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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第八章 君の世界
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第百七十八話


 俺はジョルアンに会ったのは一度だけだ。

 けど、その理不尽さはよく知ってる。


 帝国での化物。

 宿場町での黒の神使。

 ラスタル神殿での化物。

 紫神石の中にいた神術士たち。


 リドルカさんを魔王石と呼んで狙った事。


 嫌いになるには十分だろう。

 大っ嫌いだ。


 化物ジョルアンはウィラくんたちを見つけると、ブチ切れて殴りかからんばかりの勢いで突進を始めたよ。


「シュザージ! テレシー! 化物がそっちへ行くよ!」

「勢いを、殺す」


 リドルカさんがそう言うと、化物に向けて集中豪雨。

 土砂降りの雨が化物の頭から降り注ぐ。でも緩まったのはほんの少し。化物の足は止まらない。


『かまわん! そのまま魔法陣に突っ込ませろ!』


 心の中でシュザージの声が響く。

 魔法陣の向こうにテレシーとシュザージがこっちを見て立っている。ウィラくんとモーリス王子はルーシラさんのいる大きな神石のところに行って、一緒に手を添えていた。


『其方らは戻って上空で待機! リドルカ、指示したら魔法陣に追加の魔力を込めろ!』

『了解した』


 心の中でやりとりをし、俺はリドルカさんと一緒に勢いをつけて空を飛び、魔法陣の手前上空まで戻った。テレシーとシュザージに抱きつきたいのを我慢して、化物に向き直る。

 すぐに下からシュザージの鮮明な声が聞こえた。


「騎士は下がれ! 次代たちの周りを囲う形でだ!」


 迫り来る化物に震え上がっていた騎士たちは、飛び上がるようにしてウィラくんたちのところへ走った。彼らがいる後ろには馬車がある。常世の泉が出たらあの辺りに神域結界を貼れってことかな? と思っていたら心の中で俺にも指示が。


『タケユキ、常世の泉が出たら──』

『馬車のところに神域結界だね!』


 シュザージが『ふっ』と笑った。


『そうだ。できる範囲で広めに頼みたい。どうだ? できるか?』

『わかった!』


 今日はまだまだ力があるからね。

 神域結界は二度目だし。お山の力を借りなくても、よほどのことがなければ大丈夫!


 シュザージたちの位置と馬車の位置を確認して、また化物を見る。

 テレシーが下の魔法陣に手をかざし、シュザージが上の魔法陣に手をかざした。


 化物は、魔法陣など気にも止めずに突っ込んでくる。

 その勢いも怖いけど、あまりに何も考えてない姿がもっと怖い。

 もし何か裏があったら困る、と思って化物の心を読んでみた。


 ……わぁ

 

 すぐにやめた。

 理不尽なことしか言ってないから意味がない。俺はこのあと忙しい。お前の言葉なんか真剣に聞いて考えてやる余裕なんかない。ついでに、近くに変な奴らがいるのに気がついたけど潜んでいるだけならどうでもいい。


 俺が無視を決めた時、下でふわりと光っていた白い魔法陣が強い光を放った。


「神力充填、間に合った!」


 シュザージの声が聞こえ、化物の一部が魔法陣に触れた、その瞬間。荒野の岩陰や背後の馬車の影から、黒の神使が武器を掲げて飛び出してきたので弾き飛ばした。ひっくり返ってピクピクしてる。

 狙いはウィラくんたちとテレシーか。じっとしてたらほっといたのに。

 ウィラくんとモーリス王子がギョッとして後ろを見た。


「前を!」


 叫んだのはルーシラさん。ハッとしたウィラくんもモーリス王子も前に向き直る。


 化物が魔法陣に入った。


「複合魔法陣、統合魔力統合神石の分解を成せ!」


 空から真っ黒な魔法陣が落ちて来た。

 つるべ落としの様な勢いでドン!

 下の白く光る魔法陣が化物の腹の下から浮き上がり、黒い魔法陣と重なろうとして化物を挟み込んだ。


 グォオオオオオオっ!


