第十七話
俺とテレシーは、騎士たちに囲まれる形で騎士団の詰所だか訓練所だかに向かって歩かされている。
当然ながら、テレパシー発動中。
『思ったより可愛いじゃないか。神に感謝を。こりゃ鍛え甲斐ありそうだ、ムフフ』
『どっちの係になれるかな。女の子の方もいいがそっちもなぁ、うーん神のおぼしめしに従おう。ひひひ』
『偉大なる神のみわざは選ばれし者にのみ与えられたもの。それを愚民に与えようとしたり、魔のものと同等扱いする背徳者の身内だ。精神から鍛えてやらねばならんな』
敵の思考を読んでいたら気持ち悪くなってきた。
これは、ばーちゃんも母さんも気を付けろと言っていた危険な変態と言う奴か。あと、宗教的にのめり込んでやっていいことと悪いことが分からなくなってしまった人。田舎でもおばちゃんたちの情報網はバカにならないとじーちゃんが言ってた中に、宗教にハマった身内に困り果てた隣村の家庭の話もあったっけ。
神様神様言う奴には近づくな、って嫌になる程よく聞いた。
こいつらもロクでもないんだろうな。
街を歩いていると、ヒソヒソと言い合う街の人の声も聞こえる。
「神属騎士だわ」
「あの女の子、グルトルー先生の所のテレシーちゃんよね?」
「あいつら過激だから近寄りたくないな。何されっか分かったもんじゃねえ」
そうか。誰が見ても嫌な奴らなのか。
“弱いからやっぱり騎士には向きません作戦” は通じないかもな。どうやら俺たちを連れ出した理由は勧誘じゃないみたいだし。
そんな気はしてたけど。
『タケユキさんは私が守るんだ。私が巻き込んじゃったようなものなんだから、タケユキさんには手出しさせない。それに……いえ、こんな時に余計なことを考えちゃダメ。大丈夫、がんばる!』
隣からはテレシーの必死に自分を奮い立たせようとする声が聞こえる。
ごめんね。
どう考えたって巻き込んだのは俺だよ。テレシーは俺を庇ってくれただけなんだから。それに便乗して悪さしようとしているこいつらがサイテーなんだ。
そもそも、盗賊を使ってじーさん先生を襲わせた奴が一番──
『役立たずの盗賊などに任せず、我々を御指名くだされば万事うまくいったものを。ここで背徳の老学者を追い落とすきっかけを作れれば、ベルートラスの神殿長、もしかすると神王国の神王様の覚えもめでたくなるやも……』
あ、犯人がわかった。
先頭を行く脳筋変態騎士が頭の中で自白している。
ものすごく鬱陶しくて嫌な気分になったけど、テレパシー発動しといてよかった。
けど、証拠がなければ捕まえられないよな。魔王の顔を知ってるのに探しようがないのと同じに。
俺の能力を、知らしめた方がいいのか──嫌だ。
犯人を捕まえるのは後日でいいか。
じーさん先生に任せよう。
夕方にはじーさん先生が帰って来るんだから、そしたらトルグさんと一緒に助けに来てくれるかも知れない。トルグさんは神術の学者さんだからこいつらも話を聞くかもしれない……無理かな。
「どうした、早く歩け!」
なるべくゆっくり歩こうとしたら急かされた。
街中の人が多くいる地域を抜け、馬車が通る大通りに出た。
こいつらの目的地に着くまでになんとかしたいけど、人目がある所では目立つ力を使いたくない。因縁が加速しそうだ。
どうしようと考えながら歩いていたら、思ったより随分と早く着いてしまった。
いや、高台にある王城が見えるが結構距離がある。
王国の正騎士団なら、もっと城に近いところに本部があるんじゃないのか?
高い壁で囲まれた、その建物の門には大きく看板が掲げてあるが読めない。テレシーなら読めるかと思って隣を見れば、テレシーが看板を見て青ざめていた。
「神属騎士の騎士舎……」
神属騎士。
さっきも聞いたけど、要は神石を使って術を使える騎士かな。ここはそればっかりが集まってる場所か。つまり、こいつらと同じような奴ばかりがいる所と? それは、とてもまずいんじゃないのか?
