第百三十九話【テレシー:お婆様】
目が覚めて、隣を見ればタケユキさんがすやすやと眠っておられます。
もともと幼顔のタケユキさんですが、今日はいつもより幼く見えます。
……お婆様の夢を、見られているからでしょうか。
タケユキさんを挟んだ向こう側には、リドルカさんがいます。
リドルカさんも横になったままタケユキさんの寝顔を見ていますね。
これはこれでいつものことなんですが……
と、考えていたら私の腕が持ち上がり、魔法陣を描きました。ベッドの横にシュザージが現れ、無言で部屋に備えられているテーブルを指差しました。
ここの客室は、主室と寝室が別れていません。
私とリドルカさんはそっと起き出して、その白くて立派な四人がけのテーブルに着きます。
『其方らも、見たな?』
何を? と問うまでもありません。
「タケユキさんの夢、ですよね?」
リドルカさんもうなずきます。
つい先ほど、私たちは揃ってタケユキさんの見ている夢を見ていました。
緑色の細長い木々に囲まれた古い木のお家にいる、小さなタケユキさんとお婆様。あれがタケユキさんの言っていた竹という植物でしょうね。
その夢はおばあちゃんに甘える小さな孫、という風情でしたが、聞こえて来たのは驚くようなものでした。
『異世界の……神の子か』
シュザージがため息まじりに言いました。
「で、ですが、あれは本当にタケユキさんの見ている夢だったのでしょうか? これまで、心で話したり考えが流れ込んだりすることはあっても、夢を共有するなんてなかったのに、どうして急に……」
そう言うと、シュザージが首を横に振りました。
『御祖母殿と、夢で会うのは三度目だ』
「三度目!?」
「三度?」
リドルカさんと声が被りました。
でも、シュザージは三度も見ているなんてびっくりです。
『テレシーも見ただろう。覚えておらんのか? 初めは、ウェルペンに着いてすぐの時だったか……確か、タケユキが湯脈を掘り当てて御祖母殿に贈ろうとした夢だ』
「ああ、ありましたね。え!? あれがそうだったんですか!?」
「……あれは、タケユキが死の淵から戻り、快方に向かった時だ」
「え!?」
『何!?』
リドルカさんが思い出すように言った言葉に、私もシュザージもギョッとしてしまいました。
あれは小さなタケユキさんが無理をして倒れ、床に着きながらもお婆様とお爺様と楽しげに話をしているものでした。
あの時は、クレオさんがテルセゼウラの民の末裔と知って、シュザージがすごく落ち込んで取り乱していました。ですが、あの夢のおかげでシュザージは立ち直ることができたのです。私も、ほっとしたのを覚えています。
お婆様がタケユキさんの無事を知らせてくれたのでしょうか。
「リドルカさんも、見たんですか?」
問えばリドルカさんはうなずきました。
タケユキさんの看病でずっとそばにいて、その時に夢が流れてきて見えたそうです。リドルカさんはその夢で、タケユキさんが快方に向かっていると確信し安堵されたそうです。
『そうか……』
シュザージは、ひとつ息をついて話を続けました。
『二度目は、ホーケンで再会した後だ。クレオがタケユキ達を怪しんで調べていた時だな』
「ああ、私、シュザージに叩き起こされてタケユキさん達の宿に乗り込んで行ったんでしたね……え!? 私は見てませんよ!?」
『あの時、テレシーはタケユキたちが宿に帰った途端、ベッドに飛び込んで即座に寝ていたではないか』
そうでした。疲れていて、夢も見なかったと言うことでしょうね。うう、もったいないことをしました。
……確か、あの時もシュザージがささくれだっていましたね。隠していましたがなんとなく察せました。私もちょっとそんな感じでしたから。
あの時のことを思い出していたら、シュザージがそっぽを向いてしまいました。
『そして、今の夢が三度目だ。御祖母殿もタケユキと同じくあちらの神の力を持つ身。おそらくこれらの夢は、孫を案じた御祖母殿が意図的に私たちに見せたのであろう』
私もリドルカさんもうなずきます。
「孫をよろしくと、おっしゃっていました。私たちをタケユキさんの伴侶と認めて、喜んでくださっているようでしたね」
タケユキさんの寝顔をチラリと見やって、ちょっと頬が緩みます。タケユキさんのご家族に認めてもらえたのです。嬉しいです。
けど、シュザージはやれやれとため息をつきました。
『……それだけではあるまい。これまでのことを思えば、またタケユキの身に何かあるのやもしれん』
「なっ!?」
「何か、とは?」
『そこまではわからん。ただ、今の時点で警告があるとすれば……あの記号についてではないかと思う』
「記号って、タケユキさんを表すあの記号のことですか?」
『そうだ。あれはタケユキの力を込めることができた。あれを使えばタケユキの力を魔法陣に組み込める。タケユキに願いを叶える力があるなら、これまで不可能とされていた魔法陣の形成も可能だろう。危険すぎる』
私もリドルカさんも、思わず押し黙って声が出ませんでした。
それはつまり……
「シュザージさえ自重すれば済む話ではないですか?」
今、この世でまともに魔法陣が扱えるのはシュザージだけです。しかも、あの記号を使ったとして、タケユキさんがお力を込めてくださるのもシュザージだからでしょう。
『タケユキにも自重させねばならん。いや、あの記号に活用方法があるなどと知られてはならん。前にも言ったが、タケユキは自分の疲労も顧みずどんどん使えと言いそうだ。……それを警告されたのかもしれん』
ああ、そうでしたね……。
私は納得しましたが、リドルカさんはなぜか眉をしかめていらっしゃいます。
「それで、良いのか?」
少し怒っておられるようです。
なぜでしょう。
「不可能とされた魔法陣、と言ったが。お前が人の身に戻るものも、あるのでは?」
シュザージが、生き返る!?
