第百五十二話
ラスタル神王国の神殿は、王城の北側にあった。
「どうしてあなた方までついて来るのかしら?」
「私の客人が、我が国の施設を見に行くというのだ。案内をするのは当然ではないか」
「私はシュザージ師匠の弟子ですし、神殿には詳しいので案内はお任せください」
偽アデレイさんことルーシラさんが問えば、ウィラくんもスタングさんもいい笑顔で答えた。
ルーシラさんの心を読むのは面倒なので今はしてないけど、周りは二人の様子に苛立っているのはわかる。
俺たちは今、通信の術道具を見るためにラスタルの神殿に向かって歩いている。
外はいつの間にか真っ暗だ。
神殿は王城を出て北側、外の通路を歩いた先にある。通路も、向こうに見える神殿も、神術と蝋燭か油のランプで照らされていて暗闇に白い建物が浮かび上がって見えた。背後に神降地神山の山影を背負う姿はなかなか荘厳でいいと思う。
中にいる人たちはしょぼしょぼだけどね。
先頭を歩いている神殿長はじめ、神官と神殿騎士が二人づつ。みんなして自国の王族であるウィラくんとスタングさんを忌々しく思ってる。特にスタングさんの態度が許せないそうだ。ずっと神殿でこき使いつつ、あわよくばウィラくんを排して、スタングさんを自分たちに都合の良い次期ラスタル神王に祭り上げたいと考えていたのに、刃向かわれて怒ってる。勝手だね。
そもそも、今の神王さんより都合の良い神王って、想像つかないよ。
ルーシラさんを取り巻いているウェルペティの官司と騎士も二人づつ。そっちはラスタル全体を生意気だと思っていて、俺たちのことは下に見すぎてて気にも止めてないみたい。
ちなみに、ラスタルの王族二人には護衛もお付きの従者もついてきてない。俺たちがいるからか、神殿の奴らがそれを担っているのか。
ラスタルの立て直しは大変そうだな。
「……っくしゅん!」
ぽやぽや考え事してたらくしゃみが出た。
即座にリドルカさんの手が俺の額に触れて、前を歩いていた人たちが振り返る。
「熱は、まだないが……」
「大丈夫ですかタケユキさん」
「うん、ちょっと鼻がムズムズしただけ」
『やはり外は寒いようだな』
すぐ前を歩いていたテレシーとシュザージも、心配してくれた。
神王国は大陸の北方だからね。……この世界でも北側は寒いのか。昼間もちょっと寒いなって思ってたけど夜はすごく冷える。
衣装と一緒に入ってたオシャレマントは薄手だから暖かくない。いつものぬくぬくマントにしとけばよかったかな。今着てる服には合わないけど。
「そういえば、タケユキ殿は体が弱かったな。部屋に戻って休んでくれてもいいのだが……」
ウィラくんも心配してくれた。
一緒に旅してた時、いつもいつもリドルカさんが俺の体調気にしていたので、目の前で体調崩したことはないけど弱いことは知っている。
『休ませてやりたいが……其方らはともかく、まだラスタル神王国全部を信用することはできん。部屋に一人になどさせられん』
シュザージの言葉に神殿関係者がムッとするけど、あんたたちみたいなののこと言ってるんだよ。
それに、ルーシラさんは俺の話をしたいと言っていた。俺が行かなきゃ。ルーシラさんは心配そうな顔をしているけど本心は相変わらずわかりにくい。
「ならば」
と、リドルカさんは俺を抱き上げた。
薄手でもマントに包まれてリドルカさんに抱っこされると暖かくて心地いい。
「わあ、あったかい」
『リドルカの手が塞がるが、タケユキの体調の方が心配だ。もう少し頑張ってくれ、タケユキ』
「早く神殿に入りましょう。外よりはマシでしょうし」
俺たちがそんなやりとりをしていたら、ウィラくんもルーシラさんもスンと表情をなくして、何事もなかったように神殿に向かって歩き始めた。
俺たちもそれについて行く。
神殿に入っても寒かった。
いや、外とほとんど変わりないかも。
灯りは灯されてはいるけど、人気が少なくて寒々しい。日が暮れたとはいえ、先頭の数人以外神殿関係者が誰もいないってどうなんだろう。
そんな寒い通路を歩いていると、スタングさんが声を上げた。
「通信の間はあちらでしょう? そっちへ行っても使われてない部屋がいくつかあるだけです」
神殿関係者が舌打ちしながらスタングさんを睨んだよ。
油断も隙もない。
