第百五十一話
俺の正体がバレた。
偽アデレイさんはすっかり開き直ったらしく、俺が心の深いところまで読めると知った上で、色々と仕掛けてくるようになった。
異世界からの来訪者があったことは神託で知った。
すでに次代会議で次期神王には話してある。
その特殊な能力は全て把握している。
実は自分は黒の神使などよりはるかに強い。
存在が特定されたからは逃げられない。
などなど。
こっちをかき乱す情報を乱発するので、テレパシーは切った。
おかげでリドルカさん、シュザージ、テレシーの警戒心が上がりきってる。
テレシーは依然、俺の手を掴んだままだし、リドルカさんは俺の前に立って周りを威嚇してる。シュザージはまだ偽アデレイと対面したまま偽アデレイを睨み据えている。
たぶん、嘘も混じってると思うけど、乱発される情報のさらに真意まで探ろうとしたら余計混乱しちゃうと思う。
すごいよ、偽アデレイさん。いや、ルーシラさん。
「この後、ラスタル神殿からフレンディスの神殿へ連絡を入れるわ。モーリスはまだフレンディスのバロウ邸にいるはずだから。できればあなた方も同行して欲しいのだけど。あなたは術道具にも詳しいのではなくて?」
『……よかろう』
「うれしいわ」
にっこり微笑んだルーシラさんは、早速側近に色々と命じ始めた。側近の一人が神殿長の元に走る。大喜びで申し出に応じる神殿長。何人かがまたあわただしくあっちこっちに走っていく。
謁見はもうお開きな感じだった。
ラスタルの神王様はろくに話もしてないし、解散も命じてないのにね。
大臣たちは嬉しそうに勝手な話で盛り上がり、やはり何人かは退室して行った。
神王様はと言うと、椅子に座ったまま疲れきっている。
まだ治療の途中ということもあるんだろうけど、夢破れて途方に暮れてる感じだ。
ラスタルの神王様は早く引退して、老後は孫と楽しく過ごしたかったみたい。
ささやかな夢だけど、その立場がこれまでそんな夢さえ見ることを許さなかった。切ないね。
神様なんて面倒な人の血を引いてるせいで、祭り上げられて利用されて不自由で夢もなし。せめてうちの一族みたいに使い勝手の良い力を持っていたら一人で逃げることもできたかもしれないけど、ご先祖から神石をもらうだけの力しかないんじゃどうしようもないもんね。
奥さんは亡くなってるみたいだし。
運命の人もいないのか……
『タケユキ、あまり同情するな』
心の中に声が聞こえた。シュザージだ。
こんな状況だから、俺たちの心の声だけは繋いだままにしてる。
『そうですよ、ラスタル神王には立派な息子さんと甥御さんがいらっしゃいます』
『臣下も、いないわけではない』
テレシーとリドルカさんにも止められちゃった。
確かに、気にしても仕方ないけどね。
ウィラくんと爺やさんに支えられて、やっと立ち上がった神王さん。ゆっくりと台座から降りて、玉座の後ろの幕のそのまた後ろにある出入り口へ向かう。
ウィラくんとスタングさんもついて行こうとしたら、爺やさんに止められてた。二人は俺たちと一緒にいてウェルペティの王女とのやりとりに混ざるべきだって言われてる。
ラスタル神王国のことを考えたらその方がいいんだけど、ルーシラさんは俺の正体について話したいんでしょ? 次代には話したって言ってたけど、ウィラくんはもう知ってるってこと? そんな感じしないけど、心探ってわかるかな。
色々と考えていたら、ウィラくんたちが俺たちの方に足早にやって来た。
「師匠、すみません」
開口一番、謝るスタングさん。
「神王陛下の病を治すための魔石が、その……魔石を快く思わない者に捨てられてしまったらしく。代わりに私がいただいていた魔石を渡して差し上げました。今度こそ、カール侍従長が捨てられないよう管理するので、どうかお許しください」
爺やさんってカールって名前なんだ。
ペコリと頭を下げるスタングさん。その隣で同じように頭を下げるウィラくん。
「色々と、不快な思いをさせてすまなかった」
「かまわん、想定内だ」
『魔石の件もそうだな。そういう輩はいるだろう』
リドルカさんが少し緊張を解いてウィラくんを慰め、シュザージはテレシーに言って予備の魔石をひとつスタングさんに渡した。テレシーもマントの後ろに予備石のポーチを持って来ている。
「神王陛下はどうですか? 具合が良くないようでしたが」
テレシーが心配そうに尋ねたら、ウィラくんは困ったように眉を寄せた。
「良くはないが……今後はなるべく、じいにそばに居てもらうことにした。隙を見せると誰が何をしでかすかわからない」
はぁ、と大きく息をつくウィラくん。
「皆、魔石は危険という神王国では当たり前の常識で行動しているだけだ。魔力も神力も両方が必要だと言ってもなかなか聞き入れてはくれなくてな。其方たちにも、酷く失礼なことばかり言っていたが……許してやってくれ」
ウィラくんもスタングさんも悲しそうに眉を寄せて、笑い合っている大臣たちを振り返る。怒ってないの? 悲しいんじゃないの? それでも許せって、どうしてだろう。
俺は首を傾げる。
「ウィラくんは、あいつらをぶっ飛ばさなくていいの? 何なら俺がぶっ飛ばすよ?」
「なっ!? タケユキ、何を急に物騒なことを言い出すんだ!?」
「タケユキさん、気持ちはわかりますが……」
テレシーに繋いだ手をキュッと引かれた。
ウィラくんは頬を引きつらせた後、ため息をつく。
「一年後に、まだあんな状態だったら私が自分でぶっ飛ばす」
「一年後?」
