第百七十三話【テレシー:化物退治の準備】
リドルカさんは私を抱え、すごい速さで空を飛びます。
シュザージは声を発するために、幻影体で私にくっついたまま通信の魔法陣を描いた紙に向かってクレオさんに指示を出しています。
『クレオ、国境を超えたらお前はフレンディスに向かい、神都からの避難民がいないか探してくれ。事情を知っている者がいれば探り出してもらいたい』
『わかりました』
ええっと。ナルディエの神都は化物が発生した場所です。そこから逃げ出した人たちが一番事情を知っているということですね。しかも真っ直ぐ南のフレンディスを目指しているなら、化物が東のラスタル神王国へ向かっていると分かっているからかもしれません。もし神王一族の誰かがいたら更に詳しい情報も得られると。
化物に追われていた王子にも、もちろん後で話は聞きますが、いつ気がつかれるかわかりませんし……まだ子供でしたからね。
『相手は紫神石を所持しているかもしれん。そうでなくても上位神術士だ。気をつけて対応しろ』
『ええ、心得ています』
そうでした。紫神石を持ってたら厄介ですものね。クレオさんならうまくやってくれると信じていますが……
「クレオさん、危険だと思ったらこちらの指示より自身の身を守ってください。絶対ですよ」
クレオさんは大事なテルセゼウラの民でシュザージの忠臣です。
そんな思いでお願いしたのですが、通信の魔法陣からは小さな笑い声が聞こえました。
『もちろんです。ありがとうございます、女王陛下』
おおう、クレオさんにまで言われてしまいました。女王陛下。
空を移動しつつ、そんなやりとりをしている内にラスタル神都が見えるところまで帰って来ました。そのまま降下するのかと思ったら、リドルカさんが空中に浮いたまま辺りを見回しました。
「伝書鳥だ」
「えっ!? ハネタローですか? ハネジローですか?」
『どの鳥かはどうでもよかろう』
そうですが。
リドルカさんが一点に視線を止めると、遠くから鳥が一羽飛んできました。鳥はくるりと一度リドルカさんの周りを飛ぶと、差し出された指先に止まります。その指を伝書鳥ごと私の前に。
「背中の、荷袋を」
ああ、鳥の背負っているリュックを開けて魔石を取り出すんですね。リドルカさんの手は片手は私で、片手は鳥で埋まっています。
「わかりました」
私は小さなリュックから小さな魔石を取り出してリドルカさんに渡します。リドルカさんはそれを掌に握り、目を閉じました。魔石に込められた伝言を読み取っているのですね。
「隠密兵は、フレンディスの王都にいるそうだ。何人か、近隣の者を呼び寄せたと。指示を請われた」
『それは丁度いい。そっちからもナルディエ神都から来た者を探ってもらおう。クレオ──』
シュザージはクレオさんに協力者について伝え、リドルカさんも同じ指示を魔石に込めて伝書鳥を送り出しました。伝書鳥の名前はわかりませんでした。
クレオさん一人での諜報は心配だったので、協力者を得られたのは良かったです。
鳥を飛ばしてすぐに、リドルカさんは降下しはじめました。
『よくも丁度良い時に伝書鳥が来たな』
「ウィロック方面は区切りをつけて、こちらの手助けをするよう、アスノンが命じていたらしい」
アスノンさんというのは帝国の隠密兵団の偉い人でしたね。帝国から私たちの謁見用衣装を持ってきてくださった方で、タケユキさんが嬉しそうに色々と話してくださった方です。
ありがたいです。
さて、眼下にはラスタル神王の王城がはっきり見えてきました。私たちを見つけた人たちがわらわらと集まってきます。その中にウィラネルドさんとルーシラさん、モーリス王子も見えました。
私たちはそこに降り立ちます。
「其方ら! 一体なにがあったというのだ、先ほど出立したばかりの使節団が戻って、化物が出たと──」
『上空に上がったところでラスタルへ向かってくる化物を見つけた。使節団の者には通信の魔法陣を持たせたクレオがいるので幾つか指示を出したが、それは聞いたか?』
「だいたいは……だがなぜ急に、まだ使節団は到着していないというのに」
