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第百四十九話


『緊張します。やっぱり真ん中はシュザージがいいんじゃないですか?』

『横に控える女王があるか。とりあえず、堂々と胸を張って微笑んでいろ。面倒なやりとりは私がやる』

『女王様なんて立場で、それでいいんですか?』

『兄上も、大体そんな感じだ』

『そうでしたね。帝国ではお話はまずお姉さんたちがしてたし』


 心の中で、そんな話をしながら神王国王城の廊下を歩く。

 テレシーを真ん中に、俺は左隣の少し後ろ。その横をリドルカさん。シュザージはテレシーの右隣の少し前を歩いている。

 廊下はやっぱり真っ白で、レリーフや彫刻がそこかしこにあり、装飾的な大窓がずっと奥まで並んでいて少し傾いた日の光が入ってくる。

 他の人から見たら黙々と歩いているようにしか見えないだろうね、俺たち。


『テレシー、其方は女王である前に一流の小間使いだ。背筋を伸ばし主人に恥をかかせない振る舞いを思い出せ。そして、何より。其方はタケユキが選んだ唯一の花嫁だ。それを誇れ』


 シュザージがすごいアドバイスしたね。

 テレシーはそれを聞いて、ハッとして、誇らしげな笑みを讃えつつスッと背を伸ばし足取りも軽くなった。女王様っぽくなった気がする。たぶん。

 

 謁見の間の近くまで来たら、案内の侍従さんが軽く駆け出し戸口の官司さんに声をかけた。シュザージに伝えられた俺たちの立場とか呼び順を教えている。


『タケユキには負担をかけることになるが、頼むぞ』


 シュザージがすまなそうにそんなことを言う。


『心を読むだけだよ。大したことじゃない』

『上位神術士は心を隠す。深く心を探るのは、疲れるのではないか?』

『アデレイさんは最高位の神王一族ですし、ウィラネルドさんほど単純じゃないでしょうし……』


 リドルカさんとテレシーにも心配された。あと、テレシー、ウィラくん泣いちゃうよ。


『大丈夫、みんな頑張るんだから俺だって頑張る。アデレイさんの弱みを見つけて利用できたら後が楽なんでしょ?』

『そうだな。ものにもよるが』


 子供の頃の恥ずかしいエピソード、なんてささやかなものじゃダメなんだろうな。いい感じの弱みがあるといいね。


「新生テルセゼウラ王国女王テレシー陛下、並びにその御夫君タケユキ殿。旧テルセゼウラ王子シュザージ殿下、そしてオンタルダ帝国皇弟リドルカ殿下。御入来ーっ」


 戸口の官司さんが俺たちの名前を読み上げた。

 ので、廊下からそのまま謁見の間に入る俺たち。


 一瞬、その場のみんなが揃って息を飲んだ。

 大勢で一斉にだったので、息を飲む音が結構響いたよ。そして、すぐにざわざわと騒がしくなった。

 小さくても声に出した音を拾うのは簡単だから、とりあえず聞く。


「あの衣装はどうしたのだ? ウィラネルド殿下が用意したのか!?」

「まさか本物の帝国の皇子なのか?」

「小さい方か? 大きい方か?」

「女王の夫と言われた方では? いや、しかし帝国皇帝一族の特徴たる青みのある黒髪は大きい方」


 テレシーの夫は俺だよ。リドルカさんは俺の夫だよ。シュザージも俺の夫だからね。あと、小さい言うな。


「こうやって惑わせるのが詐欺師の手口ではないのか?」

「いや、私は信じてもいいのでは思う。ウィラネルド殿下とスタング様、両方が信を寄せる方々だ」

「ふん、詐欺師に決まっておる」

「詐欺師でない方が、むしろ都合が良いのでは?」


 広い謁見の間。

 神王さんの手前に着くまでにもいろいろ声が拾えたよ。せっかくだから、俺が聞いたものを三人にも直接聞こえるようにした。

 みんな心の中でげんなりしてる。

 悪意、疑惑、欲望、期待。めんどくさい視線の中、純粋な目で嬉しそうに俺たちを見ているウィラくんとスタングさんは癒しだね。二人とも無茶苦茶俺たちのこと褒めてくれてるよ。えへ。


 玉座のある台座の手前まで来た俺たちは立ち止まる。

 そして、右手を胸に目を伏せ会釈。

 王族が目上の王族にする挨拶なんだって。

 

