第百四十五話
俺はシュザージの膝に座ったまま、シュザージが何か話してくれるのを待った。
シュザージは視線を右へ左へ彷徨わせながら逡巡してる。
そんなに話しにくいのかな。
こんな時は聞き手から何か話を振って引き出すのがいいんだろうけど、リドルカさんと会ってすぐの頃、船での旅の時に失敗してるから俺には向いてないんだと思う。
ので、じっと待つ。
『あー……タケユキ。タケユキは何か私に話したいことはないのか?』
待つと決めた途端聞かれた。
「あるよ。聞きたいこともいっぱいある」
『そうか! ならばまずはタケユキが話してみよ』
「三人で俺に隠し事してるでしょ? 聞けるならそれを聞きたい」
『………………』
黙っちゃった。
やっぱり、俺は聞き手としても下手だ。話すのも上手くないし。
でも話していいって言ったのはシュザージだから聞いておこう。
「たまに俺が知らないことでみんなは知ってる風な会話してたから、そうかなって思ってた。でも俺が聞かない方がいいことなら聞かないようにしようと思って、無理に心を読んだりはしてないよ。でも、聞いていいなら聞きたい」
ダメって言われたら、諦めるけど。
秘密にしたいことはあって当たり前だから。
母さんが言ってた。心が読めるんだから、余計に気をつけなきゃいけないんだって。無理に秘密を暴いちゃいけないって。ばーちゃんは状況によるって言ってたけど。ばーちゃんは知った上で知らないフリするから大丈夫なんだって。俺は敵やどうでもいい人ならそれもできるけど、大事な人にはできそうにないから、そこは母さんのやり方に習っとく。
シュザージの返事を待って、じっとその横顔を見る。
聞くと同時にそらされた視線は上を睨んでる。
リドルカさんが聞けって言ったのって、その話かな。リドルカさんも口下手だし。テレシーはあえて何も言わずに奥の部屋に行ってシュザージに任せてる感じだしね。俺に秘密にしたいのってシュザージだけなのかもしれない。
少し待ったけど、シュザージは何も言わない。
どうしよう。
「……言えないなら、いいよ? そう言って」
しょぼんとなる。
残念だけどそれならそれで仕方ない。と、諦めようとしたら、ポンっと柔らかい手が頭に乗せられた。
『あー……そうだな』
と前置きをして、シュザージの視線は俺に戻った。
『タケユキの世界の神は、どんなことができる?』
なんで?
神?
なんでそんな話?
でも、聞きたいなら話さなきゃ。
これも話の取っ掛かりかも。
「詳しくはよく知らないよ。家にあった漫画とか、アニメとかで使われてるネタだったり、ばーちゃんが話してくれたことくらいしか。前にもちょっとだけ言ったけど、うーん、どれがいいんだろ」
『人と人を結びつけるような、そんな逸話はあるか?』
「ああ、それはあるね。縁結びはほとんどの神様ができるんじゃないかな。年に一度みんなで集まってそんなことするって話はよく聞いた」
あれ?
シュザージが頭を抱えたよ?
『……タケユキの先祖は神と婚姻したのだったな?』
「結婚というより生贄だよ。神様に、うちの村のべっぴんさん嫁に捧げるから食ってもいいしコキ使ってもいい。その代わり村の願いを叶えてくんろう~って」
『なんだそれは、ひどい話だな』
「そんなのは世界中であったみたいだよ。神様って気に入った人の願いしか叶えないし、気に入らない人は丸々滅しちゃったりしてたし。昔話で創作も多いらしいけど、たくさんあるからいくつかは本当かもね」
シュザージがまた困った顔をした。
『好き嫌いで対応が変わるのは、普通といえば普通だが……』
「まあ、そうだね。ちょっと規模が違うけど」
『そう、だな』
なんだか急に頭をなでなでされた。
『他に何ができる? 神石を作る者はいないそうだが、空を飛んだり物を浮かせたり、人の心を読んだりはするのか?』
「だいたいできるんじゃないかな。神様だし。あ、神石は作らないけど、神様によっては金銀財宝をくれる話とかあったと思う」
『ほほう。タケユキにはできるのか?』
なんで俺?
まあいいや。
「鉱脈を探すくらいならできると思うよ。興味ないからやったことないけど。シュザージは何か欲しい?」
『いや……別に欲しくはないが……なるほど』
何に納得したのかな?
