第百六十話
化物騒動は、その日の午後には大体の片がついた。
まず、化物に取り込まれた人たちはみんな意識を取り戻して、魔傷を負った人も怪我をしていない人は大体自分で動けるまで回復した。
シュザージが言うには、被害者のほとんどが神王国の神術士で、高い神力の術資質と神石を持っていたおかげで紫神石の魔力に浸食されにくかったのだろうとのこと。ウィラくんたちはその筆頭だし、スタングさんが魔落ちから身を守る魔法陣をいくつも持っていたおかげで魔傷をまったく負わなかった。
スタングさんが気を失ったのは精神的なものからだろうって。そりゃ、あんなのに取り込まれたらびっくりするよね。
それに、化物の出現当初から神王一族による神術の攻撃を加え続けていたことも大きいんだって。リドルカさんが化物を魔力で押さえ込んだ時、抵抗が弱くて拍子抜けしたって言ってたよ。
ウィラくん、すごい。
次に、犯人について。
はじめ、魔物が出現したということでリドルカさんを疑う人が何人もいた。けど、助かった神官の中にナルディエの官司と黒の神使が犯人だと、キッパリはっきり証言する人がいた。
「私は通信の術道具でナルディエ神殿に繋ぐよう命じられ、そばで奴らのやりとりも見ていました。指示をしたのはナルディエ神王国のジョルアン王子で、紫神石を使って神を攫えと言っていました。その際、ラスタル神王国を滅ぼして良いとも」
怒りに満ち満ちた目でそう言ったのは、術道具管理の神官さんだった。他にも、犠牲になった神殿長とその取り巻きがナルディエの官司や黒装束と歩いているのを見ていた人がいたらしく、ナルディエ神王国の犯行は間違いないと結論が出た。
理不尽ジョルアンはどこまでも理不尽だ。
ちなみに、俺が浮かせて落として捕まえた襲撃者はみんな意識を取り戻した途端光の塵になったそうだ。自害なのか口封じに殺されたのか。嫌な感じになっちゃったよ。
化物の中心にいた神殿長や取り巻きは、半分ほど溶けてたらしいけど、胸や頭に致命傷を負っていたから、紫神石の魔力に取り込まれる前に死んでいたのではないかと思われた。
それともうひとつ。
ナルディエの官舎から、数人が脱走したとも聞いた。
「神殿長がナルディエの官舎を解放したと聞いて、すぐに騎士を手配したが……間に合わなかったか」
治療を終え、すぐに化物騒ぎの収集に乗り出そうとしたウィラくんがそう言った。
本当は自分の城に帰って休んで欲しかったけど、ウィラくんは踏ん張って一部始終の指揮をとった。駆けつけて来た爺やさんに支えられてね。俺たちも手伝ったよ。
スタングさんだけは気を失ったままだったから、王城の安全な部屋で休ませてあげた。まだ悪者が潜んでたら大変だからね。シュザージがきっちり守りの魔法陣描いてたから大丈夫だろう。
そうして、治療なり取り調べなりを手伝っているうちにすっかり日が暮れて、俺たちはまたウィラくん家の客間に戻って来た。
騒ぎがあまりに大きかったので、俺の正体がどうのこうのという話はほとんど上がらず、魔法陣のすごさや化物から人々を助けた魔王様の話で持ちきりだったみたい。
そうそう、ウィラくんの人気も鰻登りだ。
我が身を顧みず、勇敢に民を救おうとした次期神王は助けられた人や共に戦った騎士たちが熱く語って回ったって。最後まできちんと指揮を取ったことも評価されてる。
若い人たちだけでなく、年配の家臣たちもウィラくんのこと見直して感心してた。
それから後のこと。
俺たちは夕食をいただいて、お風呂にも入って、明日に備えて早く寝ることにした。
明日はラスタル神王と王子、ウェルペティの王女とバロウの王子も交えて会議をするそうだ。めんどくさいけどまたあの衣装を着て俺たちも出席することになっている。
「お茶を淹れましょう。ホーケンで手に入れた気持ちが安らぐ果物茶があるんです」
「ありがとうテレシー。でもテレシーも疲れてるでしょ?」
「ふふ、実は私が飲みたいのです。良い夢が見たいですからね」
魔落ちとか死体とか人がくっついた化物とか、夢に出たら確かに嫌だ。
お茶が入ると、ふわりと安らぐフルーツの匂いがした。
テーブルには俺とリドルカさん、向かいの席にシュザージが座り、給仕を終えたテレシーはシュザージの隣に座った。
「んーっ、いい香り」
「緊張が解れるね」
香りをいただきお茶をひと口。リドルカさんも同じ仕草をしていた。
『一息ついたところで悪いが、実は重大な話がある』
「え……?」
「なんですかシュザージ、改まって。悪い話ですか?」
『悪い話だ。今日のアレで予備の魔石の魔力が無くなった。この部屋の防御はもう少し維持できるが、次にあんなことがあれば魔法陣が描けない』
それは由々しき事態じゃないだろうか。
「魔力ならあるが?」
『だから、其方の魔力は使い勝手が良すぎて使いにくい』
手を上げたリドルカさんにシュザージが変なことを言ってる。
「どういうことですか? シュザージ」
『果物茶と普通の茶葉では、同じお茶でも湯加減や蒸らし時間が違うだろう。それぞれに組み合わせる茶菓子も、合うものを選ぼうとしたら同じものにはならんだろう?』
「なるほど」
テレシーにはなるほどなのか。
俺はよくわからない。
『単独で使うなら恐ろしく使い勝手がいい魔力だが、神力と組み合わせるとなると記号の配置や力の込め方が同じのままで良いかわからん。試してみる時間もない。いちから組み立てるものならともかく、改良は手間がかかるのだ。……まあ、最悪の場合は突発でもやるしかないだろうがな。其方にも負担になるかもしれないぞ』
「……そうか」
そうなのか。
それを聞いて、ふと「俺の記号は使えない?」と思ったけど心の奥に隠した。たぶん、シュザージは使わないって言うだろうし。
……シュザージから聴きそびれた話がなんだったか、なんとなく気がついてることもバレちゃいそうだしね。ラスタルを出るまでは言わないって言われちゃってるから、気がついてないフリしてようと思う。
もちろん、俺はもうあの力は使わない。使わないようにする。もう使わないでいられるんじゃないかな。たぶん。
そんな話をして、俺たちは床に着いた。
今夜も俺を挟んで隣にリドルカさんとテレシーがいる。テレシーが完全に眠るまではシュザージもテレシーの横にいて、俺の頭を撫でてくれていたりする。
そうして、眠りについた夜。
雨音がして、俺は目が覚めた。
毛布をかぶっていても少し寒い気がする。
雨が降ってるから気温が下がってるんだな、と呑気に考えて二度寝しようとしたら……ピチャン……と、水が落ちる音がした。
王子のお城で雨漏り?
