第百五十六話
ゾワリと嫌な感覚がして目が覚めた。
けど、目が覚めた途端、自分を包む温かいものに気がついてスコンと晴れた。リドルカさんが俺を抱きしめて寝てたよ。
寝室はカーテンがしてあって薄暗いけど、もう朝かな。反対隣にいるはずのテレシーがいない。
「……起きたか」
「おはよう、リドルカさん」
リドルカさんがいつものように俺のひたいに手をやりホッとした。熱は下がってるし、よく寝たから元気だ。
「もう少し、眠るか?」
「ううん、もう起きる。熱も下がってるし……今はまだ朝?」
「少し遅いが朝だ。朝食は食べられそうか?」
「うん、お腹すいた」
そう言えば、ひたいに乗っていた手が頭に上りくしゃくしゃと撫でてくれた。えへへ。
「テレシーは向こうの部屋? シュザージも?」
「ああ」
そっか、俺寝坊しちゃったしな。
なんて考えてベッドから出た時、主室の方から遠慮がちな誰かの声が聞こえたので耳を澄ます。
「……では、私はウィラの元へ向かいます」
『其方も気を付けろ。その件では手伝ってはやれんが……』
「お気遣いありがとうございます。ですが、これはラスタルの者がやってしまったことなので、我々で対処します。では」
そう言って、扉を開ける音と閉まる音。
部屋の中には届かなかったけど、廊下では騒ぎ声が上がってた。俺はこっそり加勢した。
「タケユキ、何をした?」
「スタングさんが部屋の外へ出た途端取り囲まれていたので、取り囲んだ奴らをすっ転ばせました」
リドルカさんも廊下の出来事を見たらしい。ため息まじりにまた俺のひたいに触れる。
これくらい平気だよ。
俺たちは改めて、ベッドから出て身繕いをする。
そうして、一緒に主室へ。
テレシーとシュザージはまだ扉の前に立っていた。
「おはようございます、タケユキさんリドルカさん」
『起きたか。タケユキ、具合はどうだ?』
「おはよう、テレシー、シュザージ。元気になったよ。それより、何かあったの?」
尋ねたら、二人は微妙な顔をした。
「まずはお食事にしませんか?」
すぐに切り替えたテレシーがそばにあったワゴンを押してテーブルに向かう。
シュザージも、テーブルの椅子の一つに腰掛けた。そして、扉の向こうを睨みつける。
俺も席に着きながら扉の向こうの様子を見た。
すっ転ばせた何人かが、起き上がってスタングさんを追って行った。でもまだ何人も廊下でたむろして、数組に分かれていがみ合っている。
ふと、気になって上を見た。
天井にも誰か潜んでる。
『タケユキ、彼奴らの心など読まなくても良いぞ。理由も正体もわかっている。あまりにも下らない』
シュザージは知ってるのか。
ならいいや。
俺はシュザージの席の前に座った。その隣にリドルカさんが座る。
テレシーはワゴンに乗っていた食事をテーブルに並べていく。
パンの入った籠とジャムの類い。陶器の保温蓋がかぶせられたお皿。スープの入ったポットを魔法陣で温め、スープ皿によそって俺たちの前に置いてくれた。美味しそうだ。保温蓋のお皿はパステルカラーの温野菜と丸っこいウインナーみたいなものだった。
給仕しながら、小さくため息をついたテレシー。
「実は、今朝最初に運ばれたお食事には薬が盛られていたのですよ」
「えっ!?」
『起き抜けに眠り薬を盛ろうなどとは、愉快な真似をするものだ』
「え? 眠り薬? どうして急に? これまでそんなことなかったよね」
ラスタル神王国のお城に来てもう何日も経つけど、そんなことされたのは初めてだ。
『すぐに気がついたので取り替えさせたがな』
「こちらは確認しているから大丈夫ですよ」
給仕を終えたテレシーはシュザージの隣の席に座る。
「とりあえず、いただきましょう」
「うん……いただきます」
スープもコメ粉のパンもちゃんと美味しい。
お腹が空いていたのでスープのおかわりをもらって、しっかり食べた。夕飯はなかなか喉を通らなかったけど、朝ごはんはちゃんと食べられた。体力はすっかり回復したね。
そんな俺を、みんなが微笑ましく見ててくれる。ちょっと照れる。
「ごちそうさま」
食事を終えて手を合わす。
テレシーが食器を片付けてワゴンに乗せてまた壁際に寄せる。手伝いたいけどそれは小間使いの仕事の領分だからと、随分前に止められて以来手を出さない。
食器を片付け終えたら、テレシーがみんなにお茶を淹れてくれた。お茶を一口いただいて、改めて尋ねてみた。
「で、何があったの?」
お茶の香りを楽しんでいたシュザージが、じろりとまた扉を睨んだ。
『タケユキを再降臨した神だと騒ぐ者が現れたのだ』
「え? また?」
そんなに再降臨して欲しいの? 神様に。
頼み事なら今いる神様にすればいいのに。欲張りだなぁ。
「実は最初に食事を持ってこられた侍従さんが怪しげな人で、何かと理由をつけて部屋に押し入ろうとされたので少し揉めたのです。そこへウィラネルドさんとスタングさんが駆けつけてくれて、調べたら食事に薬が」
「ウィラくんも? さっき、スタングさんが出ていくところは気がついたけど」
『侍従が逃げたので、ウィラネルドは騎士を数人引き連れて追って行ったよ。スタングはことの経緯を話すために少し残っていたのだ』
「その時に、ちゃんとした朝食はスタングさんが手配してくれました」
もったいないことをしますね、と眉を寄せるテレシー。まったくだ。
それから、シュザージはスタングさんがしてくれたお話を俺たちにもしてくれた。
