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第百四十四話


「神王さんとのお話が? ウィラくんに王位を継がせることが? 神様に謁見しても脅さないことが?」


 首を傾げながら聞いてみたら、ため息まじりに『真ん中だ』とシュザージが言った。途端、怒り出すウィラくん。


「なぜだ!? 其方は私を神王の座に着かせてラスタルを強国にすると言ったではないか!」

『そのつもりだったが、ラスタル神王国が私の想像以上に脆弱惰弱で愚かだったからだ』


 ずばり言っちゃった。

 ラスタル従兄弟は二人して口を開けて青くなる。


『試みに聞くが、王位継承はいつの予定で神王はそれを口にした?』

「で、できるだけ、早い方がいいと……」

『ウィラネルド王子が王位に着くのは三年後、どれだけ早くても一年は必要だ。帝国から花嫁が来るとすればその時になる。でなければ、ラスタルは他国の脅威を取り去った後、内乱で滅ぶ』


 シュザージが予言めいたこと言ってる。

 ウィラくんもスタングさんもまったく訳が分かってない。

 俺もちょっとしかわからない。


「シュザージ、もうちょっと詳しく言ってあげないとわからないと思うよ」


 そう尋ねたら、シュザージは口をへの字にして少し考えてヒントをくれた。


『では私の懸念を理解するための手がかりを教えてやろう。よく考えろ。まず、これまでラスタル神王国を仕切っていた他国の官司や騎士をごっそり取り除いたことで何が起こるか。先ほどこの部屋に出入りして其方に指示を仰ぎ動いていたのは若い者ばかりだったが、年嵩の者たちはどうした?』


 うっ、とウィラくんが唸った。


『次に、ナルディエ神王国が化物を使って侵攻してくる可能性と、化物の餌にされる者は誰か。さらに、フレンディスをはじめ神王国に押さえつけられていた属国がこの機にどう動くか』


 シュザージが指折り伝える言葉を、ウィラくんとスタングさんはうなずきながら聞いている。


『後、我らはラスタル神王国のために全力を出すつもりはない。協力は長くても二月前後というところか。それも場合によっては即座に取り止める可能性もある』

「なっ!?」

「師匠……」

『先ほど持って行った報告と併せてもう一度考えて、答えを出せ。其方らの保護者共も一緒にな。どうすればラスタル神王国にとって最良か、答えが出たら明日、聞こう』


 シュザージ、学校の先生みたいだ。

 俺は宿題が嫌いだった。

 けど、これは俺もちゃんと考えないとかな。


「私も、なんとなくは分かりましたが、もう少し理解できるよう頑張ります」

『うむ』


 おお、テレシーも頑張るんだ。

 もしかして女王様になるための勉強かな。それなら俺もがんばらなきゃ。夫だし。


「俺もちゃんと考えてみる」


 そう答えたら、シュザージもリドルカさんも交互に俺とテレシーの頭を撫でてくれた。それを悔しげに見てるウィラくんとスタングさん。

 けど、ウィラくんはすぐに軽く頭を振って真っ直ぐにシュザージを見た。


「わかった。私ももう一度、考えてみよう」


 挑戦的に睨みつけながらも、キレずにちゃんと考えようとするウィラくん。少しの間に成長したね。


 その後、俺たちは泊めてもらっているウィラくんお城で一番いい客間に戻り、夕飯を食べて早々に床についた。ここはフレンディスの別邸に似た作りの部屋だね。

 食事中、俺もテレシーも考え事をしていたので口数は少なくなっちゃったけど、シュザージもリドルカさんもまるで父兄のように見守ってくれたよ。

 ……俺、二十二歳だけどね。

 


 そうして、翌朝。

 頭を使ったせいかしっかり熟睡して、ちょっと早く目が覚めた。

 今日はなんと、俺が一番に起きたみたい。

 大抵はリドルカさんが一番に起きていて、テレシーもたまに先に起きてることがある。テレシーが起きていたらシュザージも出てきているので、みんなに寝顔を眺められてることが多い。

 ……あれは結構恥ずかしい。

 チラッと横目でリドルカさんの寝顔を見る。

 動いたらリドルカさんはすぐに目を覚ましてしまうので、できるだけそっと。

 リドルカさんはいつもかっこいいけど、寝顔は可愛く見えるね。精悍な顔つきが、目蓋を閉じて薄く唇を開き寝息を立てているととても幼く見えるよ。

 幼顔に定評がある俺が言うのはあれだけど。

 ゆっくり反対側を見るとテレシーの寝顔。

 やっぱりテレシーはかわいいね。

 へにゃっとほっぺが緩んで笑ってるみたい。いい夢見てるのかな?