困惑するウィラネルドさんに、シュザージは声を荒げます。
『そんなことは今はいい。タケユキが化物の足止めをしている間に迎撃の準備をせねばならん』
「タケユキ殿が!?」
「そういえば、いないわ」
「貴様ら! あの者を犠牲にし──」
「するわけがないでしょう。一刻も早くタケユキさんの負担を減らすためにもシュザージの指示に従って準備を始めなさい!」
私が、大声でピシャリと言えば、ウィラネルドさんだけでなくルーシラさんもモーリス王子も黙って下さいました。ポカンとしているとも言いますが。
言われそうなことは想定していたので早めに喝を入れました。
シュザージはニヤリと笑います。
『紫神石の検証を行ったあの場所に巨大魔法陣を描く。そこに化物を誘い込んで化物を瓦解させる。魔属性魔法陣にはリドルカに魔力を込めてもらうが、神属性魔法陣は上位神術士に込めてもらう。大量の神力を扱うため、神術士の数がいる』
魔法陣に神力を込めると聞いて、魔法陣に興味津々の神術士たちがざわめきました。
『それと化物から逃げ出した魔物を防ぐために騎士も動員する。それから、神石もあるだけ出せ。足りなければラスタル神王国が滅びると思え』
ウィラネルドさんがピャッと身震いしました。
「じい、賢者殿のおっしゃった通りに!」
「承知しました」
ウィラネルドさんは振り返って、後ろにいた自身の侍従長に命じました。侍従長が動き出すと、騎士団長らしい方や神術士の方々が集まってきます。
「もう少し明細に説明してもらいたい。一体何が起こっている?」
ラスタル神王国の方々が準備を始めたのを見計らって、モーリス王子が尋ねてきました。ルーシラさんが呆れたような声で言います。
「聞いてなかったの? モーリス。ジョルアンの馬鹿がやらかしたのでしょう? 逃げ出したナルディエの官司が報告してラスタルへの攻撃を早めたのよ」
『いや、そんなまともな理由ではなかろう。化物はナルディエ神王国の神都を贄に作られた。ジョルアンも死んだらしい。空から見れば、西方に大きな紫色の池ができていたぞ。化物の這いずった後がまるで川のようだった』
「ナルディエの神都は、魔に落ちた」
リドルカさんの簡潔な説明と、シュザージが語る情景が重なったのでしょう。皆さん蒼白です。
「ナルディエが……」
「あの、ジョルアンが?」
その場にいる方々が皆、困惑と恐怖の色を顔に浮かべています。
化物が作られるならラスタル神王国の近郊で、生贄にされるのは元ラスタルの民だと思っていました。ですが、現実はシュザージの予測をこえて理不尽で訳がわからないことになっているのです。
混乱はわかります。
けれど、混乱しいてる暇はありません。
『お前たち三人の中で、高いところを恐れない者はいるか? いるなら、リドルカに飛んで見せてもらえ。一瞬だがな』
「わっ、私が見る!」
「私も行こう!」
ウィラネルドさんはともかく、モーリス王子の挙手にリドルカさんは嫌な顔をしました。ルーシラさんは怖いようでむしろ手を引っ込めてます。
『準備ができるまでに、責任者には一目見てもらった方がいい。行って来い』
ムッとしたまま、リドルカさんは右手でウィラネルドさんを抱え、左手でモーリス王子の首根っこを掴んで飛び上がりました。モーリス王子は少々悲鳴を上げましたが、リドルカさんは気にせず飛んでいきます。
私はルーシラさんに向き直ります。
「落ち延びたと見えるナルディエの王子らしき人物を保護しました。満身創痍で気を失っていましたし、従者もいて多くは連れて飛べませんので信用できる民家に預けてきましたが。ナルディエの神王一族についてご存知ですか?」
私がそう尋ねれば、ルーシラさんが何を思い出したのかムッとしました。
「あそこの兄弟は二人のはずよ。兄のジョルアンと歳の離れた弟がいたわね、確か。でもあそこの神王は好色で隠し子なら何人もいるかもね」
うわあ。
奥さんはいくらいてもいいので子供も認知してほしいですね。他所様のことなどどうでもいいのですが。
