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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第八章 君の世界
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第百七十四話【テレシー:化物退治の魔法陣】


『ここで少し止まれ』


 シュザージに言われ、リドルカさんは空中に浮いた状態で止まります。

 紫神石の検証をした場所の付近が見渡せる高い場所です。地上を見つつ、シュザージの中ではまたすごい勢いで記号が飛び交い魔法陣を組み立てています。

 あの化物がすっぽり入る魔法陣なんて、どれほどの大きさになるのでしょう。


『リドルカ、其方は魔力で剣が作れたが槍は作れるか?』

「作れるが?」


 あっさりです。

 リドルカさんは私を抱えるのと反対の手に、青く鋭い槍を作り出しました。剣もそうでしたが、装飾はなく凝った形ではないですが全体が濃い青の槍は綺麗です。


『それをあの辺りの地面に突き刺せ』


 言われるままに、リドルカさんはその槍を地面に勢いよく投げつけました。すごいです。ズゴッと音がして、槍は半分以上めり込んでいます。


『テレシー、手を借りる』

「あ、はい」


 魔法陣を描くのですね。

 私の手はいつものように勝手に動いて魔法陣を描き始めます。けれど、これまでと違ってずいぶん簡単な作りのものです。

 二重の円とその間に挟まる三角の記号が十個。真ん中にもう一つ丸がついて、私も覚えている数少ない記号の一つ、火の記号がいくつか書き込まれています。


『……仮魔法陣、作成』


 私の目の前に描かれたそれは仮の魔法陣らしいです。

 シュザージが思案しつつそう唱えると、正面に浮いていたそれは水平に倒れ、下に降りて行きます。そして、真ん中の円が槍の柄に嵌り土面についた途端、ブワッと広がり大きな大きな円になりました。次いで、その線に沿ってボボウッと火が走り私は「ひゃっ」と声を上げてしまいました。

 

「な、なんなんですか? あれは」

『これほど大きな魔法陣を描くのは初めてでな。しかも短時間に他人の手を借りて正確に描かねばならんのだ。下絵を描いておきたかったので即席でやってみた。うむ、うまくいったな』


 火が消えると、両掌ほどの大きさに描いた仮魔法陣が、白い地面に大きく大きく描かれています。火の焦げ跡を使って下絵を描いたのですか。

 昔の魔法陣術士はみんなこんなことを即席でできたのでしょうか。それともそういうことができるからシュザージが「魔法陣の賢者」と呼ばれたのでしょうか。


『後者だ』

「自慢げですね。そりゃ自慢していいことですが」

「……それで、次は?」


 リドルカさんが少し苛立ってます。

 すみません。


『リドルカ、あの槍の真上に空中魔力を集めてくれ』

「集める?」

『お前の魔力はタケユキ以外には使わん。自分のものでない魔力は動かせんか?』

「できる」


 できるだろうと分かっているから計画に入れているのに、わざわざ嫌味まじりな口調になるのは癖ですか。リドルカさんは気にしてませんが、シュザージは私の考えにちょっとムッとして続けます。


『なら、頼む。上空に魔属性魔法陣を描くので後で集めた魔力を込めてくれ。下には神石を並べてもらって神属性魔法陣に神術士たちに力を込めさせる』


 魔法陣の起動と操作はシュザージが。必要な神力魔力は別の人が。ホーケンで魔傷治療の魔法陣の維持をスタングさんに任せたのと同じですね。


『化物をここへ誘導したら、両方の魔法陣を重ねて巨大な分離魔法陣を描く』

「分離魔法陣? つまり、魔力と神力を分離する魔法陣ですか?」

『そうだ。あの化物が紫魔石と同じなら、それで分離できるはずだ。同時に魔傷治療を施し、体から魂が抜けていない者を救う』

「シュザージ……」

『それは、失敗しても仕方がないとは、思っている。それに光の塵となった者を救う術はない。故に、大量の魂が開放されて常世の泉が湧き上がってくるかもしれん。そうなれば、結局は救えんだろうからな……』


 常世の泉がいつ出てくるかが問題ですか。

 検証の時はすぐに出てきましたから。

 あれが出てくる前にタケユキさんの作ってくださる結界内にその方々を入れられるかといえば、難しいでしょうね……。助かるとしたら、全ては運です。


「紫神石を解体する魔法陣は、初めからあったのか?」


 リドルカさんが眉を寄せて聞きます。それは私も聞きたいです。


『統合魔石や神石を解体する魔法陣の応用だ。紫神石がどうやって二種の力を統合していたか、わからないうちはおいそれとは使えなかった。タケユキが先に検証して見せてくれたからできることだ』


