第百六十一話【テレシー:異属性魔法陣】
タケユキさんが熱を出して意識を失われました。
眠っている時、突然起き上がったリドルカさんに釣られる形で目覚めた私は、リドルカさんの慌てように驚きました。
慌てるのも無理がありません。ベッドにタケユキさんがいなかったのです。
タケユキさんは目覚めが弱いのか、熱を出して寝込んでいない時でも起きるのはゆっくりです。それに、タケユキさんが目覚めればリドルカさんは必ずと言っていいほど同時に目覚められるのです。いなくなっていることに気がつかない方がありえないほどに。
私もすぐに起き上がり、寝室を飛び出したリドルカさんを追いました。
幸い、というのはおかしいですが、タケユキさんは主室の隅に立っておられました。
ただ、その雰囲気は、少しおかしかったです。
張り詰めたような空気を纏い、まるで長い戦いを終えたように険しいお顔をされていました。
私の両手が動いて、魔法陣を描きます。
現れたシュザージの姿を見て、タケユキさんの緊張がやっと解けたように見えました。
その後、すぐに倒れてしまい、熱を出されてしまいました。高い熱です。
リドルカさんがすぐにベッドに運び入れ、お薬を飲ませます。
私は魔法陣で温タオルを作って冷たくなった足を温めました。魔石の残量を気にしていられません。
一晩中あんなところに立っておられたのでしょうか、体が冷え切っています。タケユキさんは寒さにとても弱いのに。
リドルカさんもベッドに腰掛けた状態で背中から抱きしめタケユキさんを温めようとしています。正面から抱きしめないのは、タケユキさんがシュザージにしがみついているからです。
ちゃんと横になって休んで欲しいのですが、離そうとすると……泣かれるのです。シュザージだけでなく、私たちが手を離しても不安そうに呻かれます。
「何が、あったのでしょう」
「わからん。わからんが……」
『タケユキが、我らを何かから守ろうとしていたことだけは、わかる』
私もそう思います。
だからこそ、私たちが離れようとすると震えて嫌がられるのでしょう。
私は、チラリとシュザージを見ます。
おそらく、謎の敵の標的はシュザージだったんじゃないでしょうか?
タケユキさんはシュザージを離さないようしがみついています。甘えるだけなら、大抵の場合リドルカさんにくっついておられますからね。
そんなことを考えていたら、シュザージがじっとりと私を睨みました。
まあ、私の考えは筒抜けですからね。いいんですが。もう慣れたので。
それはいいとして……
「タケユキさんは、何と戦っていらしたのでしょう」
温タオルを足に巻いて、お布団を掛けます。
『分からんな……。テレシー、其方も布団に入れ』
「へ?」
『タケユキの腹の辺りにくっついていろ。私には体温がないので温めてやれん』
そうでしょうけど………………お腹ですか。
『今更何を照れている?』
確かに。今更ですね。
えいや! と意を決して、タケユキさんのお腹にくっつきました。
実は、タケユキさんのお体はそれなりに筋肉がついているのです。山歩きをしていたとかお爺様と畑仕事をしていたと聞いていますから、ちゃんと男性らしい体つきではあるのです。
見た感じが小柄で幼顔で、男性二人のお嫁さんですが。
ひ弱に見えても貧弱ではないのです。熱を出して倒れられるのはお力を使われる影響でしょうし、寒さに弱いのは体質かもしれません。
そんなわけで、恥ずかしさも嬉しさも飲み込んで、陽が上り切る頃まで私はタケユキさんのお腹にくっついていました。気持ち良くて寝てしまいそうになりましたが、寝るとシュザージが消えてしまうので我慢です。
心配なのは魔力の残量です。
こんな状態で魔力が切れてシュザージの幻影体が維持できなくなったら、タケユキさんがどうなるかわかりません。シュザージの心配もそこにあるようです。いよいよとなるとリドルカさんの魔力を使わせてもらって、魔法陣を調整して維持するしかないと、シュザージも思っているようです。
が。
そんな心配は、朝食が運ばれてくると同時に解消しました。
いつもはウィラネルドさんの侍従さんたちが運んでくださる朝食ですが、今朝はクレオさんが一緒にやって来たのです。
なんと、クレオさんはあちこち見て回る道中、川原や森の中で魔石を見つけては拾ってきてくれていたのです。
「シュザージ殿下に頼まれて神王国での魔力の流れを調べていた折に、小さな魔力溜まりを見つけては界隈の魔石を拾っておいたのです」
クレオさんは紙に描かれた捜索用魔法陣と低位の魔石、そして地図を開けてそう言いました。神都や人の住むあたりは神力が満ちていたけれど、僻地や森の奥なら幾ばくかの魔力溜まりがあったそうです。
『低位魔石でも今は助かる』
「殿下のお役に立てたなら光栄です。それで、僕がいない間色々あったようですが……」
私とリドルカさんが食事をいただいている間に、クレオさんはシュザージと留守の間の話やクレオさんが調べてきた話をしていました。
クレオさんは、昨夜は神都の宿に泊まり日の出と共に神王のお城に戻ってこられたそうです。さすがと言うか、こちらであったことはほぼ把握されていましたね。
ちなみに、タケユキさんはシュザージが抱き抱えています。
寒くないよう、タケユキさんお気に入りの帝国製ぬくぬくマントにしっかり包まれてお休み中です。
少し寝息が穏やかになっています。お薬が効いているんですね。
一昨日も熱を出されて今回も。
初めて出会った頃から、もう何度寝込まれたことでしょうか。
「どうすれば……無理をしないでくださるのでしょう……」
そんな言葉をポツリとこぼすと、リドルカさんがうなずきました。
「おそらく、基準がおかしくなっている」
「基準? ですか?」
「タケユキは、帝国で限界まで力を使う経験をした。何をしても、あれよりマシだと思うようだ」
死にかける程の無茶が基準ですか!?
