第百四十三話
ラスタル神王国に来て三日が経った。
俺たちは毎日忙しい。
いや、俺たちというより主にシュザージが。
今日も会議室でウィラくんと新しくその臣下になった者たちと話し合いをしている。
『それで、ウェルペティの王女はいつ来ると?』
「はっ! 明日の午後にはいらっしゃると神殿を通して報告が。歓迎の宴は要らないとのことです」
「当然だ。そんな余裕などない!」
『ウィラネルド王子、多少は歓迎の意を示さねばならん。バロウ方面の雑事を引き受けてくれると言うのだからな。華美にする必要はないが』
「しかし賢者殿……」
『ウェルペティから来ている官司を働かせよ。彼らは先日の事件に関わっていない。もちろん見張りはつけねばならんが、魔法陣結界の中でのみ行動させれば問題ないだろう。スタング、ウィルペティの宿舎になっている屋敷の魔法陣は設置できたか?』
「はい、師匠。師匠が描いてくださった魔法陣の紙は指示通りに貼ってきました。いつでも起動させられます」
スタングさんは張り切ってそう言うけど、シュザージが言うには魔法陣としては心許ないコケ脅しだそうだ。じーさん先生の家に貼った魔法陣に近いらしいけど、勝手に官舎から出ようとすればピリッと痺れるだけらしい。術道具がないし、スタングさんが発動できるように神術特化の魔法陣だから半端なものしか作れず長く持たないとも。
みんな知らないから脅しになる程度、なんだって。
しー、だね。
ちなみに、ラスタル神王監禁と王子襲撃犯であるナルディエとバロウの官司および騎士は、神石を取り上げ武装を解除させてそれぞれの官舎に閉じ込めてる。そっちはシュザージが魔法陣を張ったけど、見張りに立たせた兵士の不足を補う程度の効果しかないそうだ。スタングさんのよりは強力だけど、術道具がないとじーさん先生の家に貼ったような完全なものは作れないんだって。
ウェルペティをスタングさんに任せたのは、王子の従兄弟にも見せ場を作るためと、魔法陣の宣伝のためだってさ。
で、俺はと言うと。
会議室の隅っこで、椅子に腰掛け慌ただしいみんなを見ているだけ。のフリして会議室に飛び込んで来て指示を仰ぐ人たちの心の中を読んだり、周囲の状況に気を配っている。
ああ、また一人。今度は若い騎士だ。
「ウィラネルド殿下、西方ナルディエ神王国側にある村と町に派遣する兵士の編成についてですが──」
「む?」
書類の束を持った騎士がウィラくんの指示を仰ぐ。ウィラくんはそれに目を通しながら渋い顔。
「どれ」
と声をかけ、リドルカさんも見せてももらってる。騎士は少し眉を寄せたけど、リドルカさんを忌避してるわけじゃないね。ウィラくんを心配してるだけだ。魔王様はやっぱりちょっと怖いみたい。
「リドルカ殿、これでは少なすぎやしないか? ナルディエが攻めて来ても戦えぬぞ」
「必要ない」
「それに、若い者ばかりだ。人手がない上、もともと戦闘経験どころか訓練すらほとんどできなかったのが我が国の軍だが……これでは心許なくないか?」
「ウィラの考えた通りで間違いない」
『こら! 説明を省くなリドルカ!』
スタングさんと話していたシュザージが、そっちのやりとりに気がついて怒る。シュザージの横にいたテレシーが、スッと動いてリドルカさんの手にある書類を受け取り目を通した。テレシーが見たものはシュザージに伝わる。
『地元の者で固めたのか。それでいい。今回戦いがあるとしたらおそらく敵は例の化物を使うだろう。近づくだけで魔に落とされ化物の一部に取り込まれる危険がある。もしもの時に避難の指示と護衛ができればそれでいい』
「し、しかし賢者様、そんな化物を本当にナルディエが?」
想像したのか、騎士は身震いをして尋ねた。
ウィラくんは頑張って堪えてる。
『帝国で失敗した手段だからこそ、同じ手で成功し戦果を上げたいと思うのではないかな。自国の兵を損なわず、敵地の生物を魔に落とし操れるのだ。短気で粗野でケチな連中がその手段を持っているならやるだろう』
やるだろうね、理不尽ジョルアン。
リドルカさんもうなずいてる。ウィラくんは二度うなずいた。
「それでは家畜なども逃した方がいいのでは?」
『そうだな。避難の際は家畜も連れて行くか解き放つよう指示しておけ。よく気がついた、ウィラネルド』
