第百五十四話【テレシー:小間使い女王】
客室に戻り、扉を閉めると同時にシュザージが言いました。
『もともと何処かで切り上げて部屋に戻る算段だった。そんな顔をするな、タケユキ』
熱が上がってきたのか、少し赤くなっているお顔を申し訳なさそうに歪めていらしたタケユキさん。
『むしろ謝らねばならん。其方の力に頼りきりで、無理をさせてしまった。タケユキが本格的に調子を崩す前に戻りたかったのだがな』
「……そう、なの?」
リドルカさんは、抱き上げていたタケユキさんを寝室に運びベッドの脇に座らせました。今の衣装のままでは眠れませんから、着替えなければなりません。
『食事だけしていとまを言う機会を見いだそうとしてたが、ウィラの質問が入ったからな。いや、あれで食後の間を潰せたからまあ良いか』
「でも、シュザージ。ルーシラさんの話を聞かなくて良かったの?」
私もタケユキさんと同じ疑問を浮かべました。
リドルカさんがタケユキさんのマントを外して、背中のボタンに手を伸ばしいてる間に私は衣装棚から着替えを出しタケユキさんの座るベッド脇に置きます。
『あれは、少し間を置いて焦らした方が良いように思う』
ニヤッと悪い笑みを浮かべるシュザージ。
タケユキさんはそんな笑顔にホッとしてます。
『これは推測だが、ルーシラはこちらが最初に思ったほどタケユキの秘密を知っているわけではなさそうだ』
「え? どうしてわかるの?」
シュザージは心が読めるわけではないのに何故そう思うのでしょうか。私も疑問に思いつつ、タケユキさんのマントを片付けます。
『神殿にウィラネルド達がついて来たあたりから随分焦りが出ていた。策を巡らせ神殿の密室で完全な人払いをして我らと話をしようとしていたが、うまくいかず。たやすくあしらえると思っていただろうウィラネルドの提案を飲み、身動きの取りにくいラスタルの王子の館へ来ることになってしまった』
ほうほうと話を聞きながらマントを綺麗に畳んで魔術道具の衣類袋へ。タケユキさんはご自分で着替えを続けられそうですね。リドルカさんも着替えるようなので、私はお二人のマントを揃えて片付けます。とりあえず衣装棚でいいでしょうか。
『バロウが窮地に陥っている話には関心を惹かれたが、その話に踏み入ったせいでその後の話にまでウィラネルドが関心を持ってしまった。結局、不自然なく話ができる相手としてテレシーを選び友情を育むという理由付けで秘密の話し合いに持ち込もうとしたが、タケユキの体調が崩れてそれも頓挫した』
衣装棚の前で、思わず立ち止まってシュザージを振り返りました。
あの時のことを思い返して、反省します。
名前の呼び方について問われているように感じて返事をしたら、お友達になることまで含めて了承したように周囲に印象づけられました。
うまいことやられました。
あれのせいで、これから先の計画に支障が出たら……
『落ち込む必要はない、テレシー』
シュザージに言われて、下がりかけていた頭をそちらに向けます。
『向こうが友情を盾にするなら、こちらもそれを利用するだけだ』
「シュザージ……」
『難しいことは私に任せろと言ったであろう。致命的な失敗は止めるが、あれぐらいの失敗は勉強の内だ。気に病まず堂々としていろ。ベテラン小間使いは動揺を周囲に見せないものであろう?』
余裕ありげに笑ってくれるシュザージ。
そんなこと、言ってましたね。
あれも勉強ですか。
なら、学習した失敗は繰り返さないようにしなければいけません。
それは女王も小間使いも一緒です。
私は、強くうなずきます。
『とにかく、あの偽王女は自分の正体がどれだけ知られているか探る方にばかり意識を取られていたようだ。タケユキの秘密を知っていると言ったのも苦し紛れの挑発かもしれん。事情はどうあれ、ウェルペティは他国の神王一族を騙していた。恩が売れる絶好の機会をフイにするだけでなく、逆に糾弾されるやもしれん。自国民まで騙していたようだからな。最悪、自国に切り捨てられてルーシラはコレだ』
シュザージが手で首元を切る仕草。
おおう、こわいこわい。
そんな話を聞いている間に、リドルカさんは着替えを終えていました。タケユキさんはゆっくりですがもうちょっとです。
「でも、俺が別の世界から来たって知ってたのは本当だよね? 神託があったって。ウィラくんの記憶にもあったから、次代会議で話したっていうのも本当でしょ?」
『神託で異世界からの来訪者を知り次代会議で報告。は、本当だろう。だが、タケユキがどんな力を持っているかまではほとんど知らんはずだ。自分の命がかかっている状況で、こちらが心を読むことでやりとりができると知っているのにその件で何も追及しなかったのは、適当な話でボロが出るのを避けたかったのではないか。と思う』
私は部屋の隅にあるテーブルからお薬を飲むためのコップを取り、リドルカさんに手渡しながら「なるほど」とうなずきます。リドルカさんはコップに魔術で水を注いでタケユキさんに渡してくれました。
『明日になればもっと焦燥に駆られ扱いやすくなっているのではないかな。今日のところはこれで十分だ』
笑うシュザージにひとつうなずきつつ、タケユキさんはご自分の服のポケットから薬を取り出してクッとお口に含みました。お水を飲んで流し込まれます。そして「はぁ」と息をつかれました。