それはダメです! 限界がギリギリすぎます!
「タケユキさんてば……」
「暴発なら止められるが、細やかな力は難しい。あまり妨げ過ぎれば、タケユキの負担にもなる。難しい……」
リドルカさんまでため息をつかれました。
故郷の世界でもこうだったのでしょうか。
お婆様と暮らしていた時はどうされていたのか、聞いてみたいです。
と、考えていたら。
クレオさんと話し込んでいたシュザージが、バッと顔を上げました。そして何か考え込む顔をして、指を動かしています。
何か魔法陣を思いついたみたいです。
頭の中に記号や文字の配列について考えが流れ込んできますが、私にはさっぱりわかりません。
「シュザージ?」
『……ふむ。少し待て』
大事なことのようです。
私は食事を終えたお皿を片付けながら待つことにします。クレオさんは話を中断されたのに、魔法陣について思案しているシュザージに怒るどころかワクワクされています。そこはついものことなので気にせずにおきましょう。
食後のお茶を用意し、クレオさんにもお出しし、一息ついた頃シュザージは顔を上げました。
『よし、これならいけるかもしれん。テレシー、魔石神石の手袋を外せ。リドルカ、テレシーの左手の甲に触れろ。少し魔力をいただくぞ』
「え? あ、はい」
私は両手にはめている手袋を外しました。リドルカさんもうなずいて、私の差し出した左手の甲に触れます。
そして、シュザージは片手の人差し指一つで、空中に魔法陣を描いて行きます。
『これは何属性になるのか。うーむ、よし。異属性魔法陣、同調』
魔法陣はふわっと青く光ります。
『思った以上にうまくいった』
何がでしょう。
私にはよくわかりません。が、その魔法陣の中心に描かれている記号が何かはわかります。
あれは、タケユキさんの名前を記号にしたものではないのですか?
タケユキさんのお力を奪いすぎるから使わないことにしたんじゃないのですか?
クレオさんがいるので声に出さずにシュザージに尋ねます。
頭の中でシュザージの返答が聞こえました。
──そうだ。だが、タケユキの力を込めるのではなくタケユキに干渉するために使うならどうかと思ったのだ。それに、普通の魔力や神力ではなく、運命の繋がりを得たリドルカの魔力なら同調もたやすかろうとな。
『テレシー、銀盤と声を出すための術道具を出してくれ』
「は、はい」
心の声に続いて、幻影体の声で話されたので一瞬戸惑ってしまいました。
私はすぐに言われたものを用意します。
リュックの中から銀盤。
首にかけていたネックレス状の術道具。
それらをシュザージが座っているテーブルの前におきました。銀盤の中央ににペンダントのトップを乗せるよう言われたので、そのように。
シュザージは眠っているタケユキさんを抱え直して、片手を上げ、試しに描いた空中の魔法陣を消しました。継いで、ネックレスに描いてあった声を出すための魔法陣を消します。
「シュザージ!?」
『幻影体が安定してきたからこれはもう無くても良い。それよりリドルカ、先ほどの要領でもう一度魔力をもらう』
「わかった」
リドルカさんは先ほどと同じように私の左手に手を添えました。
シュザージが片手を上げて、魔法陣を描きます。
まずは銀盤に、石の力を集めてひとつにした時のような魔法陣を描きます。リドルカさんの魔力を使っているので濃い青色の線で描かれてとても綺麗です。
次いで、ペンダントの上の空間に別の魔法陣を描きます。
人を表す名前の記号です。
『松山竹雪。リドルカ・エルド・オンタルダス。ベル・シュザージ・テルセゼウラ。テレシー……メルベル・テレシー・テルセゼウラ』
それは私の名前ですか?
