第百六十五話
ばーちゃんもじーちゃんも、俺のことは大事に大事に育ててくれた。
もちろん危険なこととか馬鹿な失敗をしたら叱られたけどね。
特に、ご先祖から譲られ続けるこの力については、たくさんたくさん言い聞かされて叱られて、うんざりしちゃってた。
それに「ご先祖の力」って呼び方はカッコよくないし、「神様の力」って呼び方も好きじゃなかった。母さんにもそう言ったら「そうなのよねぇ……」と遠い目をしていたよ。それで、母さんが学生の頃読んでた漫画を読ませてもらって「超能力」って呼び方があるのを知って、俺はこの力をそう呼ぶことにした。だって、そっちの方が断然カッコいい。母さんもそう呼んでたし。
母さんは俺と同じ理由で「超能力」って呼んでたけど、ばーちゃんは単純に「力」と呼んでたね。こだわりもなかったみたいで、俺や母さんがどう呼ぼうと気にしてなかった。
ただね、俺は「超能力」って思い込んじゃったものだから、漫画で読んだ力の使い方を中心に覚えようとしたよ。しかも、目立たずこっそり使えて身を守りつつ大切な人を助けられるような使い方を。影のヒーローとかにも憧れてたからさ。
それはばーちゃんが教えたかった力の使い方にも合致してたから、むしろその方向で使えば喜んでくれたし褒めてもくれた。
だからと言って、それ以外の教えに身を入れなかったことは、今ちょっと後悔してる。
ばーちゃんが、わざわざ夢枕に立ってまで思い出せっていうんだから、思い出さなきゃ。
思い出して、大切な大切な運命の人たちを守らなきゃ。
ラスタル神王国から少し北に行けば、そこから神降地山脈に続く真っ白な大地が広がっていた。
真っ白だけど雪が積もっているわけじゃなく、土が白く岩も白い。草も少しだけ生えてる木も白い。それに雪はなくてもすごく寒い。
俺はいつものぬくぬくマントにくるまって馬車を降りた。
「真っ白すぎて眩しいね」
「なんだか目がしばしばします」
「魔力が……ない」
『フレンディスからこっち、どんどん魔力が抜けて行っていたが、ここまでくると見事だな』
フレンディスからやって来たのと同じ豪華な馬車から降りて、辺りを見渡し出てきた俺たちの感想はそんな感じだった。
「本当にこんなところでやるの?」
「城内や街の近くに、常世の泉が出て来たら危険だろう」
「私もそう思います。また化物が現れても大変ですよ」
後ろから来た馬車からはルーシラさんとウィラくん、スタングさんが出て来た。馬車はもう一台、少し後ろから来る。
ちなみに、ここは神都の近くではないけれど王城から遠すぎるわけでもない。よく見れば遠くに王城の塔がうっすら見える。そんな距離かな。
今はまだ早朝。真っ白な荒野に青空が爽やかだ。
「では、シュザージ殿下。辺りの様子を見てきます」
『ああ、頼むクレオ』
馬車に並走して自分の馬でやって来ていたクレオさんは、馬から降りずにそのまま周囲を探りに行く。
神王国より北側は、神王の許可がなければ入れない場所で、本来なら一般庶民が入ることはまずないそうだ。そんな場所を大手を振って見て回れるのが楽しみと、クレオさんは言っていた。
「おいウィラネルド、紫神石はどこに配置するのだ」
最後の馬車から出て来たモーリス王子がそんなことを言う。
問われたウィラくんは俺を見た。
「タケユキ殿」
「うん、じゃああの辺で」
馬車が止まっているあたりから少し離れた場所を支持すると、モーリス王子は従者に命じで馬車で運ばせた紫神石を俺が言った場所に運び始めた。
誰もが尻込みした紫神石の運搬を、率先して引き受けてくれたモーリス王子。
あの会議の後、バロウ神王国もまた昔の平等な神王四国に立ち戻る計画に全面協力を申し出てくれたとか。でも今のところ王子の独断で本国の意見は聞けていない。何せ神殿の通信術道具が壊されちゃったからね。
神馬で連絡は送ったけど、返事が来るまで何もしないわけにはいかないと買って出てくれたらしい。
俺はテレシーやリドルカさんが触れないならそれでいい。
できたらウィラくんスタングさんクレオさんにも触れて欲しくない。
そう思って紫神石を運ぶ人たちを何気に見ていたら、モーリス王子がこっちを見ていることに気がついた。目が合ったらそらされたけど、特に気にすることじゃない。
俺はこれから、あの紫神石に人の魂が入っているのかを検証する。
神王三国の次代神王による協議により、ナルディエ神王国に親書を送る話し合いが開かれたのが一昨日の事。本当は昨日には使者を送るつもりだったらしいけど、まだ送れていないんだ。
実は、最後に俺が言った一言で、まとまりかけてた親書の内容を変更するかどうかでもめたらしい。
ナルディエ神王国が、人の魂を神石に閉じ込めて利用するという外道を本当にやっているのかどうか。それも糾弾し追求するかどうか。
どうかも何も化物造って大量虐殺してるんだから責任者はみんな極刑じゃないの?