「不敬な! 跪かぬか!」


 誰かが叫んだ。

 玉座から少し離れた大臣列の中の人。


『無視だ。跪くのは臣下や平民の礼だ』

『本来なら、女王は同格。会釈もいらん』


 シュザージとリドルカさんの声が心に聞こえた。

 テレシーは女王とはいえ、まだ国が正式には無いわけで。だから次期女王として王女の礼をとることにしたそうだ。国王同士なら胸に手を当てるだけでいいんだって。

 シュザージもリドルカさんも立場は他国の王子で、俺は平民だけど王配だから一応王族扱いでいいらしい。だからみんなと同じ礼をした。

 けど、分からず屋は叫ぶ。


「神の一族たる神王陛下の御前であるぞ! この世に平穏をもたらし魔を駆逐する偉大なる神の石をもたらす神の子、ラスタル神王に対しなんたる無礼──」


 うわぁ……

 あんなこと言われても困るよね。もう何代も経ってて神の力なんてちょっとしか持ってないのに、あんなに大げさに煽られたらいたたまれないよ。持っててもあんな風に言われるのは嫌だけど。

 ん? なんかリドルカさんとテレシーとシュザージがチラッと俺を見たよ?

 あ、ウィラくんが立ち上がった。怒ってる。


「静まれ! この者たちは私の恩人であり友人だ。それに王族である彼らは跪く必要などない!」

「騙されてはなりませんぞ王子! この者どもは詐欺師という噂も──」


 長くなりそうだ。

 シュザージはちょっとだけ様子を見て皇帝の委任状を見せるつもりだね。ちょうどいいから今のうちにアデレイさんの心を読んじゃおう。

 神王さんとちょっと間を置いて台座の上に座ってる人だね。前にフレンディスの別邸で見た白い髪の女の人。

 やっぱり心は凪いでいて、普通では読めない。

 もう少し深いところを探る。

 あれ? 読めない。

 ものすごくしっかり心をガードしてる。でも頑張れば読めないこともないよ。

 耳を済ませたら……聞こえた。


『はあ、やっぱり婿取りより嫁ぎたいわね。どうすれば理想の男性に会えるかしら。地位が高くて顔が良くて気の優しい頭のいい人……ラスタルには居なさそう』


 まったく関係ないこと考えてた。

 すごいね。顔はラスタルのみっともないやりとりを小馬鹿にして笑っているのに、心の中は婚活の悩みでいっぱいだった。

 ちょっとだけ気持ちがわかるけどね。

 運が良ければ一人くらい見つかると思うよ。俺なんか三人も見つけた。


『どうせお兄様は、代替わりまでは私にアデレイの代わりをさせるつもりでしょうし。仕方がないわ、おかげで婿選びが自分でできる権利をもぎ取れたのですもの。……さっさと代替わりしてくれれば嫁げるかしら』


 なんかすごいこと聞いたよ。

 三人にも聞こえたね。

 シュザージの口の端が上がってるよ。

 まだケンケン言い合ってる大臣とウィラくんに声をかけて、リドルカさんが前に出る。委任状を見せるんだ。

 ウィラくんが爺やさんに指示して、委任状を確認してる。みなさんびっくり。本物だよ、もちろん。

 その間にもう少しアデレイさんを、いや、アデレイさんのふりをしているこの人を探る。


 本当の名前と立場がわかった。

 名前はルーシラ。今のウェルペティ神王の末の妹。アデレイと同じ歳でとても似ているのでこっそり代理で時代会議に来ている、と。

 

 もちろんそれらはみんなに伝えた。

 そうしているうちに、委任状の確認を終えてリドルカさんが戻って来たよ。

 俺はちょっと休憩。


『お疲れ様です、タケユキさん』

『ありがとうタケユキ、あとは任せてゆっくり休め』

『ううん、ちょっとだけ休んだらまた他の人も探れるだけ探ってみる』

『無理は、するな』


 こんな場所じゃなかったら頭撫でられてギュッと抱きしめられてベッドに放り込まれてたね。大丈夫なのに。

 なんてやりとりして、今度はシュザージが前に出た。

 わかりやすく呆れた顔をしている。


『そろそろ本題に入ろう。まずはこの会見の理由を聞きたい。それと、ラスタル神王陛下の隣にいる姫は、フレンディスにあるラスタル神王国の別邸でお会いした方で間違いないか?』

「きっ、貴様、このお方を誰と心え──」

「お黙りなさい」


 叫ぼうとしたウェルペティの従者をピシャリと黙らせ、偽アデレイさんは立ち上がる。高いところから見下すような目をして言った。


「改めてご挨拶させていただくわ。私はウェルペティ神王国第一王女アデレイ。あなたは旧テルセゼウラの亡霊シュザージ王子で間違いないかしら?」

『あーあ、残念。見た目は一番好みなのに』


 今のは心の浅いところで副音声みたいに聞こえた。

 シュザージが好みなの?