始まりはラスタル神王さんの勘違い。
この王城に初めてやって来た日。ウィラ君を脅す人質として軟禁されていたラスタルの神王さんを、俺とリドルカさんが転移で助け出した時。神王さんは俺たちにかつて出会った神降地の神と同じ気配を感じたそうだ。
「神降地の神様と同じ気配? まさか、神降地の神様って……」
『ああ、恐ろしく単純な話だ。勘違いする方がおかしいと思うが、千年続いた勘違いを正そうと思えば大陸中が大混乱に陥りそうなので他所では口にできんな』
ふふっ、と笑うシュザージ。
てっきり俺た同じ世界から来た神か、と思ったけど。違うのかな? 俺にはちょっとわからない。
違うなら、まあいいや。
とりあえずそれは置いておいて、シュザージは続きの話をしてくれた。
救出から数日経って落ち着いた頃。神王さんはその話をウィラくんの爺やさんに話したそうだ。神王さんの寝室で、二人きりでこっそりしてた話なのにどうやらそれが盗み聞きされていて、それが今になって突然吹聴されて騒ぎになったんだって。
「でも、なんで今頃?」
なんで聞いてすぐに言いふらさなかったのだろうと疑問に思っていたら、テレシーが困ったように笑った。
「それが、盗み聞きしたのがバロウの黒の神使らしく。ラスタルの官司に化けてこっそり王城に入り込んでいたようで……」
つまり、その神使はすごい秘密を知りながら、けれど官舎に閉じ込められているバロウの官司に接触もできず、困っていたところに謁見でバロウの王子を呼び出す通信が送られることを知った。神殿通信を取り仕切った神殿長に接触して王子の到着時期を知ろうとしたそうだ。
その辺りは、ウィラくんが心を読んで聞こえた声から推測したそうだ。
神術での読心の術は、魔術だけの通信魔法陣並の音しか拾えないらしいから、推測で補完してそこへ行き着いたのだとか。
で。
その神使は、どうせなら神殿長を味方に引き込もうと情報を開示し、共に新たな神を取り込もうと誘いをかけたらしい。けど、神殿長は俗物中の俗物だった。
『神殿長が、ウェルペティやナルディエに情報を流し、恩を着せて自分を高く売り込もうとしたようだ』
うわあ……最低。
「ウェルペティは神殿長を無視しましたが、ナルディエは歓喜して迎えたようです。ラスタル神王の命令だと嘘をついて、ナルディエの官舎を見張っていた騎士に魔法陣を破らせて逃したそうです」
『まあ、紙に描いた魔法陣だからな。破れば破れる。文字通り』
シュザージは『銀盤があればなぁ』とぼやいてる。魔法陣を強固にしたり遠隔で使いやすくしたり、色々できる術道具なんだって。
実はテレシーのリュックの中にひとつだけあるらしい。石の力を寄せ集める時に使う用で、もともと数がない上にちょっと重いからテレシーには一つだけしか持って来れなかったんだって。石の力を移す以外にも転用はできるけど、貴重だから本当にここぞという時しか使えないそうだ。
横道は置いといて、本題だ。
「そこへ、夜明け前に神馬で駆けつけたバロウの王子が情報を聞いて、怒り狂っているそうです」
「怒り狂う? 情報を転売した神殿長に?」
『いいや。奴は“うら若き女神を男装させた上に寒空の下連れまわし、病の床に着かせた”と怒っているそうだ』
男装した若い女神……
「それ、俺のことじゃないよね?」
「タケユキを指して、そう言っている」
リドルカさんがため息まじりにそう言った。
扉の前に来ているバロウの官司が、そう言って騒いでるんだって。他にもウェルペティやナルディエの官司もいて、てんやわんやになってるよ。リドルカさんも遠くの音を拾うのが上手くなったけど、腹が立つ声を聞いて心を落ち着かせるのは苦心すると言っている。
うん、わかるよリドルカさん。せっかくリドルカさんと共通の話題ができたけど、こんな話は楽しくないね。
「それで、俺のこと神様の再来って取り合い始めてるの? ウィラくんたちだけで対処するの、危険じゃない?」
『一応、約束通りバロウに関してはウェルペティに任せるらしい。言ったからにはやれと、ウィラネルドがせっつくそうだ』
そうだね。もともとバロウの面倒を引き受けてくれるという理由でルーシラさんはここへ来たわけだし。
『官舎に閉じ込めていたナルディエの者たちは、神石を取り上げているから大したことはできないと思うが……黒の紳士が潜んでいたらどうなるか』
「ねえ、心配だからちょっと見てみていい?」
て、聞いてみたらみんなが心配顔になっちゃった。
……そうだね。俺、ちょっと倒れすぎだもんね。
心配ばかりかけちゃってるし。
けど、すぐにシュザージは首を振って俺に向き直った。
『無理をしない程度でできるなら、頼みたい』
「シュザージ」
『テレシー、タケユキができると言うなら頼むしかない。私も気にはなるのだが、これはウィラネルドとスタングが自分たちで解決すると言い出したことだ。他国だのみが染みついているこの国で、神王一族が信頼を取り戻すにはあいつらが力をつけてそれを示す必要がある。……とはいえ、まだ荷が勝ちすぎるとも思わないでもない』
頭を抱えるシュザージ。親心というか、師匠心というか。俺も兄心的なものはあるから、ちょっと様子を見てみることにする。もちろん無理がないよう、気をつけて。
『タケユキばかりに無理をさせて……不甲斐ない』
小さく呟くシュザージの声。リドルカさんもじっと自分の手を見てる。
はっきり言って、みんなはすごいよ?