 うん、早起きは三文の徳だ。

 ううん、一文足りないな。

 シュザージの寝顔もみたい。

 けど、今はまだ無理かな。

 理想郷ができて、ゆっくり魔法陣の研究ができるようになったら、シュザージのことだからもっとすごい幻影体作って一緒に眠れるようになるんじゃないかなと思う。まだ先の話だけど楽しみだ。

 昨日の宿題は、考えれば考えるほど悲惨な答えばっかり浮かんで困ったけど。世の中って世知辛いからね。

 ウィラくんたちがいい答えを見つけてくれてればいいんだけどな。なんて考えてたら二度寝してた。

 目が覚めたら、三人が俺の寝顔見てて、やっぱり恥ずかしかった。


 

「この後はどうしますか? 昨日の会議室に行きますか?」


 俺たちは朝食を終えて、テレシーに食後のお茶を淹れてもらってまったりしてた。朝食もこの部屋に運んでくれたよ。おコメのおかゆが出て大喜びしてたら、ことが片付いたらおコメの種を仕入れられないか交渉してくれるって、シュザージが言ってくれた。

 わぁい。

 そんな、まったりした食後の爽やかな朝のひと時。


『そうだな。まだまだ考えたり指示したりせねばならんことだらけだが、今は少し休もう。ラスタル神王国がどんな答えを出すかで方針は変わる』


 シュザージがテーブルに肘をついて、ため息をこぼした。


「シュザージ、疲れてる?」


 尋ねたら、シュザージはなんてことないように身を起こす。


『いいや。私の本体はテレシーだ。テレシーがくたびれていなければ疲れなど感じん』

「うーん、体はそうでも頭は疲れているんじゃない? 頭使うこととか交渉ごととか、大変なことは全部シュザージ任せになっちゃってるし」

『テレシーは体も頭も丈夫な娘だ。案ずることはない』

「シュザージ、言い方を改めてください。私が体力だけが取り柄のように聞こえます」


 テレシーがほっぺを膨らませて抗議した。

 元気なことは良いことだと思うし、テレシーがくたびれてないならそれに越したことはないんだけど……

 どうしたものかと首を傾げていたら、ふいにリドルカさんが天井を見上げた。

 一瞬、天井裏に忍者でもいるのかと身構えてしまったけど、別に誰もいない。そもそもこの部屋にはガッチリ覗き見盗聴全部防止の魔法陣が描かれている。

 リドルカさんが見てたのは、天井よりずっと上の方だった。

 

「伝書鳥が、来ている」

「え? でも伝書鳥には魔力が薄すぎて、フレンディスの王都よりこっちは来れないんでしょ?」

「随分、高いところにいる」

『地上の魔力排除の神術が届かないところにいるのだろう。魔力を含んだ気流に乗って来たのかも知れん』

「早く、迎えにいかねば、止まり木もない空では休めん」


 それは大変だ!


「転移で空に跳びますか? 今日は元気だから跳ぶのも飛ぶのも大丈夫です!」


 むしろ、久しぶりに空が飛べるなら飛びたいと思う。

 けど、リドルカさんは俺のことじっと見て、シュザージのこともじっと見て、こう言った。


「一人で行く。いい機会だ。タケユキは、ここに残ってシュザージと話せ」

「話?」

『なっ!? 何を言っておるのだお前は!』

「飛ぶ姿を見られても、俺は良いはずだ。魔王石並の魔力を操れる姿を、見せておく必要が、あるのだろう?」


 シュザージは『それは……』と口籠る。


「何かあればわかる。今日は、飛べなくても我慢しろ。できるな?」

「わかった。リドルカさんこそ気をつけて行ってきてね。羽太郎か羽次郎か羽三郎かわからないけど、伝書鳥によろしく」


 席を立ち、見送りの言葉を口にすれば、リドルカさんは俺を抱きしめてひたいにキスをした。そして、窓から飛び出し空に向かったよ。

 外では「あれはなんだ!?」とか「あれは客人の!?」とか、何人かか叫んだのがわかった。


 さて。

 話って何の話をするんだろう。

 と、思ってテーブルの方を見たらテレシーも席を立っていて、一歩づつ確かめるようにシュザージから距離を取っていた。シュザージが驚いた顔のまま俺を見ている間に、寝室の入り口側まで行ったよ。


