第百三十六話
みんなが真剣な顔で居住まいを正す。
俺もシュザージの膝の上で正す。
『そうだな……まず、なぜラスタル神王国がここまで衰退したのかを聞かせてもらいたい』
しょっぱなからきついことを聞くね。
ウィラくんも爺やさんも、スタングくんも唇をひき結んだ。
『百年前の記憶では、神王四国は平等な兄弟国だったはずだ。当時のテルセゼウラは、神石を得るためにウェルペティ神王国とバロウ神王国とは取引をしていたが、他は交流がなくてよく知らん。まあ、当時からバロウは胡散臭いと聞いていたから、主だった相手は海路を使ってウェルペティだな』
そういえば、ウェルペティってあんまりラスタルに絡んでこないよね。なんでかな。まあ、今は口を挟まない方が良さそうだ。
ウィラくんが目を瞑ってグググって拳を握ってる。自国がダメになった話だし、言いたくないのかな。
シュザージが小さく息をついた。
『我らの目的はすでに話したが、もう一度言おう。私の願いはテルセゼウラを復興させて、愛する妻と心地よく暮らせる理想郷を作ることだ。そのために、妻が選んだもう一人の伴侶、リドルカの故国オンタルダ帝国の平穏が必要だ。帝国が落ち着けば我が国の復興の支援と後ろ盾が得られる。故に帝国に余計な介入をする神王国を退けたくてここまで来たわけだ』
ウィラくんが目を開けた。目線はシュザージを見て俺を見てリドルカさんを見た。テレシーも見てあげて。
『旅の途中、神王国の中で帝国に過度に介入しているのがナルディエ神王国と知れた。バロウ神王国はテルセゼウラ崩壊後、魔法陣廃絶を企み暗躍したと聞く。残る二つの神王国のうち、当初はウェルペティを頼みにするのが良いのではと、私は考えていた。スタングが魔法陣を切望し、私の弟子になっていなかったらそうしていただろうな』
スタングさんがピッと背を伸ばす。
顔が赤らんで嬉しそうだ。しっぽがあったら振ってそう。
『ラスタル神王国が選ばれたのはスタングの功績で間違いない。ついでに言えば、単身乗り込んで来てタケユキとリドルカの知己を得て友としたウィラネルド王子の行いも吉と出た。二人は其方を弟のようで放っておけないと言っている』
俺もリドルカさんもうなずいた。
ウィラくんもほっぺが赤くなったよ。
「騙すような感じになっちゃって、ごめんね」
嘘はついてないけどあえて言わずにここまで来たわけだし。でも、ウィラくんは首を振った。
「タケユキ殿とリドルカ殿には、世話になってばかりだった。ましてや、これからも世話になるのだ…………」
そこで少し間を置いて、息を吸ったウィラくんはしっかりした目でシュザージを見た。
「ことの起こりは四代前の神王の時代。ラスタル神王を継げる者がいなくなったことが始まりだ」
ウィラくんが言うには、その時の神王は子供に恵まれず、仕方がなくバロウ神王国に嫁いだ歳の離れた末の妹を呼び戻したそうだ。妹さんはバロウの王族に嫁いでいたけど、その相手は王族の末端で権力もなく、連れ戻ったとしても問題にはならないと考えたらしい。実際、その時の王様が亡くなって妹さんがラスタル神王になっても大した問題は起こらなかったと。
けど、その頃。バロウ神王国は隣接するウィロック国の建国に協力するためにたくさんの神石や物資を必要としていて、バロウで暮らしていたよしみでラスタル神王国に融通するよう依頼したらしい。
フレンディス国は神が降臨した後、力をつけ始めた帝国に対抗する地として早い時期に都市国家群をまとめて作り上げられたけど、他は百年そこそこ前までそれまで通りの小国家がいくつもある状態だったって。
ウィラくんの説明を継いで、爺やさんが言う。
「それがあることを境に、南東にベルートラス、スルディア、ルニエル、ルーノルグと言った中、大規模国家がいきなり起こり始めたのです」
んん?
百年そこそこ?