「……そっか。俺、また何か大失敗やらかしたのかなって思ってたけど、それなら、良かった」
チラリと上目遣いにシュザージを見るタケユキさん。困ったように目を逸らすシュザージ。
『やらかしたのは私だ。心の中で会話していたのに、表で見返してしまった。あれで読心術でのやりとりにあたりをつけられたのであろう』
そういえば、この人もやらかす時はやらかす人でした。
などと考えていたらシュザージにじとっと睨まれました。
「えっと、確かタケユキさんの世界では幽霊が神様になった、というお話でしたっけ?」
「ああ、あの時の……あれは──ふぁ……」
あくびをするタケユキさん。かわいいです。
「お薬が効き始めたのですね。タケユキさんはもうお休みください」
「……ん」
おやすみ前に一つだけお願いしたいことがあったのですが、どうしましょう。大事なお話の邪魔をするのは躊躇われて言い出せなかったですし、今はもう眠そうに目を擦るタケユキさんにお願いするのは申し訳ないです。けど、リドルカさんにお願いするのも……
と、思い悩んでいたらリドルカさんに気づかれたようです。
「タケユキ、その前にテレシーの背中のボタンを外してやれ」
「んえ?」
「俺がするより、よかろう」
お気遣いありがとうございます、リドルカさん。
願い事を言い当てられてありがたいやら恥ずかしいやら。
「そっか、ドレス、一人で着替えられないんだっけ」
「……はい」
ふにゃにゃ、と笑ったタケユキさんに衣装のボタンを外してもらいました。
「すみません、タケユキさん」
「ううん。テレシーは、俺の奥さんだもん……ふぁ……」
あとは一人でできます。寝室を出てシュザージから離れすぎないところで私も着替えを済ませました。
寝室に戻れば、タケユキさんはすでに夢の中でした。
熱は出ていても、寝息が穏やかなのでお休みされれば元気になられるでしょう。そんなお姿にほっとした途端、私もあくびが出ました。
「ふぁぁ……」
『テレシーも今夜は早く休め』
「へ? また深夜の話し合いをするんじゃないんですか?」
『そうしたいのも山々だが、其方もかなりくたびれているはずだ。初めて正式に女王として多くの者の前に出たのだ、疲れないわけがない』
言われてみればそうですね。
どっと疲れが出てきた気がします。
けど……
「明日は今日の続きをルーシラさんに求められるのでしょう? それに、もしかしたらバロウの王子とも話し合うことになるかもしれません。いきなり二人に挑むのは怖いです。何か策があるなら欲しいですが……」
私が懸念を口にすると、リドルカさんが首を傾げました。
「通信を送ったのは、日が暮れてからだ。それほど早く、来るか?」
その問いに、シュザージは目を細めます。
『来るだろうな。あの偽王女、再通信でろくでもないことを口走っていた』
「ですよね」
ルーシラさんが言った「彼女」は間違いなく女装したタケユキさんのことでしょう。ルーシラさんは女装したタケユキさんの正体にも気がついていたということですね。そして、バロウの王子は見るからに女装のタケユキさんに一目惚れしていました。ここに来た当初もバロウの官司たちに「彼女」を捕獲させようとしていましたからね。思えばその指示も神殿の通信を使ったんでしょう。使われた神術士が本気で哀れです。
そんな王子ですから、それこそ一晩中神馬で駆けてやって来てもおかしくないのです。
「バロウの王子は、ルーシラさんの言う「彼女」がタケユキさんだと気がつくでしょうか? 気がついた上でちょっかいかけてきたらどうしましょう」
『手出しなどさせるわけがなかろう。それより、明日も大変だとわかっているなら早く休め。対策なら私が立てておく』
そう請け負ってくれるシュザージ。
リドルカさんも強くうなずいています。
私も、一緒にうなずきました。
「わかりました。私にできることなんて僅かでしょうが、できることがあれば頑張ります」
「わずか?」
なぜそこで首を傾げるのでしょう、リドルカさん。
『テレシーはベテラン小間使い女王だ。その心意気でできることをすれば良い』
「はい」
その通りですね。
私はベテラン小間使い女王です。
……なんて、今はまだ目指している道中です。大きな目標ですが、それを目指して努力します。
ここまでの旅でつくづく思ったのですが、権力という武器はなかなかにすごいです。これも以前、シュザージに言われたんですよね。権力を得てタケユキさんを守れって。
タケユキさんとの平穏な生活、タケユキさんが自由に飛べる理想郷。小間使い女王となって、私もそれを守りたいです。
タケユキさんの寝顔を見て、改めて決意しました。
そんなわけで、私はいそいそとベッドに入りタケユキさんの隣に寝転びます。明日に備えてしっかり休みましょう。
横になると待ってましたとばかりに眠気が襲ってきます。
タケユキさんを挟んで反対側にリドルカさんも横になります。
私が眠ればシュザージの幻影体は消えてしまいますから、リドルカさんとも話し合いはできません。
シュザージは眠らなくてもいいと言ってましたが、夜通し私の中で考え事をするのでしょうか。
思えば、シュザージの負担も大きいですね。
シュザージにも何かしてあげられることはないでしょうか。
と、考えようとしましたが無理でした。
私はあっという間に眠りの中へ。
夢は見ませんでしたが、よく眠れました。




