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第百四十二話【ラスタル神王:甘い夢】

ここから第七章です


 我が息子、ウィラネルドがフレンディスで行われる次代会議に出立したのはそれほど前のことではない。

 国を思い、民を想い、責任を重んじる良い王子に育ったが、それゆえにラスタルを蝕む他の神王国の行いを許せず反発し攻撃的な言動を取ることも多々あった。


 あの子が、いつか兄上のように暗殺されはしないかと、ヒヤヒヤしたものだ。


 私の兄は他の神王国の言いなりになることを良しとせず、王子の時代から次代会議に参加しては喧嘩をし、反発し。王位継承の地位から落とされた。

 他国にとっては扱いづらい兄より、大人しい私の方が御し易いと考えたのだろう。

 私としても、あのままでは兄の命はないと思えた。

 故に王位を取ったのだが、兄には最後までそれを理解してはもらえなかった。

 数代前の王の過ちから、徐々に徐々に力を削がれてきたラスタル神王国は、私の代ではもう手の施しようがないほど蝕まれていたのだ。

 国の要職はほぼ他神王国から来た者に牛耳られていた。

 城の医療に携わる者もそうだ。

 証拠はないが、子供も何人か間引きされていただろう。兄にも私にも子が一人しかいない。我らの父には側室が何人かいたが、育った子供は私と兄と妹が一人。妹はバロウに嫁ぎ、既に亡くなっている。


 恐ろしい話だ。


 だが、抗う力など私には端から無かった。


 従順を決め込み、我が子と兄の子を守り次代を繋ぐ方法を模索するしかできなかった。


 だが、あの子はとんでもないことをやり遂げてしまった。


 神王国の建国以来、敵対していた帝国と和睦を結び皇帝の弟を友として連れ帰ったばかりか、失われていた古き知識の継承者までも連れて来た。それは兄の子の功績だと言っていたが、術資質の萎縮で王族から離れていた従兄弟に勇者として実績を積ませて返り咲かせるために送り出したのはあの子だ。


 その力を借りて、増長し横暴のかぎりを尽くしていたバロウやナルディエの手の者たちを一掃した。

 はっきり言って、スッとした。

 

「……カール。お前はどのようにしてあの子を育てたのだ?」


 呼び掛ければ、私の部屋で書き物をしていたカールが顔を上げてこちらを見た。


「起きていたのですか陛下。ご気分はどうですか?」

「かなりいい。賢者殿の施してくれた魔法陣は素晴らしい」


 私の病は、神術の使いすぎによる余剰神力の蓄積が原因だと、魔法陣の賢者殿がおっしゃった。

 普通なら、神術を使いすぎ資質の上限を超えれば光の塵と化し命を失うはずなのだが、どうやら神王一族は神力に対する抵抗力が体質的に強いようで、上限が高すぎて身を崩さない代わりに術で使った神力の余剰分を体に溜め込んでいたらしい。

 説明されてもよくわからなかったが、似たような症例が帝国にあるという。


 皇帝の弟御は、魔力を体に溜め込みすぎて体が変質して生きながら魔王石になったのだと聞いた。ここへいらしたリドルカ殿は、身を崩すこともなく人と変わらず動けるそうだが、他の弟たちはドロドロの魔力の塊になって生きていると。


 思わず身震いが出る。


 危うく、私はその弟御のように身を崩し光の塵の姿で生きながらえるような恐ろしい状態になったかもしれんのだ。

 それを聞いた時は、良い歳をして泣きそうになった。


 今、私の横たわる寝台には、とある魔法陣が描かれている。

 枕元には神石と魔石があり、余剰な神力を少しづつ神石に移し取ってくれているらしい。カールは神石に神力がいっぱいになれば取り替える役目と、魔法陣の維持のためにここにいる。