そこでスッと手を上げたのがクレオさん。
「スルディア国はテルセゼウラから逃れて来た魔法陣術士のおかげで、近隣小国同士の諍いが収まり、発展して一つの国にまとまったとテルセゼウラ民集会の歴史書にあります。おそらく、ベルートラス、ルニエル、ルーノルグも似たような形で建国されたのだと思います。魔法陣は廃れてしまいましたが、神殿が勢力を増すようになっても、国が魔術士や魔属性の者を重用するのはその名残でしょう」
シュザージが頭を抱えちゃったよ。俺の背を支えてる手と反対の手で。
『……で?』
続く話は爺やさんが教えてくれた。
「急激に幾つもの貧しい国を神の御力だけでなく魔力をも用いた力で発展させる姿を見て、バロウ神王国は魔法陣を脅威に感じたようです。近くの小国を神の力でまとめあげ、神王国の砦となる国を急いで作ったというわけです」
ウィロック国はフレンディスと同じ理由で作られた国なのか。
バロウが魔法陣排斥に力を入れるわけだ。
「幸い、と言いますか、魔法陣術士たちの勢いは北方まで及びませんでした」
爺やさんがそう言うと、ふいに心の中にシュザージの声が響いた。
『……魔法陣術士は、その力に長けた者ほどのんき者になるか研究バカになる。うっかり者も多いから、利用されて簡単に使い潰される姿が浮かぶ』
『つまり、その際たる者がシュザージですね』
テレシーのツッコミが素早く入った。
うっかり国を滅ぼした魔法陣の賢者な王子様か……
俺たちが聞いている心の会話は他の人には聞こえないので、今度はウィラくんが話の続きをはじめていた。
「当時はラスタルも南東の新しい国の勢いを恐れていたのだろう。本来なら、神から等分に与えられる神石を次々とバロウ神王国に融通したのだ。だが、バロウ神王国はウィロックの建国が成った後もラスタルから神石を欲した。神王になるための教育も受けず育ち、バロウに嫁ぎ帰国した王女は夫の国に貢ぎ続けたのだ。それが次代でさらに悪化した」
「もしや、その後にも似たようなことが、起こったか」
頭を抱えたままのシュザージの代わりに、リドルカさんが聞いてくれた。
それにうなずくウィラくんと爺やさん。
「王女の子供たちが次々死んで、一番気弱だった王子がナルディエから妻を迎えたのだ」
「本来なら、王族の上位者同士の婚姻はなるべく避けるようになっていました。血が濃くなるのを避けるためと、各神王の地位が別の血統に乗っ取られないように……」
爺やさんがため息をついた。
バロウの経緯はある程度わからないでもないけど、ナルディエはやっちゃいけないこといっぱいしてないか?
そんなこんなで、神から与えられた神石がどんどん流出し、足りない時は難癖をつけられ土地や人まで奪われるようになったそうな。
「神王国は山勝ちで耕作にも牧畜にも向かない土地が多い。冬は厳しく、そもそも人口も普通の国より少ないのだ。神石のみが国を富ませ、権威を保たせている。それを奪われ続けて今に至るのだ」
はあ、とため息を落とすウィラくん。
ラスタル神王国は想像以上にかつかつみたい。
でも……
「ウィラくんはラスタル神王国だけじゃなくバロウやナルディエの血も引いている神の子ミックスなんだ。すごいね」
日本の言葉まじりで言うと、みんなが一瞬ハテナな顔になった。
けど、シュザージはハッとして『なるほど』と笑う。
『それは使えるな。最も神の血を多く引く神の子孫がウィラネルドとスタングか』
そう言って、シュザージが頭を撫でてくれる。
「ちょっと待て! そんなことが何になる? 父上とて同じだが、奴らにいいように利用され疲弊し、今では病の床にあるほどだ。そもそもそれは良しとされない婚姻によって成ったものだぞ」
『それぐらいはわかっている。だが、ウィロック国がバロウの覚えがいいならやりようによっては味方につけられるな。フレンディス国はすでに我らに与する盟約を結んでいる。ナルディエに感づかれないよう今は素知らぬ顔をしているがな』
にっ、と笑う顔がかっこいいよ。
悪いこと考えてそうなシュザージの顔って、もとが綺麗なだけあってゾクゾクするね。ワクワクもするけど。
というか、フレンディスの王様いなくなってたね。いつの間に帰ってちゃったんだろう。忍ぶのが得意なのかもしれない。王様なのに。
『リドルカ、以前聞いた帝国の姫を神王国に嫁がせる件、あれはまだ有効か?』
「は!? なっ!?」
さっきより真っ赤になったよウィラくん。
けど、そんな話俺は知らないよ。いつしたんだろう。
「……あの頃はパレアーナも覚悟していたが、今はわからん」