 化物が絶叫した。


「リドルカ! 魔力補充! ウィラネルドらも──」


 そう言って振り向いたシュザージが「くっ」と唇を噛んだ。

 ルーシラさんが離脱している。

 両手を見て唖然とし、息を切らしている。

 

 テレシーの声が心に響いて『神属性資質の限界です』と聞こえた。限界を超えないところで止められたのだとも。

 上から落ちてきた黒い魔法陣は、リドルカさんが上空に集めた魔力を落とし込んでいて真っ黒の艶々に光りながら化物にめり込んでいるけど、下から上がってくる白い魔法陣はお腹のところで止まってしまっている。

 シュザージが舌打ちをした。


「くそう、神力を抑えられてる」


 あの化物に取り込まれたのはほとんどが神術士、あるいは神力に耐性がある神王国の人と生き物。それがシュザージの想像を超えて、いやウィラくんたち神の子の一族の力を越えて大きかった。

 ウィラくんも離脱して、自分の手を見て悔しそうに呻いた。

 後はモーリス王子だけだ。


 どうしよう。

 大丈夫かな?


 シュザージなら、もしものことを考えて手を打っているかもしれない。そんなシュザージは、なぜか悔しそうに俺たちを見ていた。いや、見てるのはリドルカさんか。リドルカさんがスッと手を上げた。


 リドルカさんの魔力を使うの?


 と、思ったその時。

 白い魔法陣がブワッと光り輝き持ち上がる。


 シュザージは魔法陣に視線を戻して、笑った。

 テレシーが振り返って嬉しそうに驚いている。テレシーの見たものはシュザージにも見える。

 その視線の先に、一人のおばちゃんがいた。


 一人残った次代神王のモーリス王子。その隣でおばちゃんが大きな神石に手を添えていた。さっき、神降地の山で出会ったおばちゃんだ。


「おばちゃん、こんなことしかできないの」


 八の字眉で照れ笑いする、ニーレおばちゃん。

 魔法陣は力を増して光り輝く。


「よし! 魔属性魔法陣、統合神力分解! 神属性魔法陣、統合魔力分解! 忌まわしき統合石の解体を成せ!」


 シュザージが言い直しながら上げていた両手を下げ、テレシーが下げていた両手を上げた。

 二つの魔法陣が化物を挟んだまま、降りて登って重なった。

 ブルブルと震えていた化物は断末魔の声を上げ、黒いモヤと白い光になって霧散する。

 その中から、大量の黄色い光が飛び出して来た。

 魂だ。

 大量の魂だ。


 て、え!? 中の紫神石ごと潰したの!? こんなにいっぱい入ってたの!?


「タケユキさん! 私たちに結界を!」


 テレシーの声!

 仕事だ!


 テレシーがシュザージと一緒に、ウィラくんたちのいる大きな神石のそばに行く。リドルカさんも、俺を連れてそこに降りた。

 俺は素早く深呼吸して、軽く手を振る。

 風が取り巻き、俺たちを囲う。


 ここは神域。

 仮だけど、結界の中はこの世界にありながらみんなを隠す異空間になる。

 俺が司る空間で、俺の世界。

 俺の許可なく入れない。

 常世の泉すら見つけられない。

 

 俺はリドルカさんと一緒にテレシーの隣に立った。

 化物は散った。戸惑うように周囲を飛び回る魂。

 きっとすぐに常世の泉が出てくるだろう。なのに、なぜかテレシーの手が動き出し、シュザージが呪文を唱え出す。


「魔属性魔法陣、魔力収集。神属性魔法陣、収集魔力拡散。魔属性魔法陣、上空魔力誘導──」


 シュザージがまた魔法陣を描く。正しくはテレシーの手が魔法陣を描く。

 驚いてシュザージを見、その視線の先を見た。

 化物が霧散した後に散らばったのは魂だけじゃなかった。魔に落ち真っ黒くなった人と一部が黒い人。そうか、命を取り留めている人か。


「シュザージ! 無理です!」


 テレシーが叫ぶと同時に、さっきの雨でできた水たまりがバチャバチャと波だった。常世の泉が出て来る前兆。それも、前よりも激しいよ。

 バチャバチャと跳ねていた水は次第にうねりを大きくし。ゴゴ、ゴゴゴ、と地鳴りのようにな音を立てる。

 このままじゃ、あの人たちは常世の泉に引っ張り込まれる。せっかく助かってるのに!

 

「みんなはそこにいて!」


 俺は結界を飛び出した。

 同時に結界を強化。出て来れないようにした。みんなは来ちゃダメ!