 カールは有能な上位神術士であり、信頼できる幼馴染みの友だからな。


「随分身は軽くなったぞ。私もそろそろ起きて働かねば、息子や客人にばかり世話をかけては申し訳ない」

「黙って寝てなさい。病人がフラフラ出て行っては余計迷惑ですぞ」


 ……まったく。融通が効かないのは昔からだ。


「本当に、どうやって育てたらウィラネルドがあんなに勇しく賢く育つことができたのか……」


 寝転がったままため息をついたら、カールもため息をつきよった。


「私は殿下に嫌われていましたよ。頑固で、そのくせ敵におもねる裏切り者だと」


 思わずギョッとした。


「あの子が其方を? なぜそこまで」

「ウィラネルド殿下は読心の神術が得意ですが、その分それに頼りすぎるところがありました。戒めも込めて、あえて読心を防ぐための嘘を心で語ったり、心を閉ざして読ませないようにしていたら、嫌われました」


 なんと、まあ。

 不器用な友人に笑いが溢れた。

 他に頼れる者もいなかった私は、あの子の侍従長としてカールを指名し預け育ててもらったが、そのようなことになっていたとは知らなかった。


「殿下が変わられたのは、一人旅で苦労をし、友を得たからでしょう。数日共に旅をしただけでコロリと心を許して懐柔されていましたよ。相手が良い方々だったことが救いです」


 此奴、拗ねておるな。

 更に笑いがこみ上げる。

 こんなことは久々だ。

 口元を綻ばせて見ていたら、カールはムッとしたまま話を続ける。


「リドルカ殿下も奥方様も心を読ませない術達者ですが、秘密がある分言えないことは口にしないが嘘はつかないと、そのような態度でウィラネルド殿下に接していたそうです。後、お二方とも殿下を弟御のように可愛がっていたとか」

「ああ、なるほど。ウィラネルドは一人っ子で、仲の良かった年上の従兄弟を取り上げられてずっと寂しい思いをしていたからな……」


 絆されるのは簡単だったろう。

 また一つ息をつき、ふと思い出す。

 ウィラネルドから強力な味方を連れ帰ると連絡を受けた途端、私はバロウの医師とナルディエの騎士にこの部屋に軟禁された。奴らは帰って来る息子たちを服従させるために私を人質にしたのだ。

 抗う術もない我が身を嘆いていたら、突然天井にあのお二人が現れて私を救い出してくれたのだ。

 そして、気がついたら騒乱は治り暴挙に出た者たちは全て捕らえられていた。


 驚いたことに、その指揮を取ったのはウィラネルドだったと言う。


 賢者殿は助言だけをし、リドルカ殿下はあえてウィラネルドの指揮下で剣を振るって抵抗する敵騎士を取り押さえてくれたとのこと。ラスタルの王子に花を持たせてくれたのだろう。

