第百三十四話【フレンディス国王:良い話】
ここのところ、いいこと続きだが今日はとびきり気分が良い。
だが、表面上はいつものくたびれた国王を演じつつ、心を読ませないよう平静を保ち住処の城へ帰って来た。
このフレンディスの城には神王国の手先がウヨウヨいるから、まずは王族居住区に行く。そこにはフレンディス出身の者しかおらず少しは気が抜けるが、まだだ。城に入り込んでいる神術士の中には遠耳読心術を使う者もいる。少し離れたところに居る者の心を読むのだ。
まあ、賢者様の魔法陣に比べたらカスほどの性能だがね。
用心しながら、儂は王の私室まで帰ってきた。
茶も着替えもいらんと側仕えをみんな下がらせ、一人になった部屋で儂は賢者様にもらった魔法陣の紙をテーブルに置き、神力を込めその上に魔石を置く。魔術は使えんが、それだけでも少しは魔法陣の効きを良くするそうだ。
これは遮音の魔法陣というらしい。
これで、この部屋の中を盗み聞きできるものはいなくなる。
もちろん、心の中までもな。
儂はそこで初めて笑い声を上げた。
「あーっはっはっはっはっはっ! ざまあない、神王国の小童どもめ!」
思い出すだけで愉快だ。
早速、あの憎らしい神王一族の小童どもの吠え面を見ることができたのだ。
泣きっ面はまだだが、あの悔しそうなナルディアの小僧の顔を思えば胸がすく。バロウの小僧の惚け顔も見物だった。絶対惚れちゃいけない相手に惚れたようだな、バカめ。賢者様の奥方は儂の嫁さんみたいに機を待ち従うような感じじゃないね。おそらく手を出したら即反撃される。そもそもあの賢者様から取り上げるなどできようはずもない。
「はははははははっ」
ウェルペティの小娘は様子見を決め込むかもしれん。あれはなかなかに小賢しい。ラスタルの小僧は賢者様の駒だ。まあ、ラスタルにはせいぜい頑張って面倒な神王国を総べてもらわねばならん。泣くほど苦労すれば良い。ウェルペティはもともと遠方すぎてフレンディスへの被害は少ないので、できれば泣かせたいくらいに考えておこう。
思う存分、奴らの間抜け面を思い浮かべていたら、扉の外から声が聞こえてヒヤッとした。
「国王陛下、王妃様が参られました」
王妃の侍女の声だ。
儂はまた、心も顔も整えて「入れ」と許可を出す。
侍女の手で開かれた扉から、静々と部屋に入る王妃。
「あなたたちは下がっていて」
王妃も側近を人払い。
扉が閉じられれば、また魔法陣を発動する。
テーブルのそれを見た途端、王妃もニッと頬を緩めた。
「どうでした? ラモン様」
「おお、聞いてくれアゼルニーヌ」
儂は王妃に先ほど見たあれこれを話してやった。
王妃も、まるで森の館でくつろいでいる時のように笑っていたよ。
お互い、一頻り笑い合って「ふう」と一息ついた。王妃はテーブルの上の紙に目をやる。
「……すごいですわね、魔法陣というものは。もし百年前に魔法陣大国テルセゼウラが滅びていなければ、私の人生はもっと違っていたのでしょうね」
「アゼルニーヌ?」
「だって、そうでしょう? 私が研究していたことなんて、百年前にはとっくに解決されていたのですよ? きっと私の知らないとんでもない術が山ほどあるんだわ。はぁ……」
王妃の研究か。
神術士の突然死を防ぐ方法はとっくの昔に完成されていた。それどころか、魔落ちで進行が深い者でも治療できるなどありえんことだと思っていた。魔傷を帯びれば進行を遅めることはできても、そう長くは持たず死に至るはずなのだ。
「通信の術も易々と使っておったし、ピーターにも聞いていた炎を纏った魚や雷を放つ蝶も見たが、あれに襲われたらと思うとそら恐ろしくなったわい」
「テルセゼウラを滅ぼしたのはバロウ神王国と聞いたことがあるのだけど、それだけの力を持った国を当時のバロウに滅ぼせたのかしら」
「噂だけなら他にも色々とあるぞ。本当は帝国の仕業だとか、神の手で神罰が降ったとか。どうやら魔法陣の暴発というのが正しいようだが」
森の館で、儂が賢者様を煽ろうとバロウの名を出した時、賢者様は責任は自分にあるとおっしゃった。復興させまいと手を回したのはバロウでも、滅びの原因は賢者様にあるのだろう。それはそれで恐ろしい話だ。
「旧テルセゼウラの国土は近隣の国に比べてかなり広いし気候も良い。なのに、滅びた後の彼の国に入植を試みることは誰もしなかった。やろうとしてもできなかったのかもしれん。そもそも、民が全員逃げ出すなどおかしな話だ」
