第十八話
目が覚めたら自分の部屋だった。
もちろん、異世界の。
ひとつ息を吐く。まだあちこち痛い。
「起きなきゃ……」
独り言をつぶやいて起き上がろうとしたけど無理だった。いててて……
昨日の今日だもんな。
昨日、騎士に引き立てられ連れて行かれた先で散々な目にあった。
無事に帰ってこれたのはあの人のおかげだ。
あの黒髪の女の人。
あの人がオンタルダ帝国の皇帝の妹さんだと聞いて驚いた。
なんでそんな人が? と思ったけど、聞いた話はこうだ。
皇帝の妹さんは弟さんと一緒に外交のためにこの国に来ていたそうだ。この国の魔属騎士に案内されて王都を視察している時、神属騎士に連れられていく俺たちを馬車の中から見かけたらしい。何事かと魔属騎士に聞いたら、神属騎士のやりたい放題の話を聞いて、いてもたってもいられず助けに来たそうだ。
優しい人なんだな。
門前でトラブってるのもしっかり見てたって。
誰かが助けてくれないかと思ってたけど、そんなすごい人が来てくれるとは思わなかった。
外国とはいえ、皇帝の妹さんに解放するよう咎められたら言うこと聞くしかないよね。木っ端騎士はさ。
朦朧としてはいたけど、俺はなんとか歩いて神属騎士の騎士舎から出た。テレシーは俺がおぶってやりたかったけど、無理だったので魔属騎士の人が抱えて連れ出してくれた。
殴られたはずのテレシーの頬が綺麗に治ってた。
あの人が癒してくれたんだな、きっと。
そんな感じでなんとか脱出したところへ、じーさん先生とトルグさんが来てくれた。
知らせを聞いて急いで帰宅し、そのまま馬車で迎えに来てくれたんだ。
安心したら意識が飛びはじめて、じーさん先生に支えられて馬車に乗せてもらった。もちろんテレシーも。
そういえば、最後に皇帝の妹さんが誰かと話している声が聞こえたっけ。
「あれでよかったのかしら?」
「……ああ」
そして馬車に乗り込む音と、立ち去る車輪の音が聞こえた。
じーさん先生とトルグさんはその後、自分たちの馬車に乗り込んで来たので皇帝の妹さんたちを見送っていたんだろう。
そこまでが、俺の昨日の記憶だ。
俺は馬車の中で気を失ったんだと思う。
よく見たら新しい寝間着を着ていた。かなり大きいから、これもトルグさんのお下がりだろうか。申し訳ない。
寝間着の下は包帯だらけだ。
手当てしてもらったんだな。ありがたい。
けど、怪我は寝ただけじやすぐには治らないんだよな……
寝転んだまま、ギュッと体を両手で抱きしめる。
実は、怪我なら超能力である程度治せるんだ。もちろん怪我は治っても力を使えば疲労はするから、今みたいによく寝て疲労が回復している時じゃなきゃできないけど。ついでに言うと、癒せるのは自分の怪我だけね。
他人は癒せない。
テレシー、大丈夫かな。
こっちの術で癒してもらったみたいだけど……
目を閉じてしばらくそうしていたらちょっとずつ痛みが引いていく。力を使ったから疲労感は少し増したけど、これくらいなら大したことはないかな。
傷の治りが早すぎると不審に思われるかもしれないけど、痛いままでいたくないし。
「はふぅ……」
息をついて起き上がる。
じーさん先生に話さなきゃな。
盗賊をけしかけて来た犯人のこと。
そして、この家を出ようと思っていること。
俺はここにいない方がいい。また迷惑をかけてしまうかもだから。
神属騎士を吹っ飛ばしてしまったんだ。俺の力、バレちゃってるだろうしな……
意を決して、廊下に出た。
じーさん先生がどの部屋にいるか分からないので、とりあえず研究室に向かう。が、その途中でトルグさんに会った。
「タケユキ!? なんで起きているんだ馬鹿者!」
「え、あ、もう大丈夫です」
「大丈夫なものか! 大きな怪我はなかったが打撲だらけで熱もあったというのに。神術が全く効かないから焦ったぞ。なんとか手当てはしたけど……」
トルグさんが大きく息をついた。
