第百六十六話【テレシー:異世界の力】
タケユキさんが手を振った瞬間、なんだか私たちの周りだけ空気が変わった気がしました。みんなが驚いているのが分かります。
リドルカさんも、シュザージもです。
外から見えない、気配も消せると言うので、てっきりシュザージの遮音や覗き見を防止する魔法陣と似たものかと思ったのですが……
『これは……それ以上だ』
心の中で返事されると思っていたのに、シュザージは声を出して答えました。
『壁も仕切りもないところで、外から見えなくするなど、魔法陣でもありえん。魔術ではどうだ?』
シュザージはリドルカさんを見ます。
「ない」
簡潔な答えです。
そんなやりとりをしていると、パキンパキンパキンと何かが割れる音がしました。音の方を見ると、タケユキさんが立っている前に並べられている紫神石や神石に次々とヒビが入っていきます。
タケユキさんは立っているだけです。何をしている様子も伺えません。
「リドルカ殿、賢者殿、タケユキ殿は何をしているのだ? 何が起こっているのだ? 魔法陣でも魔術でもない、もちろん神術でもない。これはいったい──」
「しっ」
ウィラネルドさんの不安を、リドルカさんが小声で止めました。
私たちの後ろにいる方々は皆、息を飲んでいます。リドルカさんに視線を向けていたウィラネルドさんも前に向き直りギョッとします。
私もびっくりしました。
タケユキさんが手にひとつ紫神石を持ち、ひび割れに手を添えると……そこから何かを引っ張り出しました。淡く薄く黄色く光る何か。
たぶん、みんながそれが何か気が付いたでしょう。
それは、人の魂です。
タケユキさんはそれを摘み上げて、見つめたまま何度か小さくうなづいています。会話をされているようです。
その言葉が、私の心にも聞こえました。
『魔属性……強い。奴隷に……。気がついたら……』
少し話を聞くと、タケユキさんはその魂を手放して、次の紫神石を手に取り同じことをしました。ひとつ聞いてはまた次へ。ひとつ聞いてはまた次へ。
『攫われて……』『奴隷……』『わからない……』
タケユキさん、数を追うごとに、ちょっと扱いが雑になってませんか?
紫神石から引っ張り出された魂たちは、タケユキさんの周りをフヨフヨと浮いています。こちらは皆、固唾を飲んで見ているのですが、タケユキさんはなんとも思ってないようです。すごいです。
「あ……」
タケユキさんが少し驚いた顔をされました。
次に摘み出した魂は、それまでになくハッキリと言葉を発したのです。
『おのれ、ジョルアン……次期神王には──を。邪法……神力を寄せる術に魔石と、人を……よくも……』
「あなたは神術士? なんで紫神石の中にいたの?」
タケユキさん!? そのまま聞きますか!?