「タケユキ!」

「動かないで! 俺は大丈夫!」


 魔落ちした人の元にテレポート。

 一人目を掴んで結界の中に単独テレポート。


「わあっ!」

「きゃあっ!」


 突然、目の前に落ちて来た真っ黒人間に悲鳴を上げたウィラくんたち。

 

「その力はダメだ、タケユキ!」

「大丈夫!」


 リドルカさんに答え、俺は片手でペンダントを握る。

 あの時とは違う。

 体は元気でみんながいる。お守りも魔法陣マントもある。距離も近いし対象が暴れない。帝国では意識のある人をテレポートさせたからそれはそれで大変だった。

 また一人掴んでテレポート!


「リドルカさん、ここからタケユキさんに癒しを! シュザージ! しっかりしてください! タケユキさんに補助を!」


 テレシー! 

 みんなに毅然と指示する姿、かっこいいよ!

 

 ハッとしたリドルカさんが俺に向かって手をかざす。シュザージは何か魔法陣を描く。遠隔で操作しているのかな。

 ペンダントが青く光った。暖かい。ありがたい。


 元気がみなぎる。


 よし!


 俺は倒れている人を次々と結界に放り込んだ。

 その途中でも水はごぼごぼと湧き上がり、あと数人のところで水溜りから手が出てきた。一度に十本、いや二十本、なんか……たくさん!


 なんで雨水で出てくるんだ常世の泉!

 自分の泉の水じゃなくても出てくるの!?

 水ならなんでもいいの!?  節操なし!


 心で悪態をついているうちに、ざばざばと音を立てて長く伸びた手が縦横無尽に動き回り、漂う魂をわしづかみしては水溜りに戻ってまた出てくる。

 踊り食いか。

 魂を捕まえながらも、何本かが俺に気がついて襲って来た。でも常世の泉は俺に触れるとブワッと霧になって飛び散った。

 魔力でも神力でもないけど、やっぱりこの世界の者の攻撃は俺には効かない。殴られたって物をぶつけられたって薬物だって意識的に防げば無効にできる自信はある。

 俺に当たって勝手に砕ける常世の泉の攻撃。それを無視して息のある魔落ちした人を次から次へと単独テレポートで結界に送った。

 後はシュザージが助けてくれるよ。


「タケユキさん! 逃げて!」


 最後の一人を放り込んだ時、テレシーの声と指差す方を見れば、伸びた手がいくつもいくつも重なってうねっているのが見えた。

 それは見る見る、図太くどでかい手になった。


「でかっ!?」


 思わず叫んで、即テレポート。

 握られ振りかぶられた拳は空を切る。

 俺は結界に戻って息をついた途端、シュザージにギュギュッと抱きしめられた。リドルカさんもテレシーもだ。


「タケユキさん! 無事ですね!? 苦しくないですか!? 痛いところは!?」

「ないよ。元気元気」

 

 そう言いながら、俺にしがみつく大の男二人の肩を叩く。

 

「す、すまぬ、私が余計なことをしようとしたせいで……」

「余計じゃないよ、シュザージ。あいつがいなくなった後、あの人たちを助けてあげてね。それができるのはシュザージだけなんだよ」


 顔を上げたシュザージは泣いていた。

 綺麗な顔は泣いても綺麗だ。

 リドルカさんも顔を上げた。そしてコツンと俺の頭を叩いたよ。

 

「う……心配かけて、ごめんなさい」

「あれらを救えたのは、タケユキだけだ」


 同じようなことを言ったよ、リドルカさん。

 神域結界の中に、ほっとした空気が漂う。

 ウィラくんもルーシラさんもモーリス王子も苦笑いだけどね。一緒にいる騎士たちもかな。ニーレおばちゃんだけは普通に笑ってるけど。

 俺たちは、振り返って結界の外を見る。


 大きな水でできた手がキョロキョロしている。

 俺がいたことも、俺が魔落ちした人を何処かへ飛ばしたのも見ていただろう。でも、俺の結界はちゃんと見えないみたで、どこへ行ったかと探している。

 よかった。


 もう獲物はないよ。

 帰った帰った。


 辺りを見渡し終わった大きな水の手は、項垂れるように掌を下に向けた。がっかりしてる?

 けど、その手は次に握り拳を作って反り返り、伸びた。


 高く高く伸びて──地面を殴り付けた。



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