どこへ行くつもりだったの? と、心を読んだら、ルーシラさんの指示で俺たちを神殿騎士の待ち構える部屋に連れて行く気だったみたい。なんだ、誰もいないんじゃなくて待ち伏せのために隠れてたのか。
ルーシラさんは企みがバレても特に気にする様子もない。むしろバレたことを面白がってるみたい。心読まなくてもなんとなくわかる。
それにしても……ちょっと頭がクラクラしてきた。
今日は大して力使ってないのにな。
長距離転移はしたけど、飛ぶのはリドルカさん任せだったし。
神術士の心を読むのには結構疲れるけど、それでもまだ帝国でぶっ倒れた時よりは力使ってないと思う。
なんでかな。
あ、そういえばこの疲労感、覚えがある。
シュザージが描いてくれた俺の名前記号に力を取られた時に似てるかな。
いや、それよりもっともっと昔……小学校の運動会でぶっ倒れたことあったっけ。それの方が近いかも。
チームの応援してただけで倒れちゃって、じーちゃんとばーちゃんに慌てて家に連れ帰られた。後で聞けば、俺のチームが勝ったらしいけど、俺はほとんど参加できなくてふてくされたんだっけ。ばーちゃんがすっごいケーキ作ってくれてすぐに忘れちゃってたけど。
そういえば、その頃からだったな。運命の人の事をよく話してくれるようになって、運命の人以外には気を付けろって言われ出して……そっか、そうやって教えられたことをしっかり思い出せって、ばーちゃん言ったのか。
それならと、昔のことをつらつら思い出してたらいつの間にか通信の部屋とやらに来てた。
リドルカさんはいつものことだけど、テレシーもシュザージも、心の中まで押し黙ってたから気がつかなかったよ。
「これが通信の術道具です」
スタングさんの声で顔を上げれば、そこにあるでっかい神石が目に入った。
真っ白の部屋の奥、正面の壁の真ん中辺りに台座に据えられた大きな神石がある。人の背丈ほどのそれはこちらの面だけ平に削られ鏡みたいになっていて、その周りには台座から装飾的に伸びている燭台みたいなのに拳大の神石がいくつも飾られていた。天井からも風鈴のように吊り下げられた少し小さめの神石がいくつもある。風鈴というより、クリスマスツリーの飾りの方が近いかな。どうだろう。
「綺麗ですねぇ」
「うん、綺麗だね」
思うより先にテレシーが言ったので、俺も口に出してみた。確かに、綺麗は綺麗なんだよね。
そう思いつつテレシーと一緒に眺めてたら、シュザージが嫌そうな顔をした。
『飾り物としてはそこそこだが、術道具としてはとても使えたものではないな。術士が死ぬのもうなずける』
なんて、また歯に衣着せぬ言い方でズバッと言うから、神殿関係者がムッとしてるよ。特に怒ってるのが術道具の管理者らしい神官さん。けど、眉を何度かピクピクさせた後、偽アデレイさんに向かってお辞儀した。
「こちらが古よりラスタル神殿が管理し守り続ける通信の術道具です。ウェルペティの官司より知らせをいただき、フレンディスの神殿へすぐに通信を送れるよう神石の設置はできております」
「そう。随分な仰りようでしたが、賢者様。あなたにはこの術道具が使えて?」
『……とりあえず、やって見せろ』
なんだろうね、シュザージにできないと思ったのかね、神官たちがニンマリしたよ。
「では、あなた」
「はっ、はい!」
偽アデレイさんが指名したのは、ウェルペティの官司の一人。ものすごく青ざめながら台座の前に来た。腕輪についた神石を見ながら震えている。
その様子にため息をついて、シュザージの手がちょちょいと魔法陣を描いた。
『魔属性魔法陣、過剰神力流出抑制』
魔法陣は青ざめた官司さんの背中に張り付く。
「貴様! 何をしたっ!?」
なんで神殿関係者はとりあえず怒鳴るんだろう。
真っ赤になった神殿長の前にスッと出て、冷たい顔を向けるのはスタングさん。
「お黙りなさい、神殿長。我が師は、神術士が突然死しないための魔法陣を描いて下さったのです。感謝なさい」
「なっ、おまっ……くっ」
スタングさん、ここでこき使われてたんだもんね。神殿長はその時の感覚で叱ろうとして、スタングさんの後ろにいるウィラくんが睨んでいることに気がつき口を噤んだよ。
「へえ、それで神力が抑制されるの? 術が使いにくくなるのではなくて?」
意に返さず、少しワクワクしながらそんなことを言うルーシラさん。