 あげないよ。

 諦めてるみたいだからいいけど。

 俺が安心してると、周りは別件で驚いていた。


「ぼ、亡霊?」

「死者の常世の行きそこないだと!?」

「いや、確かにそんな噂も聞いたぞ。百年前の亡霊だと」

「バカな、行きそこないが百年も彷徨うなどありえん」


 この世界の幽霊って、そんなにすぐに常世ってところに持ってかれるの?

 俺の世界では百年どころか千年ぐらい漂っているのもいたよ。幽霊が神格化して神様になって祀られたりしてるのもあったね。

 と、考えてたらシュザージが驚いた顔で振り返ってた。


『タケユキさん、その話は後でじっくり話してください。シュザージ、今は心を乱している場合じゃありませんよ』


 テレシーに叱られた。

 心を繋げてる時に余計なこと考えちゃダメだね。反省。

 シュザージも気を取り直して前を向く。小さく咳払い。


『あの時と同じ方なら我らの紹介は必要ないな。ラスタル神王陛下をはじめ、この場に改めて挨拶を交わさねばらならん者はいまい。顔見せの謁見でないなら、別の用件があるのだろう?』


 ちょっと偉そうにシュザージが言う。煽ってるのかな? 単に性格かな? 相手が誰でも不遜で狡猾だなんて、かっこいいね。

 いけないいけない。

 余計なこと考えず、俺は浅く広く心の声を拾うことにした。


 用件、と聞いて神王さんが顔を上げた。

 周りは「陛下、威厳を」とか「強気で命じてください」とか心で言って神王さんを睨んでる。ラスタル神王さんは気が弱いのにかわいそうだよ。帝国の皇帝さんも似たようなこと言われてたけど、皇帝さんはおおらかそうに見えて芯はしっかりしてたからね。この人は無理かな。

 少しだけ唇を噛んで震えていたけど、泣きそうな顔で神王さんは口を開く。


「其方らに、ラスタル神王国にきょ……力を尽くすことを、た……命ずる」


 協力とか頼むと言いかけるたび、周囲に睨まれて言い直したよ、神王サマ。


『協力を頼まれるのであれば、もとよりそのつもりで参ったので構わん。だが、何をどうして欲しいか具体的に言ってもらいたい。ラスタル神王国はどうなりたいのだ? 答えによっては協力は拒否する』


 神王様真っ青。

 周りは「なっ!?」とか「ぬぅ!?」とか驚いたり怒ったり。


『ラスタルが抱える問題は昨日、ウィラネルド王子に伝えてある。ラスタル神王も共に話し合ったのであろう? その答えを──』

「黙れ! 亡霊風情が生意気なっ!」

「神王陛下になんという口を聞く!?」

「下々の者は首を垂れて粛々と命令を受け入れれば良いのだ!」


 どの口が言う。


『断る』


 キッパリ断るシュザージ。

 一瞬、息を飲んだ後、皆さんさらにテンションが上がっちゃったよ。お大臣の皆さんと、あれはたぶんラスタルの神殿長かな? それに神王さんの側近の人たち。またやいのやいの騒ぎ出したよ。


「ええい、なぜ亡霊などが代表ヅラで意見を述べる!?」

「そうだ! 帝国の使者が代表だろう! 神王国の偉大さにやっと気がつき、恭順を示しに来たのであろう!?」

「帝国のこれまでの行いを詫び──」


「断る。恭順など示してない」


 リドルカさんご立腹。そりゃそうだ。俺も怒るよ。

 怒ったリドルカさんが本気で睨んだら、何人か腰がひけた。怒っても魔力が制御できるようになっててすごいよ。それでもちょっとちびった人もいる。やだな……と思ってたら、家臣団の別の人がニヤッと笑ってた。