 タケユキさんが魔法陣での検証を止めてくれて良かったと、シュザージは言います。無警戒に分離すればおそらく繋ぎに使われていた魂もその場で開放され、突然湧き上がった泉の手に私の魂か、シュザージの人格が連れ去られていたかもしれないと。

 私は身震いしました。

 そんな間にも、リドルカさんは片手を空に掲げて空中魔力を集め始めていました。シュザージも話を戻します。


『化物を誘い込み、魔法陣を完成させたら解体が終わるまで魔力神力を送り込み続けねばならん。魔力はリドルカに任せる。神力はウィラネルド達に交代でさせることになるが』

「ウィラたちに、できるのか?」


 下に見る仮の魔法陣の大きさと、化物の大きさを考えればちょっと不安ではありますね。


『リドルカと同等の神力を操れる者が来てくれればありがたいのだがな』

「それは、もしかして神様ですか? 今からお願いに行っている暇はないでしょう。この魔法陣を使うことが決まってたなら、あの時に誘っておけばよかったのに」

『誘って、来てくれたと思うか?』

「……それは」

「来ないだろう」


 空を見据えたまま、リドルカさんが言いました。


「拒絶の空気を感じた。タケユキと、はじめに会った頃に感じたものと、似た」


 リドルカさんの視線の先、空がどんどん薄暗くなっています。

 雲ではなく、濃くなってきた魔力の陰りで、リドルカさんの顔色も陰って見えました。

 あの時、タケユキさんを傷つける形で攫ったことを悔いてらっしゃると聞きました。帝国の意に沿うように使おうとしていたこともです。

 タケユキさんは、利用されることを強く拒んだと。

 確かに、タケユキさんは頑なにご自分のお力を隠していらっしゃいました。おばあさまの教えを守り、他人に利用されないよう身を守っておられたのですからね。


「それでも、タケユキさんは何度も私たちを助けてくれました。リドルカさんのために帝国を命がけで救いました。神様がどうなさるかは、分かりませんが……」

「神、か」


 リドルカさんはため息をつかれました。

 シュザージがチラリとリドルカさんを見た後、神降地の山を見ます。

 気が向いたところで、あの山からここまで来るのは簡単ではないでしょう。飛べばすぐですが、歩いても走っても神馬に乗っても無理でしょう。遠く険しい場所でしたし。


『あてにならんものに気を回しても仕方ない。ウィラネルド達が来たぞ』


 言われて下を見れば、ラスタル神都の方から三台の馬車と騎乗した騎士が来ました。ひとつは貴人用、ひとつは一般用、ひとつは貴重品を載せる荷馬車、といったところでしょうか。到着した貴人用の馬車からウィラネルドさんが出てくるのが見えます。


「あの魔力の槍はそのままでいいんですか?」

『あれだけ大きな魔法陣を重ねるのだ、中心点に魔力を置いておく方がずれにくい』


 よくわかりませんが、必要だそうです。

 そういえば、ホーケンの町で大きな魔法陣を描いた時も中心に魔石を置きましたね。手持ちには、もうまともに使える魔石がありませんし、あれくらいなら魔力の槍ではなくただの杭にしか見ませんから、大丈夫なのでしょう。


 そうして、私たちは仮魔法陣の外に降り立ちました。

 馬車から降りた皆さんが、空を見て冷や汗をかいていらっしゃいました。ウィラネルドさんも、一緒に来たらしいモーリス王子も、神術士や騎士の皆さんも。


「け、賢者殿、あれはなんだ?」

『空中魔力を集めたものだ。これから行う魔法陣の説明をする。しっかり聞いて後続の者にも伝えてくれ』


 シュザージに言われハッとしたウィラネルドさんは、気を引き締めてうなずきました。他の方々もです。

 私はシュザージが説明をしている間に、リドルカさんに尋ねます。


「リドルカさん。タケユキさんがどうされているか、リドルカさんには見えますか?」


 リドルカさんはスッと遠く西の方を見ます。


「俺は、タケユキほど遠くは見えん。だが、無事だろうことは感じる。テレシーも、わからないか?」


 実はわかります。

 ほんの少し、なんとなくですが。

 私には魔力も魔法陣技術もないですが、いつの間にかタケユキさんの気配がわかるようになってきました。心に流れ込んでくる声も増えています。いくら私たち相手でも、そんなに無防備で大丈夫かと心配になるほどに。

 信頼され、愛されているんだなぁ、と実感できる現象です。

 もどかしいほどわずかですが、お別れした場所からこちらに近づいて来られるのを感じます。準備を急がねばなりません。

 リドルカさんなら、もっとはっきりわかるんでしょうね。

 と、考えながらリドルカさんを見れば……なぜかまだ顔色が陰って見えます。


「リドルカさん? タケユキさんに何かあったのですか?」


 そう尋ねれば、ハッとしたシュザージもこちらに向き直ります。


『何かあったのか!?』


 問われて、少し戸惑うリドルカさん。


「いや、タケユキは十分元気なようだ。少し、楽しんでいるようにも、思う」


 化物の足止めを楽しんでいらっしゃる!?

