちゃに振っただけだけど、怯んでいた水の手をひとつ突き刺しペンダントを穂先に引っ掛け取り戻した。すぐさまそれを握り込む。
リドルカさんの力でできた槍だったから、今の一撃では水の手は霧散しなかった。でも次は違うよ。ペンダントを通し、俺は槍に俺の力を注ぎ込む。さっき、リドルカさんを癒そうとした時、ペンダントが光って力が混じることに気が付いたんだ。
ここにある俺の記号は、魔法陣を通し運命の人たちに繋がっている。
俺は、さらにペンダントに力を込める。
すると、俺を囲っていた氷の檻の天井にヒビが入った。
ビシッ、ビシッ! と音をたてて、とうとう大きく崩れた。
「タケユキ!」
「リドルカさん!」
青と緑の混じった光を身に纏い、飛び込んできたリドルカさん。俺は、槍を持ったまま飛び上がってしがみついた。リドルカさんも抱きしめてくれる。
一瞬だったけど。
じっくり抱きしめ合うのは、こいつを成敗してからだ。
俺は、目の前の水の手に槍を向ける。
「降参しろ、この世界の『神』 俺はもう無敵だ」
魂の循環、生と死を司る者。
俺の知っているタイプの神と言えば、こいつなんだ。
リドルカさんがびっくりしてるけど。
それで諦めてくれれば良かったのに、常世の泉は諦めが悪かった。
少しだけわなないたあと、水の手が一斉に飛びかかって来た。手の形、刃の形、大小様々、氷を飛ばして来たりもする。
それを俺は槍をぶんぶん振り回して打ち払っていたけど、槍を掴む手にリドルカさんが手を添えてくれて、力強く的確にかかってくる水を貫き、割いた。俺の力が籠った槍は切り裂いた水を霧散させる。
数が減った水の手は、残った手を空に向けた。雨だ。水の量を増やすつもりか。
リドルカさんが俺を抱えて飛び上がる。
槍を空に向けて振り上げた時、槍に赤やオレンジの色が籠りふわっと瞬いた。それはしだいに虹色に輝き出し、辺りを強く照らし出す。
岩棚の上のテレシーとシュザージが、魔法陣に手を添えている。魔法陣を通し、俺とリドルカさんの力が安定して同調できるよう補助してくれているんだね。うれしいな。
今、俺たちの力がひとつになってる。
少し離れた地上でウィラくんたちがこっちを見てた。
さらに向こうにはラスタルの神都の明かりがチラリと見える。
俺とリドルカさんとで掴んだ槍を、空に向かってぐるりと回した。
飛び散る虹の光とともに、リドルカさんが集めた雨雲を散らす。さらに下に向けても槍を回す。常世の泉の支配から、ただの水を寄り分けて大地に沈めた。どんどん減っていく水溜りに、やっと諦めたのか最後の水の手がクイッと手首を下げて、ゴメンナサイして小さな水たまりに飛び込んだ。
常世の泉は、死者の常世に帰ったようだ。
槍に篭った光がゆっくり消えてく。最後に、リドルカさんの青い魔力に戻った後、リドルカさんは槍を消した。
気がつけば、俺たちは星の瞬く夜の空にいた。
東の空が白んでいる。
「やっと、終わった……」
「始末しなくて、よかったのか?」
「常世の泉がなくなるのは、この世界のためには良くないでしょ?」
本音を言えば始末してやりたい。
でも、この世界の魂の循環にはあいつが必要なんだと思う。
たくさんの人の記憶が安らかに眠るためにもね。
水嵩はだいぶ減ったかもしれないけど。
俺たちに手出しして来ないなら、これ以上何かするつもりはない。
俺は、運命の人と一緒に静かに穏やかに、幸せに暮らしたいだけだから。
なんて考えていたら、リドルカさんが頭を撫でてくれた。
「おい! こっちを忘れて勝手にイチャイチャするな!」
「タケユキさーん! リドルカさーん! 無事ですかーっ」
シュザージとテレシーが呼んでいる。
俺はリドルカさんと顔を見合わせると、クスリと笑って、そして……ゆっくり目を閉じた。
そのまま気を失ってしまった俺は、リドルカさんもテレシーもシュザージも大混乱して大変だったという話を、後で聞いた。