ただ、紫神石の検証をするには俺たちの協力は不可欠で、はじめ俺はそれに無茶苦茶反対した。
シュザージやリドルカさんがあの石に関わるのが嫌だったからだ。
『だがな、タケユキ。私も確かめてみたいのだ。アレがどのようにして作られたものか、どのような弱点があってどうすれば対抗できるか。それが掴めれば、もしもの時に役に立つ』
「ナルディエ神王国が、親書に応じても、紫神石を隠し持つことは間違いない。製造方法もだ」
神王三国が結託してナルディエに物申せば、一時はしたがって大人しくなるだろうけど、せっかく手に入れた自国独自の力を完全に捨てるわけがない。いずれ機を見てより強力なものを作って反撃に出て来ないとも限らない。
そりゃ、そんなものだとは思うけどね。
だからシュザージもリドルカさんも紫神石のことを警戒していて、色々知っておきたいのはわかる。でも二人が警戒しているのは自分のことじゃなくて帝国や、巻き込まれる人々のことだ。
俺も、運命の人の願いに添うと決めた以上、これ以上反対はできない。だったら……
「だったら、俺がやる!」
と、言って今に至る。
もちろん反対されたよ。ものすごく。でも俺もそこだけは譲らなかった。
紫神石にしても常世の泉にしても、害を受けずに対抗できるのは俺だけだけだから。
馬車から少し離れたところに紫神石と紫神石と思しき石が並べられていく。
俺たちが確保していた二つ以外にも、ナルディエの官舎から押収した神石に怪しいものがあって、それも一緒に並べている。
「見た目はただの神石だが、フレンディスの宿場町で襲ってきた黒の神使の神石も、はじめは白い神石だった。何かしら偽装しているのかもしれない」
と言ったのはウィラくん。確かにそうだったね。
ナルディエ官舎から押収したものは、ほとんどがポケットに入るような大きさの神石で、上位のものは少なかった。それでも三十個くらいあるよ。
もしこれ全部に人の魂が入っていたとしたら…………うわぁ
ナルディエ神王国、もう滅しちゃってもいいんじゃないかな。
そんなことを考えていたら、テレシーにポンと肩を叩かれた。
気がついたら紫神石は並べ終わっていた。
知らせてくれたのか叱られたのか。後者かな。
独断で滅ぼしたりしないから、安心してね。
テレシーににっこり笑い返した。
心が伝わってるんだろうね、シュザージも苦笑いでリドルカさんも口がへの字だ。
よし、ナルディエを滅ぼすより、まずは紫神石をやっつけよう。
「じゃあみんな、もう少し下がって。結界を張るよ」
『タケユキ、やはり……』
「ダメ! シュザージは絶対出てきちゃダメ! 魔法陣もダメ! できらたテレシーの中にいて欲しい!」
常世の泉が出てきたら、狙われるのはシュザージだ。
「なら、俺が……」
「リドルカさんもダメ!」
紫神石がリドルカさんを攻撃したら大変だ。
「テレシー、お願いだから二人をこっちにこさせないでね」
「わかりました。ですが、タケユキさんは本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫!」
腰に手を当て胸を張ると、ちゃらりと首にかかったペンダントが揺れた。
シュザージがくれた魔法陣入りペンダント。
このペンダントはもともとシュザージが幻影体を出さない時に、声を発するための魔法陣が描かれていた。今は俺の体力を回復させるための魔法陣がリドルカさんの魔力で描かれている。しかも、魔力をうまく伝えるためにリドルカさんの名前も刻まれてるし、魔法陣の管理のためにシュザージの名前とテレシーの名前も描いてあるんだって。
みんなと繋がっているみたいで、とてもとても嬉しいよ。
ペンダントを見てちょっと浮かれていると、シュザージがため息をついた。
『タケユキ、それに込められた魔法陣はまだ実験段階で不安定だ。それがあるからといって過信してはならんぞ』
「でも、これがあると俺が疲れ切ってもリドルカさんに癒してもらえるから回復が早くなるんでしょ? これまでは無理しないように抑えていた事ももうちょっと頑張れる──」
『タケユキの負担がそのままリドルカにかかる可能性もある。タケユキの代わりにリドルカが寝込む羽目になったらどうする?』
「えっ!? それは嫌だ!」
浮かれ気分が吹っ飛んだ。
リドルカさんに負担をかけるなんてダメに決まってる。