思わずシュザージを見返しましたが、シュザージは呆れ返った顔をしていました。
『一度魂が離れた肉体は再生できない。これは魔法陣ではなく世の理、絶対だ。もし完全な幻影体を作ったとしても、それに魂を移し替えることもできない。私の魂は今はテレシーとして生きている。移し替えればテレシーの体は死ぬことになるし、魂を分てば命を存えさせることはできず結局は死ぬ』
怖い話を聞いてしまいました。
実は、私もちょっとできないかなと思っていたので、私に聞かせるためにもシュザージははっきりと言ってくれたのでしょう。
「そうか……」
リドルカさんは大きく息をついて肩を落とされました。
『なぜ、其方がそこまでガッカリするのだ?』
「お前が生き返れば、タケユキが喜ぶ」
『…………私が肉体を得たらどうなるか、考えたことはないのか?』
「? タケユキが喜ぶ」
そうでしょうとも。
でもシュザージが言いたいのはそういうことではないはずです。それに考えが至ってしまった私もどうかと思いますが。
「あの、その話は置いておきましょう。理想郷ができてからじっくり考えてもいいはずです。私も、シュザージが幻影体でも人と変わらない感じになったらタケユキさんが喜ぶと思うので、完全に切り捨てなくてもいいと思います」
もちろん、私だって喜びますよ。
『テレシー……』
其方まで、と声に出なかった語尾までため息まじりに頭の中に響きました。そして、シュザージはリドルカさんを睨みます。
『とにかく、その話はタケユキにはするな。知らなくても良いことだ』
「これ以上、タケユキに秘密を作るな」
しかしリドルカさんは応じて睨み返して反論しました。
『タケユキの身を案じてこその秘密だ』
「……お前は、タケユキと話す方が良い」
『は!?』
「ちょっ、ちょっと落ち着いてくださいお二人とも!」
睨み合い険悪になる二人の間に割って入って、言い合いを止めました。
「喧嘩なんかしないでください。それこそタケユキさんが悲しみますよ!」
どちらもタケユキさんを想えばこそなんでしょうが、それで二人が争うなんて本末転倒です。手を腰にどう説教すべきかと考えていた時、背後で「ん……」と小さな声が聞こえました。
私もシュザージもリドルカさんも、そろってビクリと身を震わせます。
そして、ゆっくりベッドの方へ視線をやれば、横になったまま目元を擦るタケユキさんが。
「んん……? 朝?」
「おはようございます、タケユキさん。まだ少し早いですよ」
「おはよおテレシー、ふあぁ。あ、リドルカさんもシュザージもおはよお。みんな起きてるなら俺も起きる」
ふわふわと寝ぼけ眼で喋るタケユキさん。
さっきまでの話は……聞こえてないですね?
んーっと伸びをしたタケユキさんの目から、涙が一つ落ちました。
「タっ、タケユキさん!?」
「ん~?」
「あの、涙が……」
また目元を擦るタケユキさん。
「あれ? ああ、あくびしたから。なんでもないよ」
「そう、ですか」
私だけでなく、後ろの二人も安堵したのがわかります。
ただ、タケユキさんのお顔はまだ晴れません。
「……なんか、死んじゃったばーちゃんの夢、見た気がする」
ポツリとこぼされたその言葉に、私たちは少しの間、何も言えず動くこともできませんでした。




