第百六十八話
「さて、何から話していいやら……」
「まずは紫神石だ」
「そうね。アレには本当にびっくりしたわ」
ウィラくんが迷ってたらモーリス王子がピシャリと話題を決めてルーシラさんが流れを作ったよ。
俺はお茶のカップを手に話を聞く。
「ああ、そうだな。タケユキ殿の話を疑っていたわけではないが、この目で見るまではどうしても『まさかそこまで』と思ってしまっていた」
ナルディエ神王国のジョルアン王子作、神石に魔力を込めた紫の石には繋ぎとして人の魂が入ってた。
『死者の声を聞けば、ほとんどが攫われて来た者や奴隷だった。ひとりだけ政敵の神術士がいて、多少の話は聞けたのだがな』
「賢者殿は死者の声が聞けたのか!? いや、おかしくはないか」
シュザージは亡霊だって、みんなには思わせているからね。亡霊同士で話が聞けたと思ってるみたい。正確には俺が聞いて心の会話で伝えたんだけど、そんな細かいところまでは話す必要もないし、シュザージがいいならそれでいい。
そうして、神術士の魂から聞いた話を少ししたよ。
「まさかそこまで無茶苦茶する奴だったなんて……」
「いや、あいつは昔から言動も行動も過激で身勝手だった。やっていてもおかしくない」
ウィラくんの言葉を正すモーリス王子に、ルーシラさんも肩を竦めてうなずいた。
「常世の泉も……御伽噺のようなものだと思っていたが、本当にあるのだな」
ウィラくんが身震いすればみんなも顔が青くなった。本能的にアレは怖いと感じてるんだ。同じように震えを感じながらもモーリス王子が俺たちに向き直り、続ける。
「ナルディエに送る親書は、はじめに会議で決まった内容にとどめておく事となった」
それだけ言うと、続きはウィラくんにと促す。
「あ、ああ。次代神王の親書は攻撃的行動をやめることと、本来の平等な神王四国に立ち戻る提案だけにしておいた。ナルディエの所業は非道に過ぎるが、あそこまでする奴らなら下手に糾弾すればどんな暴発をするかわからない。最初の親書は様子見にとどめ、神降地神殿に神王会議を開いてもらうよう要請することにした」
神王会議? 神王さんが寄り集まって話し合いするの?
ラスタルの神王様を見てると、そんなのが集まって話し合いして何になるのかわからない。
「神様には、言わないの?」
思わずこぼした言葉に、神の子たちがギョッとした。
「あー……神に訴えられるのは、次代が神王に即位する時だけなのだ」
「神降地神殿の神殿長は、時々神の声を聞けるらしいけど、それだけなのよ」
「神は神石をもたらすことでこの世界を守ってくださっている。その力を用いて魔を消し人々を救うのは神の子たる神王一族の役目だ」
そうなのか。
それがこの世界の神様か。
ルーシラさんは、小さく息をついて話を戻した。
「行われれば百年ぶり、いいえ九十年ほどかしら? 世界を揺るがすような大事件が起こった時にしか行われないのだけど、今回はそれに匹敵するわね」
世界が狭いね。
今揺らいでるのは神王国内だけだと思うけど。帝国で化物を使った時にもやっといて欲しかった。
それにしても、百年ほど前か…………それは、まあいいや。
「親書を携えた使節団はラスタル、ウェルペティ、パロウから代表を出し、護衛の騎士たちも同数で揃えた。明日の朝出発させるが……その使節団にはスタングを同行させ、クレオ殿がその護衛に同行してくださることになった」
『何っ!?』
シュザージがびっくりしてる。俺もびっくりだ。
「師匠、私もクレオも国境を超えた最初の町まで同行するだけです」
スタングさんが言うには。本来は使節団を送り出す旨を神殿を通して伝えてから出発させるのだけど、ラスタル神王国唯一の通信の術道具は化物に壊されてしまって使えない。だったら、国境を越えてすぐの町にある神殿から先触れの報を出すことにしたそうだ。
スタングさんは通信の術道具の使い方は知らないけど、使う術士の補佐はできる。魔法陣を使って神術士が突然死しないように。
「今回、通信の術道具を使う術士はバロウから手配されますが、その術士はウェルペティの神術士から話を聞いてぜひ師匠に同行して欲しいなどと言って来たのです。ですが、その程度なら私の魔法陣でも事足ります。それにこれだって神王国同士で協力し合うからこそ意義があるし、そもそも必要以上に師匠の手を煩わせるわけにはいきません」
背筋を伸ばしてキリッと言ったスタングさん。
そんなスタングさんを見て笑いながらクレオさんも手を上げた。
「僕は使節団に同行しつつ偵察に行きたいと思っています。先日、ラスタルとナルディエの国境辺りを見ましたが、神術による国境線の隔たりを超えられませんでした。ですが、使節団と同行すれば向こうの様子を見られますし、元ラスタル国民とも接触できるかもしれません」