違和感を感じて俺は起き出す。
不思議なことに、俺が起きれば必ず目を覚ますリドルカさんが目覚めない。
今日はリドルカさんも疲れたのかな? と思って、起こさないように俺はベッドを出た。水音がどこから聞こえるか探るために。
寝室じゃない。
そっと扉を開けて、主室に行く。もちろん超能力で防壁を貼って。用心肝心。
主室を見渡しても、雨漏りなんてしていなかった。
俺は首を傾げて、聞き間違いかな? と思った時。またピシャンと水音がして、その方向に目を向ける。
それは部屋の隅っこにあった。
二つ並んだ風呂敷包み。封印の魔法陣を描いた布に包まれた紫神石がそこにある。ひとつは今日回収した石だ。
その包みの前に、なぜか水溜りができていた。
上を見ても雨だれの後なんかない。
誰かが水を溢すはずもない。
なんであるの? と見ていたら、水溜りからにゅっと手が出て驚いた。
水と同じ透明のようで形がある不思議な手。手というより、五本の触手のついたウネウネした棒みたいにも見える。
その手が、器用に片手で風呂敷を解いた。
中にあるのは今日、確保した紫神石。俺がうっかりひび割れを作ってしまったやつだ。
水の手は、そのひび割れをスッとなぞると指先が平たくなってひび割れの中に入っていった。
何がしたいんだろう、と見ていたら、中から何かを取り出した。
ふわりと光る、何か。
なんだか背筋がゾクッとした。
あれは、なんとなくだけど、人の魂なんじゃないかと思えた。
紫神石の中に、人の魂が入ってる?
水の手は、それを掴んで嬉しそうに見える。そして、そのまま一度水の中に引っ込んだ。
少しして、また現れたその手はもうひとつの紫神石にも触れた。
けれど、そっちにはひび割れがない。
何度か紫神石を撫で回した後、ガックリしたように指先が項垂れる。
けど、すぐに何かに気がついたように起き上がり……こっちに指先をむけた。
こっちを見ている。
いや、寝室の方を見てるんだ。
俺の頭の中にはシュザージに聞いた、この世の理りが浮かんだ。
この世界の者は、命が終われば魂は死者の常世と呼ばれる泉に落ちる。
そこで記憶を洗い流され、きれいになった魂はまた生まれ変わり記憶は泉の底で永遠に眠るのだと。
そして、現世に取り残された稀な記憶のカケラは、常世の泉から迎えの手が伸びて連れて行かれると。生きている者もそれに巻き込まれることがあると。
常世の泉が、シュザージを見つけたのだと感じた。
シュザージは、何度も死者の常世に落ちながら魔法陣で記憶と自我を守って生まれ変わった人格だ。常世の泉からすれば、回収する対象になるのでは?
「……ダメ」
シュザージはテレシーの前世。
その魂の中には二つの人格がある。
俺はテレシーとリドルカさんに結界を張った。
二重に、三重に。
水の手は、俺を避けて寝室を伺うように動くけど、俺は両手を広げて遮った。水の動きを念動力で抑え込む。
泉の水は抵抗する。
手の平を開け、爪を立てて威嚇する。
「あげないよ。シュザージは俺の運命の人だ」
シュザージは天運の人。テレシーはその生まれ変わりでその魂は天運も引き継いでいる。リドルカさんは俺が選んで、選ばれて、運命を繋いだ自運の人。
三人とも、間違いなく俺の運命の人だ。
「シュザージもテレシーも、リドルカさんも。誰にも、あげない」
水の手は一瞬怯んだ。けど、まだ諦めないのか押さえ込まれながらももがいている。
どっかに行って。
いなくなって。
俺の運命に手を出したら、お前の泉なんかぶっ壊してやる。
そう強く念じて睨み合って、どれくらい経っただろうか。
カーテンの隙間からうっすらと日がさしてきた頃。やっと諦めたのか常世の水は引っ込んだ。
もういない。
ホッとした途端、頭がクラリとした。
こんな寒い夜に一晩中起きていて、力も使って睨み合いをしてたんだ。風邪をひいて当然だ。
「タケユキ!?」
「タケユキさん!? どうしてこんなところで!?」
あ……リドルカさんもテレシーも、起きてきた。シュザージは?
見ていると、テレシーの手が素早く動いて魔法陣を描き、シュザージが現れた。良かった。ちゃんといる。
『何があった!?』
俺は手を伸ばし、リドルカさんとテレシーとシュザージをまとめて抱きしめた。ちょっと手が足りないけど抱きしめた。
あげない。
絶対に、誰にもあげないよ。
俺の運命の人。