『愚かな奴らだ。せっかく利用できる駒がいるのに扱いづらい者に噛み付いてどうする』


 嫌な感じの心の声だね。

 神王さんの古参の大臣の一人みたいだ。その目は値踏みするようにテレシーを見て、わざとらしく笑った。


「皆、失礼がすぎますぞ。力を貸していただくなら相応の報酬を提示せねばならないでしょう。テレシー女王、テルセゼウラは今はまだ荒野のような場所だと聞きました。ならば無理な復興は諦めて、このままラスタル神王国に身を寄せ遠方より復興の指示を出されてはどうか。人が集まり国の体を成してから戻られては? 我々は歓迎いたしますぞ」

『こんな小娘、甘い汁をチラつかせればすぐに落ちる。荒れ果てた地の王などより神聖で美しい我が国での滞在を喜ぶはずだ』


 副音声、ひどいね。

 居させてもらうだけで喜ぶなんてないよ。テーマパークぽい国だけど違うでしょ? テレシーが滞在すれば俺たちもここにいて、魔法陣使い放題、帝国の権威借り放題とか思ってるんだね。


「お断りします」


 三連続お断り。

 古参の大臣さんカチンと来てる。

 返す当てが無いものは借りない方がいいんだよ。村のおばちゃんだって知ってたよ。息子が借金こさえた悩み相談、ばーちゃんにしてた。

 ウィラくんも、台座の上で立ったままで頭を抱えてる。


「なぜそんな提案が受け入れられると思うのだ? 問題だらけのラスタル神王国に滞在する意味なんかないであろう」


 ウィラくんがため息まじりに言った言葉にみなさん驚く。なぜ驚く?


「まさか、バロウとナルディエの官司が起こした暴挙を一時的に止めただけで、ラスタル神王国がかつての力を取り戻したと錯覚してはいまいな? 我が国は依然として脆弱で、テレシー女王やリドルカ皇弟殿下、魔法陣の賢者シュザージ殿……たちの協力を請わねばならん立場だぞ」


 ウィラくん。俺につける称号みたいなのが思いつかなくて省いたね。目でゴメンって言ってるのがわかる。いいよ。俺はただの異世界の超能力者だからね。呼ばれなくていい。

 気を取り直して臣下の列に目をやるウィラくん。


「バロウとナルディエの官司たちは官舎に閉じ込めてはいるが、いつまでもこのままではおけん。すぐにそれぞれの神王国にも情報は届くだろう。いや、既に届いているかもしれん。奴らは必ず報復を考える。その時に、ろくに軍もなく政務すら奴らに牛耳られていた我が国だけで太刀打ちできると、本気で思っているのか?」

「次期神王たるお方がなんと弱気な!」

「やはり次期神王はウィラネルド殿下より──」

「貴様! まさかこの場を利用してスタング様を──」


 また揉め出したよ。めんどくさいな。

 こんな時は説得より暴力の方が手っ取り早いってばーちゃん言ってたけど、これは俺の問題じゃないから手を出しちゃダメなんだよね。


『タケユキさん。ご自分の問題でも即決即行はダメですよ』


 はい。

 またテレシーに叱られた。

 でもウィラくんもイライラしてきてるよ。もともと短気なのに大丈夫かな、と思って見てたら、シュザージがピッと偽アデレイさんを指差した。ちゃんと見てないと気が付かないほど一瞬だけど、スタングさんは見てたね。そっと小声でウィラくんに声をかけた。

 ウィラくんはハッとする。

 要するに、ウェルペティを巻き込めってことみたい。


「アデレイ、このような見苦しいところを見せてすまない。其方は同じ神王国の次代としてどう思う?」


 話を振られ、ふふっと笑う偽アデレイさん。


『バカね。ウェルペティを頼るそぶりを見せるなんて。お兄様はラスタルと帝国を利用してバロウの増長を止めて、あわよくばラスタルへ帝国から流れる利益と魔法陣技術を奪え仰っていたけど、これなら……』


 と、心の奥で考えた偽アデレイさん。

 こうなることを予測してたね。

 そこでシュザージが小さな小さな声で呟いた。


『どうする? ルーシラ』


 ここにいる神術士で情報収集とかちゃんとしてる人は、読心妨害で心を読めなくても小さな声を拾うくらいはしてるようだ。シュザージの声を耳にした何人かが首を傾げた。けど、一人だけ目を見開いて固まってる。

 もちろん、それは偽アデレイさん。本名ルーシラさん。

 さっき、スタングさんの耳打ちも聞いてたみたいだし。やっぱり今度のも聞いてた。

 聞いてくれててよかった。

 ゆっくり、悟られないよう気をつけて偽アデレイさんは視線をシュザージに向けた。シュザージは煽るようにニヤリと笑う。



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