第百三十二話【ジョルアン:偉大なる者】
くそう、くそうが! 神の子であるこの私になんたる無礼、なんたる仕打ち。
私はナルディエの別邸に戻ってすぐ、本国への帰宅を告げ側近たちに準備を命じた。ここには私の研究室がないので、気晴らしの実験すらできない。仕方がないので今は自室で準備が整うのを待つしかない。
やはり別邸にも研究室は必要だ。
紫神石の研究は私の心を浮き立たせ、喜びを与えてくれるのだ。
そう、神石と魔石を混ぜ合わせてできる、神の力を超えた石。
それを作り出した私は、ある意味神をも超えた存在なのだ。
それをあそこまでコケにするとは、許せん!
あの石を作ったのは私なのに、持ち出しには父王の許可がいるのが腹立たしい! あれを持ってきていれば、あんな者どもに好き放題させたりはしなかったものを!
忌々しい!
あれを作ったのが私で、その偉大さを広めることこそ肝要なのに、あの父王はダメだ。
早く私がナルディエ神王になって、ナルディエを唯一の神王国に昇華させ、他の神王一族は神石を得るための奴隷にするのだ。
そのためにも、これまでより強大な紫神石を作らねば。
新しい紫神石の研究に想いを馳せれば、少しだけ心が落ち着いた。
もともと、神石の研究は叔母がしていたものだった。
いくつかの資料を見て、はじめは感心して私も研究を始めたが、改めて思えば叔母の研究は稚拙で不十分なものだった。
叔母は神術を使った時に起こる突然消滅について調べていたようだ。
神術士の死を少しでも減らそうとしたそうだ。
なぜそんなことを?
神王一族はちょっとやそっとの術で滅したりしない。ただの神術士ならいくらでもいる。多少死んだところで問題ないであろうに。
私が興味を持ったのはそんなところではない。
叔母の研究手記にはこうあった。
《魔力を抑え込むために神力は生まれた。だが、魔力にも神力を抑え込む力がある。複合術はそれらの反発を調整して同調させて、両方の害になる部分を押さえて効果の高い術を成すと聞く。
神力もまた扱いを誤れば災いを呼ぶのだ。
資質の上限を超えないよう、神力の流れを調整できないものか。
神石に、魔力を混ぜ合わせればどうだろう。
複合術が神術士と魔術士が協力して術を成すのだから、石そのものを変化させれば神術士が一人でも安全に扱える神石にならないだろうか。
魔石とて、神力と合わされば魔落ちしなくなるかもしれない。
だが、この研究には魔術士の協力が不可欠だ。神術士である私一人では為せない。どうやって協力者を求む?
もとより……この研究を父王は許してくれるだろうか》
当然、先代ナルディエ神王である祖父は娘の愚かな考えを許さなかった。
魔術士と協力などありえない。するなら隷属だろうに。
祖父は激怒し、叔母を属国の年老いた王に降嫁させた。私がまだ幼い頃の話だ。
その辺のことは、私にはどうでも良かった。
興味を引いたのは、神石と魔力を混ぜ合わせると言うところだ。
やりようによっては、神力と魔力の力を掛け合わせてより強力な新たな石が作り出せるのではないだろうか。
そう、私の手で新しい石を作り出す。千年前の神のように。
そこから私はこの研究に取り憑かれた。
神石の力を寄り集めて大きな力の神石に作り直す方法ならある。
古くから、神王国にのみ伝わる秘術だ。
微弱な力しか宿ってない石の神力を取り出し、ひとつの神石に集約すれば大きさは小さくても最上位神石に変えられるのだ。
神術士も命がけの術になるが、誰かにさせれば私には害がない。
その秘術を応用して、魔石の力を神石と混ぜ合わせてみた。
だが、魔力と神力は反発する。
はじめはうまくいかず。何度も地団駄を踏むことになった。足を痛めないよう奴隷を敷いて踏んだがな。
ふとその時、思い至ったのだ。
魔力と神力が反発しないように、中和させる何かを混ぜ込めば良いと。
私は、とりあえず足元に転がっていた奴隷をそれに使ってみたのだ。
集約する神石の周りに小さめの神石を並べ、神力を中央の石に押し込むのが本来のやり方だが、私は中央の神石と小さな神石の間に魔石を置くことで魔力の集積を試みていた。
その魔石を、瀕死の奴隷に持たせて集約する石のそばにおいたのだ。
奴隷は魔属性の資質が多いことで奴隷に落とされた者。ならば、反発する魔力を少しは抑えられるのではと考えたのだ。