もしかして、神術で癒そうとしてくれたのかな。トルグさんが。
「熱は下がりました。それに、先生に話したいこともあるので」
「そうか? けど、無理をすることはない。また倒れられたらこっちも困る」
「うっ、すみません」
そうだよな。ここに来てからは……いや、来る前から迷惑ばかりかけてしまってるし。
項垂れて床を見てると「コホン」と咳払いが聞こえた。
「ミリネラとテレシーを守ってくれたことは感謝している」
「へ?」
顔を上げたらトルグさんは視線を逸らしてもう一度咳払い。
「あー……、家の者やミリネラ、テレシーにも聞いた。特にテレシーにはよくよく話を聞いたぞ。お前がいなければ、袋叩きにされたのはテレシーだった」
「そ、それは──」
もともと俺のせいで……
「それ以前に、お前がいなければテレシーは盗賊に殺されていたかもしれない。殺されるまでなくても、攫われていたら今頃どうなっていたかはわからん」
それは、そうかもだけど……
「護衛の兵士たちは依頼主を中心に、護衛対象の優先度を決めて守るからな。あの時の盗賊は人数も多かったし、何人もが売り物になるテレシーを追って行って本当に危うかったんだ。気を失うだけで済んだのは奇跡だよ」
気を失わせたのは、俺なんです……
「今回もお前のおかげでテレシーは傷一つ負うことなく帰ってこれた」
「それは……あの時助けに来てくれた、皇帝の妹さんのおかげです」
「それはそうだが。まあ、皇妹殿下にも感謝しなければな。いくら神属騎士どもが獲物の取り合いで自滅したと言っても、助けが来なかったらお前たちもどうなっていたことやら」
……え?
「神属騎士は、その、自滅したんですか? 本人たちがそう言ったんですか?」
「いや。奴らはお前にやられたとか騒いでいたらしいが、タケユキは術資質が全くないんだ。魔石や神石を持っていたとしても術が使えんのにそんなことできるわけがないのにな。それは証明できるから、今度それをネタに言いがかりをつけられてもついて行くんじゃないぞ」
ビシッ、と指を刺されて念押しされた。
そうか……バレてないのか、俺の力……
この世界には神石とか魔石とかで術を使うのが当たり前だから、その資質がなければできるはずがないって思ってもらえるんだ。なら、まだ誤魔化せる。でも──それでいいのかな。
考え込んでいると、トルグさんが指差ししたままの手をスッと動かして肩に置こうとして止めた。もう治したけど、そこは殴られた傷があった場所。逡巡した後、頭をくしゃっと撫でられた。
びっくりした。
トルグさんを見るとちょっと頬が赤い。
「手の焼ける弟弟子だ、気にするなと言っているだろう。元気になったのならオーリー先生に知らせに行こう。まずはそれが先だ」
「……はい」
踵を返したトルグさんの後について歩く。
ミリネラさんがトルグさんは兄ぶりたいって言ってたっけ。お兄さんがいたらこんな感じなのかな。俺は長男だったし、弟扱いされるのはなんだかくすぐったい。
妻帯者じゃなかったらなぁ
まあ、トルグさんはお兄さんの方が嬉しいけど。
俺はここに居ていいのかな。
できたら居たいな。
まだ少ししか過ごしてないけど、この家は居心地いい。
じーちゃんとばーちゃんと暮らしてた時みたいだ。いや、父さんと母さんと草助と小菊と、みんなでいられた正月や盆が毎日つづくみたいで……うれしいんだ。
また、迷惑をかけるかもしれないけど……
いや、違うか。
俺がここを守れるようになればいいんだ。ここに居たいなら、そうしなきゃいけないんだ。もういい大人なんだから、守られることより守ることを考えなきゃいけないよな。
俺も守ろう。
ばーちゃんが家族を守ってくれたように。
少しでも、長くいられるように。
運命の人に、逢えるまでは……
「お前さん、もう起きていいのか!?」
研究室に入ったらじーさん先生にも心配された。
慌てて席を勧められて座る。