ずいぶん先だと思ったら、ウィラくんは困ったように笑った。
「賢者殿が言っておったろ? 私が王位を継ぐのは早くて一年の猶予がいると」
『三年は見た方が確実だと思うが?』
シュザージは何か面白いものを見るようにウィラくんを見ている。
「三年では父上が持たぬ。私自身、そこまで気が長くないしな。一年かけて、ラスタル神王国を立て直す。それまでは、私が自由に動けるよう父上に頑張ってほしいがな。もちろん、罪も功績も分け合うようにしたい。病床の父に罪だけを押し付けるわけにはいくまい?」
『そのような甘い考えが通ると思うか?』
「理想は甘いくらいで良くはないか? 父上は……味方が少なく時期も悪かったが、私は運が良かった。故に、できることが多い。だから最大限、良い夢を目指してみようと思う」
同じ夢を見ていても、状況の違いは大きいよね。
今は敵対してた帝国が代替わりして穏健派の皇帝の代になったし、偶然俺たちと知り合って外部の協力者を得られた。従兄弟のスタングさんも気力も能力も取り戻して手助けしてくれてる。爺やさんと和解もできた。
「それにあのジジイどもも、ああ見えて無能ではないのだ。バロウやナルディエに押さえ込まれた中で、それでもラスタルの為に働いて来た者たちだ。急激な変化に戸惑っているだけだろう。……私も、指摘されて思い至ったのだが」
ウィラくんはチラッとスタングさんを見た。スタングさんは自慢げにシュザージを見てる。そういえば、シュザージが色々助言してたっけ。
「それに、な……」
と、声を潜めたウィラくんが来い来いと手を振るので近づくと、耳元に顔を寄せてこっそり言った。
「ウィルペティのアデレイなら、ちょうど良い仮の重石なのだ。実は、前の次代会議で彼奴が言っていたことを思い出した」
「……え?」
「なんと、彼奴の好みの男に賢者殿がピッタリ合うのだ」
キラリと目を光らせるウィラくん。
そっか。そんなことも言ってたのか。
一瞬、ドキッとしたけど、やっぱりウィラくんは偽アデレイさんの正体も俺の正体も知らないね。
次代会議であったことを思い出しているから心を読んでみた。神託の件は聞いているようだけど、俺とは結びついてない。
ちょっとホッとした。
そんな俺をよそに、ウィラくんは楽しそうに話を続ける。
「先ほどから賢者殿をチラチラ見て、タケユキ殿のことも牽制しておる。その線でうまく釣れば良いように利用できるのではないか?」
『自身に恋愛の経験も駆け引きの知識もないくせに、そんな策に手を出すな』
呆れたようなシュザージ。
シュザージもホッとしているのもわかる。リドルカさんもテレシーも。
「う、そうか……だが、賢者殿のやり方は、勉強になる。手伝ってもらえる間にできるだけ学ばせてもらいたい。魔法陣に関しては、スタングに任せるがな。スタングがテルセゼウラに行けば伝手もできる。いずれ才能のある臣下をテルセゼウラに学ばせに行かせられれば、ラスタルの力となってくれよう」
「…………」
ああ、ウィラくんはスタングさんをテルセゼウラに送り出すんだ。本人の希望だし、シュザージの貴重な弟子でもある。けど、いいのかな?
スタングさん、迷ってる。
「ウィラ……私は──」
「案ずるな。じいもいるし、病気が治れば父上も気力を取り戻してくれるはずだ。なんとでもなる」
と、言いつつ、お父さんについてはあんまり自信はないみたい。
それでも頑張るつもりなんだね。
偉いね。
俺は手を伸ばして、ウィラくんの頭を撫でた。
「ウィラくん偉い。ウィラくんが立派な神王様になれるよう、俺も応援するからね」
「タ……」
ウィラくん、顔が真っ赤になった。
と思った瞬間、体が後ろへ引っ張られた。
リドルカさんに右側から肩を抱き寄せられ、シュザージに左から腰を抱かれ、左手をテレシーが両手で握る。
ウィラくん、真っ赤なまま半目になった。
「其方ら……心配せずとも、タケユキ殿に恋情など抱かんぞ? 恋愛の駆け引きについては、其方たちに学ぼうとは露程も思わん」
「そうだよ、ウィラくん見てると頑張ってる弟みたいだから、ちょっとなでなでしただけだよ?」
なんとなく、父さんの後を継いで医者になるって頑張ってた弟を思い出してなでなでしただけで、みんなのなでなでとは違うよ?
『いかん! いかんぞタケユキ。タケユキの魅力に気がつけば、ウィラネルドが本気になりかねない』
「そうです。そもそもウィラネルド王子はタケユキさんに女装させた張本人です」
「ウィラ、タケユキはダメだ」
「違うと言っておろうが!」
三人とも必死だよ。
嬉しいけど、ちょっと過激すぎない?
声と心は一致してるけど、なんだか不自然に感じる。……何か隠してる?
もしかして、俺……いけないことした?
シュザージの聞き損ねた話の何か?
そう思い浮かべたら、心の中にシュザージの声が響いた。
『タケユキ、その話の続きはラスタル神王国を出てからにする』
『え? なんで?』
『今は自覚しない方が良いからだ。心配するな、ラスタル神王国を立ち直らせる策はいくつもある。任せておいて欲しい』
『……うん』
三人とも同意見みたい。
それならしょうがない。
三人にぎゅうぎゅうに抱きしめられてると、呆れ果てた声が聞こえた。
「そろそろ神殿に向かいたいのだけど、いいかしら?」
今のやりとりも、ウィラくんのコソコソ話も全部聞いてたルーシラさんが、心底うんざりしたように言う。
大丈夫、この人見た目はシュザージが好みらしいけど中身は全く受け付けないそうだ。
よかった。




