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第百五十七話【術道具管理の神官:夢のまた夢】


 今日もまた、朝から術道具の手入れです。

 神殿にある術道具のほとんどを私が管理しています。

 通信の術道具もそのひとつ。

 台座の埃をはらい、小さな神石から順に丁寧に磨いていきます。そして、元の場所へ──


「はぁ……」


 と、思わずため息をついて、すぐに辺りを見渡しました。

 誰もいません。

 ラスタル神殿は慢性的な人手不足で、猫の子も神王の子も借りたいと仲間内でボヤいていたほどです。 

 術資質が萎縮し、神王一族から見放され神殿で働かされていた子供が、突然連れ戻された頃のことですね。

 それが、魔法陣の賢者と呼ばれる亡霊に弟子入りして、ずいぶん立派になって帰ってきました。

 亡霊に弟子入りなどと、さっぱり意味がわかりませんでしたが。

 

 私は手に取った神石を、昨日知った並びに並べてみました。

 魔法陣の賢者殿が指示した通りの並びです。

 そのように並べると、神力の流れがとても滑らかに滞りなく流れるのです。

 神石には、初めからいくつかの術が込められて固定されています。その並びを組み替え、起動と通信維持の神力を込めるだけで何通りの場所へでも言葉を送ることができるのです。

 そのような高度な神石の使い方は、神石の豊富な神王国でのみ発展した秘術だと思っていました。

 なのに、あの方は神石を見ただけで込められた術も、神力の流れも見抜いて扱いやすい形に組み替えてしまわれた。

 しかも、悔しいことに同じことが帝国の皇子にもわかったと言います。


 本当に、悔しいです。


 私は、昨日のように並べた神石の配置をしっかり思い返し、そしてまた元の配置に戻します。扱いづらい、術道具の形にです。

 それが神殿長の命令で、この神殿で守られてきた術道具の形だからです。


 どうして、こんなに扱いづらいままにしておくのでしょうか?

 扱いやすい形があるなら、その形にすれば良いではないですか。

 しかし、この神殿でそう思ったのは私くらいなもので、年配の神官たちはその考えを咎めました。伝統は守らねばならないそうです。


 これでは、次にこの術道具を使う者がまた命を落とすかもしれないというのに。


 私は、何度目かのため息をつきます。


 本音を言えば、あの子供が羨ましいです。

 私より八つほど年下の、気弱で暗い顔をしていた子供。

 彼は師を得て生き生きとし、楽しく魔法陣とやらを学んでいるのでしょう。

 私も新しい技術に触れてみたい。できれば、新しい術道具の技術を知りたい。ラスタルを出て、それを学べる場所へ行ってみたいと、願いますが……


 無理ですね。


 私はこれでもラスタル神王国の貴族の出です。

 次男で後を継げないので、術道具技師になりこの神殿に勤め始めました。もともと純粋な神官ではないので、神についてはあまり関心がありません。

 けれど、職を辞して国を出るなど夢のまた夢。

 人手不足の中、仕事を辞めればあの神殿長は実家にまで嫌がらせをしそうですし、あらぬ罪を着せられて罰せられるかもしれません。国外追放でもしてくれるなら喜んで罪を着るんですがね。


 なんて、バカなことを考えながら術道具の手入れを終え、私は通信の術道具室を出ようとしました。が、向こうから扉が開かれ入って来た者たちがいました。

 腰巾着の神官を連れた神殿長です。

 そして、その後ろをついて来る集団の中に、胡散臭い黒装束と見覚えのある者がいました。

 少し前まで、ラスタル神殿の財政を牛耳っていたナルディエの官司です。

 嫌な奴らです。


 私は、隅に寄り頭を下げました。

 関わりたくないので見ないフリです。


 この部屋に入るということは、通信の術を使うのですね。

 あいつらは扱いが悪いので、触られたくないのですよ。思っていても口には出せませんが。


「おい、術道具を使うぞ。ナルディエに繋げ」


 嫌な官司が私に命じます。

 物思いにふけったりしないで、さっさと部屋を出ていればよかった。まあ、通信の術道具を使うならどうせ呼ばれるのでしょうけどね。

 私はいつものように、術道具の神石を組みなおしナルディエ神殿に繋ぎます。

 ナルディエの者が消える分には痛くも痒くもありません。

 ちなみに、私は術道具の知識と神力の流れを読むことはできますが、発動させるには少し資質が足りない、中の下の神術士です。神力を込める役目を振られることはありません。数少ない技術者ですし殺せません。


 一団の中から、指名された者がブルブル震えながら呪文を唱えます。昨日のウェルペティの神術士と同じですね。あの神術士は賢者様に何やら魔法陣を描いてもらったおかげで、二度も術道具を発動させたのに光の塵にはなりませんでした。

 あれもどんな技術か知りたいものです。


「天より舞い降りし神よ、我が手にその力を宿し言葉を伝えたもう。こちらはラスタル神殿より、ナルディエ神殿へ──……」

「我は黒の神使二号。王子の探されし『神』を発見。魔王の伴侶。捕らえて戻るにも邪魔者多し。指示を仰ぐ」

『おおっ! アレがそうだったのか! 化けていたのだな、小癪な! よくやった。紫神石の使用を許可する。ラスタルを滅ぼしても良い、アレを攫って来い!』


 そこで通信は切れました。

 術を使っていた者がへたり込みます。

 なんとか命は取り止めたようです。

 しかし、通信の術道具の向こうから即座に返事が来たのでびっくりしました。返事を返すにも神力は大量にいるのです。王子に指示を願い即座に返事が返された、ということは今のはナルディエの王子の声なのでしょう。たまたま神殿に来ていたのでしょうか? 随分物騒なことを言っていた気がするのですが……何かの比喩か冗談でしょうね。