「ご心配おかけしました」
「いや、むしろ今回の件はお前さんのおかげで本当に助かった」
なんだかトルグさんとのやりとりみたいなことをもう一度繰り返してしまった。
ちょっと頬を染めたトルグさんが「ミリネラとテレシーにもタケユキが起きたと知らせてこよう」と言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。
お兄さんというのはおもしろいな。
ちなみに、テレシーも気を失っていたのだから今日は安静にするようにと言われて、ずっと部屋で休んでいるそうだ。ほっとくと仕事をしそうだからとミリネラさんが見張っているとも。
ミリネラさんが動かなかったら、その小間使いのテレシーもじっとしてなきゃだしね。
トルグさんが出て行ったのを見送ってから、思い出した件をじーさん先生にしておこう。
「あの、盗賊をけしかけた犯人がわかりました。この国の神殿の偉い人らしいです。後、どっかの神王とやらを喜ばすとも聞きました」
脳筋変態騎士が心で言ってた言葉を伝えたら、じーさん先生が机に突っ伏した。
「先生?」
「お前さん、口を開くと心臓に悪いことばかり言い出すのう」
「す、すみません」
「いや、どれもこれも大事な話じゃ。話してくれてありがとう」
耐性はつけなきゃならんがな、とじーさん先生は独りごちる。もう少し詳しくと言われたけど、それ以上詳しくまではわからないのでもう一度、丁寧に聞いたままを話してみた。
「本当に、それは神属騎士が言ったのか?」
「はい。心の中でですが」
「そうか。なら、対処は慎重にせねばな」
心の言葉だからね。言質を取ったわけじゃない。
「しかし、神殿か……上位の神術士も関わっておるのかのう」
「もしかして、心当たりが?」
「まあ、いると言えばいるんじゃが──そうじゃ、わしの方もとんでもないことがわかったのじゃ。お前さんの会った魔王の正体がわかったんじゃよ」
「えっ!?」
夜空で会った男前魔王さん。
思い出したらドキリとした。
「わしもその顔を見て驚いたんじゃよ。お前さんに書いてもらった顔、そのまんまじゃったからな。実はそやつは──」
先生がそれを言いかけた時、遠くからすごい勢いで走って来る足音が聞こえてきた。そして、それはすぐに扉を勢いよく開けた。
「タケユキさんっっ‼」
テレシーだった。
「テレシー……」
「ふっ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
泣き出した!?
「えっ、あのっ、あのっ、どこか痛いの?」
「それはタケユキさんですぅぅぅ、ふぁぁぁぁぁぁっ」
「泣かないでください、先生、どうしたらいいですか!?」
「うむうむ。とりあえず抱きしめてあやしてやりなさい」
じーさん先生がそう言うのでそうしてみた。
テレシーの手が遠慮するように俺の背中にまわり、背中ではなく服を掴んだ。肩をたたかず頭をくしゃくしゃしたトルグさんと同じ感じだ。
やっぱりテレシーは妹みたいだ。……小菊はもっとつんつんしてたけど。
後を追って来たトルグさんとミリネラさんは、なぜか泣きじゃくるテレシーを見て安心したように微笑んでいた。なんでかな。
そのうちわかるようになれたらいいなと思いつつ、テレシーをあやしていたら、突然顔を上げたテレシーが「すみません‼」と言って真っ赤になって走り去った。
「テレシーったら。寝間着のまま飛び出すんですもの」
いつものように「ふふふ」と笑ったミリネラさんがまた後を追って行った。
「テレシーが元気そうで、よかったです」
「ん……まあな」
トルグさんはそれだけ言うと笑いまじりにため息をついた。そして、改めて席につく。
トルグさんが席に着いてしまったので、魔王の話は聞きそびれた。
いつか、トルグさんにもミリネラさんにもテレシーにも、俺の秘密を話したいな。今はまだ、ちょっと怖いからそのうち。