 タケユキさん、剛毅です!

 私にはそこまでわかりませんが、そう言いつつもまだリドルカさんの顔は晴れません。


『ちゃんと上位神石は持って来たな。それを外円の三角の印のところに設置してくれ。内円の中には入るなよ』


 皆さん、シュザージの指示で動き出しました。

 モーリス王子が神石設置の指揮を取り、ウィラネルドさんは次の指示を仰ぎます。


「賢者殿。次の馬車で、ラスタルの秘宝である神王石を運び出すことになっている。どこにおけばいい?」

『神王石だと?』


 シュザージは驚いた後、ニッと笑いました。


『神石が設置できたら神力追加供給の陣を描く。神王石はそちらだ。だが、まずは魔属性魔法陣だ。テレシー、手を貸せ』

「はい!」


 私は仮魔法陣の端に立ち、空を見上げます。後ろにシュザージが立って私の手で魔法陣を描き、自分の手で操作するようです。

 魔法陣に関してはとことん器用な人ですね。


『魔属性魔法陣、魔力制御、魔力識別、調整、分離、拡散……』


 私の目の前に両手を広げたくらいの大きさで、緻密で複雑な魔法陣が書き上がっていきます。細かすぎますし、考えると頭が混乱しそうなので、頭を真っ白にしてシュザージに任せます。

 周囲も息を飲んで見ています。

 働いてください。


「神石の準備を、急げ!」


 リドルカさんに叱責され、見入っていた人たちは慌てて動き出しました。

 急いでくださいね。でも丁寧に、指示通りきっちりと。


 こうして、魔属性魔法陣を描き終え、こちらに面していた魔法陣を水平に倒します。シュザージが指を振れば魔法陣は軸になる槍のところまで飛んで行き中心を合わせます。


『上昇、拡大』


 今度はシュザージの手が上に振られました。

 槍を起点にまっすぐ上昇した魔法陣は、上空に溜めてあった空中魔力に触れるとババンと大きく拡大しました。

 真っ黒い線で描かれた緻密で巨大な魔法陣に、皆さんが一瞬悲鳴を上げました。


『次は神属性魔法陣だ。神石の設置は!?』

「もうすぐだ! 皆、急げ!」


 ウィラネルドさんも神術士たちを急かします。


『テレシー、この先は休息の暇がない。タケユキにもらった非常食を食べておけ』


 言われてみればお腹が空いてきたように思います。

 気がつけば、もう日が暮れそうです。


「そうですね」

 

 私は自由になった手で、上着の内ポケットに大事に入れていた飴の小袋を取り出します。不思議な感触の袋を、タケユキさんに教わったように端からきれいにちぎって中身を出します。淡いピンクの綺麗な飴玉です。


 うう、やっぱり食べるのがもったいない。


 私が迷っていると、リドルカさんも飴玉の袋を開けていました。その飴玉も同じ色です。

 リドルカさんは躊躇うことなく、口に入れました。が。


「うっ!?」

「ど、どうしました!?」


 なぜか口を抑えて呻かれました。


「……甘い」

「え? それはまあ、飴ですから」

「アメチャンとは、非常食では、なかったのか?」


 ああ、そういえばタケユキさんはなぜか飴をアメチャンと呼びますね。どうやらそのせいでリドルカさんはお菓子ではない非常食だと思ってしまったみたいです。

 そんなリドルカさんを見て、シュザージはふふんと笑います。


『さっさと食べろテレシー。それはタケユキの好きな味だと言っていたな。私もその味を味わってみたいのだ。リドルカは吐き出すか?』


 何を子供みたいな意地悪を。

 と、思っていたら、ガリっという音が聞こえました。ガリガリガリ。

 リドルカさん、飴を噛み砕いてさっさと食べてしまわれました。こちらもこちらです。

 私もいただかねば。

 パクリ。


「んー、甘い。何かの果物の味ですね。おいしいです」

『うむ。異世界の味か。面白い』


 シュザージは小さな声でそうささやき、私と一緒に味わいます。リドルカさんも口に残った味を確かめながら首を傾げています。果物の味より甘さが勝っていますか?


「賢者殿! 神石が設置できたぞ!」


 ウィラネルドさんの報告に、シュザージはうなずきます。


『よし、神属性魔法陣だ』

「はい!」

『その前に、私は一度姿を消す』


 ……はい?



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