ウィラくん、褒められて満面の笑みで照れた。それを見た騎士もホッとしてる。ウィラくんが頑張っているところを見ると、ラスタルの人たちは安心するんだよ。それはそうだよね。これまではあの偉そうな他所の国の官司に押さえ付けられて悔しい思いをしてたんだし。自国の王族に不信と情けなさも感じてたわけだしね。
「見張りだけは怠るなよ。避難の訓練も忘れるな。そして神馬は常に走れる状態にし何かあれば即報告、即避難だ」
「はっ!」
元気よく返事をした騎士は、急ぎ足で会議室を出て行った。王子の指示を早く仲間に伝えたいらしい。
帝国で町の人たちを避難させながら思ったことを伝えたら、ウィラくんちゃんと取り込んでくれたよ。もしもの時の助けになればいいんだけどね。
その後も次から次から報告と指示伺いの人たちが行ったり来たりして、日暮れ前にやっと少し休む時間が取れた。
今、会議室には俺とリドルカさんとテレシー、シュザージだけだ。
ウィラくんとスタングさんは一通り決まったこととか調べがついたことを神王さんに知らせに行ってる。クレオさんは馬に乗って偵察に出てるよ。この国の人じゃ見落としそうな情報なんかを、よそ者目線で確認するんだって。あと、シュザージに何か頼まれていた。みんな忙しいね。
『はぁ、めんどうなことだ……』
テーブルに突っ伏してシュザージがため息をつく。
『人手がないだけでなく人材もろくにない。これはラスタルを立て直すのは骨が折れるぞ』
指示や相談を聞きに来るのが若い人ばかりなせいか、何から何までいちいち説明しなければならんいのが大変らしい。
「お疲れ様です、シュザージ。でも、それを言うならテルセゼウラなんてまったく誰もいないのですよ?」
『テルセゼウラは私の国だ。自分で自由に采配できる国と、助言と手助けをし立て直しは自国の者たちでできるよう導くのは違いすぎる』
「まあ、そうですね。自分の部屋を片付けるのと他所様のお家を片付けるのでは違いますものね」
そんなことを言いながら、テレシーは書類や地図が放置されたままのテーブルをさっと片付けてお茶を淹れてくれる。蒸されたお茶の葉のいい香りが漂ってホッとするね。
俺とリドルカさんも席についてお茶をいただく。
テレシーも、席に座ってお茶を一口。美味しかったのかうんうんとうなずいている。シュザージも目を細めて味わっている顔をしてる。
そして、ふっと一息ついて話を続けた。
『……時間があれば、ウェルペティと協力してまずバロウを無血で落とし神王三国でナルディエに強行に出ぬよう抑えさせるのだがな』
「無血で、落とせるか? バロウが」
リドルカさんが尋ねれば、シュザージはうなずく。
『ウェルペティが介入し、帝国と組んだラスタルと同時に圧力を掛ければバロウは手を引かざる得なくなる。両隣と敵対していてはバロウが次のラスタルに成り果てる可能性もある、と考えるだろう』
なるほど。
テレシーがテーブルの隅に片付けてくれた地図に手を伸ばせば、気がついたテレシーがサッと手に取り開けてくれた。
四つ並ぶ神王国。
国土が一番大きいのがバロウで、次がナルディエになってるね。西の海から東の海まで、神降地の山を囲む形で並んでいるけど、本来の大きさは今のウェルペティの大きさと同じだったんじゃないかな。それなら丁度四当分した大きさになるから。
リドルカさんも改めて地図を見て、得心がいったようだ。
「ウェルペティはもともと、ラスタルを取り込んで拡大するバロウを、警戒していたのかも、しれん」
だからラスタルが帝国の後盾を得られたと知って、協力を申し出てきた。ということらしい。
「でもシュザージ、ウィルペティは信用していいんですか?」
テレシーに問われて、これにもシュザージは首をひねりながら答える。
『間にバロウがあるからではあるが、ラスタルの衰退に積極的に関わってこなかった唯一の神王国だ。助けもしなかったが、それも遠方ゆえと言い訳がたつ。何かしら要望があっての申し出だろうが、ラスタルにとっては遺恨の少ない身近な協力者になる。手助けしてもらえるならしてもらおう。形だけでも神王国同士の協力体制を作ってもらわなければ、我々はいつまでもテルセゼウラに帰れん』
シュザージがため息をつきながら項垂れた。
『せめて、バロウに取られた分の国土と民は綺麗なまま返してもらいたい。時間はかかっても良いから』