「魔法陣の暴発の末、人の住めない土地になってしまったと?」
「どんなに有用な力でも使い方を誤れば滅びに通じる。まあ、それを言うなら神術も魔術もそうだろうて」
「そうね……でも、賢者様はその、一国を滅ぼした術をご存知なのですわよね。」
「心配せずとも、その力を振るわれることは余程のことがない限りもうあるまい」
儂が、あることを思い浮かべながらそう言えば、王妃は苦笑した。
「逆に心配になる言い方ね。賢者様がまた暴走しかねない何かがあるの?」
「賢者様は奥方を溺愛されていた」
「あら」
「出会い頭に抱きしめて、掲げ上げてくるくるだ」
儂がその真似をしたら王妃は「まあまあまあ」と笑う。
「その時の様子のなんと微笑ましかったことか。賢者様も奥様も勇者の嬢ちゃんも、帝国の皇弟殿下もそりゃあ仲が良いようだった。しかも、神王一族や騎士や側近がうじゃうじゃいる中で誰一人、緊張どころか警戒すらしておらん」
「賢者様がいらっしゃったからでしょ?」
「いいや……さっき言ったろ? ナルディエの小僧が叫んで神術で攻撃したのを逆に撃退したと」
「ええ。賢者様に反撃されて、間抜けな捨て台詞を吐いて逃げ帰った話でしょ?」
「それがどうもな、儂が見る限りナルディエの小僧を仕留めたのは奥方ではないかと思うんじゃ」
「え? 奥方様もお強いの?」
「さあ、わからん。ただ、神王国の小僧どもは賢者様が魔法陣を描かれるより前に動きを封じられたように思えた。最後も、勇者の嬢ちゃんがとどめを刺そうとした奥方を止めたように見えたよ」
「……奥方様は過激なの?」
「いいや、儂意外その場にいた者には奥方様はただじっと立っていて、ナルディエの小僧を睨んでいるようにしか見えなかっただろうな。賢者様たちは上手に奥方様を隠してらっしゃったよ」
「もしかして……あの方々の首魁は奥様なの?」
「中心にいるのは間違いない、と儂は思う」
王妃がコクリと息を飲む。彼女は奥方本人を見ていないからどんな奥方様を想像しているのか知らんが、見た目は大人しそうな少女に見えた。
「賢者様は奥方様に理想郷を贈ると約束しているそうだ。奥方様が望んだ理想郷がどんなものかは知らんが、少なくとも賢者様は平和的にそれを成そうとされている。まあ、大丈夫だろう」
「そうだと、良いのですが」
「案じたところで仕方がない。儂はあの方々と盟約を結んだことは後悔しておらんよ。とりあえず、今できることと言えばあの方々がラスタル神王国を神王国筆頭に引き上げるために手伝えることをするだけだ」
「何をするの? ラモン様」
「他の神王国の足を引っ張る」
今はまだ、表立って何かをできるわけではない。特にナルディエ神王国はこのフレンディス国と多く接している分、強硬手段にでられてはかなわん。例の、帝国地方領を魔に落としたようにな。
「バロウの足を引っ張ろう。ベルートラスへ向かう予定の兵が集められるのはアイレス領だ。ウィロック国とルーノルグ国はバロウ神王国のゴリ押しで同盟を組まされる上に戦争の尖兵に使われるのだ。不満たらたらで八つ当たりが酷いとアイレス領主が言っておるそうな」
「アイレス領主はあなたの息子でしたわね。近いうちに孫の学習計画の話をしにクリスチーネを向かわせるって言ってませんでした? 何か、仕掛けますの?」
儂がニッと笑うと王妃もふふっと笑った。
「おお、そうだ。いずれ彼の国が復活すれば其方も魔法陣を習いに留学するか?」
「……現役の王妃が留学など、聞いたことございませんが? それに──」
「好きにしてよかろう、その頃には実家から文句は言われ無くなっておる。まあ、まだ先の話じゃがな」
「わたくし、もう三十半ばですわよ」
「術を身につけるのではなく、学ぶために行くのなら歳など関係あるまい。それとも、行きたくはないか?」
問えば、王妃は少し目を閉じ考える。
「行きますわ」
瞳を開いた時、彼女は嫁いできたばかりの十代の娘のような顔をしていた。
儂は強くうなずいた。
その後、儂らは色々と話し合った。
立場は国王と王妃だが、儂らはずっと同志としてやってきたのだ。志すものは近しい。いや、同じような夢を見た父と娘のようなものか。
妻と息子と孫たち、そして娘のためにも、儂はもう少し頑張らねばならんな。
まだまだやることも困難も多いだろうが、存えるためだけに苦心した日々を思えば、開けた未来を目指す困難ならどうとでも挑めるというものだ。