確かにテレシーだけでは物足りないでしょうが。
『テルセゼウラ女王の称号だ。これからはそう名乗れ』
おおう、やっぱり。
わかりました。……後でもう一度教えてください。
そんな感じで、シュザージはタケユキさんの名前の記号を囲む形で私たちの名前の記号を入れました。他にもいくつもの記号が合わさりすごく複雑な魔法陣になっています。
シュザージが完成した魔法陣の名称を呼び、発動させます。
『異属性魔法陣、運縁による同調。守りを成せ』
魔法陣が不思議な色に光りました。
虹のように幾つもの光が柔らかくふわりふわりと光ります。
シュザージも驚いていますね。想定外なのでしょうか。
クレオさんはよくわからないまま感動に打ち震えてますね。
ひとつ咳払いし、すぐに気を取り直したシュザージは指を二本添えてくるりと魔法陣の周りをなぞり魔法陣を小さくしてベンダントに込めました。
『テレシー、これをタケユキの首にかけてやれ』
シュザージはまだタケユキさん以外には触れられませんから、ペンダントは私が手に取りタケユキさんに掛けます。
『リドルカ、体力を回復させる治癒の術は使えるか?』
「……使えるが」
『これで、其方の魔力はタケユキに通じるはずだ。治癒の術もな。あと、タケユキが力を使う時、補助してやる事もできる』
リドルカさんの目が驚きで見開かれます。私もです。びっくりです。
『御祖母殿は同種の力でタケユキの力の暴走を止めたり、守っていたという話を思い出した。我々は運命の繋がりで血には劣るが、似たようなことができるのだ。それを魔法陣で強化調整できるようにした』
シュザージはリドルカさんを見て笑います。
『魔法陣を介すことで、より細やかにタケユキを守ることができる』
リドルカさんが、ご自分の手をじっと見ます。
「……守る、この力で──」
魔力は生き物を魔に落とし魔物に変えて命を奪う恐ろしい力。使い方によっては利になりますが、大抵が破壊の力、恐怖の対象、そう思われています。
その際たるものが魔王石であり、魔王でした。
ですが、その力はタケユキさんの不思議な力で変化して、尚且つ守ること、癒すことにも使えるようになったわけです。
ちょっとだけ、羨ましいです。
なんて思っていたら、シュザージの声が頭の中に響きます。
──テレシーが力を発揮するのは子を成した後だな。
は?
──子がタケユキの力を引き継いでいた場合、両親でそれを抑えてやれるようになるだろう。その時が来たらもう少し調整は必要だろうがな。
ぼっ! と顔が熱くなりました。
なななななんてことを言うんですか! ありがたいですが! ありがたいのですが! 子供って、子供って、ひゃああっ
ひとりで熱くなった頬を抑えて変な動きをしていたら、シュザージはタケユキさんごとリドルカさんに向き直って、しれっと話の続きに戻っていました。
『まだ実験段階ではあるが、おそらくうまく行く。ただ、初めての試みだ。癒しの術はできるだけ小さな力で少しづつかけてやってくれ』
リドルカさんは強くうなずくと、タケユキさんのそばに来てその頬に手を触れます。ほんの少し、リドルカさんの指先が青く光りました。
それだけでは変化がありません。
効いているのでしょうか?
『間を開けて少しづつだ。タケユキが目を覚ましたらもう少し同調しやすいかもだが、タケユキはもともと眠ることで回復するようだからそれを妨げてはならない』
そうですね。
もどかしい気がしますけど、大事なことでしょう。
でも……嬉しいです。
「これで、タケユキさんひとりで無茶をしなくてよくなるんですね」
『癒せるのならばと、もっと無茶をする可能性もある。説明は慎重にしなければな』
確かに。
それには私もリドルカさんもシュザージに同意しました。
そんな私たちに、小さな咳払いが聞こえます。
「ところで、皆さん。今日は昨日の事件について会議が開かれるそうですが、時間はいいのですか?」
「あ……」
クレオさんに言われて、会議のことをすっかり忘れていたことを思い出しました。着替えていませんがどうしましょう。
と、思った時。
扉がノックされました。
ウィラネルドさんの従者が呼びに来てくださったのです。
遅刻ですね。
すみません。
でも、まだ眠られているタケユキさんをどうしましょう?