「よし、この辺りくらいなら離れていても大丈夫ですね。シュザージ、私はこちらの壁の裏にいて、なるべく話を聞かないようにします。タケユキさん、シュザージの話を聞いて癒してあげてください」


 そう言って、テレシーは壁の裏に隠れたよ。

 なるほど。

 これはアレだ。ばーちゃんが村のおばちゃんたちの話を聞いてあげてたやつだ。話を聞くことでストレス発散とか気分転換させてあげられるんだよね。俺にもできるかな。やってみよう!

 俺は、唖然としたままのシュザージのところへ行って、シュザージが乗った椅子を少し引いた。シュザージは体重もないから簡単だ。

 で、その膝に座る。横向けに。

 座り心地の良い水風船のようなお膝だ。


「さあ、弱音でも悩み事でも考えをまとめるための雑談でもなんでも聞くよ! 話して、シュザージ」


 顔を覗き込んでそう言えば、シュザージは頭を抱えてため息をついた。

 ……あれ? 膝に座るのはダメだった?

 と思ったら、勢いよく抱きしめられた。


『くそう! あの魔王はなんなんだ!? あれほど執着している妻を他の男と二人きりにして出掛けるなど、ありえん! そもそも、自分から二夫を許すなどおかしいではないか! 奴には嫉妬心がないのか!?』


 シュザージは俺を抱きしめて頬擦りしながら憤る。

 俺は、帝国で聞いた話を思い出し、シュザージに話すことにした。


「リドルカさんは、嫉妬が嫌いなんだと思うよ」

『……嫌い?』

「うん。リドルカさんはね、お父さんの先代皇帝のお妾さんたちに黒の離宮に閉じ込められて魔王石になってしまったんだ。お妾さんたちは、先代のお気に入りだったお母さんに嫉妬してたって」

『…………』

「そのせいで、欲張った先代皇帝に弟さんたちまで黒の離宮に閉じ込められて形を崩してしまったんだ。だから……」


 リドルカさんがどれだけ俺のこと大事に思っていてくれているかわかっている。俺も大好きだ。

 それでも、だからこそ、テレシーとシュザージを諦めないでいいと進めてくれた。仲良くしようとしてくれている。

 というか。


「リドルカさん、テレシーのこともシュザージのことも気に入ってるよ。リドルカさんは大家族好きだから、夫婦としてこのくらいなら許容範囲みたい」


 またシュザージがびっくりしてる。

 そして少しだけ間を置いて、ため息をついた。


『まったく、恋愛幼児はこれだから……』


 幼児? 子供がどうしたんだろ。


「リドルカさんはテレシーの子供が生まれても可愛がってくれるよ? 弟妹も大好きだし、子供の面倒見るの好きみたいだったし」


 黒の離宮で弟さんたちを抱きしめている姿を思い出す。

 俺の思ってることも伝わってるのかな。シュザージは物憂げに目を閉じた。


『魔王石が神降地の神殿で感知されたのは二十年前だと聞いた……七つの時か……』


 それを聞いて俺もギュッと胸が痛くなる。

 七歳の時、リドルカさんはあの真っ暗で寂しい黒の離宮に閉じ込められたのか。怖かっただろうな……変質する自分と、崩れていく弟さん達。

 泣きそうになった時、シュザージが俺の頭を優しく撫でてくれた。


『奴の弟は、任せてくれていい。必ずと約束はできんができるだけ人に戻して見せよう』

「うん。ありがとうシュザージ」


 俺もシュザージを抱きしめる。

 心音も体温もないけど心地いい。

 少しだけそうして、俺はもう一度シュザージを見た。


「で、シュザージの話って何?」


 さっきのはリドルカさんの話だ。

 シュザージの話を聞くために二人きりになっているんだから、それはちゃんと聞かなきゃね。と思ってシュザージを見たのに、シュザージは口をへの字にして視線を逸らせた。



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