重い声でそう言うシュザージ。
俺とテレシーはよくわからなかったけど、リドルカさんはわかったようだ。
「ナルディエがまた化物を作るなら、犠牲にする人間は奪って行った、ラスタルの地と民の命だろう」
思わず息を飲んだ。俺もテレシーもびっくりしてリドルカさんを見て、シュザージを見た。
『それだけで足りなければフレンディスを犠牲にするだろうな。フレンディスの王にはナルディエ方面の町や村の警戒を高めてもらうよう要請しているが……』
「そもそも、ナルディエの国境近くにはもう村はないって言ってましたね。謎の奴隷狩りが横行して、住民のほとんどが逃げ出したって」
それもすごい話だ。
「ナルディエって、なんでそこまで好き放題できるの? 酷すぎない?」
『隣の兄弟国は弱体し、接する国は属国のみ。不倶戴天の敵である帝国も、海を渡ってやりとりしやすい位置にあったのが現皇帝の敵対領地。それを手玉にとって操り帝国に大打撃をもたらせた。そんな神の子孫の国だから、万能感に溺れてもおかしくない』
「フレンディスの王妃様も言ってましたね。あそこの今の神王様はあのバカ息子とそっくりだって」
理不尽ジョルアン、理不尽神王。
うわあ……
「神降地の神様は何も言わないのかな。神王一族の大おばあちゃんなんでしょ? ちょっとで出て来て叱って欲しいよ」
俺のばーちゃんだったら、俺がダメなことしてそうなら文字通り飛んで来てペシペシ叩きながら説教すると思う。なんかそんな感じの夢ばかり見てるからそう思ってしまうんだけどね。ちゃんと覚えてないけどたぶんそんなだった気がする。死んじゃってるばーちゃんでもしそうなのに、神様はやんないの?
なんてことを考えていたら、三人が微妙な目で俺のこと見てた。
「……タケユキ、さすがに千年も遡れば、孫の域から出てただの子孫だ」
『いや、いまだに子孫を贔屓して神石を与えているんだ。それを理由に特権意識を持って好き放題しているのだから責任を取ってもらってもよいだろう』
「皆さん揃って何の話をしているんですか? そもそもそんな大お婆様な神様は御健在なのでしょうか?」
「ウィラくんは生きてるって言ってた」
「神王を継承する時に、会いに行くと、言っていたな」
『何!?』
あ、シュザージは半分冗談だったみたい。
「本当は神王国の上層部だけの秘密だったみたいだよ。ウィラくんがポロっと言っちゃって爺やさんが怒ってた」
フレンディスの別邸でのことだね。
あまり詳しく聞いたわけじゃないけど、この世界の神様、母神ニーレさんは御健在で今でも子孫に神石を作ってあげてる。それは間違いないみたい。
『居るなら、会ってみたいものだな』
「文句言うの? 脅して子孫のおバカさんを叱ってもらう?」
「タケユキさん、どうして脅すこと前提なんですか? まずはお願いだけしてみませんか?」
「これまで、放置していたのだ。願ったぐらいで、動くか?」
『動かないなら脅すのも有効かもな』
「……おい」
「師匠……」
テレシーの美味しいお茶で休憩しつつそんな話をしていたら、いつの間にか戻って来ていたウィラくんとスタングさんが戸口に立って困惑していた。
「其方ら、よりによって何の話をしているのだ!? 神を脅……不敬にも程があるだろうっ!」
ウィラくんが怒ってる。
うっかりしてた。
この部屋では報告を受けたり指示を出したりしてたし、人の出入りが多かったので特に盗み聞き防止の魔法陣も貼ってないし、俺も空間を閉じたりしてなかった。
幸い、他に聞いていた人はいなさそうなのでよかった。
まあ、変な人が近づいてたらリドルカさんが気がつくし、シュザージが魔法陣貼らなかったのは敵対者を抑えているからなわけだしね。聞かれてもたいして困らない話しかしてないし。
俺と同じこと考えてたテレシーと、二人でホッとしてたらウィラくんが今度は呆れたような顔になり、「コホン」と咳払いをしてから気を取り直して背筋を伸ばした。
「父上が其方らと話がしたいとおっしゃっている。私に、王位を継がせたいそうだ。神への謁見に其方らも連れて行っても良いぞ。脅すのは無しだがな」
お父さんに功績を認められ、褒めてもらったみたいだ。
ちょっと嬉しそうに、はにかむようにそう言ったウィラくん。
それに答えたシュザージの声は、尖ってた。
『却下だ』
え?
どれが?