 一緒に来た少年と少女は、後ろに控えていたそうだが……


「カール。リドルカ殿下の奥方は、あの少年で間違いないのだな?」

「最初に説明したでしょう。その通りです。そして、その少年は魔法陣の賢者殿と復興されるテルセゼウラの女王となる少女とも婚姻関係にあると」

「どうしてそのようなややこしいことに?」

「興味があるならご自分でお聞きください」

「教えてもらえると思うか?」

「今は無理でしょうな。ウィラネルド殿下を手伝って、ナルディエ、バロウ対策のために忙しくされている」

「ありがたい話だ」


 そんな中で興味本位な話など聞けるわけもない。

 だが……


「もうひとつ、聞いてみたいことがある」

「なんですかな? 惚気話ではありますまい」

「当然だ。……うむ、なんというか、あのお二方は常に一緒にいらっしゃるのでどちらかかはわからんし、どちらもかもしれんが──」

「なんです? ハッキリおっしゃい」

「神降地に御座す神と同じ気配がした」


 ピキリと、カールが固まった気がした。

 こっちを見たまま目を見開いている。


 その昔。ラスタル神王を継ぐという、報告のために参った神降地。

 そこで初めて出会った神王一族の租にして偉大なる神。

 母神ニーレ。

 その気配と同じものを感じたのだ。故に私はあの時、突然現れたあの方々に驚きはしたものの恐れを感じることはなかった。


「あの時、瞬時に陛下を連れて戻った術は、リドルカ殿下の魔術だと思っておりました……」


 そうだろう。

 ほとんどの者がそう思っている。

 人の身に宿されていると言う、魔王石の膨大な魔力の為せる技だと。


「私とて、どちらのお力かはわからん……」


 けれど、もしリドルカ殿下の魔術なら、なぜタケユキ殿まで一緒に来られたのか。空間を飛び越えるなど、想像もつかないほど高度な術だ。あれも魔法陣の為せる技だろうか。


 カールも考え込んでいる。

 しかし、すぐに首を振って私を睨んだ。


「陛下。このようなことはおいそれと口にしてはなりませんぞ」

「わかっておる。ここが私室の寝所で、お前しかおらんから問うて見ただけだ」


 私たちは少し当たりを見回す。

 もちろん誰もいない。

 神王の私室は神術の術道具で守られていて、聞き耳を立ても外からは盗み聞きされなくなっているのだ。

 私たちは小さくため息をつく。


 神の気配。その御力……か。


 もし、空間を渡る術が魔法陣で成したもので複合術なら、魔術はリドルカ殿が、タケユキ殿は神術を成したという事だろう。

 魔王石と同等の神力を持つならば、やはり──


「……おいそれとは、聞けんだろうなぁ」

「でしょうな」


 そろって大きくため息をついた。

 賢者殿は亡霊であることを隠していない。皇弟殿も魔王石であることを公にしている。なのに、タケユキ殿に関しては何一つわからないままなのだ。

 だが、あの方々が溺愛し守っておられる方の秘密を、無遠慮に暴くなどできない。恩義にも反する。

 それに。もし本当にあの少年が新たな神なら……争乱になることは私ですらわかる。


 秘さねばならん事だろう。


 うむ、神について考えていたらふと思い至った。これもカールは固まるかも知れんが言っておこう。


「カール、近いうちに神王位をウィラネルドに譲ろうと思うのだが、どうだ?」

「良いのではないですかな」


 あっさり納得された。


「陛下は両隣の国に酷使され神力を溜め込むという病に侵されてしまいました。全快するにはまだまだかかるということですし、今の時期に役立たずの王を据えておくよりは、若者を中心に城内だけでなくあちこちで評判の上がっているウィラネルド殿下が神王として立つ方が良いでしょう。この先の帝国とのやりとりも楽になるでしょうし」


 ……なんとも辛辣な。

 いや、その通りなのだが。

 私が疲弊したのは、ナルディエとバロウの神石取りまで手伝わされたからだ。

 神王は神降地神山の麓にて神石を賜る儀式をする。そうすることで真っ白な神山の石に神力が籠り神石となるのだ。私は自国の儀式の他にも他国の儀式の手伝いまでして、その上で自国の神石まで取り上げられていた。

 情けないことこの上ない神王だ。

 自分の不甲斐なさにまた息をついていると、カールは少し悪い笑みを浮かべる。


「退位してものんびりできるわけだはありませんぞ。他神王国から出仕して来た者を全て排除してしまったのです。ラスタル神王国は当分人手が足りず大変なのです。私も病人の看護をしながら書類仕事を回されています。早く元気になって、手伝っていただかなければ困ります」


 とても看護者の言葉とは思えんな。

 だが、事実なので仕方がない。

 ラスタル神王国はもう、どこの国にも従属させられない真の神の国に戻らねばならん。恩人とはいえ他国に借りばかり作っていては元の木阿弥になりかねん。


 だが、その仕事は楽しそうだ。


「しかし、孫ができたら一緒に遊ぶ時間くらい欲しいものだな」

「……同感ですな」


 孫か。素晴らしい国にせねばな。


 私は初めて未来に希望を見ることを知った。



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