魔属性の騎士やどっちでもない中立の偉い人がいてくれたら、こいつらの横暴を訴えることもできたのに。こいつらの巣に連れ込まれたら逃げられなくなるかもしれない。
門を通る前に、いっそ建物ごと壊すか。
でもな、人死が出るのは嫌だし……ならば。
ガタン、と大きな音を立てて看板が落ちた。と言うか、落とした。
「なっ、なんだ!?」
「留め金が傷んでいたか?」
「おい! 早く直せ! 我らの名を地に落ちたままにするな!」
騎士を驚かせることはできたけど、すぐに気を取り直した脳筋変態騎士が門番を怒鳴りつけた。
そこで俺は足を止めて立ち止まる。
「何をしている!? 早く入れ!」
ドンと乱暴に背中を叩かれ、まろぶように門に押し込まれる。
「タケユキさん! 乱暴なことはしないでください!」
「黙れ! お前もさっさと入れ‼」
いきりきった脳筋変態騎士はテレシーも突き飛ばす。俺は即座に起き上がって、なんとかテレシーが転ばないよう支えた。
「どうして、ひどいことをするのですか?」
「黙れと言っている! この程度で転ぶとは情けない。我らが徹底的にしごいて鍛え直してやるっ」
煽ったら更に大声で怒鳴る脳筋変態騎士。その他の騎士もまあ悪い顔悪い顔。
まだ街の人の目があることに気付いてないのか。いや、いつもこうなのか。
目撃した街の人が眉を潜めているのが気にならないのかな。
誰かが偉い人に通報してくれたらいいなと思ってやってみたけど、どうだろう。善良な市民を罵倒して騎士舎に連れ込んでるように見えたかな? とりあえず、逃げ出した時に保護してもらえる下地になってたらいい。テレシーだけなら街に逃せば匿ってもらえるかもしれない。
「まったく手間取らせよって。おい、女騎士を何人か呼んでこい。訓練場だ」
「え? なぜですか!?」
「街の娘を連れ込んで無体を敷いていると噂されれば神属騎士の名折れだ。娘の訓練は女騎士に担って貰う」
「ええっ!?」
脳筋変態騎士のくせに世間体を考えるんだ。
部下っぽい騎士たちがあからさまにがっかりした。が、何人かがすぐにハッとしたように俺を見てニヤリと笑う。
気持ち悪いけど、標的が俺だけならなんとでもなる。と思う。
なればいいけど……
神属騎士の根城の建物を通り抜け、奥の広い運動場のようなところに出た。向こう側には高い高い壁がある。訓練していただろう数人の騎士が寄ってきて、脳筋変態騎士の話を聞いて似たような笑みを浮かべる。そして、無言で木の棒を準備しはじめた。
ここは変態の巣窟か。
「きゃっ!」
「テレシー!」
「お前はこっちだ!」
のしのしと近づいて来た二人の女騎士が、テレシーの腕を掴んで引きずるように連れて行く。手を伸ばして止めようとしたら騎士の一人に俺も掴まれた。
振り解きたい! テレポートしたい!
けど、我慢だ。
テレシーは少し距離を取ったところで女騎士に両脇を固められている。
俺の周りには木の棒を持った騎士たちが集まって来た。
早速すぎないか?
世の中は忙しないって父さんが言ってたけど、こんな感じなの?
「ほら、お前の分だ」
そう言って騎士が木の棒を投げつけてきた。
とっさに障壁展開。肩にぶつかって落ちた木の棒。
これを手に取ったら訓練に合意したことにならないか?
取るかどうか迷っていたら、騎士が「ん?」って顔してた。慌てて肩を押さえて唸ってみたら「ふふんっ」て鼻で笑いやがった。
痛くなかったからすぐに痛がれなかったけど、怪我しなかったら不自然すぎるな。痛いのは嫌だけど、怖いけど、障壁は薄くしておこう。
テレシーは……
「私の訓練をするんじゃないんですか!? わっ、私だって、やるときはやるんですからね‼」
明らかに強がって暴れている、というより女騎士に掴まれた腕や肩を振りほどこうとしてもがいている。
「ふん、お前は確かこいつを庇ってとてつもない力を暴走させたのだったな。ここにいる騎士は盗賊どもより少ないぞ。これらからこいつを庇って力を解放して見せよ」
脳筋変態騎士はそう言うと、テレシーの手に小さな白い石を握らせた。
「そっちの手には魔石を持っているな。汚らわしい魔石などここにはないからな。用意する手間が省けた」
魔石と聞いて、テレシーの左側を抑える女騎士が顔をしかめた。そんなに嫌いか魔関係。
「武器は渡した。神石も与えた。これで問題ない! やれっ!」
問題ないわけない!