『媒介。術資質に応じ……石の力が、安定……』
その言葉に、シュザージがヒュッと息を飲みました。
思考が私にも伝わります。
魔力と神力は反発します。
しかし、人の中にはどちらの術資質も持っていて安定して術をなせる者がいます。そんな人間の魂を魔力と共に神石に押し込めることで……紫神石の力を安定させているそうです。
ある意味、複合術の応用ですが……
怖気が走ります。
そのために、どれだけの人の命を奪ったのでしょう。
その魂を無理やり従わせ、道具として酷使したのでしょう。
まさに、外道です。
『憎い……奴を……、奴を──』
「報いを受けさせるよ。でも、あなたはお迎えと一緒に行く方がいい」
そう、タケユキさんが言った時。結界がガチンと音を立てました。強化、されたのでしょうか? 私たちを取り巻く空気の圧迫感が増した気がします。
不意に、水の落ちる音が聞こえました。
ピチャン……ピチャンと、雨だれのような音です。
全身に鳥肌が立つような感覚は、私ではなくシュザージです。いえ、私もそれに近しい恐怖を感じています。
体が震えます。
でも、私にはまだやることがあります。泣いてる暇はないです。
まずはシュザージに呼びかけます。
シュザージ、シュザージ。
幻影体を消してください。あれに気取られてはダメです。少しでもタケユキさんの負担を減らしましょう。
伝わったようです。
シュザージは目だけで一度私を見た後、幻影体を消しました。
それを見た人たちが悲鳴をあげそうになったのを、手を上げて制します。
「みなさんお静かに。タケユキさんが守ってくれています。動けば、アレに見つかりますよ。リドルカさんも、今は動かないでください」
小さな声で、脅します。
みんな動かないでくれていますね。動けないだけかもしれませんが。
どこからともなく響く水音。
いつの間にかタケユキさんの足元に水溜りができています。ひとつ、ふたつ、みっつ……。その中からにゅっと手のようなものが出てきました。
それが常世の泉なのだと、本能のようなものが訴えます。
怖いです。
初めて見る私でも震えが止まらない。何度も対峙してきたシュザージの恐怖心はそれ以上です。心の奥が痛いくらいに。
でも、タケユキさんは少しだけムッとした顔をしただけで怖がっている様子はありません。
「この人たちを迎えに来たんでしょ? 連れてってあげて」
泉から出た三本の水のような手は、踊るようにうねります。まるで手招きしているみたいです。そこに向かって、魂たちは自ら進んで飛び込んで行きました。
水の手のうち、ふたつがにゅうっと伸びて、まだ魂を取り出していない紫神石に取りつき、ひび割れから魂を取り出して泉に連れ込みます。まったく触られず白いままの物もあるので、それはただの神石ですね。
最後、いつまでもタケユキさんのそばにいた神術士の魂も、タケユキさんが背を押すようにすれば大人しく泉に向かいました。
そこにいた魂たちは皆、常世の泉に向かったようです。
これで終わりか、とホッとしかけた時。
泉の手がゆらゆらと揺れて、まるで何かを探しているような仕草をしました。
何かを……
私は胸をギュッと抑えます。
「もういないよ。帰って」
タケユキさんは抑揚なく、冷たい声でそう言い放ち泉の手を睨みます。
「帰ってよ」
みっつの泉の手は、威嚇するように掌を開きます。
でも、タケユキさんは動じません。
「帰れ」
威圧を込めたようなその声に、泉の手は一瞬身を引きました。そして、悔しそうに握り拳の形になって……トプンと水に沈みます。
それと同時に水溜りは消え、タケユキさんが「ふう……」と大きく息をつきました。
私たちの周りの空気から圧迫感がなくなります。
まだ結界はあるようですが。
タケユキさんは少し辺りを見渡し、様子を見ます。
ふと、一点を見て「あ!」と声を上げられました。私たちは一斉にびくりとなりましたが、遠くから駆けてくる馬を見て力が抜けました。
「タケユキさん!? どうしてお一人なのですか!? 殿下は!? 他の皆さんは!」
見回りに出ていたクレオさんです。
「いるよ。もう大丈夫かな?」
そう言って、サッと手を振るタケユキさん。
「はあっ!?」
本当に、私たちの姿は見えなくなっていたようです。結界が無くなった途端、クレオさんが驚く声を上げました。背後では緊張が溶けてバタバタと倒れる人がいるようです。でも、私たちはそんなことにかまってなんかいられません。
私もリドルカさんも、すぐに駆け出しタケユキさんに抱きつきました。
「タケユキさん!」
「タケユキ!」
「え? あれ!? シュザージは!?」
「私の中にいます! 無事ですっ」
リドルカさんはタケユキさんのひたいに手を当てて、熱がないか確認しています。癒しの術も使っているようです。
でも、私の手はただただタケユキさんにしがみ付いています。
その手は、シュザージの力が籠もっています。
「もう大丈夫だよ」
タケユキさんはそう言って、私の手を撫でてくれました。