それは素晴らしい閃きだった。
奴隷は死んだが、その魂が魔石の魔力と共に神石に取り込まれることで、無事に神力と魔力を混ぜ合わせることができたのだ。
その石は白でも黒でもなく、紫色をしていた。
私はそれを紫神石と呼ぶことにした。
その日はやり遂げたことに歓喜したものだ。
だが、奴隷の魂を媒介にしただけでは思ったような強力な力は得られなかった。
そこからは研究の日々だ。
奴隷や犯罪者などで何度か実験を繰り返し、術資質によって紫神石の力の扱いやすさが変わるのを知った。魔力と神力の均衡が良いものの方が、命令を込めたり遠隔で操ったりしやすいと知ったのだ。
より完成された紫神石を父に見せたら、父は大いに喜んだ。
代替わりし、新たにナルディエ神王になっていた我が父も、私の力を認めて次代神王に定めてくれた。愛妾の子でしかなかった私をだ。正妃に子が生まれたことで次代から外されそうになっていたが、この偉大な発明によって自分の力で次代神王の座を勝ち取ったのだ。
次は……新たな神の座を狙うのも良い。
そう思い、更なる研鑽を積み今に至る。
……ああ、そうして完成させた最大の紫神石を失った時のことまで思い出してしまった。
帝国め。
魔王石出現の報を神にもたらされて以来、神王四国は帝国への制裁に及び腰になった。計画がどうの調整がどうのと言い訳をする他神王国と違って、我がナルディエには紫神石がある。
ちょうど、強力な支配力で帝国を牛耳っていた皇帝が頭の緩い息子に弑逆されたと内通者から知らせを受けた。
私は父王に進言し、紫神石を用いた計画を提案した。
父王は、ナルディエ一国で帝国を討ち取る名声に惹かれ、私は魔王石を手に入れて新たな紫神石を作るため、その作戦に挑んだ。
魔王石を手に入れ、神王国にある神王石と混ぜれば最強の紫魔石ができる。
いや、それは紫神王石と呼ぼう。
その石を得た時、私は神として神王国に……いや、世界に君臨するのだ。
……だが、あと少しのところで失敗した。
魔王を追い詰め、生捕りにする、まさにその時。突然邪魔が入った。
あれが何者かはわからない。
帝国の追手から逃げ帰った潜入者は、それは鉱山の町で住人を助けて回った謎の少年ではないかと言った。
その力はこれまで見たこともないものだったと。
もしかしたらはるか昔、世界に神石の恵みをもたらさんと旅立った神王一族の末裔ではと。
神王国の神王一族より、より濃い血を残す神の子ではと、そう言った。
その者の目撃者は多かった。
帝国の者ではあるが、町の住人の多くが助けられ、助けるのを目撃している。
ナルディエ神王は失敗を隠すためにその噂を利用し、あれを成した神族はナルディエに降臨した新たな神だと方々に撒いたが意味がなかった。
そんな者がいたなら、それも私の紫神石に取り込んでやるものを。
くそう、あの時のことを思い出せば思い出すほどまた怒りが。
いや、一度は取り逃したが、なぜかは知らんが魔王石が自らのこのこと私のところまでやって来たのだ。しかも、媒介にちょうどいい魂の持ち主を連れてだ。良しとしよう。
魔法陣は神力と魔力を掛け合わせて使う術と聞く。なれば、あの忌々しい金髪の男の魂はどちらの力も均衡よく備えているのではないかと思われる。
紫神王石を造る触媒に、適した魂を持っていよう。
クククッ
ついでにあの娘たちも何かに使えないか。
特にあの黒髪の娘。
媒体にするもいいが、ただ縊り殺すのもいい。魔王石と媒体を、どちらも夫だと抜かしていたから、あやつの前で紫神石の生成をするも良し。
そのためにも、奴らを捕らえねばならんな。
ナルディエに戻れば新たに開発した紫神石もある。
まずは黒の神使にアレの小型版を持たせて実験するのも良いかもな。ラスタルでうまく使えれば、バロウやウェルペティももう我が手中だ。
そう、まずはラスタルで化物を作り襲わせよう。生意気なウィラネルドは魔物の群れに泣き叫ぶしかないだろう。紫神王石の材料も手に入れられてまさに一石二鳥だ。
ああ……楽しみだ。楽しみで仕方がない。
あれこれと計画を練っていたら、やっと帰郷の準備が整ったと侍従が知らせにやって来た。なぜか私を見て青ざめ身震いをしたが、許してやろう。
今は気分が良いからな。