クレオさんは元ラスタルの人たちが化物の餌にされないよう布石を打つつもりみたいだ。でも、そんなところに行って大丈夫かな。うまくいくかな。シュザージもすごく心配している。頭を抱えて唸り出した。
『うー……スタング、クレオ、後で私たちの部屋に来てくれ。通信の術道具を持たせる。ベルートラスの老学者の家に置いて来たものと同じものだ』
「はあ!?」
神王国側はみんな驚いたけど、スタングさんだけは驚き方が違うね。じーさん先生の家にある術道具、知ってるのか。
そんな中、一番驚いて声をあげたのはモーリス王子だ。
「ちょっ、ちょっと待て、それは先日会議場で使ったあれか!? もしやあれ以上のものか!?」
『あれ以上に決まっておる。弟子と忠臣が危険な場所へ赴くというのだ。即座に対応できるよう通信手段を持たせるのは当然ではないか?』
「シュザージのここぞという時って、こんな感じなんですね」
テレシーが心の中で教えてくれた。とっておきの銀盤を使うらしい。
『こちらからの通信しかできないが、受け取る側は最低限の術資質があれば受信できる。スタングに持たせてやりたいが……資質の均衡で言えばクレオが持っている方が無難だな』
クレオさんてばガッツポーズ。スタングさんはへの字眉で泣きそうだ。悔しそうに「相棒早く」とか呟いてた。
テルセゼウラが復活したらそのうち携帯みたいなのができそうだ。
それにしても、険悪だった神王国の次代たちがいい感じに仲良くなってきている気がする。ナルディエは理不尽ジョルアンを始末したら別のマシな次代がいるんだろうか。いたらいいな。
このまま面倒ごとが起こらず、神王四国が手を取り合って落ち着いて、帝国とも仲良くやってくれるようになって、テルセゼウラ復興にも協力してくれたら万々歳なんだけど。
そんなことを呑気に考えていたら、ウィラくんが俺のことじっと見ているのに気がついた。
次は俺のことが聞きたいのかな?
ルーシラさんとモーリス王子が、早くしろとせっつくような視線をウィラくんに送ってる。ほんの少し、戸惑うように目をキョロキョロさせたウィラくんは、意を決して俺を見た。
「その、もし良ければ、タケユキ殿が何者かを聞かせて欲しいのだが──」
「タケユキは俺の妻だ」
「私の夫です」
『私の最愛の伴侶で、私の存在理由そのものだ』
間髪入れずに三人が答えた。
そうだよ。
でもウィラくんが聞きたいのはそれじゃないと思うんだけど。けど、シュザージはニッと笑って次代神王たちを睨み据えた。
『其方らが聞きたいのは別のことだろうが、今の其方らに教える気はない。どうしても知りたければ、それぞれの神王国で真実、神王の地位をついてからテルセゼウラに聞きに来い』
そうか。内緒か。
リドルカさんとテレシーもちょっと驚いてるのは素で即答したからかな。シュザージだけは続く言葉まで考えて返事してたみたい。
でも、なんで内緒なのかな? 普通じゃないことも、魔術士や魔法陣使いでないことももうみんなわかってるはずだ。それに、異世界から来たことも。と思っていたら、心の中でシュザージが言う。
『ウィラネルドとモーリスはいずれ神に会う。それでも神王として立つのなら知っても良い』
よくわからない。
まあいいや。シュザージがそう言うならそれでいい。
「ウィラくんは一年後だね。立派なラスタル神王様になって尋ねに来てね」
「一年後までにテルセゼウラが神王陛下をお迎えできるほどになっているでしょうか」
『女王がそんな弱気でどうする』
「ウィラは、旅の宿にも食事にも、不平を言わずに楽しめた」
「そうだね。でもテルセゼウラを自慢できる国にしなきゃね」
『うむ、その通りだタケユキ』
「もちろん僕も力を尽くすつもりです」
クレオさんもいい笑顔。
俺たちが「詮索お断り」を醸し出していたら、呆気に取られてたウィラくんの肩をスタングさんが叩いた。ハッとしたウィラくんはスタングさんを見てちょっと憮然とするけど、すぐに気を取り直して俺に向き直った。
「わかった。一年後に尋ねに行こう」
ウィラくんは納得してくれたようだ。むしろやる気が沸いたようにも見える。モーリス王子は不満そうだけど、今は次代の立場も危うい状態で俺たちを敵に回すのは避けたようだ。ルーシラさんはもともと神王にならないし、婚活でテルセゼウラに来る方が大事だから無理はしないらしい。
……って、え? ルーシラさん、テルセゼウラに来るの?
気になってちょっとだけ心を読んでいたら、リドルカさんに頭を撫でられた。撫でられつつ癒しをかけられた。