 

「貴様らは外へ出ろ! そして神殿にいる者どもをこの部屋の周りに集めるのだ! 早くしろ!」


 黒の神使二号と名乗った者が偉そうに指示して来ました。

 腰巾着どもが駆け出すのと一緒に私も部屋を出ますが、指示など聞く気はありません。

 私にはまだまだ整備しなければならない術道具があるのです。

 南通路の灯りの術道具はそろそろ神石の取り替え時ですね。道具部屋へ行き脚立を持って南通路へ向かいます。

 途中、腰巾着の神官たちに呼び集められた下働きの者たちや、休日だった神官が連れ立って通信の部屋へ向かいました。私は知りません。



 それから、ほんの少しした頃のことです。


「残りの神力、ギリギリでしたね」


 脚立の上に乗り、灯に使う神石を取り替え、さて次は何にかかるかと考えていた私の耳に、絶叫が聞こえてきました。思わず身を竦めます。


「な、なんですか!?」


 通信の部屋の方から、黒の神使二号と数人の官司が走って来ました。私を見てニヤッと笑った二号は、走り去りざまに脚立を蹴ります。


「わあっ!?」


 脚立ごとひっくり返った私は、咄嗟に受け身を取ろうとして失敗。左肩から落ちて、左腕と左の膝を強く打ち付けてしまいました。


「い、いたた、なんなんだ……ひっ!?」


 奴らの走って行った道筋に、転々と血が滴ってしました。

 誰の!? 何の!? そんな混乱した頭にまた悲鳴や呻き声が聞こえてきました。なんとか立ち上がった私は声の方を見ます。


 ゾッとしました。


 通路の向こうから駆けて来る神官や下働きの者、それを追うように這い出てきた……真っ黒の塊。

 真っ黒になった人間が、数人くっついた塊。

 真ん中には、頭に紫の石が突き刺さった神殿長がいて、それにくっついて境が無くなった腰巾着の数名が見えました。皆、苦悶の表情で呻き、蠢き、こちらに向かってきます。


「ぎゃあああああっ!」


 逃げる以外の思考が吹っ飛びました。あらん限りの声を上げて走り出しますが、痛めた足が痛くて力一杯走れません。背後から「ぎゃあ!」とか「ひいっ」とか断末魔のような声がして思わず振り向けば、黒い塊は更に境を無くしてドロドロの一つの塊になっていました。そして真っ黒なモヤを纏わせていて、それがまるで触手のように伸びて下男や神官の足や腹に絡まっています。

 触手が触れた所から、ジワリと黒が広がります。


 魔落ち……魔物!?


 私は生まれも育ちもラスタル神王国で、魔物というものを見たことがありません。本などの挿絵で少し知っていますが、あんな単純なものではない。


 あれはまさに魔物。

 いえ、化物です!


 私は痛む足で必死に走ります。

 目前に神殿の大扉が見えました。あと少しで神殿の外へ出られます。

 振り向きもせず走っていましたが、突然後ろから痛む足が引っ張られ、私は前のめりに倒れます。

 何に足が引っ張られているのかなんて見たくもないです。

 必死に、必死に争って、這いずって、扉へ手を伸ばしますが、足に絡まった何かが腰にまで伸びて来たのを感じます。


 怖い、怖い、誰か──助けてくれっ!


 その時、バンっと音を立てて正面の扉が開かれました。


「なっ!? なんだこれは!」


 聞き覚えのある少年の声。見上げれば背後から日の光に照らされた白い髪が揺れました。

 少年は、即座に腰の袋を手に取り掲げます。


「天より舞い降りし神よ、魔を鎮め蹴散らさん!」


 その手から神の光が輝いた。

 私に巻きついていた触手がビクリと震えると、ズサっと音を立てて引いて行きました。


「この者を助けよ!」

「はっ、は!」


 少年と一緒にいた年若い騎士が私に駆け寄って来ました。その手は恐々と、両腕の下に手を回し私を引きずるように出口に向かいます。その時に、私は自分の半身がどうなっているのか見てしまいました。

 衣服も、おそらくその下の皮膚も真っ黒になっている。


 私は……魔に落ちたのか?


 ボロボロと涙があふれます。

 魔力に侵食された者は、いずれそこから魔力が全身に広がり魔物と化す。そして、ドロドロに溶けて土に還ると。挿絵とともに本に載っていた内容が、頭によぎりました。

 騎士たちが触れるのを避け、気持ち悪がるのも無理はない。ただ、本能的にコレを誰かになすりつければ助かるのでは? という考えが浮かびました。私がギュッと騎士の腕を掴んだ時、また少年が叫びます。


「大丈夫だ! 魔法陣の賢者殿なら魔落ちを治せる! スタングがその現場を一部始終見ていて知っている!」


 ……賢者様?

 あの、素晴らしい知恵と技術を持った魔法陣の賢者様?

 私は……助かる?


「お前はその者を運び出せ! お前は賢者殿に報告! あとはついて来い! あの化物を食い止め、被害者を救出する!」

「そんなっ」

「無理です、王子!」

「私は次代ラスタル神王! 民を魔から救う、神の末裔! 化物などに屈しはしない!」


 王子の手の中の神石がまた光ります。

 怖気付いていた騎士たちが前を見据え、神力の籠もった剣を構えました。


 光り輝く次代ラスタル神王。

 その姿を目に焼き付けて、私は意識を手放しました。



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