第百四十七話【ウィラネルド:我も来た道】
「ウィラネルド殿下はもう少しスタング様と距離を取るべきです」
「その位置は臣下の位置でしょう。スタング様は紛れもなく神王一族、神王陛下の隣の席にすべきです」
「いいえ、王妃様が亡くなられた今、陛下の隣は後継者であるウィラネルド様だけが座るべき場所です」
「何を言う!? スタング様は王兄殿下の御子息、本来なら──」
「其方こそ何を言う! ウィラネルド殿下は正当な──」
くだらない。
本当にくだらない。
今はそんなことを言い争っている場合か?
我が物顔でラスタル神王国を牛耳っていたバロウとナルディエの手先は捕らえたが、責任者は牢に、その他は官舎に閉じ込めただけで今後の扱いすら決まっていない。どちらの国も報復に出るだろうことは間違いないのに、言い争っている内容が本当にくだらない。
謁見の間の席位置など、どうでもいいではないか。
おかげで謁見の時間がどんどん遅れている。
謁見の間の準備に時間がかかっていると聞いて見に来てみれば、それがなんともくだらない理由で頭が痛くなる。
荘厳なる白の広間。
神降地山脈から切り出したとびきり美しい光沢のある白い石で出来たその場所で、魔落ちした魔物のようにドロドロした争いが繰り広げられている。
あれがラスタル神王国の、神王直属の臣下の姿か?
これまで他の神王国の下で押さえつけられ息を潜め、命じられた仕事に従事していただけの者が、自由になった途端これでは泣きたくもなるだろう。
それに奴らは、言いがかりをつけて父上の寝台から魔石を奪って壊したのだ。
あれはいただいた物ではなく、借り受けているだけなのに。魔法陣の内容も、快方に向かっている父上の様子も気に留めず、ただ魔力は危険な物、魔石は穢らわしいものと取り上げてしまったのだ。
タケユキ殿らにどう謝ればいいのか……
謁見の間の玉座の裏にある垂れ幕。その裏に隠された王族専用の出入り口で、私はじいと一緒に頭を抱えた。
謝らねばならぬことだらけなのに、この上こんなことで謁見が遅れ続けたらタケユキ殿らに申し訳ないし、アデレイにもバカにされ足元を掬われかねない。
これは叱り飛ばして急がせるべきだろう。と、謁見の間に入ろうとした時。正面の開かれたままの大扉からスタングが入って来た。
一人だ。
タケユキ殿らに伝言を伝えに行ってもらったが、無事に行けたのだな。大丈夫と言うから行かせたが、途中で神殿の者らに拉致されないか心配だった。よかった。
そんなスタングを見て、何人かが顔をしかめ何人かが下卑た笑みを見せた。
「これはスタング様、神殿にご挨拶に参られたのですな? 神殿騎士たちはどうされました? 送迎の護衛をするよう命じていたのですが」
神殿寄りの大臣が両手を挙げてスタングを迎え入れようとするが、スタングは足を止めずに言葉を返す。
「ああ、彼らはなぜか皆、転んで足を負傷しました。まがりなりにも騎士なのに、ちゃんと訓練をしているのですか? 騎士団も一般兵士と同じく鍛え直さねばなりませんね」
「んなっ!?」
足を止めた大臣の横をすり抜けるスタング。怒りの形相でその背に手を伸ばす大臣の手が、バチっと何かに弾かれた。
ああ、守りの魔法陣が発動したのか。
神術だけの魔法陣は心許ないと言われたが、あの程度の者なら難なく弾くか。いや、もしかして神殿騎士も弾かれたのでは?
軟弱すぎる。確かに、鍛え直さねばならんな。
私も謁見の間に入り、笑いを堪えながら声を上げる。
「スタング、リドルカ殿下や賢者殿はどうしておられた?」
周りを牽制するように、あえて地位の高い者の名を上げて尋ねれば、スタングはニコリと笑った。
「寛いでおられましたよ。長旅の後なのにこれまで色々とラスタルのために相談に乗り手助けをしてくださっていたのです。思えばご家族でのんびり話す時間もなかったので、これを機に謁見の時間までゆっくりしたいそうです」
なんだろう、含みのある言い方な気がする。
こんな場で心は読めんな。
そもそも、此奴は読心の神術も魔法陣で防御していたはずだ。ここは上位神術士だらけだからそれで良いのだが……
「それなら、良かった。謁見はもう少し遅れそうだ」
そう答えれば、周りにいる何人かがムッとした。
客人がのんびりしていると聞いてなぜ怒る。本来ならこちらから休息の時間を作って差し上げねばならなかったのだぞ? まったく、と周りを睨んでいたらスタングもまた周りを見て、なぜか苦笑いをした。
「ウィラ、師匠は大したことではないとおっしゃっていました」
「は?」
「初めてウィラと対面した時より、対処は楽だと」
一瞬で顔が熱くなった。
賢者殿と初めて対面した時の自分を思い出して、羞恥で声が荒くなる。
「あっ、あの時は、そのっ、本当に失礼なことをしたと思っている! ラスタル神王国をなんとか立て直したくて焦っていたし、あの場で最も地位の高いのは自分だと驕っていた。聞いただけの話を鵜呑みにしていたし、まさか裏もなく本当に助けてくれる気でいるなんて思いもしなかったのだっ」
そんな私を見て、スタングはまた笑う。
「私も、勇者として使わされた時は腐ってましたよ。そして、できれば都合よく他の勇者たちを利用して、己の地位を回復できないかとまで考えていました」
「スタング……」
「つまり、そう言うことです」
二人で顔を見合わせた後、周囲をぐるりと見た。
何人かは恥ずかしげに頬を掻いたり唇を噛み、何人かは苛立たしげに舌打ちした。首を傾げる者や、気にも止めていない者もいる。
「なるほど、耳が痛いですな。しかし、急がなくて良いなら助かります。謁見の準備は何かと時間がかかるものですからな」
後ろで話を聞いていたじいがそんなことを言った。
もしかして、賢者殿は時間が欲しいと申されているのか?