シュザージやリドルカさんに迷惑かけられたことなんか…………最初だけかな。
なんて思っていたら、二人して「『うっ」』と息を詰めたよ。
また俺の心が流れちゃったね。俺の心ゆるゆるだ。
そんな俺たちをテレシーが笑って見ててくれる。テレシーは俺が疲れたらすぐに対処できるよう考え始めてる。
ありがたい。
リドルカさんも目を閉じたよ。遠見を頑張ってみる気だ。広範囲だとまだ安定しないみたいだけど頑張って!
さて、ウィラくんはナルディエの官舎に向かったんだよね。
ナルディエの官舎って……
「タケユキさん。ナルディエの官舎は王城の西側、バロウは東、ウェルペティは南です」
「ありがとう、テレシー」
心が流れやすいだけじゃちゃんと情報共有できないので、ここからは俺が観るものをテレシーとシュザージに繋ぐ。リドルカさんは頑張ってるから、今は繋がないでおこう。流れる分には意識してくれると観れると思う。
俺は一旦、意識を高くに置いて王宮を俯瞰した。そして西に意識をやる。
西側の官舎。あれかな? 役人の宿舎のはずだけどいやに派手だ。色はやっぱり白いけど装飾のレリーフとかがゴテゴテしてる。
そんな官舎の出入り口付近で若手の騎士たちが揉めていた。出て来ようとして喚き散らすナルディエの官司たちを、取り囲んで押し戻そうとしてるのか。
けど、そこにウィラくんの気配は無い。
あれ? どこに行っちゃったんだろう。
ウェルペティの官舎かな。
えっと、南側だね。また一度俯瞰して南を見る。
ナルディエの官舎より少しひかえめな装飾の官舎だ。
やっぱり気配はない。けど、その扉が乱暴に開いて、バロウの女神好き王子が出てきた。約束通りウェルペティが話をつけてくれたのかな?
でも困った。ウィラくんがどこにいるかわからない。
『タケユキ、スタングを追えるか? スタングの方が後から出て行ったから、見つけやすいかもしれん』
「観てみる」
俺はスタングさんに意識を向けた。
部屋を出て、ウィラくんが向かっていたはずの西のナルディエ官舎に向かったはず。
「あ、スタングさん発見! ……あれ?北に向かって走ってる」
『北?』
「北の方は神殿ですね。昨日行ったあの」
テレシーの言う通り、スタングさんは神殿に向かっているみたい。
もう少しでナルディエの官舎と言うあたりで、角を曲がってそっちに向かった感じかな。
でもなんで? と、思ったその時。
ガタッと音を立ててリドルカさんが立ち上がった。
「魔力の、気配だ」
『魔力だと!? この神王国でか!?』
シュザージも驚く。俺もびっくりした。
けど、リドルカさんの視線は俺たちじゃなく、部屋の隅に向かう。
そこにはひとつの風呂敷包みがあった。
みんなが気持ち悪がるので、そこに放置してある紫神石の包みだ。
『まさか……』
「似てる。歪な魔力だ」
俺は急いで神殿を観た。
そこに、化物がいた。
クオスト山脈で見た自然発生の化物よりもずっとずっと小さいけど、ドロドロした紫と黒の混じったモヤを纏う姿はあの化物と同じだ。
そんな化物と、戦う者が数人。
その中に、ウィラくんがいるのが見えた。
そして、そこに向かって走って来るスタングさん。
リドルカさんが立ち上がる。俺はすぐさまその腕を掴んだ。
「上空に転移します!」
「私たちも行きます!」
テレシーの声にシュザージもうなずく。
俺は反対の手でテレシーと手を繋いだ。
「行きます!」
俺たちは、化物上空に転移した。