『いいからさっさと始めろ』
「はぁ、説明くらいしてくれてもいいでしょうに。……始めなさい」
官司さんは何度か首を傾げながら、もう一度「はい」と答えて腕輪の神石を摩る。
「天より舞い降りし神よ、我が手にその力を宿し言葉を伝えたもう。こちらはラスタル神殿より、フレンディス神殿へ──……」
官司さんがゆっくりゆっくり呪文を口にする。腕輪の神石が光り、飾りの神石が小さいものから次々光って最後に真ん中の大きな神石が光った。官司さんの息が荒い。疲労ではなく、恐怖心から出たものだね。
「ど、どうぞ、アデレイ殿下」
術道具の神石が全部光ると、ルーシラさんが台座の神石に近づいてスッと息を吸い声をかける。
「フレンディス神殿に告ぐ。私はウェルペティのアデレイ。バロウ別邸に伝言を。モーリスに至急、ラスタル神王国へ来るようにと」
と、そこで光が一斉に切れた。
「……え? これだけ?」
「これだけなんですか?」
思わずでた声がテレシーとかぶった。テレシーも思わずだったみたいで手で口を覆いしまったという顔をしてる。
リドルカさんも物言いたげに微妙な顔になってるし、シュザージなんか普通に笑ってる。
「何がおかしいのかしら?」
「賢者殿、我が国の術道具に問題でも?」
ルーシラさんもだけど、ウィラくんもちょっと不満顔になってる。
『問題だらけだ。たったこれだけの伝言のために神術士が命をかけねばならないなど、哀れに過ぎる』
「なっ!?」
『魔法陣を用いればこんな大掛かりな飾り物などいらんが、これはこれで石の配置と術の込め方でもっと使う神力を減らせるだろうに』
「し、師匠は魔法陣だけでなく、術道具にも詳しいのですか!?」
スタングさんの目が輝き出したよ。
『これくらいならリドルカでもわかるのではないか? 魔石と神石の違いはあるが、術道具の扱いはわかるのだろう』
「わかる」
おお、リドルカさんもすごい!
帝国にはすごい術道具がいっぱいあったしね。
「あなたは魔術士でしょう! 神術の術道具の何がわかる!」
術道具の管理神官が眉を釣り上げて無礼な物言いをしたけど、リドルカさんはなんてことなく続けた。
「魔力の抑制に力を割きすぎている。帝国ならともかく、他の国ではいるまい」
『補足すれば、帝国ほど魔力が満ちていれば神術の妨害にもなるが他国はそこまで空中魔力も地中魔力も強くない。これが作られた時代ならいざ知らず、今の時代には必要ない。台座の端にある四つの中位神石がそれだろう? 外しても問題ない。あと通信先を示しているだろう下位神石の配置も変えろ、あれをこっちに、それを──』
術道具管理の神官さんが口をパクパク驚いている。
「その通りにやってみなさい」
「ああ、賢者殿の言う通りに」
王女と王子に命じられて、術道具管理の神官さんが神石の配置を変え始めた。最初は不満たっぷりだったけど、シュザージの指示通り神石を動かしているうちに目がキランとし始めた。神力の流れの違いに気がついたみたい。
ウィラくんが言っていた通り、愚痴は言いつつも有能な人はいるようだ。
「それでもう一度、通信を送ってみましょう。同じようにフレンディスの神殿へ」
そう言って、ルーシラさんはさっきの官司さんへ目を向けた。けど官司さんは真っ青になって首を振る。次、同じだけ神力を使ったら死んじゃう、と思っているみたい。
『案ずるな、過剰神力流出抑制の魔法陣をつけたのだ、其方の資質を超える前に自動的に術は止まる。死ぬことはない』
そんなこと言われても怖いことは怖い。と、涙目になる官司さんにルーシラさんはにっこり微笑んで「おやりなさい」と命じた。宮仕えって大変だね。
官司さんはもう一度、通信の術道具の前に立った。
腕輪の神石に触れつつ、さっきと同じ呪文を口にする。
「天より舞い降りし神よ、我が手にその力を宿し言葉を伝えたもう……?」
呪文の途中で首を傾げた官司さん。
「こちらはラスタル神殿より、フレンディス神殿へ」
青ざめる様子もなく、呪文を言い切りルーシラさんに向き直った。
ルーシラさんはうなずいて、もう一度声をかける。
「フレンディス神殿に告ぐ。私はウェルペティのアデレイ。バロウ別邸に伝言の追加よ。彼女も待っているから急いでラスタルの王城へいらっしゃい」
彼女って誰?