「……ならば、お言葉に甘えよう」
そう答えたら、じいはうなずいた。
私も小さくうなずきかえし、周囲に命じる。
「その代わり、完璧に謁見の間を整えること! 良いな!」
恥ずかしげだったり、舌打ちした者はなぜか俄然と準備を急ぎ始めたが、その他の者があいも変わらず足を引っ張ったので時間は十分取れたと思う。
結局、謁見はずいぶん日が傾いた頃に行われた。
まず、出迎えるラスタル神王が席につく。
父上の顔色はまた悪くなっている。
階段三つ分の高さの台座に据えられた玉座。その左隣に私の席があり私が座るとその横にスタングが立つ。じいは台座の下だが、一番近いところにいてくれる。
ラスタル神王の右隣。少し間を開けた場所にも私の物と類似した椅子がある。
……アデレイの席だ。
私とスタングの立ち位置は、最後に私たちで勝手に配置を変えて今のようにしたが、アデレイの場所はウェルペティ派の者たちにあの場所と決められた。
次代のウェルペティ神王とは言え、他国の王女にすぎない者がラスタル神王と並ぶ位置に座るとは。
バロウとナルディエの官司を退けたことで、両派閥の者たちは大人しくなると思ったが、ウェルペティに乗り換えようと考える者が多いようだ。
これらをなんとかすることが、次期ラスタル神王たる私の課題なのだろうな。
ため息を吐きかけた時、アデレイの到着を告げられた。
「ウェルペティ神王国、アデレイ王女殿下、御入来ーっ」
謁見の間の大扉が開き、アデレイが入ってくる。
次代会議の時と同じ服装だ。神王に謁見すると言うのに。
少し腹立たしいが。飲み込むしかない。
……それを言い出すと、タケユキたちは旅装束しか持たぬ身でここに来たのだ。アデレイに文句は言えない。
微笑みながら、玉座の手前まで来たアデレイが軽く胸に手を当てるだけの礼をする。
しないよりマシだが、神王を敬う礼ではない。
「ラスタル神王陛下、お久しぶりにございます」
「うむ、よく来たアデレイ姫。まだお小さい頃に一度だけお会いしましたな。私やウェルペティ神王が即位される前、次代会議に連れてこられた」
「覚えてくださっていましたのね、光栄です。ウィラネルドも、先日お会いしたばかりですが、色々とあったようで少し顔つきがお変わりかしら?」
「ええ、色々と考えることが多くて。次代として、共に良き神王国の未来の為に語りたいですね」
「それはこの謁見で会う方々も交えて、ということでよろしいの?」
アデレイが目を細めて笑う。
私も、負けじと目を逸らさず笑った。
「そうです」
ジョルアンは頭から怒鳴り散らすし、モーリスは屁理屈を捏ねたり揚げ足をとるようなことを言うので腹が立つが、アデレイはアデレイで何を考えているか分からないので扱いづらい。
此奴も上位神術士。心を読むことはできないしな。
ラスタル神王との謁見を申し込んだくせに、当たり前のようにこの場にタケユキ殿たちが来ることを知っている。そして、ラスタル神王とはろくに話すこともなく、解放されたウェルペティの官司と騎士に囲まれて神王の隣の席についた。
課題は大きく難しいな……
などと考えていたら、大扉の向こうから侍従が一人駆けて来た。
入り口近くで客の来訪を告げる官司に何かを告げている。なんだか焦っているようだ。どうした?
チラリと隣のスタングを見たら笑っている。ニンマリと。
これは、面白いことになるのか?
期待して正面に向き直れば、戸口の官司が新たな来訪者の名を告げた。
「新生テルセゼウラ王国女王テレシー陛下、並びにその御夫君タケユキ殿。旧テルセゼウラ王子シュザージ殿下、そしてオンタルダ帝国皇弟リドルカ殿下。御入来ーっ」
皆が読み上げられた名と順番に驚いた。
私もだ。
さらに驚いたのは……彼らが見事な装いで現れたことだ。
テレシー殿は白に赤い花の刺繍が刺された美しいドレスに、朱に近い赤いマントを羽織っておられた。髪は金細工の飾りで軽くまとめられ、同じく金細工の小さな花の耳飾りをつけている。色合いは目立つが派手さはなく品がいい。そして、胸を張り誇らしげに笑みを浮かべたその姿は、まだ若いながら十分に女王の威厳があった。
その隣に立つタケユキ殿もまた、上等な白と緑の衣装に濃い緑のマントを羽織っておられる。その斜め後ろにはリドルカ殿がいて、これもまた見事な青い刺繍の白い衣装。濃い青のマントに刺された刺繍はタケユキとお揃いではないか?
そして、テレシー殿の斜め後ろにはシュザージ殿だ。
あれは初めて会った時に身に付けられていた衣装だな。金縁の刺繍をあしらった赤いローブを羽織る姿は、賢者の装いにふさわしい。
皆がポカンと口を開けて見ておるぞ。
父上も大臣たちもアデレイもだ。
真っ白な謁見の間に、煌びやかな花園が現れたような錯覚さえする。それほどまでに、そこにいる者たちの存在感はすごい。
もともと、見目の良い者ばかりだしな。着飾れば映えるに決まっている。
スタングは知ってたな。こいつだけ自慢げに笑っている。
これは確かに、面白いことになった。