『帝国がラスタル神王国を盟約相手として選ぶ理由づけの一つにウィラネルドの血統は有効ではないか? 長年の対立関係にあった帝国と融和を結び、その証に帝国の姫を娶るラスタルの新しい神王。その血筋と功績は神王国代表に立つ資格有りと宣伝すれば、神王国以外は納得する』
「神王国はどうするのですかな?」
ウィラくんが固まってるから爺やさんが尋ねたよ。
『神石や魔石など、帝国との交易が始まれば当然他神王国にタダで融通などできない。帝国との盟約を理由に断ることもできる。先祖の婚姻を理由に集る連中に、現在の婚姻による取引を否を言う資格はない』
「それで他の神王国は納得するでしょうか?」
『散々脅威と宣伝して来た帝国と、平和的に和睦が結べるというのに反対するのか?』
「利に聡いバロウは引くかもしれませんが、ナルディエは……」
「ナルディエ神王国は絶対納得せんぞ、その上で何をするかわからん」
そうだね。
理不尽ジョルアンはそんな感じだ。アレに好き放題させている神王も同じ穴のムジナ親子かもしれない。と思っていたら心の中でテレシーが『正解です』と言った。当たりなんだ。
『敵対するのがナルディエだけなら対処は可能だ。戦力はある』
「帝国から軍隊でも呼ぶ気か?」
ウィラくんの目が鋭くなった。
リドルカさんは首を振る。
「……今の帝国には、他所に出せる兵はない」
『他所に出てる魔王がいるだろう』
魔王、の言葉に正面の四人は一瞬ビクッとしたよ。
俺はそれより気になることがあるのでシュザージの顔を見上げてた。
「リドルカさんを戦わせるの? それは嫌だ」
俺がムッとしてると、リドルカさんが俺の頭を撫でる。
「タケユキ、必要なら戦う。敵がナルディエならなおのこと」
『案ずるな。その戦いでリドルカに悪評は立たん。同盟国を守る帝国の王子、もしくは妹を守る兄。むしろ評価は上がるだろう』
そっか。
それならいいのかな?
俺には何が手伝えるだろう。
と、考え始めた途端。ウィラくんがガタンと音を立てて立ち上がった。
「まっ、待て! 待て待て待て‼ 何を言っているのだ其方らは! リドルカ殿が強いのはわかっているが、たった一人でどうしようというのだ!? ラスタルの兵を指揮するのか!? はっきり言ってラスタルにまともな軍などないぞ!」
ウィラくん。切ないね、ラスタル。
そんなウィラくんの肩をポンと叩いた爺やさん。ウィラくんが振り向いたら首を左右に振った。またいっちゃいけないこと言っちゃった感じ? ハッとしたウィラくんは落ち着くために小さく深呼吸。
その間に爺やさんが冷静に言葉を引き継ぐ。
「婚姻に関しても、戦争に関しても、ウィラネルド殿下が独断で決められることではありません」
『当然だろう。私は我々にできる支援について打診しているにすぎん。病床の神王が先ほどのウィラネルド王子のように取り乱されては、お身体に障る』
「ならば……先ほどチラッと口にされた件についてもお伺いしておきたい。リドルカ殿下はもしや、帝国から魔王石を持ち出して来られたのでしょうか?」
「? 魔王石は俺だが?」
探るような目でリドルカさんを見ていた爺やさんは、すぐにシュザージに視線を移した。
『明細は省くが、リドルカは人の身に魔王石並の魔力を宿して魔に落ちることもなく、自分の意思で自由に使いこなすことができる。いわば不滅の魔王というところか』
ふ、不滅の魔王!
かっこいい!
思わず振り向いて隣の席のリドルカさんを見る。
ちょっと照れてる? えへへ、またかわいいところが見れたよ。
なんて喜んでたら、俺の背中に回っているシュザージの手が、俺の頭をキュッと自分に向き直させた。
おお、焼き餅か。
ん、テレシーの手が机の下から伸びてきて俺の手、ではなく指を掴んだ。ちょっと唇が尖ってる。
こっちも焼き餅か。
俺の伴侶はみんなかわいい。
「……なぜ、突然無言でいちゃつきはじめた?」
「慣れることが肝要ですよ、ウィラネルド殿下」
菩薩のように微笑むクレオさんがウィラくんにアドバイス。心の中のお姫様も菩薩顔だ。クレオさんはおもしろいね。
『うむ、タケユキ、お手柄だぞ。魔王と聞いても誰一人怯えておらん。朗らかなタケユキの顔に癒されたのかも知れん』
「タケユキさんもかわいいですよ」
「ああ、タケユキは愛らしい。礼を言う」
「そっか。なんだかわからないけど俺も役に立ったなら嬉しいよ」
なんて笑い合っていたら、ウィラくんがキレた。
「其方らはもっと慎みを持てーー!」
ホントだ。菩薩のクレオさんと頭を抱えた爺やさん。真っ赤なウィラくんとスタングさん。誰も魔王って聞いても怖がってないね。
よかった。