まあいいや。ルーシラさんが言い終わると同時に官司さんが「あ……」と声を上げた。
「神力が、切れました。神石の神力はまだ残っているのに……」
腕輪の神石を見つつ驚く官司さん。
『其方の術資質を正確に測ったわけではないのでな。おおよそのところで、余裕を持って神力の流出を止めるようにしていた。少し改善したがまだまだ神力を食うな、この術道具は』
腕を組んで通信の術道具を見上げるシュザージに、さっきの官司さんも術道具管理の神官さんも目を輝かせてる。スタングさんが増えたみたい。
他の人の様子も見ようと視線を巡らしていると、ルーシラさんと目が合った。胸元にちょいと手を乗せて目配せしてる。
……なんとなく、心を読んで欲しい時のじーさん先生を思い出す。
めんどくさいな。
この人、心の深いところまで読まなきゃいけなくて大変だし。そのくせそんな心の奥でも嘘をつくし。
と、迷っていたら少し焦れたような顔をした後、平静を装った声を上げた。
「素晴らしいわね。その技術はラスタルにだけ伝授されるのかしら?」
『なんだ? この程度の技術なら……』
ウェルペティにも、と言いかけたシュザージが言葉を止めた。
ルーシラさん。顔は微笑んでいるのに、視線だけがイライラした感じて俺を見てる。器用だね。
仕方がないので心を読む。
やっぱり二段階ぐらい深いところで心の声を発していた。
『──……っと、聞こえていないの? ほら、こいつらを追い出すいい機会でしょう? この先は王族でなければ話せない秘術だとか言って、追い出して──……』
王族の秘術!?
教えてくれるの!?
と、思わず食いつきかけたら、シュザージがぽんっと俺の頭に手を置いて撫でた。
『彼奴の言うソレはアレではない』
『違いますよ、タケユキさん』
俺が読んだ心の言葉をしっかり聞いていたシュザージとテレシーに否定された。なんだ、違うのか。
それはともかく、ルーシラさんの訴えは続く。
『もう! せっかく神殿関係者を邪魔されないよう別室に集めて、防音の整った部屋まで誘導したというのに、話ができないじゃない! あなたたちの術自慢やイチャイチャが見たくて来たわけじゃないのよ! 他の部屋では秘密の話はできないでしょ!? 早くこいつらを追い出す口実を作って話を振ってちょうだい!』
ルーシラさん……
心の奥でだけど、うるさい。これが地かな?
『ルーシラさんは遮音や覗き見防止の魔法陣は知りませんものね』
『それならそうと早く言えば良いものを。タケユキに寒い思いをさせおって』
『でも、面白い術道具も見られたし、シュザージもリドルカさんもすごいんだって知ってもらえたのは良かったと思うよ』
『俺は、何もしていないが?』
『あの術道具を帝国の者が理解できたことで、帝国の方が術道具技術が上だと知らしめられた。まあ、分かる奴にだけだろうがな。うむ、では次はテレシーの番だな』
『はっ!? 私!?』
『女王として、ルーシラ嬢……いや、アデレイ姫の要望に答えてみろ』
『そんなっ、どうやって──」
「コホン!」
咳払いが聞こえて、発信源を見ればウィラくんが怒ってた。
「其方ら、唐突に無言でイチャつくのはやめてもらえないか。せめて人目のない時にしてくれ」
イチャついてたかな?
俺を抱っこしたリドルカさんを囲んでみんなで見合ってただけだよ?
どこまでがイチャつくに入るのか考えてたら、心の中でシュザージがテレシーに『迷惑な客に対応するベテラン小間使いの心得、タケユキの妻としての気構え』とか言ってた。
テレシーが居住まいを正して、ルーシラさんに向き直る。そしてにっこり。
「ラスタル神王国とともにウェルペティ神王国ともよしみを結べるのなら願ってもありません。もし、魔法陣や術道具について話を聞きたいと申されるのなら、お答えできる範囲でいたしましょう……ただし」
テレシーの目がスッとルーシラさんを睨みすえた。
どんな条件を突きつけられるのかと、一瞬身構えたルーシラさん。
「こんなところでは話せません。暖かくて休息の取れるお部屋でお茶の用意もできなければ。タケユキさんが風邪を引いてしまうじゃないですか」
さすがテレシー。
小間使い的気遣いのできる女王様で俺の奥さんだ。
ルーシラさんは半目になって頬を引きつらせたけどね。