それに、よく考えたら俺の話になってるね。俺というか、あっちの世界の神様の話に。
シュザージの話が聞きたいのにおかしいな。
取っ掛かりだからって変な話から始めちゃったのがいけなかったのかな? どんな話をふればちゃんと話が聞けるだろう。
魔法陣の話? テルセゼウラの話? テレシーの話もアリかな?
うーん、と考えていたら、なでなでが止まった。
『タケユキの世界では、死者はどうなる?』
死者?
どういう繋がりで話が飛んだんだろ。
「お弔いしてお墓に埋めるよ」
お弔いの方法は信じてる神様とか仏様とかによっていろいろ違うけど。
じーちゃんとばーちゃんのお墓は山奥の温泉のそばにある。俺が作った。
『そこは、変わらんのだな。だが、魂の行き着く先は違うのではないか?』
「天国か地獄かってこと?」
『……なんだ? それは』
「生前に良いことした人は天国とか極楽浄土とかに行って快適空間で飲み放題食い放題。悪いことした人は地獄に落ちて環境の悪いところで罰を受けるって」
『余計わからん。善悪の判断は誰がする?」
「そうゆう場所を司ってる神様のさじ加減」
『俗っぽいな。ベルートラスの神殿に裁かれるようなものか?』
ああ、神属騎士に連れてかれてろくに言葉が通じず暴力を受けたっけ。あいつらは良いことしてる気になってた。
『やはり、この世界とは随分違うな……』
「そうなの?」
『この世界では、肉体が死ねば魂は死者の常世へ行く』
死者の常世。
聞いたことある。
鉱山の町で救出活動してた時にアスノンさんが言ってたね。
「どんなとこ? 天国みたいなの?」
『飲み食いはないな。眠るだけの場所だ。美しく澄んだ深い深い泉の底に、魂から剥がれた人格や記憶が沈んで永遠に眠るのだ。……とても、静かな場所だ』
なんだかシュザージが震えている気がする。
そうか。
シュザージは行ったことがあるんだっけ。
記憶も人格も取られなくて良かった。
「あれ? でもお化けはいるんじゃなかったっけ? ベルートラスでパレアーナさんの見せた幻影を見てテレシーはそんなこと言って驚いてたし、シュザージって表向きには幽霊の設定でしょ?」
『ああ。魂が死者の常世へ行く直前に、記憶が剥がれて現世に残ることもごくごく稀にある。すぐに常世の泉から迎えの手が伸びて連れて行かれるが、生きている者はそれに巻き込まれることを恐れて怖がるのだ』
おお、こっちの世界の怪談か。
ちょっと向こうと似たとこもあるかな。
『いや、そんな話はどうでも良い。そちらの世界では、魂の行き着く先が複数あるのだな。魂だけになった後、生者にくっついて見守ったりすることはないか?』
「あるよ。守護霊とか、そんな感じの…………もしかして、ばーちゃん居る?」
随分変なことばかり聞くと思ったら、そういうこと?
聞いたらまたシュザージは目を逸らした。
何度も夢を見たのはそのせい?
「居るの!? シュザージは知ってたの!? いつから!? ばーちゃん!」
俺がキョロキョロ辺りを見渡して、膝から降りようとするのをシュザージは強く抱きしめて止めた。
『落ち着け、タケユキ。御祖母殿は……最後の夢で、御祖父殿のところへ帰ると言っていた』
「帰る……?」
『タケユキのことを案じておられた。私たちを夢に導いて、タケユキのことをお願いすると頼まれた』
「シュザージは、ばーちゃんに会ったの?」
『タケユキが見ていた夢が流れ込んで来てな、小さなタケユキと御祖母殿が話している姿を垣間見た。タケユキの名の由来になった木の林の向こう、古い木造の家屋のテラスで小さなタケユキは御祖母殿に甘えていた』
「ふえっ!?」
一瞬でほっぺが熱くなった。
夢は覚えてないけど想像はつく。
そんな姿、見られてたの!?
「そ、それって、テレシーが夢を覚えてるかって聞いた日のこと? もしかしてテレシーも見てた? リドルカさんも?」
『皆で見た』
にゃーーーーッ!