けど、騎士たちは嬉々として襲いかかってくる。最初の一撃は妄想でひひひと笑ってた奴だ。後ろに下がって振り下ろされた棒を躱す。
「なっ!?」
素早い奴だとの認識はあるはずだ。躱せる分は躱そう。
次々と振り上げられ振り下ろされる棒を、右に後ろに左にと躱す。石を拾って投石で反撃するか? 投石の話を聞いていたら異質な力には見えないだろうけど、反撃したら強い奴認定されて騎士団入りさせられるかもしれない。
などと、考え事をしていたら背後から衝撃が来た。
「がっ……」
「タケユキさん‼」
後ろから殴られた。頭だけは避けたけど、肩が痛い。ものすごく痛い。
けど、止まれば無数の棒が襲ってくるので避け続ける。痛みで精度が落ちて当たる棒が多くなってきた。障壁を張っているから即座に打ちのめされることはないけど……いっそ気絶した方がいいか?
そう思って騎士たちを見れば、その顔は気持ち悪かった。
何人かは目が血走って、何人かは舌舐めずりしてる。
意識を失ったら、もっとひどい目に合いそうな予感に身震いする。
仕方なく、また攻撃を躱す。
「ほう、なかなかやるではないか」
「やめてください! やめてくださいっ! なんでこんなことをするんですか!?」
「助けるのはお前の役目だろう。おい! そいつは所詮、神に見放された下賤の島の者だ。どうなっても構わん。奴隷と同じように扱っても良い」
「サイテーっっ‼ 下劣っ! あなたの方が下賤でさもしいわっ‼」
「くっ、このっ!」
「きゃっ!」
ゴンっ、と音が聞こえた。
迫りくる騎士の攻撃を避けながら、見ればテレシーが殴られていた。
赤くなった頬。唇の端から流れる血。女騎士に押さえ込まれながらぐったりと目を閉じ、動かない……テレシー
全身の血が沸騰したような気がした。
「ぎゃあっ!」
「ひいっっ」
「わぁぁぁっっ‼」
怒りに意思なく吹き出した衝撃波に、吹っ飛んでいく騎士たち。それを無視してテレシーの方に走った。
「きゃあっ‼」
「ぐはっ!?」
突っ込んでくる俺に驚いてテレシーを手放し、逃げの体制になった女騎士も吹っ飛ばす。崩れ落ちたテレシー。
「きっ、貴様がこれを!? ぎゃあっ!」
払い除けるように腕を振って衝撃波を飛ばせば、踏ん張っていた脳筋変態騎士も吹っ飛んだ。衝撃波ごと建物に打ち当たり、壁が崩れる。
あんな奴は……死んだっていい。
それよりテレシーだ。
「テレシー、しっかり……」
あの状態でテレシーまで殴られるなんて思わなかった。考えが浅かった。
助けなんか待たなければよかった。
初めから全部ぶっ壊していたらこんなことには……
ダメだ、体中が痛い。熱が出て来た。力も不安定になっている。
テレシーを助け起こしたいのに、テレシーまで吹き飛ばしてしまったらと思うと足が止まる。
近づいて暴走した力がテレシーまで傷つけるかと思うと、怖い。
どうしよう、ばーちゃん……
その時、倒れているテレシーが小さく「うっ」と唸ったのが聞こえた。意識があるのか? よく見たら指先だけが動いていた。神石を握らされた右手、その人差し指が動いている。何かを描くようにくるくる動く指、その軌跡が白い光となって小さな絵のようなものが浮かんだ。
「これは、何事だ‼」
突然、怒声が響いた。
鉛色の鎧を着た騎士が数人、広場に入ってきた。その後ろに……女の人?
一瞬、ミリネラさんかと思ったら違う。
黒い髪に白いドレスの人だ。なんだか、どこかで見たような……
まずい、意識が朦朧として来た。
ひたいから流れた血が頬を伝うのがわかる。痛みとともに熱がどんどん上がっていくのがわかる。
「あなた、しっかりなさい!」
その声は聞いたことない女の人のものだった。
いつの間にかそばに来ていた女の人が、俺に手をかざす。手の中にはふわりと握られた白い石がある。神術かな。癒してくれようとしてるのか。
俺はいいよ。
テレシーを助けてあげて。
心からそう願えば、その女の人はビクリとした。そして少し首を傾げる。
「わかったわ。もう大丈夫よ」
その人は立ち上がるとすぐにテレシーに向かって行った。
よかった。
テレシーを癒してあげてください。
俺には、できないから……
ごめんなさい。