ペンダントを取ろうと掴んだら、その手をテレシーがそっと止めた。そして、なぜか反対の手がリドルカさんを制するように向けられている。何か言おうとしたリドルカさんが口籠ったよ。
「タケユキさん、これはお守りのようなものだと思ってください。本当に大変な時、無茶をしなければならない時に、私たちで負担を分け合い乗り越えるためのものだと」
「まさか、テレシーまで負担がかかるものなの?」
「いいえ、私はそもそも術の資質も力もないので大したことにはなりませんよ。でも、タケユキさんだけが熱を出したり倒れられたりするのは、私だって嫌なんです。リドルカさんもそうですね?」
「そうだ」
さっき、少し動揺してたみたいだったリドルカさんは、テレシーの言葉に強くうなずいた。
そっか。心配かけすぎたから作ってくれたお守りなんだもんね……
「わかった。ちゃんと気をつける」
そう答えれば、シュザージもテレシーもリドルカさんもすごくホッとしてみんなで俺を抱きしめてくれる。あったかい。ちょっと団子みたいになっちゃったけどね。
すぐそばで話を聞いていたウィラくんとルーシラさんが頬を引きつらせている。スタングさんは恥ずかしそうに視線が横を向いてる。モーリス王子は向こう向いてる。
「じゃあ、結界を張るから馬車よりこっちには来ないでね。守って欲しい人はウィラくんの後ろに固まって」
俺がそう言うと、王子様方の従者や騎士が集まって来た。多いな。護衛も従者も最小限にしてって言ったのに。
仕方ないな。
「リドルカさん、テレシー、シュザージ。みんなも馬車の側にいてね。それから、絶対動いちゃダメだよ」
「動くな、とは?」
聞いてきたのはリドルカさん。
もしもの時に一番に動くのはリドルカさんだけど、今回はじっとしていて欲しい。
「シュザージに言われてからばーちゃんの教えを色々と思い出したんだ。その中の一番強力な結界を貼ろうと思う。けど、あれは本当はお家とか建物に使うものだからあの馬車を建物に見立ててその周囲を囲もうと思う」
そう伝えたらシュザージがギョッとした。
『強力な結界だと!? 無茶な技じゃないな!?』
なんか、ばーちゃんの話のことでちょっと責任感じちゃってるみたい。思い出すよう言ったのはばーちゃんだからシュザージが責任感じなくていいよ。
「大丈夫。ばーちゃんは年がら年中貼ってたけど、俺は少しの間だけだから」
ばーちゃんはお山の力をうまく利用してやってたらしいけどね。目の前には立派な山があるけどあの山の力は俺には使えないから、それもあって短時間なんだけど。
と、余計なことを考えてしまったせいで安心させるつもりがますます心配させちゃった。
仕方ない。やろう。
軽く手をあげて振れば、テレシーたちを中心に風が取り巻く。
『なっ!?』
「タケユキ!?」
「タケユキさん!?」
三人の声に周囲のみんなもビクリとして辺りを見回した。
「みんな、本当に動かないでね! 動くと常世の泉に見つかっちゃうよ」
脅しでもあるけどこれは本当。
結界が完成し、中にいる人は外からは見えないし気配すら感じないはずだ。今は外に誰もいないし、結界を張った俺には見えるから「はずだ」としか言えないけど。テレシーとリドルカさん、特にシュザージは絶対見つからないよう念じたからもしもの時も三人だけは大丈夫、のはずだ。
「タ、タケユキさん、無理をしてませんか? これはとんでもないものじゃないですか?」
テレシーが聞いて来た。
俺は「しー」と指を唇に当てて、すぐに足元に転がる紫神石に向き合った。
いつも使う結界は、空間を閉じるもの。大抵は部屋の中なんかで外から見られたり声を聞かれたりしないために貼るものだからそれほど強いものじゃない。力の込め方で多少強化はできるけどね。
防壁は一方かよくて三方に衝撃を防ぐための見えない壁を作るもの。攻撃されたりした時に使うものだね。
で、今作ったのは「神域」っていう結界。
完璧に貼った結界なら、術者の許可なく入れないし見ることもできない空間を作るんだ。
そこはいわゆる、別の世界。
俺がもし、運命の人と町で暮らすことになったら必要かもって教えてもらったんだっけ。でも俺は誰もいない所に行くつもりだったからすっかり忘れてたよ。はじめの二つは簡単でかっこよかったから覚えてたけど。
でもこれなら、常世の泉からもこの世界の神からも、俺の大事な人たちを隠すことができる。思い出してよかった。
それじゃあ始めようか。
俺は、紫神石を睨みつけた。