俺はシュザージの腕の中で暴れたけど逃げられない。たぶん顔は真っ赤だと思う。
「ばーちゃんに甘えてたのは小さい頃のことだからね! 大きくなってからはそんなことしてないよ!?」
『甘えるタケユキは可愛らしいから、我らには存分に甘えてかまわん。ふふ、本当に愛らしい』
そう言って、膝の上に横座りしてた俺の膝裏に手を回し、逃げられないようにしてまた抱きしめた。うにゃーっっ
『はは、すまないすまない。少しからかいすぎたか、許してくれ、タケユキ』
シュザージは頬ずりしながら謝る。まだからかわれてる気もする。でも……
「それが、シュザージが秘密にしてた話?」
ばーちゃんに秘密にしろって言われたのか。なら仕方ない。
『いや、他にもある』
「え?」
『夢は三度見た』
「ええっ!?」
シュザージは笑いながらゆっくり身を起こし、改めて俺を膝の上に座り直させ、目を合わせた。
『初めて、御祖母殿の見せる夢を見た時。私はタケユキを少し……恨んでいた』
「へ……?」
ポツリと、溢すように言われた言葉にビクリとした。
『なぜ、百年前のあの日、召喚の魔法陣発動とともに我が元へ来てくれなかったのか。なぜ、用意した魔力や神力を超えて城の者たちの命まで費やさねば届かなかったのか。テルセゼウラの民が路頭に迷い、私は幾度も生と死を繰り返し、やっと其方と出会えたと思ったら、私の自我が目覚める前に遠くに行ってしまった』
「シュザージ、ごめ……」
『タケユキのせいではない』
シュザージは笑ってる。
少し切なそうだけど、責めている顔じゃない。
『本当に、タケユキのせいではないぞ。あの時は取り乱していたし、ままならない事ばかりで苛立っていた。後で聞けば、あの時タケユキは死にかけていたそうだな。リドルカに聞いて血の気が引いたぞ』
優しい手が、俺の頭を撫でている。
『あの時、テレシーがな、何度も何度もタケユキの姿を思い浮かべてくれたのだ。その笑顔に、見知らぬ地で頑張る姿に、テレシーを庇って戦う勇ましさに、癒された。その止めにあの夢だ』
「……どんな夢?」
『小さなタケユキが、御祖母殿のために湯脈を掘り当てて倒れ、御祖母殿や御祖父殿に叱られたり褒められたりする夢だ』
「あれ、俺も見た」
あれもまた、恥ずかしい夢だな。
なんでばーちゃん、そんな夢ばっかり見せてるの。
むう、と唇を尖らせると、シュザージは笑う。
『あの時の愛らしくいじらしい姿に惚れ直した。それにテレシーにも感謝した。テレシーが印象深く心に留めているタケユキの姿は、どれも私も好ましく思うものばかりだった。やはり同じ魂の上にある自我、好みが同一だ』
テレシーってば、どんな姿を思い描いたのかな。
それはそれで恥ずかしい。
『二度目は、リドルカを疎んで妬んで殺してやりたくなっていた時だ』
「へっ!?」
『やっと逢えた花嫁を取られたことも腹立たしかったが、彼奴は大事だと宣った花嫁に別の男をあてがおうとした。意味がわからん。タケユキが男である以上、女ならわからないでもない。よもや私に肉体がないのを嘲ているのではと邪推した』
「えっ、えっと、リドルカさんは……」
違う、という前にシュザージは俺のほっぺをふにっと摘んだ。そして楽しそうに撫でる。
『今はわかっている。さっき言ったのも……全部知った上での愚痴だ。彼奴はおそらく肉欲的な感情をごっそり失ってしまっている。その生い立ちを考えれば想像はつくが。おかげで其方らの仲が想像以上に清いもので拍子抜けした』
それはそれは楽しそうに笑ってる。
リドルカさんは甘いもの以外は好き嫌いなくなんでも食べるけど、お肉が嫌いとかそんな話じゃないんだろうな。清いというのもよくわからない。
首を傾げていると、シュザージは『ふっ』と息をついて続きを話し出した。
『あの時、御祖母殿に導かれて其方らの宿に行かねば知り得ないことだった。クレオが世代を超えてもテルセゼウラ王家に忠実な家臣とわかって、一石二鳥でもあったしな。実はクレオは、私が子供の頃世話をしてくれていた爺やの子孫だったのだ』
「えっ!?」
『私が成人するとともに爺やは隠居して、今のスルディア近くにあった故郷の領地で暮らしていた。故に、一族郎党、あの難を逃れてスルディアに移りその建国に尽力し貴族の地位を得られたらしい。奴の実家には当時持ち出した私の子供の頃の肖像画があるそうな』
「子供の頃のシュザージの絵!? 見たい! ものすごく見たい!」
わくわくしてシュザージを見てたら、シュザージが苦笑いになっちゃった。
今度クレオさんに頼もう。
『あー、それでな。三度目の夢についてだが、ここからが本題だ』
「あ、はい」
俺は興奮を収めて、聞く態勢に戻った。