『歳は十二、三に見えたから合っているかもな。詳しい事情を知っていそうだが聞くのは後だ。クレオには、フレンディス側に神都から逃げ出して来た者がいないか調べ情報収集を頼んだ。だが、時間はかかるだろう。今は化物退治に集中する。アレがいては落ち着かんし、タケユキに無駄な負担をかけ続けるわけにはいかん』
その通りです。
私たちが王子王女様たちに大体の事情を話しているうちに、一度場を去っていたウィラネルドさんの侍従長さんが戻ってきました。
「神石は順次運び出す形でよろしいでしようか? 取り急ぎ、馬車ひとつに乗せられるだけ乗せ、騎士と神術士をつけて出発させます。次発にて、あるだけの物を送り出す手筈で進めたいと思います」
『それでいい。日暮れまでに神石を荒地に運び入れてくれ』
「ところで、ウィラネルド殿下は?」
侍従長さんは飛び上がるところを見てなかったのですね。
「すぐに戻られます。それより、、負傷者や疲労で倒れる人も出るでしょうから、救護の準備もお願いします。来る方は覚悟してください」
『中位神術士や肝の弱い者、負傷を負ってる者や老人はいらん。余計な者がいると邪魔だ。少数精鋭で頼む。守りきれん』
ルーシラさんの後ろで、行く気満々になっていた術士たちが固まってます。神殿で通信の術道具を動かした人は喜んでますが、他は中位神術士でしょうか? 今回は遠慮して欲しいです。
『魔法陣に化物を誘い込んでも解体は大変なものになるだろうし、その後がさらに大ごとになるはずだ。紫神石の検証に立ち会った者中心に人員を決めた方が良いな』
え? それはまさか……
「まさか、また常世の泉が湧いて出るの!?」
ルーシラさんも気がついたみたいです。体を抱きしめるようにして両腕をさすり身を引きました。
『私には、あの化物事態が巨大で醜悪な紫神石に見えた』
シュザージの考えが私にも伝わりました。
背中がゾクリとします。
あの化物はおそらく多くの人や獣を取り込んでいます。魔落ちさせたもの、光の塵にしたもの、その上……魂もですか?
それはどれだけの数になるのでしょう。
三十個ほどの紫神石に、三つの水溜り、三つの水の手。
今回、迎えに来る泉の手は──
『巻き込まれれば生者も引き込まれることは間違い無いだろう』
タケユキさんのお力が必要と言ったのは、それを予想してのことだったですね。
リドルカさんを取り込まれる危険があり、シュザージまで連れ去られるかもしれなくて、私まで危ういなんて……
タケユキさんが聞いたら、暴れられます
そう思い至ったところで、心の中にシュザージの声が。
──だからそこまでは言わなかった。ひとつづつ片付けねばならん。タケユキが無茶をしないようにな。
確実に化物を倒して、タケユキさんに生者を隠してもらいつつ常世の泉に魂たちを導いてもらい、運良く魂が切り離されず魔傷が治せそうな人は助けると。シュザージ、ちょっと欲張りすぎていませんか?
王子の暴走に巻き込まれた民を救いたい気持ちは、痛いほどわかりますが。
言葉通り傷む胸をそっと抑えてシュザージを横目で見ていると、空から風が吹き下ろしてきました。
リドルカさんです。
「……なるほど」
ああ、空に上りつつもこちらの話は聞いていたのですね。
ゆっくり着地されたリドルカさん。手を離した途端ベチャリとへたり込んでしまったモーリス王子と、かろうじて膝立ちで堪えられたウィラネルドさん。
「ウィラネルド殿下!?」
「モーリス殿下!」
それぞれの侍従や家臣が慌てた様子で寄ってきました。
「タケユキは、頑張っているようだ。こちらも急ぐぞ」
『そうだな。先に行って魔法陣の準備を始めている』
遠目でも、頑張っているタケユキさんを確認して、リドルカさんは気が急いている様です。私も同じです。後の負担を考えれば、化物の陽動に時間をかけていられません。
私はリドルカさんのそばに駆け寄ります。
リドルカさんは私の肩を掴むようにしてまた飛び上がりました。
急ぐので高くは飛ばれませんでしたし、よく考えれば私は遠くを見通す力はないのです。ですから、私にはタケユキさんを確認できませんでした。
タケユキさん、ご無事で。




